表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世紀末の七星  作者: 広川節観
第六章 生まれいずる世界
285/293

285 死闘後の中央世界② ~2勢力、同盟への道筋~

 「戻ろう」


 偵察のために、遥々と竜王国内まできていた密偵ローサは、小高い山に登ったところで、遠くの山並みから空を突き刺すような槍の穂先でもあり、逆に山々の中央を突き刺し終えた槍の柄のようにも見えた不思議な光景を前に結論を出した。


 『まだこの先100キロ近くはドラゴン・パレスに近づくつもりだったが……、ここまでだ。これまで見てきた各拠点や村々の様子も気になるしな』


 小高い山から降りる道なき道を進むなかでローサはそう考えた。


 このときのローサが気にしていたのは、竜王国内を進んだ道中で敵の警戒がとてもゆるかったことであった。


 いくつかの拠点や村などを見つけてはきたが、各拠点にいる兵も数人で、村々の様子を近くまで見に行っても、廃村ではないかと思うくらい人がいなかった。


 敵の領地内を進んでいたためにかなり気を張っていたのだが、各地であまりに敵を見つけられずに拍子抜けしていたくらい、おかしな状態だったのだ。


 レウから受けた密命は、東の上陸地点、7大陸の右側の長い棒の上部で横棒の中央あたりから竜王国内へと潜入し、そこから西に400キロほど離れた竜王国の首都ドラゴン・パレスを目指して、できるだけ進んで敵の様子を探ってくることであった。


 周囲を警戒しながら、小走りに上陸地点を目指す道すがら、1か月ほど前に、ベック・ハウンド城で密命を受けたときのシーンが、ローサの頭のなかに蘇った。



 ◆◇◆◇◆◇



 「あんたは、うちらと離れて、竜王国の様子を探ってこられるか?」


 「はっ」


 短めの長方形のテーブルに右肘をついて、手に頭をもたせかけながらレウは言った。


 ローサはレウの斜め前に傅いていて、ローサから見れば左側にテーブルに座るレウ、右側に立ったまま窓の外を見つめるラウラがいた。


 いつもながらの突飛なレウの指示で、未知の場所、竜王国領への潜入という難しい任務に対して、心のなかでは疑問と不安が過っていたが、ローサはそれを隠し、いつも通り短く返事をした。するとレウは口元を少し緩ませてから、ひとつ頷いた。


 「ほうか。ほんなら、これを見てくれ」


 そう言ってレウが出したのは、中央世界(セントラルワールド)の地図だった。傅いていたローサは立ち上がってレウと同じテーブルに近づき、地図を覗き込む。


 地図には、すでに赤い線で道筋が書き込まれていて、内心では驚いたローサだったが、目を見開くことさえも押さえて、レウや笑顔で視線をこちらに向けたラウラに悟られないように背筋を伸ばした。


 『もう、ここまで用意していたのか。さすがはレウ様』


 ローサの頭のなかでは、そんな言葉が流れていた。


 「ビースト・エレファント城の近くの魚港から海路で北へ向かい、このあたりから上陸やな。そこから西へ向かってくれ。上陸地点の西、およそ400キロ先がドラゴン・パレスのはずや」


 ローサの頭のなかでは、今回の任務では、舟の手配と敵に見つからないように海路や敵領内を進む方法が何通りか組み立てられていく。


 これらの方法をレウに尋ねるのが普通かもしれないが、ローサはそれはしない。任務を聞いて、必要なことはすべて自分で熟すことを前提に考えるのである。


 それに、すでにローサは地図に赤丸がつけてある漁港までは行ったことがあった。レウには報告はしていないが、おそらく知って喋っているとローサは思った。


 それは遡ること数か月前、ベック・ハウンド城にいた獣帝国(ビーストエンパイア)の一部の部隊とカリグ・アイドウランが人類との同盟の内諾を持って、それを皇帝に伝え、締結式や式典の準備のために帝国に帰国したときだった。


 人類側からはグスタフを隊長とし、密偵の数名が混じった先遣部隊が送られたのだが、そこにローサも混じっていた。ビースト・エレファント城に着いたあとは、当然のようにローサは周辺の偵察をして、漁港へも足を運んでいたのである。


 だから、ローサは過去に経験した漁港のイメージを頭に思い浮かべ、自分の取るべき行動をシミュレートしていく。


 「はっ」


 考えを巡らせながらもローサがいつも通り短く答えると、レウが両手でツインテールをくいっと引っ張った。


 「さすがやな。普通はどうやって上陸地点まで行くかとか聞くんやけどな。すでに考えとるのか?」


 「はっ」


 ローサはすばやくテーブルから離れ、元の位置に傅き直して頭を少し下げてから当たり前のように答える。すると、今度はラウラが横から会話に割り込んでくる。


 「ふふふふ。ローサ。レウにそんなことを言わせるのは、あなただけね。それにね、私たちには、いえ人類にはもうあなたは欠かせないのよ。上陸地点まではきちんと用意してあるから大丈夫。そこから先は危なくなったら逃げる。これは私からの厳命よ」


 「はっ」


 暖かくも諭すようなラウラの言葉に、ローサは傅いたまますべて心得ているというような低い声で、短く答える。


 「あははは。ほんま、あんたにはかなわんな。ちゃんと説明するわ。もう一度こっちにきてくれ」


 レウはひとつ笑い、ローサが立ち上がりテーブルに戻ったのを確認してから、地図の各地を指差しながら説明をはじめる。


 ギャグにもならない余計なことを口にすることをとことん嫌うレウをいつも見て、何度も迷惑を被っているラウラは、「ふふふふふ」と笑みを強めて楽しそうに口を開いた妹の様子を見守った。


 「あんな。まずビースト・エレファント城までは、いつも通りうちらの護衛やな。ほんで着いたらすぐに漁港に向かえばええ。そこにはカリグはんが手配する北へと向かう獣帝国(ビーストエンパイア)の部隊がいてるはずやから、そいつらと一緒に上陸地点まで行き、単身竜王国内へ潜入すればええんや」


 「はっ」


 「ほんでな、帰りも、同じ部隊が沖で待機しとるから、狼煙を上げれば拾ってくれるはずや。あとは50ある合言葉やけど、帝国兵は簡単なものしか使えんやろ。まあこれは、あんたには余計なことやな」


 「はっ。では」


 すべてを聞き終えたローサは再び、すばやくテーブルから離れて傅いて言葉を発し、そのまま風のように姿を消した。その様子を見て、レウは姉の方を見つめ、ラウラはゆっくりと目を閉じて優しく頷いてから、お互いの笑みを深めて見せた。それを背後で確認しながらローサは前を向いたのだった。


 『情報を持って生きて戻ること。それが私の最も重要な任務だ』


 密命を受けたときのことを思い出したあと、ローサはそう考えて足を早めたのであった。



 ◆◇◆◇◆◇



 密偵ローサが竜王国内で、漆黒の塔を見つけていたころ。獣帝国(ビーストエンパイア)の本拠地であるビースト・エレファント城では、人類と帝国の同盟締結式が行われようとしていた。


 人類側の出席者は知覧・ゲノム・ラウラ、レウの姉妹を筆頭にアンカー・フォートの代表ウィリアム・バートンで、バートンは数合わせのようなふたりの男の秘書を連れてきていたため5人だった。席順もラウラ、レウ、バートンの順でふたりの秘書は末席に並ぶ。


 レウとラウラは黒を基調としたワンピース型のドレスで身を包み、レウは水色、ラウラは白い薄手の大判ストールをジレのように羽織っていた。バートンたち3人は燕尾服などの礼服である。


 人類と獣帝国(ビーストエンパイア)の同盟という大きな出来事である今回の席には、本来ならブルーリバーの主であるエドワード・オールコックも出席する予定だったが、蛍たちの面倒を見るというレウたちの意向があり、街に残っていた。


 蛍たちティーンエイジャーの英雄たちは達也を失った傷が大きく、あの大森林での死闘後はブルーリバーに戻り、以降は、ほとんど街から出ることはなかった。


 一応はティーンエイジャーの英雄たちにも、意志確認のようなものはされたのだが、誰もが黙って首を横に振ったため、最終的にはエドワードが彼女たちの元に残ることになったのであった。


 ちなみに、獣帝国(ビーストエンパイア)の首都であるビースト・エレファント城は、ベック・ハウンド城からは、直線距離なら400キロ程度のところに位置しており、ブルーリバーからだと1000キロ近くも離れている。それは、もし、参加するとなれば往復でゆうに1か月以上もかかる距離であった。


 一方の帝国側の出席者も人類と同数の5名だった。


 皇帝アルゴロン7世を筆頭に、第一軍のカリグ・アイドウラン、第二軍のカール・ユリウス、第三軍のハンニブル・バアル、新しく第六軍へと昇格していた紅一点クイーン・コンスタンの各将軍が席に着いていた。


 アルゴロン7世は帝国の紋章の入った黄金色のマントを着用し、他の将軍たちは紋章の入った赤色のマントを着用し、マントの下は軍装であった。末席に座るクイーン・コンスタン将軍だけは同じ赤色のマントだが背に紋章はなかった。


 本来なら末席には第四軍のマルケス・メッサ将軍が座る予定だったのだが、彼は部隊を率いたまま、両陣営の会談の間に手薄になるベック・ハウンド城に残っていた。それはレウたちの希望でもあり、自分たちがいない間にベック・ハウンド城を落とされ、城より南へ敵を進ませるわけにはいかなかったからである。


 まあ、もちろんレウたちも各所への罠など、それなりに準備を怠っていたわけではないのだが、自分たちが遠く離れていて、予想を超える事態に対応するには将軍クラスの器が必要だと思われたために取られた措置であった。


 さらに、それには、ベック・ハウンド城の城主であり、人類と帝国が同盟を結べた最大の功労者でもあり、半月ほど前に第五軍へと昇格したフレイム・バレット将軍が今回の締結式の議長を務めるということが大きく影響していた。


 シロクマ、ヒグマ、ツキノワグマなどの特徴を持った熊族たちで構成される旧第五軍はベアファイ・ストロン将軍と本拠地であるベアノル・コロシアム城を失い、行き場を失っていた。


 敵の手から逃れてきた多くの兵士や民を受け入れていた白狼軍の勢力は、以前よりも遥かに大きくなっていたのも昇格の理由のひとつになった。これは、有り体に言ってしまえば、白狼軍は、旧第五軍の兵と民を吸収して巨大勢力へと変貌していたということである。


 その陰には、ラウラたちの白狼軍への食糧や資材などのほぼ無償提供という手助けがあったのだが、そのことは帝国内には知られていない。


 ラウラたちがそう行動した根底にあるものは、ラウラはもちろん、出会った頃は嫌な顔をしていたレウでさえも、先の戦いでフレイムがふたつ返事で参戦し、ともに大きな被害を出しながらも昆虫軍の打倒を成し遂げたという白狼軍の功績を認め、忠義に厚い彼女を信頼できる人物として受け入れていたからであった。


 こうしたことがあって、本来なら第三者に任せるはずの議長の座を、人類側は希望してフレイムを推薦し、帝国側はカリグの「フレイム将軍がいなければ同盟は成しえなかった」という言葉と説得を受けて、皇帝が決断したという流れで決まったのであった。


 まあ、人類側はレウの一言で今日の同盟締結までの流れがあっという間に決まっていたというのがあるのだが……。



 ◆◇◆◇◆◇



 両陣営が同盟を締結するにいたった流れ。


 それは、大森林での死闘後、レウが目覚めて半月後に、カリグ将軍、メッサ将軍、フレイム、ラウラ、レウの5人でベック・ハウンド城で会談したときのことであった。口火はいきなりレウが切った。


 「うちらと白狼軍とはすでに同盟関係やし、新しく獣帝国(ビーストエンパイア)ととか、格式ばった締結式なんて必要なんか? まあ格式を重んじるあんたらの気持ちもわからんでもないが……。どうしてもというのなら締結式の議長はフレイムはんが務める。これならええけど。あーー、そや。いくつか条件もあるな。たいしたことではないがな」


 「代表者に皇帝の元へ足を運んでもらう同盟の締結式は絶対に必要だ。だから議長の件は了解した。今回の戦いの尊い犠牲は我らの落ち度でもあり、フレイム将軍がそれを少しでもカバーしてくれたことを、我々は認めねばならないからな」


 いつものようにざっくばらんに必要なことだけを言うレウの言葉を真摯に受け止めたカリグ将軍が自分たちの非を認めつつも、堂々と必要なことをずばりと答えた。レウはカリグ将軍の言葉に目を光らせ、こいつは切れ者だなという顔で、いつもとは少し違った真面目な態度で見つめる。


 隣にいるメッサ将軍は、レウの横柄な態度に一瞬嫌な顔を見せたが、カリグ将軍が横目で制したために、口を噤んだ。そして、前もってフレイム将軍から言われていたことを思い出していた。


 『レウ殿は礼儀などの形式などお構いなしに、そしてずけずけと物を言う人だが、決して馬鹿にしているわけではないので、いちいち反応されても困る』


 まさにその通りだなとメッサ将軍は心のなかでため息をついていた。レウが続ける。


 「ほうか。ほんなら同盟を結んでもええやろ? なあ姉さん?」


 「ああ。それで構わない。もともと我らの敵は竜王国であって、すでに同盟関係にあるフレイム将軍の祖国である貴国と事を構えるつもりは、こちらからはないしな」


 『こちらから』を強調して軍人ラウラはそう言ったのだが、交渉を有利に進めたいレウとラウラに取っては彼らに知られたくない事情もあった。人類がまだ行ったことも、見たこともない北方についての情報を得たいという損得勘定が働いていたのである。


 だから、獣帝国(ビーストエンパイア)と同盟を結び、竜王国との境界にある帝国の本拠地へと足を運ぶことは願ってもないチャンスでもあったのだ。そういう意味では白狼軍とのブラッド・リメンバーで行った会談と同じ流れであった。


 「そうか。ありがたい。それで、条件とはなんだ?」


 一番大切なことが簡単に決まったことに対しては短く礼を言い、次へと話を進めるカリグ将軍の態度に、レウは口元を緩める。


 「カリグはん。あんた、話が早くて助かるわ。条件はふたつやな」


 「聞こう」


 レウが「カリグはん」とか「あんた」とか言って、まるで友達と会話をするように話を進めていくことに、その場にいる皆はそれぞれの思いが表情に出ていたが、当のカリグ将軍はそんな皆のことは無視して、レウとふたりで話を進めていく。


 内心では3人はそれぞれの思いを抱えていた。


 メッサ将軍は憤慨して思った。

 『カリグはん、あんた。獣帝国(ビーストエンパイア)ナンバー2に対してなんという無礼な口の聞き方だ』


 フレイムは感心して思った。

 『ふふ。レウ殿は相変わらずだな。それにしてもさすがはカリグ将軍。たいした器量の持ち主であるな。顔色ひとつ変えていない』


 ラウラは安心して思った。

 『今日は出番はなさそうね。レウも喜んでいるみたいだし、これなら聞きたいことは聞けるわね』


 そんな皆の思いをよそに当のふたりは、その場にはふたりだけしかいないかのように話をどんどん進めていく。


 「ひとつはうちらの兵たちに貴国の出入りの許可をもらうこと。もうひとつは、あんたらが、敵さんに海路でゲック・トリノ城周辺から回り込まれて攻められた戦いの詳細を知りたいことやな」


 「ゲック・トリノ城だと。なぜ、それを?」


 「ああ、それか。うちらもアホやないしな」


 「そうか。では、まず、兵たちの受け入れは問題ない。我が関係各所に通達を出せばいいだけのことだ」


 「それは、ありがたいな。お願いするわ」


 「ああ、任せておけ。それで北の大戦だが、地図はあるか?」


 「もちろん、あるで。これや」


 「ふむ。用意がいいな」


 「あんたほどではないわ」


 「ふふ。そうか。それでだな、まずはここに大きな河があるだろう。戦いの発端はこの大河のこの辺りで……」


 そのあともレウとカリグ将軍は、ふたりだけの世界に入り長々と話を続けていった。


 結果として、レウは北の大戦の詳細と、北に点在している獣帝国(ビーストエンパイア)軍や竜王国軍の各城と城主や、両軍の戦力などの情報を得て、カリグ将軍は大森林での死闘での、自分が目にした人類の攻撃手段などの情報や戦力などを得ていた。


 ともに誰かに聞けば、調べればわかってしまうレベルの話は惜しみなく情報を交換しあったのだが、切れ者同士のふたりの会話では、重要な部分はぼかされて伝えられた。そして、それをふたりとも突っ込むことはなかった。


 たとえば、カリグ将軍は獣帝国(ビーストエンパイア)軍の第一軍である幻獣軍の力についてはぼかし、レウは人類には桁違いの能力と武器を持つ英雄たちがいることは適当にごまかしていたのであった。



 ◆◇◆◇◆◇



 「これより、獣帝国(ビーストエンパイア)と人類の同盟締結式を開会する」


 一同が席に着いたのを見計らい、議長席に座ったフレイム将軍がマントを翻して立ちあがり、声を大にして開会宣言を行った。議長席から見て左側が獣帝国(ビーストエンパイア)で、右側が人類である。


 時は、中央世界(セントラルワールド)暦4872年10月1日。


 この日、人類と獣帝国(ビーストエンパイア)の同盟が締結されたことは、中央世界(セントラルワールド)の歴史上では大きな意味を持つ出来事であった。それは後の世の歴史書に、この日こそがすべてのはじまりだと書かれるかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ