279 恐怖の大王と第七世界
第六世界の人類の傲慢さを憂えた神々が中央世界と他の6つの世界を造った。
神々しい光を纏った萌える女神ニャンニャは、そう語り、一呼吸置いたあとも神々が下々の者を導くような、これまでとは違う口調で中央世界の創世の物語を語っていく。
「第六世界、つまりは人類を存続させる可否を確かめるために、まず神々が行ったのは中央世界という器と第一世界から第五世界までの5つの世界を創造することだった。その5つには『惑星としての地球』に生まれ、現在まで進化、繁栄する可能性のある者たちである竜族、ゴブリン族、エルフ族、獣人族の4種族と、古代で進化を止めた古代生物が選ばれた」
「5つ……ですか?」
レウたちの故郷である第七世界がなかったので、合いの手のような声を上げたのだが、ニャンニャは大きく頷いてから話を続ける。
「そうにゃ。それから神々は中央世界に第六世界を含めた6つの世界から平均的な者たちを創造することにした。これは先に造られたそれぞれの世界の進化した者たち、つまりは各世界の46億年後の地球にいる者たちの平均ではなく、その祖先として存在したはずの者たちを含めた平均値である。神々はその者たちのことを平均的な生物と呼び、順に創造しては中央世界に配置していった。配置された数については詳しくはわかっていないが、最終的には種を残せるほどに成長したおよそ100組の雌雄が現出されたとされている」
ニャンニャは俺の問いには『そうにゃ』とだけ普段の語尾で答え、第七世界の話ではなく、淡々と創世物語の続きを語った。
最初は中央世界を合わせて、全部で7つの世界だったわけか。なら、なぜ、いつ第七世界が造られたのかと思ったが、ここは大人しく聞いたほうがいいと思い直して声にはしなかった。
「創造された100組の雌雄は個々に中央世界で生活した固有の過去の記憶を持っていた。だから、中央世界は、生物の進化の過程で、今いる種族が別れたわけではなく、神々が用意した場所に過去の記憶を持った4種族と古代生物がいきなり現れたというのが正しいことになる」
大森林での戦いの作戦会議でレウたちと話し、彼女たちが『中央世界は箱庭だ』と予測していた裏が取れたような話だった。
いや、それよりもゲーム世界に近いか。ゲーム世界にいる住人はクリエイターによって創造され、大人は大人、子どもは子どもとして、過去を持って生まれたりしているからな。まあゲームの場合は、どうでもいいキャラとかまでに過去の記憶のような設定はないけど。
神々が憑依しているのではないかとさえ思える萌える女神ニャンニャの話は続く。相変わらずニャンニャは光を纏っているが、目に優しい光なのか、眩しいということはなかった。
「中央世界とそこに住む、いや住んでいたはずの各世界のおよそ100組の雌雄たち。そこまで用意した神々は中央世界の時を動かしはじめた。さらに神たちは、考えた。そして進化の結果ともいえる各世界のおよそ46億年後に現存している者たちのなかから数人を選抜して、アベレージたちとともに暮らさせることにした。ただ、選抜される者はそれぞれの世界で暮らしているものをいきなり別の世界に送られるので、さすがにそのままでは不憫だということになり、中央世界へ転移させるときには、その者が持つ最も得意な能力を飛躍的に伸ばすこととしたのである」
そこまで語ると女神ニャンニャは一呼吸置き、優雅にカップに手を伸ばし口を潤す。
なるほど、なるほど。中央世界に各世界のアベレージとして創造された者と進化の果てから転移によって招かれた者。俺たちは後者で、ふたつを混ぜ合わせて中央世界を運営していこうとしたわけか。これはやはり箱庭だな。
それに『変遷』による能力アップは、ライトノベルによくある異世界転生、転移物の特典みたないものだったのか。
カチャリとカップを置く音が響き、ニャンニャが再び語りはじめる。
「やがて各世界から選抜された者たちがぽつりぽつりと中央世界へと転移し、アベレージたちとともに生活をするようになり、神々からの人類への試練ともいえる行いは順調に進んでいくかのように思えた。だが、そこで神々が予想だにしていなかった、とんでもないことが起きてしまった」
「とんでもないこと?!」
口を挟むつもりはなかったのだが、無意識に言葉を発していた。しかし今度のニャンニャは、俺の疑問の声は聞かなかったものと華麗にスルーして、驚くべき言葉を紡いでいく。
「のちに神々から『恐怖の大王』として恐れられたそいつは突然現れた。いつどこからやって来たのか、なんの目的をもって中央世界に現れたのかは神々でさえわからなかった。宇宙の果てから来たとも、別次元から来たともなどが、神々の話題に上がったが、真実は今もわかっていない。ただ、そこに存在していた。生きていた。そして、さらに驚くことに神々が『恐怖の大王』の存在に気がついたときには、第一世界の世界自体が激変していた。それまでの自然環境のなかで生きる竜人たちの世界から、飛躍的に進化した科学的な竜人の世界へと……」
まるでその出来事を思い出しているかのように女神ニャンニャはゆっくりと目を瞑り顔を少し上げた。エメラルドグリーンの瞳から長いまつ毛へと目元が変化し、本当にニャンニャは綺麗だなと思う心をどこかに持ちながらも、俺は勢いよく流れる全身の血を感じていた。
たしかにニャンニャから語られたストーリーは驚くべきものだった。
ひとつの世界の歴史を丸々塗り替える存在であり、神々が『恐怖の大王』と名付けたやつ。それは間違いなく竜王アンゴルモアだ。
それに……。ノストラダムスの預言に使われていたワード『恐怖の大王』がニャンニャの口から語られたことに、俺はかなりの衝撃を受けていた。頭のなかで四行詩の預言を思い浮かべる。
『1999年7の月
空から恐怖の大王が降って来る
アンゴルモア大王を復活させるために
その前後は、戦いに支配される』
預言では『恐怖の大王』がアンゴルモア大王を復活させることになっているが、今語られた内容では同じやつになっている。これは預言の方の解釈が違うのか。原文はフランス語だから、これは誤訳なのか……。
いや、実際には『恐怖の大王』という謎の存在が、アンゴルモアを復活させたのかもしれない。そして神々は突如として現れた竜王アンゴルモアのことを、復活させたやつを含めた総称のように『恐怖の大王』と呼んでいるのかもしれないか。
ニャンニャの話は次第に熱を帯び、物語の核心へと向かうかのように続いていく。
「第一世界の飛躍的な進化は中央世界にいる第一世界産のアベレージたちにも変化をもたらした。彼らは悪に支配されたかのように凶暴化し、圧倒的な力で他世界産のアベレージへの攻撃をはじめたのである。さらに第一世界の英雄、竜王アンゴルモアを中心とした竜王国も、まるで以前からそこにあったものとして当たり前のように中央世界に誕生していた。そこで神々は手を打った。その第一段階が第一世界の科学力に対抗できる世界を産み出すことだった。これは神々が何度も試行錯誤をした上で、ようやく成し得た世界だった。それほど難産だったのである。その結果としてできあがったのが、愚かな戦争を繰り返してきた第六世界を元に極力争いの要素を外した第六世界の一歩先を行く世界、第七世界だったのである。ただ、あとから造られた第七世界のアベレージは中央世界に新たに産み出されることはなかった」
そうか。そういうことか。神々さえ予想もしていなかった竜王アンゴルモアが現れたからこそ第七世界が生まれたのか。もともとどこかで人類の世界だけ、なぜふたつあるのかと思っていたのだが、その謎が完全に解けた形だな。
何度も試行錯誤して結果的には俺たち人類を元にした世界になったということは、エルフの世界だったり、獣人たちの世界だったりも試したということだろうな。しかも第七世界の全人類が知覧性なのは、争いを避けた結果ということなのだろう。
すなわちそれこそが第七世界が俺たちと同時代にして飛躍的な科学力を持てるようになった理由というわけか。
つまり、俺たちの世界も戦争なんていうくだらないものがなければ、第七世界と同じ科学力を持てたということだよな。
俺たち人類の歴史のなかの数え切れないほどの戦争。宗教であったり、種族であったり、誇りや見栄や、領土拡大などという傲慢さが生んだ数々の悲劇。今でこそ多くの国と人々は平和に暮らしているが、未だに終わらない争いや悲劇の只中にいる人々も少なくない。
そういえばレウは言っていた。
「たとえ諍いがあっても、最後は家族やからで留まれる、いや留まって来たから、発展したんや」と。
全員が家族で争う前に止められる第七世界と比べれば、俺たちの世界はなんと愚かな歴史を刻んできたのだろう。科学の進歩で大差をつけられるのも当たり前の結果だよな。
ニャンニャは俺が考えているのを待っていたかのように、一旦「ふぅ」と息を吐き出しゆっくりと口を湿らせてから再び口を開いた。
「第七世界を誕生させた影響が、どんな形で現れているのかを確認するために中央世界を眺めた神々は、そこで竜王アンゴルモアの恐ろしさを認識することになる。空の彼方から中央世界を眺めた神々が見たのは、地上から敵視してこちらを睨んでいた紅蓮の瞳だったのである。神々は顔を見合わせて唇を震わせた……。やつがどんな方法で、なにを知り、なぜ空の彼方を睨んでいたのかはわからなかった。しかし、そのあとやつは空へと伸びる塔を造りはじめた。その意図は明確であり、明らかな神への叛逆であった。挑戦的な行為であった。そして第七世界誕生後は、竜王国内では、塔の建設が中央世界で他種族を攻撃することよりも優先されていたのである」
そこまで語ったニャンニャは一息吐いてなにかを思い出しているかのようにゆっくりと目を閉じた。しばらくの沈黙が訪れ、まるでその休息を待っていたかのようにそよ風が心地よさを運んできていた。
それにしてもなんか凄い話だな。神々への挑戦。竜王アンゴルモアは神の存在を認識し、神さえも倒して自分が成り代わろうとしているのか? そして空の彼方にいる神々へと挑戦する準備をはじめるなんて……。これは、まるでバベルの塔じゃないか。
竜王アンゴルモアの恐ろしさを思い知らされた気分だ。こんなやつが本当にあの中央世界に存在しているのか。そして、俺たちはこんなやつと戦おうとしていたのか?
いや、まてよ。竜王国軍はおろか竜人さえ見てはいないけど、たしか竜王国軍は昆虫軍と戦ってボロ負けしたと聞いたぞ。こんなやつがいるのに負けたのか?
俺の思考はそこまで進んだが、答えなどわかるわけもなかった。しかし、その答えはニャンニャがすぐに教えてくれる。
「英雄君。このあと竜王アンゴルモアが封印されるのだけれど、その話も聞きたいかにゃ?」
「おい、こらっ、貴様。こんな残念な英雄になにを教えている!」
休息を終えたニャンニャが続きを話そうと俺に問いかけたところで、いつのまにかお昼寝を終えていたロリババが両手を腰に当て、ニャンニャの美しい顔にこれでもかと顔を近づけて睨みつけていた。「お願いします」と言おうとしていた俺の口が止まる。ニャンニャの口調もなぜか元に戻り、纏っていた光も消えていた。
それにしても近い、近い。羨ましいぞ、この金髪幼女め! って、いやいや違う、違う。思わず本能が違う言葉を発しそうになったが、頭のなかだけで留まり俺はほっと胸を撫で下ろし、ふたりの様子をまじまじと見つめながら考える。
このあと竜王アンゴルモアが封印される……。
それはあれか。たしか御光様伝説の最後はアンゴルモアが封印されて終わるんだったよな。そうか、あれは伝説などではなく真実だったのか。光の子ライニャ率いる連合軍が竜王アンゴルモアを倒して封印するのか。それには目の前にいるニャンニャも深く関わるんだよな。だとすると、さっきの表情は当時に思いを馳せていたとかなのか?
それにそうか、そういうことか。ひとつの世界の歴史さえ塗り変えてしまう化け物、竜王アンゴルモアが封印されていたから竜王国軍は昆虫軍にやられたのか。なるほど、それなら納得だ。
「お昼寝は終わったのかにゃ?」
ニャンニャはすぐ近くにあるロリババの怒りの形相に驚くこともなく、首を少し傾け視線を横に流した。その顔も間違いなく天使だ。とても可愛い。
「貴様が碌でもないことを言っておっては、おちおち寝てもいられん。貴様の話には凶暴な巨悪に対して神聖な正義。闇黒に対しての聖光。この大前提がごっそりと抜け落ちているではないか! これでは残念な英雄も勘違いをしてしまうであろう。ふぉっふぉっふぉっふぉっ」
ようやく近づけていた顔を放して胸を張り、してやったりみたいな顔で気持ちよく笑っているけど……。こいつ、なにを言っているんだ。雰囲気からすると中二病的な説明っぽいけど、それならお断りだけどな。意味わかんねーし。それに、そもそもすでに、今言っていることの意味がわからん。
「ロリちゃんが言っていることの意味がわからないにゃ」
そう。その通り。ニャンニャが正しい。ここはそれしかないわな。うんうん。言葉にはしなかったが大きく頷いて同意する。ニャンニャの言葉に一瞬驚いて眉根を上げたロリババが、そんな俺の様子を一瞥してから、不気味に口角をあげた。
『なに、それ……』と思っていると、ロリババが不敵に笑いながらニャンニャを見つめて口を開いた。
「くっくっくっくっ。貴様、ひょっとしてこの残念な英雄が好きなのか? それもライクではなくラブのほうの。ふぉっふぉっふぉっふぉっ。因果なことよのぉ」
「にゃっ!」
「ぷはっぅ」
こ、こいつ、なにを言っているんだ! そんな嬉しいこと……って違う、違う。飲んでいたハーブティを吹き出したけど、口元がにやけて元に戻らないじゃないか。この金髪幼女にグッジョブをしないといけないのか……、いやいや、違う違う。違うけど妄想とニマニマが止まらない。
そんな状態なので腕で口元を隠しながら、ニャンニャに視線を向けると……。
萌える女神ニャンニャが顔を真っ赤にし、両目の端に涙を溜めながら、これでもかというくらいプルプルと震えていた。可愛い。可愛すぎる。それは反則だぞ。
「ほぉ。どうやら図星のようじゃのぉ。だからさっきから儂を邪魔者扱いしておったわけか。ほうほう。そうかそうか、そういうことか。なるほどのぉ」
「ち、ち、ち、ち、ち、ちが、違うにゃん!」
両腕を組み目を閉じてうんうんと頷くロリババと、涙目になった瞳を閉じ下を向いて首を振って否定するニャンニャ。言葉を発したあとニャンニャは両手で顔を覆ってしまった。
うはぁー、ちょっともうやめてくれないかな。俺まで恥ずかしくなってきた。これって、俺の頬も赤くなっているんじゃないか。
「ぷっ。ぷふふふ。くふふふふふ。シャルよ、そんなに恥ずかしがらんでもいいじゃろう。ふぉっふぉっふぉっふぉっ。貴様とは長いつきあいだ。貴様の魂が背負っている一定の法則でしか回らない運命の歯車に、儂が潤滑油を注いでやろうではないか。くっくっ。こやつの深層心理という深淵を覗き込んだ者として、こやつの魂から聞きだした心の声を知っている者として、こやつの女の好みからなにに悶えるのかなどの性癖までのすべてを、ゆっくり、じっくりと説いてやろう」
「ち、ち、ち、ち、ち、ちょ、ちょっと待った!」
やっぱり駄目だ、こいつ。いや、このやろうだ、金髪バカ幼女だ! なにを言ってるんだ。なんてことを暴露しようとしているんだ。というか、貴様か、ラウラ似のメイドにあることあること全部教えたのは……。というか、怨むぞ中央世界の俺。なんてやつになんてことを話してやがるんだ。死んでも隠せよな。黄泉の国まで持っていけよな。
それにニャンニャさん。可愛いけど、可愛いんだけど、どうして両手で顔を覆いながらもふたつの猫耳をピンと立てているんですか? それ、やめてもらえませんかね。
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ。なんじゃ、せっかく儂が親切にも、貴様らのラブラブ度を上げてやろうとしているものを、止めることはないだろうに。くっくっくっくふふふふ」
なにがラブラブ度だ。くそっ、このやろう、ニマニマと笑いやがって……。絶対に楽しんでやがる。それにいつの間にか吸血鬼の始祖風美幼女に戻ってやがる。なんだその牙は、なんだその赤目は。まったく、どうしてくれよう……。
こうして、ニャンニャから中央世界の創世物語の続きを聞こうとしたときに乱入してきた金髪幼女の不敵な笑みを前に、俺はこいつこそが最も恐れるべき『恐怖の大王』なんじゃないかと思ってしまうのであった。