52 ゲック・トリノ城攻略戦② ~リーンハルト村~
ゲック・トリノ城へ向けて出発し、強行軍でおよそ245キロを走破した、一日目の野営時。ダスティンに本当の行先と目的を話した俺たちは、そのあとルークとニコラスにも、今回の遠出の目的を伝える。
意外だったのは、ルークとニコラスは、本当のことを知らされても、否定もせずに、それほど驚きもしなかったことだ。彼らは、レイラがゴブリンに捕まっていたことなども知っていたので、蛍が矢を全部持ってきたことと北へ向かったことを考えて、ある程度は予想していたのかもしれない。
「分かりました。私たちは聖母様をお守りいたします」
ルークが、彼らのただひとつの目的、蛍を守ることだけを口にして、ニコラスは黙ったまま深く頷いていたのが、強く印象に残った。
こうして、一泊目の夜は更け、この戦いのなかでは、最初で最後となる、ゆっくり休める時が、静かに過ぎていった。
◆◇◆◇◆◇
明けて翌日。
俺たちに武器と防具を預けた幸介は、シャツとズボンという軽装のままで両手を縛られて、レイラに連行される。
ここからは、馬を捨て、徒歩での移動となるが、ダスティンたちが重い荷物や蛍用の矢などのかさばる物を背負ってくれたおかげで、俺たちの負担は小さかった。重量でいえば、ダスティンたちが8キロ~10キロ。俺たちは3キロ~5キロといった感じだ。
ちなみに、自衛隊などでは装備や備品で計10キロ程度を持ち、25キロ程度を行軍するのは普通で、山頂に荷物を運ぶ歩荷と言われる職業の人は90~100キロ程度の荷物を背負って登山するのが普通である。
傭兵であるダスティンはもちろん、兵士であるルークやニコラスには10キロ程度の荷物はそれほど苦にならなかった。蛍とキャサリンの負担はできるだけ抑え、俺も5キロ程度なら移動に支障がでることはなかった。
これも、この世界に来て能力の底上げがなされていて、なおかつ訓練を怠らなかったからだと、俺は思った。
こうして、徒歩で進む準備を整えると、ルークが俺たちが乗ってきた馬の尻をパンと叩いて放ち、馬は小さな嘶きを残して、南の方へ疾走していった。
レイラたちは隠れる必要はないので、海岸沿いの道を堂々と進んで行き、俺たち6人は、幸介たちを視認できる範囲で、丘などのできるだけ高い位置の進路を取った。
徒歩での移動では、第2拠点までは行ったことがあるというダスティンが先頭に立ち、俺、蛍、キャサリンを挟んで最後はルークとニコラスという順で進む。
次第にゴブリンたちと遭遇することも多くなったが、ここからは、これまでとは違い、攻撃することもなく無視して進む。すれ違うゴブリンたちがレイラたちのことを見つけても、知っているからか、何も言わず、何もせずに去っていった。
やがて、レイラたちが第1拠点へと到着した。
第1拠点は、ダスティンが言った通り、10メートル四方くらいの小さな林に囲まれた中にある小屋のようなものだった。
遠くからでは小屋の中の様子までは見えないが、当初の予定通り、ここは通過するだけである。レイラたちもしばらくして、小屋から出てきて、次の第2拠点へと向かう。
結局、敵がいたのかどうかも分からないまま第1拠点は通過した。
次の目標地点は、第2拠点。およそ50キロの道のりである。
途中でレイラたちが休憩を取れば、俺たちも辺りを警戒しながら休憩し、なんとか夕方頃までには、第2拠点、リーンハルト村に到着した。
◆◇◆◇◆◇
「おっ。家畜じゃねーか。戻ってきたのか? うん? そいつはなんだ? お前が捕えるのは女だったはずだ」
「くっころ」
リーンハルト村の入り口には見張りらしいゴブリン兵が2匹いて、レイラに声を掛ける。レイラは計画通り『くっころ』としか返さない。
「はぁーーー。それじゃ、分かんねーんだよなぁ。おい、どうする?」
「うーん。まあ、見たところ捕まえてきたようだし、あとはシュタイン様に任せればいいんじゃないか? 俺たちで勝手をして、あとで処罰されても、たまんねーしな」
「おい。お前ら! なにがシュタイン様だ。ふざけるな。さっさとそいつを呼んでこい!」
「くっころ!」
「痛てててて。ふざけるな。この『くっころ』女。こらっ、放せ!」
幸介がゴブリンたちに悪態をついて、兵士に一撃を食らわせようとするのを、レイラが『くっころ』と言いながら捕り抑える。これも予定していた演技である。
「おっと。あぶねー。いいぞ、家畜。それにしても、こいつ言葉が喋れるのか。お宝じゃねーか。お前、頑張ったじゃないか」
「おう。そうだな。これなら目的の女じゃなくても、ゴドルフ様はお許しになるだろう。お前、一足先に、シュタイン様にご報告だ。行け!」
「おう」
どうやら、女を捕える命令を受けたレイラが、男を捕虜にしてきたことでも怪しまれずに済んだようだ。
作戦の立案当初から、この不安はあったが、ゴブリンが言葉を喋れる人間を宝としていたことから、幸介が言葉を喋れば、クリアできると踏んでいた。つまり、計画通りというやつである。
見張りの1匹が、シュタイン砦へ報告に向かい、どこからかぞろぞろと出て来たゴブリンたちのうちのふたりが門番を替る。
残りのゴブリンたちは、槍などを構え、レイラたちを囲むようにして、村の奥に入っていく。
「よしっ! 家畜。お前はこの家で休め。エサはあとで持ってきてやる。おい、そいつを逃がすなよ。お前らは家の前に見張りとして立て」
「はっ!」
「こんなボロ屋かよ。お前ら、ふざけんな」
「やかましい! 家畜、そいつを黙らせろ」
「くっころ」
「くそっ」
偉そうなゴブリンがレイラたちを、村のなかでは、一際ボロい、あばら家のような場所へ連れて行き、見張りを立たせた。
ここまでを遠くから確認した俺たちは、作戦は順調で問題ないと見極め、その場を離れる。そして、近くの敵からは死角になっている丘の麓で、火も起さずに息を顰めて休息を取った。
「幸介さん……」
横になったキャサリンのつぶやきが聞こえ、俺の心を揺さぶったが、目を閉じて、来るべき戦いに備えて体を休める俺であった。
◆◇◆◇◆◇
明けて3日目。いよいよ、第3拠点、シュタイン砦に向けて出発する。計画通り、陽があるうちに到着するために、朝4時には起床し準備を整える。そして、レイラたちが出発するのを見届け、6人は後を追う。
目指すのは、午後2時~3時に到着することで、およそ50キロの移動となる。
「ここから先に行くのは、俺もはじめてだぜ」
ここまでのルートの選択を任せていたダスティンが不安を口にしたが、それでも、低木や起伏を利用し、敵に見つからず、レイラたちをマークしながら進めたのは、さすが傭兵といったところか。
敵の数も多くなってきていたが、皆、道が整備されている海岸沿いを通っていたため、主に小高い丘などを通った俺たちは先に敵を発見し、やり過ごしてから動くという形で、なんとか遅れずについていく。
もし、ラウラさんがここにいれば、能力アップした視力と注意力で、もっと楽に追跡できるのかもしれないな。
そんなことを考えながらも、敵の最大拠点であるシュタイン砦に一歩一歩、近づいていき、戦いの時は、もう目の前に迫っていた。




