291 慰霊祭、開式
「ニャ、ニャ、ニャンゴッド様が現出されたにゃ!」
「イエスニャンニャロ様がご降臨されたにゃ!」
「ブッニャ様にゃーーーーーーーー!」
街の北西の方角からやってきた猫の獣人たちが、口々に叫びながら駆けていく。ここは街の中心部にほど近い目抜き通りであり、人の往来も多い。
「な、なんだー。あれ?」
「ぷふふっ。なんか可愛いですわね。でも、なにかあったのかしら?」
黒髪でズボンにシャツというラフな格好の青年と、くのいちのような格好というか、正確には桜色のリボンとマフラーがよく似合う『くのいちコス』で、輝く金髪を後ろできれいにまとめた少女が、駆け抜けていった猫族たちの後ろ姿を目で追いかけた。
「まあ、まだ時間もあるし、行ってみるか」
「ふふ。そうですわね」
青年の提案を少女が笑顔で受け止め、ふたりはさっきの猫族たちが駆けてきた方へ足を進める。
「たしか、あっちは慰霊祭の会場でしたよね」
「ああ。おっさんのメモにあったな。厳つい感じになってるとかなんとかってな」
「はーーーぁ。養父様はそんなこと書いてませんよ。荘厳な感じです。適当に理解しないでください。印象が全然違いますからね」
「そうだったか。まあ、いいやな。ガハハハハハハハハハハハ」
「まったくもう。よくありませんけどね」
そんなことを話ながら街の北西の方へと進んだふたりの眼前が急に開けて、一面に色とりどりの花が咲き乱れる花壇が並ぶ風景が目に入った。
「うわーーーーーーー、きれい。養父様が書いていたのはこれですわね。シクラメンにセージ。うーん……、こっちの花はなんでしょう?」
「あーー。うん。まあ、そうだな。うん」
「うふふふふふ。まあ思った通りの反応ですわね」
「なんだよ。悪いかよ」
「いいえ。悪くないですよ」
不貞腐れ気味に応えた青年の態度を軽く流して、金髪の少女は嬉しそうに目を細める。そして、花々の先に目をやった少女は、なにかの宝物でも見つけたような仕草で青年のシャツの袖を『くいっ、くいっ』と引っ張った。
「ね、あれ、あれ。あそこにある銅像って…………」
「お、おう。そうだろうな」
「行きましょう」
「ああ」
美しい花壇が整然と並んだふたりの視線の先にあったもの……。
それは、街の中心へ向けて立つ険を構えた大きな銅像であり、それはこの地で散った英雄、紅達也の姿だった。
その銅像の下へと向う青年と少女はもちろん、彼とともに戦った英雄、久坂幸介とキャサリン・オールコックである。
エドワード・オールコックより慰霊祭の話を聞いて、参加することを決めたティーンエイジャーの英雄たち4人は、3日前にブルーリバーを立ち、昨夜、街に到着していた。
そして、ふたりは今朝の訓練を途中で中断して、街の様子を見にきていたのである。
一緒に訓練をしていた蛍たちも誘ったのだが、蛍が『ごめんね。準備もあるし、ちょっと宿で休むから』と誘いを断り、それならばとレイラが蛍に付き添い、別行動となっていたのであった。
◆◇◆◇◆◇
大森林での昆虫軍との死闘から丸1年が経過した中央世界歴4872年10月7日。
四季のない中央世界は、今日も雲ひとつない快晴で、空は青さを誇り、燦々と輝く太陽の下、少し汗ばむような陽気である。
ここは四国をふた回り小さくしたくらいの大きさを誇る大森林の北西地帯であり、七星の英雄、知覧・ゲノム・レウと入来院蛍によって作られた巨大な森のなかの広大な平地、つまり戦場跡地には長大な城壁に囲まれた街ができあがっていた。所々に、まだ建設中や未完成の部分もあるが。
今日は、この街で『大森林での死闘』で犠牲となった戦死者1万2754人の魂を鎮めるための慰霊祭が行われる。
つい先日、人類と獣帝国の同盟が成立したこともあり、街は各地から集まった大勢の人で賑わっていた。
街の規模は、形はブルーリバーやブラッド・リメンバーのようにほぼ正方形であったが、縦横の長さがおよそ4キロという巨大なものだった。ただ、城壁の高さはおよそ20メートルでブルーリバーなどよりは低い。
それでもおよそ半径4キロ、直径8キロ強に整備されたというか、破壊された森のなかの平地では、周囲には随分余裕があり、城壁の外にも道に沿うようにぽつぽつと建物が並びはじめ、干された洗濯物などそこに住む人々の生活感を漂わせていた。
城壁には東西南北に4つの巨大な門があり、そこへ繋がる道は大森林の外へも続いている。
人類が大森林へと攻め込んだ8方向プラス北西部分の2方向には、馬車がすれ違えるくらいの幅の道が整備され、各地には資材運搬などの中継地でもあり、休憩所でもある集落のような拠点も配置されていた。
大森林の外から街へ向うには、各方面から森林内の道を進み、やがて街へと繋がる4方向の道に合流し、東西南北の門へと進むという形である。
このように大森林の外部からの交通網を整備しつつ街が造られ、開拓して伐採された木々は街や拠点造りの資材としても有効活用されて、巨大な都市を造り上げていた。
街を造った労働力の中心は、竜王国軍に故郷のベアノル・コロシアム城を追われた獣帝国の熊族が担った。
住む場所を失った彼らにとっては、新天地となる巨大な街は、一日でも早く整備したいというのが理由であった。もちろん人類や白狼軍、キャット・タウンからも、建築や上下水道、道路整備に詳しいものなど、それぞれの役割を持った人員が相当数動員されていた。
ちなみに街を造る責任者は、インセクト大平原の戦いで短期間で人類の陣地を築いたりして、これまでも英雄たちとの繋がりが深いダスティン・ベケットが担っていた。適材適所で人を動かす彼の手腕は高く評価されていて、彼もその期待に応えている。
キャサリンたちが向っていたのはこの街の北西部分で、周囲をシクラメン、セージ、それとキャサリンはその名称がわからなかった、フィソステギアの花が咲き乱れる花壇で囲まれた霊園だ。
霊園は街の北西の角の方に造られていた。上から見れば数多くの花壇は、中心角がほぼ90度の扇形の円弧部分に、縦横に網の目のように張れらた道の空き部分に5層となって配置されていた。
例えるなら、ひとつの花壇の形はちょうどバームクーヘンを縦横4つに切ったような形となっていたわけである。
円弧にある数多の花壇を通って扇形の中心角の方へ進むと、今回慰霊祭が行われる公園のような大きな広場があり、その奥に達也の銅像があり、またその奥に英霊たちが眠る墓地があった。
つまり、5層の花壇を抜けて広場を進んだ奥に、無数の墓標を背にそれを守るかのように配置された英雄紅達也の銅像があったわけだ。
そして、銅像の前の石碑には、本人がそれを見たらきっと赤面すると思える次の文字が刻まれていたのであった。
本物の騎士を讃えて
光速剣の英霊・紅達也、ここに眠る
かの者の勇気と決断が
我々の希望と未来を守った
◆◇◆◇◆◇
5層の花壇を抜けてキャサリンと幸介が向った達也の銅像の下には、ふたりの修道女が膝を折って祈りを捧げていた。ふたりからは遠目で、修道女たちの顔までは確認できない状態であるが、彼女たちは紺で統一された服を着て、フードを被ったような頭には猫耳があった。
周囲の広場では慰霊祭へ向けての準備が進められ、ステージのようなものも設けられていて、準備に追われる者や警備の兵士たちなどが忙しそうにしている。
「あれは……。サーニャか?」
「うんっ? サーニャとは誰でござるか?」
修道女たちを見つけた幸介が思わず、前に自分をエスコートしてくれた近所のお姉さん風の猫耳アイドルの名を呟いてしまうが、それをキャサリンに耳ざとく聞かれて問い詰められてしまう。幸介は誰にも言ってはいないが、密かにサーニャを気に入っていたため、つい出てしまったのである。
もちろんキャサリンは、ふたりの猫耳修道女は高い確率で達也がご執心だったイーニャとニーニャだとは思っているが、それはそれとして彼女には看過できない呟きであった。
「あ、いや。なんでもない」
「ふーむ。これは怪しいでござるな。うーーん。幸介殿、なにか隠しているのではござらぬか?」
恍ける幸介の顔に、キャサリンが下から覗き込むように顔を近づけると、少し仰け反った幸介はすかさず視線を泳がせる。
「いやー。別に、なんでもない」
「また、なんでもないと……。ふむふむ。二度も繰り返すとは、ますます怪しいでござるな!? ほれっ、ほれっ、言ってみるでござるよ」
「えっと……。あーーーーー。そうそう。そう言えばあいつらはいないのか、黒いの着てた……」
「……おっつ。な、なんでもないですわね。キャハハハハハハハハハ」
「そうだろ。なんでもないだろ。ガハハハハハハハハハ」
達也が見たら、絶対にジト目となるバカップルの遣り取りは、行く当てを間違えず、有耶無耶のうちに頬を赤らめた高笑いのなかで消えていく。
「あれ、ご主人様の知り合いにゃ」
「ほんとにゃん」
「お、おう」
「こんにちは」
幸介たちがふたりのすぐ後ろまで行くと、気配を感じたのか、振り返ったイーニャたちが声をあげた。幸介は心なしか肩を落とし、キャサリンは内心では『やっぱりそうか』と納得して笑顔で応える。
達也の像の前で祈りを捧げていたイーニャとニーニャ。
ふたりの格好は、踝まで届く紺のトゥニカに、猫耳もきれいにカバーできるウィンプル、肩には白のケープを掛け、胸元にはロザリオが光るという、まさに猫耳修道女そのものだった。
最上の美しさと可愛さ、そして可憐さを兼ね備えた猫耳美少女が、さらに神々しさを纏っているという、それはもう、そこにいるだけで女神が降臨したと思えてしまうほどの完璧な存在だった。
もし、達也が見ていれば、確実に「うひょっ」と声をあげ、ゴクリと唾を飲み込んだであろう。心のなかで「マジ天使」を連呼しながら。
猫族たちが口ぐちに叫んでいた『ニャンゴッド様』『イエスニャンニャロ様』『ブッニャ様』は、もちろん彼女たちのことであり、彼らがそう叫んでしまうのも仕方がないほどの女神がここに降臨していたわけだ。
ちなみに『ニャンゴッド様』『イエスニャンニャロ様』『ブッニャ様』は、猫族に受け継がれてきたニャンニャの事績が各時代によって神格化し、そして偶像化したものであって、どれもこれも猫族ならだれもが知っている神の名であった。
あえて言うならだが、呼び方の違いは宗派の違いのようなものであって、共通して崇拝しているのは、すべては光の子の母である御光様で、猫族と世界を救い猫帝国を打ち立てた『光を纏った慈悲と慈愛の神』イコール『女神ニャンニャ』であった。
もっとも幸介とキャサリンにとっては、そんなイーニャたちでさえ可愛い猫耳修道女というだけなのだが。
「あれっ。その指輪は?」
イーニャたちが左手の薬指にシルバーリングをつけているのをキャサリンが目ざとく見つけて指差した。
「にゃはははは。これはご主人様との愛の形なのにゃ」
「そうにゃん。ニーニャはご主人様と永遠の愛を誓いあったにゃん」
「はーー、ほーーー。そうですの……ハハハ」
「ハハハハハ」
「「そうにゃ(ん)!」」
あまりの解答に苦笑するキャサリンたちに対して、『一途』という言葉は彼女たちのためにあると言っていいほどの押しの強い笑顔でふたりは断言した。
しかし……。
今はもう迷いはないイーニャたちであったが、ここまでくるには本当に、本当に時間がかかっていた。
達也の死を知ったときには、来る日も来る日も『みゃーみゃー』と鳴いて、『にゃんにゃん、にゃんにゃん』と泣いて、『みゃぉーーーーーーーーん』と鳴き喚いて、幾夜も幾夜もふたりで泣き明かした。そして数か月経って、ようやく出した結論だったのである。
「達也が聞いていたら、きっと喜ぶでしょうね」
「そ、そうなのか……」
「ええ。そうです」
「でもよぉ…………」
「うん? なんですか?」
「いや……なんでもない。俺たちは前に進まなければな」
「……ええ。そうですわね」
このときのキャサリンと幸介には、幼馴染として、同じ英雄として、幾度もの訓練をし幾つもの戦場で戦った戦友として、イーニャたちの決断に対しては複雑な感情が去来していた。しかし、ふたりにはそれを多くの言葉に変える必要はなかった。
イーニャたちと同様に、ふたりともに、同じ苦しみを乗り越えてきたのだから……。
そのあと幸介たちはしばらく達也の銅像の前で手を合わせ、イーニャたちに「じゃあな」などと言って霊園をあとにしたのであった。
◆◇◆◇◆◇
「これより、先の激戦で、この地にて我々の世界のために犠牲となった英霊たちの御霊の安らかなることを祈り、彼らの勇気ある行動と華々しい戦果を決して忘れずに未来へと繋ぐ慰霊祭を開催する!」
ステージの上で居並ぶ参列者たちの前で、慰霊祭の第一声を上げたのは獣帝国第五軍の将軍であり、ベック・ハウンド城の城主、フレイム・バレットであった。
今日のフレイムはいつものチャイナドレス風の赤い服ではなく、完全武装して背中に帝国の紋章の入った赤いマントを着用していた。いわゆる軍服姿というやつである。
彼女のすぐ後ろには、先の戦いの総司令官時と同様の軍装で身を固めた知覧・ゲノム・ラウラが控えている。
慰霊祭の主催は共に多くの犠牲者を出した人類と白狼軍だった。
本来ならキャット・タウンの主であるニャサブロウも主催者側に回るのが筋であったが、きまぐれな猫らしく『お手伝いはするけど、そういう偉そうなのはお任せするにゃ』と言って、彼は辞退していた。もちろん、猫族は準備を手伝ったりはしたし、今回の慰霊祭には犠牲者の家族など多数が参列している。
結局のところ慰霊祭の準備や式次第などの主要な決め事は、フレイムとラウラが相談して決めたという形になり、司会進行はフレイム、主催者の挨拶はラウラがやることとなり、開式にあたっては、ふたりが揃って壇上に上がったのである。
人類側の主な参列者としては、英雄たち6人とアンカー・フォートの主ウィリアム・バートン、ブルーリバーの主エドワード・オールコックで、英雄たちと少なからず見知った者として街を造った責任者でもあるダスティン・ベケット、それとアニー・フェントン、グスタフ・アランも主催者側の働き手として参列していた。
もちろん、蛍とレウの護衛や、レウたちの密偵も数名群衆に紛れて参列している。
一方、獣帝国の主な参列者は、第一軍将軍カリグ・アイドウランと第二軍将軍カール・ユリウスが少数精鋭の部隊を率いて参列していた。
皇帝アルゴロン7世は本拠地に残り参列しなかったが、帝国のナンバー2と3が揃って参列することによって体面を整えたという形であった。
もちろんフレイム将軍が率いる第五軍は獣帝国としての主催者側であり、側近のスノウや重臣のゴームをはじめ多くの重臣たちが参列していた。イーニャたち猫耳メイドも、猫耳修道女となったイーニャとニーニャをはじめ、サーニャ、ニャーオ、ミコニャンも揃って参列している。
さらに、いちおうキャット・タウンの猫族たちも帝国側なのだが、帝国としては考慮していないというか、数には入れていない。
また、慰霊祭の間、城主や重臣をはじめ、多くの兵士や住民のほぼ半数が参列してしまうために手薄となるベック・ハウンド城には、第四軍のマイケル・メッサ将軍と第六軍のクイーン・コンスタン将軍が守備にあたっていた。
まあ、竜王国軍は北のスカイ・フォークの建設が忙しくて、まだ東の拠点が落とされたことも知らないのだが。
こうして慰霊祭に参列した各地から集まった群衆はおよそ3万人にも上り、会場となった広場は人で溢れ返っていた。
そして、祭式は恙無く進んでいき、挨拶のために再びラウラが壇上に上がったのであった。