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世紀末の七星  作者: 広川節観
第五章 輪廻する世界
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281 光を纏う者

 凡庸なる安寧を求める。

 永久(とこしえ)の愛に傅く。

 聖なる光を纏い紅蓮の瞳と邂逅する。


 吸血鬼の始祖風金髪幼女の容姿でありながらジジイ言葉で喋る中二病患者。それでいて『ロリっ娘』などと言われるのが、それはそれは大好きなロリババから語られた3つの選択肢がこれだ。


 昆虫軍との戦いで戦死し、今、輪廻の塔の第7層にいる俺、紅達也のこの先の道を示した中二的な言葉で固められた選択肢である。


 これまでの階層では、下の世界へ行くとか次への階段を上るなど、必ず登場した別れ道だったが、この第7層ではひとつもわからず、今、ロリババに教えてもらってようやくわかったものだ。


 本当にここにきてからは、驚きの連続というか、暗闇に閉じ込められて潰されそうになったり、突如として現れた蛍に恥ずかしいところを見られたり、すでに死んでから200万年以上経っていたとか、いろいろなことがあり過ぎた。


 猫耳女神のニャンニャは風貌通りとても優しく何度も助けられたが、中二病で、我儘で、スーパーかまってちゃんで、常人には理解できない性格のロリババには多いに振り回され、幾度か終わりそうになったこともあった。それでも紆余曲折して、どうにかこうにか、なんとかかんとか、ここまできたという形である。


 そう。やっと輪廻の塔第7層での俺が選ぶべき道、進むべき未来が目の前に示されたのである。上の階段を上るとか、下の世界へ行ってなどというこれまでとは違う、この第7層特有の選択肢だ。


 そして、この3つの選択肢のなかのひとつで、最後に提示された文言は、さすがの俺でも、ここで何が起ころうとしていて、ロリババやニャンニャが何をしようとしているのかを理解できるものであった。


 『そうか、そういうことだったのか……』


 言葉にはできない思いが胸のなかで渦巻き、中央世界(セントラルワールド)で経験したさまざまなことが一斉に襲い掛かってきて、『今この時』に集約され、凝縮されていくような気がした。


 全身で湧き立つような血を感じ、足先から頭のてっぺんまでをさざ波が駆け抜けるかのような感覚に襲われ、俺はひとつ身震いをした。


 そして、俺の思考は正常に機能しはじめ、金髪幼女が口にした3つの選択肢の答え合わせをはじめていったのだった。



  ◆◇◆◇◆◇



 まず、最初のふたつの選択肢である『凡庸なる安寧を求める』と『永久(とこしえ)の愛に傅く』も、完全に正解がわかったわけでもなく、不確定な部分はあるが、おおよそは理解できた。


 『凡庸なる安寧を求める』のは、おそらくこの第7層よりも先のことで、ニャンニャが『第六世界(シクラメン)で転生する77階層が待っている』と言っていたものだろう。


 すでに崩壊した1、2層を除く他の階層では下の世界へ転生する道があったが、この第7層にそれはない。だから、それに代わるものとして、次のステップという形での輪廻転生の道なのだろう。まあ、お姉さんメイドのところでは、彼女が下の世界への選択肢を潰していたとかはあったが。


 通常というと語弊があるとは思うが、とにかくは元の世界、つまりは第六世界(シクラメン)に戻り、その世界の輪廻の輪に俺の魂が委ねられる。ロリババが言う凡庸なる安寧とは、平和な世界の、彼女から見たらつまらなく平凡な道ということだろう。


 そして、それは同時に中央世界(セントラルワールド)とは、輪廻の塔とは、完全に無関係になるということを意味しているはずだ。



 『永久(とこしえ)の愛に傅く』は、輪廻の塔のどこかで下の世界には行かずに、たとえばこの第7層でニャンニャとともに永遠の存在となるということだろう。


 それがどこで誰となのかは示されていないので、もしかすると今まで経験した1~6階層も選択肢に含まれているのかもしれない。


 先に言っておくが幸介もどきがいる第2層はないぞ。あいつは幼馴染みで友達だが、俺にそんな訓練だけで過ごすような暑苦しい趣味はない。それにそもそも幸介じゃないしな。もし、階層を選べるなら言うまでもなく、真理と瑠璃がいた第6層の一択で迷うようなことではない。


 俺の立場は輪廻の塔の番人なのか住人なのかはわからないが、不老不死となり、この輪廻の塔で、愛する人とともにある世界ということだろう。


 これはこれで、とても魅力的なことなのかもしれない。幸介もどき以外なら、心が動かされてもいい選択肢ともいえる。いちおう繰り返しておくが、選べるなら一択だ。本当だぞ。


 あ、そういえばレウンも除外な。あいつとの永遠の愛とかないよな。もしかしたらそれは笑いが絶えない楽しい日々なのかもしれないけど、そもそもあいつに対しては愛なんて微塵も感じられないし、俺はお断りだな。



 そして問題の3番目の選択肢である『聖なる光を纏い紅蓮の瞳と邂逅する』。


 ここに出てくる『紅蓮の瞳』は疑いようもなく竜王アンゴルモアのことだ。ロリババは幾度か使っていたし、ニャンニャも神々が中央世界(セントラルワールド)を眺めたときに、空を見つめていた者を紅蓮の瞳と言っていたし、間違いはない。


 さらに俺が生き返って中央世界(セントラルワールド)に戻れないことは、さっき激怒したロリババの態度からも確かなことなのだろう。それなのに、俺に残された道として登場した竜王アンゴルモアとの邂逅。


 その意味するところは明確だ。つまり生き返るのではなく、別の何者かに転生して中央世界(セントラルワールド)に戻るということになる。逆に言うなら転生する選択肢を選べば、中央世界(セントラルワールド)に戻れるということである。


 別の何者か、それが何者なのか?


 それは『紅蓮の瞳』の前置きとして語られた『聖なる光を纏い』というところに示されていた。この言葉にヒントがあった。賢くて察しがいい蛍やレウなら、もっと早くこの真理に辿りついただろうな。


 思い返せばロリババは最初から言っていたんだ。


 ファティマ第3の預言の話のときには『正義の光(ジャスティスライト)へと英雄を導き七星刻(セブンスター)を輝かせる』と言い、蛍が現れて消えたあとにも『天空の光を纏い常闇(ダークサイド)に繁栄をもたらす叛逆の暴徒を打ち滅ぼす』とか言っていたのだから。


 それらの言葉はもちろん俺の耳にも届き、聞いてはいたのだが、ただの中二病的な言葉だと思っていて、本当の所を理解していなかった。しかし、そこにはちゃんとした意味があった、真理が内在していた。


 意味が理解できず、さっきまでは自分のことだとは思っていなかったのだが、はっきりと俺が選べる選択肢として提示されたことでようやく理解できた。『天空の光を纏い』『聖なる光を纏う』のは、他の誰でもない、俺のことだったんだと。


 つまり、3番目の選択肢、『聖なる光を纏い紅蓮の瞳と邂逅する』というのは……。



 俺、紅達也が『光の子』となり、竜王アンゴルモアと戦うために転生する。



 これが今までロリババが口にしていた意味だし、ニャンニャが決断を迫ったことだったわけか。そういえばファティマ第3の預言というか、未来の預言者の7つ目の預言。


 『七星のひとつ滅したとき

  志は天に召されず

  輪廻を巡る

  そして涙と意志が光となる』


 この4行目にもヒントが隠されていたんだな。これを聞いたときには3行目までのインパクトが強く、今の自分の状況をあまりにも的確に表していて、4行目は影が薄いというか、俺のものにはなっていなかった。でも、今なら4行目が最も重要であり、最も大切なことだと確信できる。


 それに蛍が輪廻の塔に現れたときにニャンニャに止められはしたけど、ロリババが呪文のように言っていた言葉。


 『時は来た! ならば行け!』


 この『時は来た!』は、普通に考えれば準備は整ったということだ。そして、預言の四行目には涙という言葉がある。それはきっと蛍が流した涙。シクラメンの花びらに残した聖母の涙によって俺が『光の子』となる準備は整ったということなのだろう。


 ただ、そのときには俺の意志はなかった。というか、何のことかはさっぱりわからずに、ただただ狼狽えていただけだった。だから、ニャンニャはまだ早いと止めたわけか。


 俺の意志という最後の鍵が揃っていないのにフライイングで事を進めようとするのは独善的なロリババらしいというか、それこそがロリババのロリババたる由縁だし、たとえばそれを彼女に問い詰めたりすれば、一笑してこう言うだろう。


 『残念な英雄の意志などが必要なのかのぉ。ならば儂が決意してやる。儂がすべてで儂のほうが偉いのだから、それでよかろう。ふぉっふぉっふぉっふぉっ』とか。


 おとがいに手をあてて下を向き、目の前の色とりどりのカップケーキたちを見るともなしに見て、丁度そんなことを考えていた俺の瞳に、両手を腰にあて、少し腰を曲げて下から覗き込むような金髪幼女の顔が映る。ずっと黙って考えていた俺の様子を伺ってきたようだ。


 「どうした英雄よ。決めたのか?」


 「あ、えっと。永遠のロリータロリっ娘ロリちゃん。もう少し待ってください。永遠のロリータロリっ娘ロリちゃん。あと少し。永遠のロリータロリっ娘ロリちゃん」


 ここは邪魔をされたくないので、しつこいくらいにというか、機械のように『永遠のロリータロリっ娘ロリちゃん』を繰り返す。2個目の言葉からは、ちょっと棒読みになっているかもしれない……。


 「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。よかろう。待ってやろうではないか。ふむふむ。いいだろう、いいだろう。なんなら夜明けまで待ってやるぞ。儂は優しいからのぉ。むふふふふふふふふふふ」


 「ここには夜明けなんてにゃいにゃ」というニャンニャの突っ込みも華麗にスルーして、椅子に膝立ちしてご満悦のロリババと、やれやれと肩を竦めて呆れかえるニャンニャ。少し棒読み気味だったはずだが、ロリババはまったく気にしていない。


 視界の端に映るそんなふたりの様子に一瞬だけ気を回したわけだが、俺は再び自分だけの世界に閉じこもった。



  ◆◇◆◇◆◇



 『光の子』は、それがどこからなのかはわからなかったが、聖母である蛍がいつか授かる者として理解していた。俺の嫁であるイーニャとニーニャたちから御光様伝説を聞いたときには彼女たちが『光の子』を授かるのかとも思ったこともあったけど。


 それでも『光の子』は、ずっと、まるで神からの贈り物のように、突然中央世界(セントラルワールド)に現れ、蛍の元に届けられるようなイメージでいた。聖母である蛍が成し遂げる神々しい奇跡を、彼女の横にいて見ているのが俺だった。


 でも、現実は、真実は、違った。


 聖母の傍にいる幼馴染の傍観者ではなく、贈り物として贈られる当事者というか、聖母である蛍の元へ『光の子』として転生するのが俺だった。もし、これが物語なら傍観者ではなく主人公が俺だったわけだ。


 そういえば……。


 レウが俺のために造ってくれた武器は、アポロンの光剣(ポイボスソード)であって、光という文字が入っていた。それに対してなぜ光剣なのかと聞いたとき、レウは逃げ足が光のように速いとかボケて、皆の笑いを誘ってうやむやにしていた。でも、そのあとラウラが、レウは俺に『光の剣士』になってほしいとか言っていたっけ。


 あれは俺が『光の子』になることと関係があったのだろうか? 『知覧に分からぬ事なし』の彼女たちには、もしかしたら最初からこうなることがわかっていたのかもしれない。


 そうだ。あのときもだ。突然、レウが中央世界(セントラルワールド)での戦いが終わったら、俺を第七世界(セージ)に連れて行くといったとき。あのときレウは俺につけた知覧性を『知覧・ゲノム・リヒト』と言っていた。


 そのときは言っている意味自体がわからずに、そのまま話は打ち切られてしまっていたのだが、あとで気になって蛍に聞いてみたんだった。


 「なあ。ほたる。知覧・ゲノム・リヒトのリヒトってなんだ?」


 「それねー。うーん。そうだねー、達也の武器はアポロンの光剣(ポイボスソード)だからじゃない?」


 「えっ。それとどう関係があるの?」


 「あーー。リヒトってさ、ドイツ語で光って意味だからさ」


 「おお、そうなんだ。ドイツ語か、よく知っているな。ほたるはすげーな」


 「あはは。たまたま知ってただけだし、褒めてもなんにも出ないからね」


 「あはは」


 たしかこんな会話で、またひとつ蛍の賢さを認識した一幕で終わってしまっていたのだが、そこには大きな意味が隠されていたのかもしれない。


 そうだよな。きっとなんでも知っているレウは、俺が転生して光の子になることも薄々感づいていたのかもしれないよな。


 ゴブリン軍からレイラを救出したあとは、きっと最も可能性の高いのが俺だと思っていたのだろう。最初から未来の預言者の7つ目の預言を知っていたのなら……。誰かが犠牲になるとわかっていたのなら……。


 そうだ、蛍がこの第7層で口にしたと思った『メグレス』。これも根拠のひとつになる。


 俺たち英雄の証である左上腕の七星刻(しちせいこく)。7人が宿した刻印の位置はそれぞれ違い、それは北斗七星を表していた。そして、その4番目の星というか、7つの星の中央で唯一の3等星であるデルタ星メグレスが俺の星だ。


 他の星がすべて2等星なのに、俺だけが3等星。


 ロリババも言っていたよな。『正義の光(ジャスティスライト)へと英雄を導き七星刻(セブンスター)を輝かせる鍵』だと。


 つまりこれは、七星を輝かせるポイントは中央の星であるメグレス、つまりは唯一弱い光の俺が『光の子』となって、七星全体の輝きを増すことが必要だということなのだろう。


 そして、この程度のことならレウならとっくに考えついているだろうな。だからこそ、第七世界(セージ)に俺を連れて行くなんてことを言いだしたのか?


 言霊なんてものをレウが信じているかどうかはわからないが、おそらく縋るように、願うように、決意を固めるように、自分を鼓舞するように、レウは言葉にしたのだろう。


 すべては俺に死んで転生する道を進ませないために、未来を自分で切り開くために、そして俺を光の剣士にして『光の子』などいなくても勝てるようにするために……。そうした思いを秘めてレウは戦っていたわけか。


 知覧・ゲノム・レウ……。


 本当にさすがだな。まさに彼女こそが人類の至宝だ。



 ああ、そういえば、ブラッド・リメンバー奪還作戦の途中で、風の神アネモイからひとつの預言の意味がわかったときのこと。皆で話をして、光の子の降臨を蛍が成し遂げると確信したときにひっかかっていたこともあったな。


 俺たち英雄は7人で七星なのに、光の子が加わったら八星になってしまう。そこに俺は違和感を感じていたのだが、今、答えが示されたな。


 やはり七星は7人で構成され、増えるわけではなかったのか。まさか、こんな形で七星を保つとは思ってもみなかったがな……。


 ここまでを流れるように考えて、俺は一息ついて顔を上げた。


 正面に座るニャンニャが、顔を上げた俺に気づいて優しく微笑む。目の前のハーブティは淹れ直してくれたのか、湯気が出ていた。ああ、やっぱりニャンニャは可愛いし、気が利くなぁ。


 彼女は言葉を発することはなく、ただ優しく微笑むだけで、その様子は俺の決断を待っているようだった。


 彼女は俺が光の子に転生する道を選ぶのを願っているのだろうか。それとも別の道を選んでも彼女の笑顔が消えることはないのだろうか。


 俺はそんなことを考えながら、ニャンニャが淹れ直してくれたハーブティを一口飲んでカチャリと小さな音を立ててカップを置く。


 「お、決めたのか! 英雄よ」


 ニャンニャの優しさ、可愛さ、美しさに癒されていた俺に対して、カップの音に気づいたのか、ロリババが横槍を入れてきた。


 「えっと、永遠のロリータロリっ娘ロリちゃん。あとほんの少しだけ待ってください。永遠のロリータロリっ娘ロリちゃん」


 まだ考えがまとまったわけではなかったので、俺は頭を下げながらお願いする。もちろん棒読みでさえ喜ぶ『永遠のロリータロリっ娘ロリちゃん』の連呼は忘れない。


 「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。よかろう。よかろう。ふひっ。むふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。ふひっ」


 もう、この幼女はどうなっているんだよ! というのはさておき、ロリババは嬉し恥ずかしを全身で表現して身悶えしている。


 そんなロリババにさえ、ニャンニャは子どもを見る母のような優しい瞳を送った。その様子を見て、俺は、高貴な美しさと、萌える可愛さと、深海よりも深い優しさを兼ね備えている「彼女こそが聖母のなかの聖母だな」と思うのだった。




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