32 英雄たちの帰還
キャット・タウンに攻めよせた古代海洋軍は、第二世界から来た進化した3匹のアノマロカリスたちが、それぞれ5本の矢を浴びて海底に沈んだと同時に、跡形もなく瓦解した。
それまで、浜辺で戦っていたアノマロカリスやウミサソリたちは、我に返ったように一斉に海に戻り、砂浜に残ったのは、おびただしい数のアノマロカリスやウミサソリの亡骸であった。
陽は西に傾き、一部を地平線に隠し始めていた。
一方、町の獣人たちは、精も根も使い果たし、その場にへたり込んで動けない者、敵に倒された味方のもとに駆け寄り、息を引き取っているのを確認して、泣きじゃくる者、ケガ人の介抱をする者などがいて、敵を撤退させることには成功したが、とても勝者とはいえない終戦を迎えていた。
人類の古代海洋軍討伐隊も、獣人たちと同じように岩場に座り込み、まだ、肩で息をしていたが、幸いにも、気を失ったキャサリンが最もひどい状態で、他はウミサソリのハサミ攻撃で、切り傷を受けたケガ人が、数人出ただけに留まっていた。
「聖母さまー。英雄さまー。ご無事ですか!」
「グスタフ隊長! 皆無事です。数名のケガ人が出ただけです」
「そうか、それで戦いは?」
「せ、聖母様の一撃で、敵は逃げていきました。あっ、一撃ではないですが……。防衛成功です」
「50万の敵を、追い返したのか?」
「はい! 蹴散らしました。我らの勝利です!」
3000の兵を引き連れて、ようやくキャット・タウンに到着したグスタフは、ニコラスから状況を聞きながら、岩場で休んでいる兵士たちが、おのおのに自分に笑顔を向け、あるものは親指を立てて合図するのを見て、状況を把握し、安堵のため息をついた。
「グスタフさん? はじめまして、入来院です」
「聖母様! ご無事で……。グスタフ・アランでございます。遅くなりまして、誠に申し訳ありません」
「グスタフさん。堅苦しのは止めてください。それで、あたしたちは、町に行って、ニャーゴたちと合流し、そのあとにブルーリバーに戻るので、後のことはお任せできる?」
「後のことですか?」
「なんだよ、隊長さん! 分かるだろ。掃除っていうか、獲物の運搬だよ。こんなに、たくさんアロマ焼きがいるんだから、もってかなきゃ損だろ。ガハハハハハハ」
「そ、そういうことです。アロマ焼きではなく、アノマロカリスだけど。ニャーゴたちには、あたしたちが適当に獲物を持っていくと、町の人に言っておいてもらうから」
「はっ! 承知いたしました」
ようやく、元気を取り戻した幸介が、蛍とグスタフの会話に割り込み、ふたりで、掃除とも、大漁ともいえる、残骸処理と運搬をグスタフに頼んだのだった。
◆◇◆◇◆◇
「ニャーゴ! ニャーロク! ケガはない? 大丈夫?」
蛍がニャーゴに飛ぶように抱き付いて無事を確認し、復活したキャサリンもニャーロクに飛び付いて、撫でまわし始める。
気が付いて、すぐに動けたキャサリンと、ルーク、ニコラスを含め、6人で浜辺のほうから、キャットタウンの町に入り、ニャーゴたちを探そうとしたら、ニャーゴたちが、こちらに気が付き、走って来て、それに蛍とキャサリンが応じた格好だ。
周囲には、キャット・タウンの獣人たちや小動物の猫たちも集まってきて、遠巻きにこちらの様子を伺っている。
「皆の者、よく聞け! こちらが聖母様だ。沖にいた敵を討伐し、我がキャット・タウンに勝利をもたらしたお方だ。にゃーーーーーーーーー!」
「おおおおおおおーーーーーーーーーーーーー!」
「にゃーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
ニャーゴが、勝利の雄叫びを上げると、回りにいた獣人たちの歓声と鳴き声(?)というか、雄叫びというか、とにかく、キャット・タウンの獣人たちが揃って、拳を突き上げた。
挙がった拳には、もちろん猫の手も交じっていたが、皆が、笑顔で6人を歓待してくれていた。
「ニャーゴ。おおげさ、おおげさ。もう、可愛いんだから。ほら、ほらゴロゴロいって」
「せ、聖母様……。おやめくだ……、って、まあいいですけど」
「アハハハハハ、本当に可愛いわね」
蛍とニャーゴがじゃれ合う傍では、もちろんキャサリンもニャーロクとじゃれ合っていた。
これが合図となり、キャット・タウンの獣人たちも、蛍とキャサリンの周りに自然と集まり、蛍は、戦いを終結させた力強い瞳とは打って変って、慈悲深さを奥に秘めた、優しさが溢れるような笑顔で、それを迎えた。
壮絶な戦いが終わり、ひとときの安らぎを取り戻したキャット・タウンに大勢の笑い声が響き渡った。
小動物の猫たちも、蛍たちの足元に体を擦り付けまくり、蛍が歩くとカルガモの子どもたちのように、その後を尻尾を立てながらついて行く。
しばらくの間、蛍とキャサリンが、懐いている猫たちを撫で回したり、抱き上げたり、頬ずりしたりして、心身ともに癒して、笑顔を取り戻し、それを、誰を気にするでもなく振りまいていた。
「可愛いぃーーー。この子たち懐いているし、連れて行ってもいいかなー。 ねぇ、ニャーゴ?」
「ネコ浚い!?」
「うん? なーに?」
「…………いえ、なんでもありません。その子たちの意思で行くというのであれば、問題ないかと」
「もちろん。当たり前じゃない。ネコ聞きの悪いことは言わないでね」
「はぁ……」
「じゃ、わたくしは、この白猫と一緒に帰りますわ。ねぇー、クロアちゃん!」
「にゃーー、にゃーー」
「じゃ、一緒に行こうねー!」
蛍とキャサリンはよく懐いている、蛍が黒と三毛、キャサリンが白猫の計3匹の猫を抱えて、頭を撫でながら、キャット・タウンの出口に向かう。ちなみに、白猫は雑種、黒猫はボンベイ、三毛猫はジャパニーズボブテイルであった。
ふたりは、すっかり満足したようで、幸介たちも、軽く獣人たちに挨拶して、後を続いた。
俺は、ひそかに、例の獣人、猫耳娘を懸命に探したが、これだという人は見つけられず、内心舌打ちし、未練を残しながらも皆に従ったのだった。
『……隠れていて、正解だったにゃ!』
どこかで、猫耳娘たちの、そんな声が聞こえた気がした。
◆◇◆◇◆◇
「聖母様、お帰りは、我が精鋭200騎も一緒にお供させます」
「うーん。そう。分かりました」
グスタフ隊の精鋭200騎を加えた俺たちは、行きと同じ道のりを、今度はゆっくりと走った。
ニャーゴたちとは、ブラッド・リメンバーで別れ、途中で野営したり、兵宿舎にやっかいになりながら、俺たち一団は、戦いの2日後の昼、ようやくブルーリバーに到着したのだった。
「うぉぉぉぉぉーーー!」
「聖母様! 万歳!! 万歳!! 万歳!!」
「我らが英雄! 万歳!! 万歳!! 万歳!!」
「聖母さまー! 聖母さまー!」
「ばんざーい!」
ブルーリバーに入ると、いつもの訓練場に、こんなに人がいたのかというほどの大観衆が集まっていて、俺たちは大歓声での出迎えを受けた。
「うわっ、すごいな」
「なんか、ちょっと、恥ずかしいわね。人類のために戦ったんじゃないし……」
「ガハハハハハ。今まで平和というか、壁の中に籠っていた人類が、何百年ぶりとかで、戦いに勝利したんだ。こうなるだろ」
「ええ、そうですわ。ほたるは、それだけのことをしたんですもの。胸を張っていいと思いますわよ」
「ハハハハハ……、ンッ!!」
「うん? どうした、ほたる??」
「誰かに見られていたような……、いえ、気のせいね」
「ガハハハハ、こんなに多くの人に見られてるじゃねーか」
幸介の突っ込みに、蛍は、苦笑いしながら、馬を進め、俺たちはオールコック邸までの道のりを大観衆に見守られながら、ゆっくりと帰って行くのだった。
「キャサリン! 聖母様! ご無事で! 本当に良かった」
「養父様!」
「エドワードさん。おおげさ、おおげさ」
オールコック邸の玄関前の広場で、ふたりに今にも飛びつこうとするエドワードの出迎えを受け、馬を飛び降りて、抱き付くキャサリンと、苦笑いしながら、連れてきた猫たちを撫でる蛍。
対象的であったが、俺と幸介を含め、それぞれが心に一時の安らぎを得た瞬間であった。
その後、グスタフたちの部隊が戻ったのは、翌日の夕刻で、総勢2800人の部隊の凱旋と約1000匹のアノマロカリスを積んだ荷馬車の群れは壮観で、街の人は、俺たちを迎えたときと同じくらいの歓声で出迎えた。
エドワードは、戦利品であったアノマロカリスを、街の人たちに振る舞い、その夜のブルーリバーには、あちこちから、高級料理であるアノマロカリスを焼く煙が立ち上り、思わぬ形で、美味にありつけた住民たちの笑い声がいつまでも響き渡っていた。




