04 怯える美少女
「達也っ! なにかいる」
前を歩く、俺の制服の裾を掴み、蛍が注意を促す。
「えっ! どこ?」
ふたりは、寄り添うようにして立ち止まり、辺りに意識を向けると、周囲の低木の枝葉が、ガサガサと揺れていた。
森のなかなら、ウサギかリスといった小動物ってところが定番だろうが、低木から顔を覗かせたのは、口の左右に天をも突き刺しそうな立派な牙をもった、異形の者たちだった。
「お……お・に? お・化・け……?」
ゴクリと唾をのみ込む音の後に、絞り出すように発っせられた小さな声。
裾を握っていた手が、いつのまにか腕に動き、俺の上腕を握る握力の強さが、蛍の怯え度を物語っていた。
近づいてくる異形の者たちを警戒しながら、チラッと見た蛍の顔は、顔面蒼白という言葉がぴったり当てはまる様子で、ほほが血色のいいピンクから蒼に変わっていた。
「あれは……、ゴ、ゴブリンか?」
「えっ! いやっ!! いやいやいやいやいやいやいやいやいや!!! あんな、あんな大きなゴキ○リ。速く、速く、速く。新聞紙丸めて……、どっかにポイしてっ!!!」
俺がつぶやいたと同時に、蛍は何かとてつもない勘違いをしたようで、声にならない悲鳴を上げて、俺の腕にしがみつき目の端に涙を浮かべて、さかんに首を振っている。
シャツから少し覗いた美しい細腕には、サブイボがきれいに並んでいた。
いや、確かに、こいつら黒いけど……。
◆◇◆◇◆◇
不本意ながらビビリな俺であったが、このときは蛍を守ることが、恐れよりも優先し、割としっかりとしている自分に気が付いて、驚いていた。
蛍の声にならない悲鳴とサブイボが、そうさせたのかもしれないが。
小刻みに震えている蛍は、昔から幽霊と、虫と名のつくものが大嫌いで、ホラー話は耳を塞ぎ、虫はコバエでさえ大騒ぎしていた。
例のヤツは、見ることはもちろん、その名を聞くこともいやで、傍に存在しようものなら、とてつもない恐怖を受けるらしい。
こうなったら、落ち着くまでにはかなりの時間を要するのを、俺は経験上知っていた。
周辺の低木から一匹、二匹とゴブリンたちが、その姿を現す。
最終的には6匹の手下と、少し後ろにボスの布陣で、計7匹がゆっくりと間合いを詰めてくる。
その姿は、小鬼と呼んだほうがいいような体型で、真っ黒な体躯と赤い眼が、下あごから伸びる2本の牙を誇らしく見せていた。
革製の粗末な鎧を身に纏い、木や石で作った弓や槍などの武器を持っていて……。
驚いたことに言葉をしゃべっていた。
「ケケケケケ。かかった、かかった」
「捕まえろ! 黒髪の女は傷つけるな」
「オレ、男、食ってもいいか?」
「ダメだ! つがいのほうが貴重だ」
「王様に渡せば、褒められる」
「おぉーー、オレ、偉い、偉い!」
「ゴキ…しゃべる……ありえない…いやっ、いやっ、速く」
ゴブリンたちの話し声が聞こえたのか、蛍は、なにやら呟きながら俺の背中に顔をうずめ、本格的にガタガタと震えだした。
一方で、いわゆるザコキャラの癖に人の言葉をしゃべり、「食う」だの「貢物にする」だのと、好き勝手に相談するゴブリン。その一方で、それをゴキ○リだと、とんでもない勘違いをして、新聞紙を丸めて退治して捨ててこいと、涙ながらに訴える美少女。
その絵面を想像した俺は、まるで他人事のように、心の中で、こう呟くしかなかった。
『シュールだ!!!』
◆◇◆◇◆◇
ゴブリンたちに完全に取り囲まれた状態で、こっちは素手で、相手は粗末なもののようだが鎧を纏って、武器を持っている。
しかも多勢に無勢で、本来なら戦える蛍は、完全に戦力外。
まったく勝負にならないのは、分かっていたが、蛍に頼られている(別の意味でか?)以上、俺は強がってみせるしかなかった。
「おまえら、好き勝手いいやがって。ふざけるな!」
話が通じる相手ではないだろうが、とにかく、状況を打開したかった俺は、蛍を守り、身構えながら言い放つ。
しかし、それに対するゴブリンたちの反応は、あきらかに予想の斜め上であった。
「こりゃ、驚いた。お前、まともにしゃべれるのか!? とんでもないお宝だ。野郎ども、ゴドルフ様から、たんまりご褒美がもらえるぞ!」
「おぉーーー!」
「ケケケ、宴会だぁーーーー!」
「うひょひょひょ。久しぶりの飲めや歌えやだ」
大騒ぎして、武器で自分の鎧や木々を叩くまくるゴブリンたち。くるくる回って飛び跳ねている者もいる。
まさに隙だらけ、逃げるなら今だ!
しかし、残念なことに、蛍は、俺の腕をより強く握り、背中に顔をうずめたままで、「ゴキ」「速くぅ」「ポイッ!」と呪文を唱えている。
無理だ! 動けない……、やばい。
何か策はないかと思考を巡らしていた俺は、あまりの状況だったためか、『言葉がしゃべれるのかだと。それはこっちのセリフだ! 俺はゴブリンに言葉がしゃべれることで驚かれた最初の人間かよ』と、どうでもいいことを考えてしまっていた。
と、その時。
近くの小枝をバネにして、俺たちの真上にひとつの影が踊り出たかと思うと、周囲に陽光が乱反射し、キラリ、キラリ、キラリと輝いた。
「アギャ」「ウギャ」「グェ」「ドサッ、ドサッ、ドサッーーー」
次の瞬間、さっきまで、宴会を妄想しながらバカ騒ぎしていたゴブリンたちが、断末魔の声を残して、バタバタと倒れていった。
「な、なにが起こった!?」
頭と呼ばれていたゴブリンだけが第一撃を受けずに残っていたが、華麗に着地した人影から「シュッ」という空気を切り裂く音と煌めきを残した最後の刃が放たれる。
ナイフは、ものの見事に驚愕の表情を浮かべていた頭の眉間に突き刺さり、最後に生き残ったゴブリンは、ゆっくりと後方に倒れていった。
ズドーンという音とともに。
「よしっ、着地成功! 100点満点でござるな」




