278 各世界で刻まれていく時
「七星のひとつ滅したとき
志は天に召されず
輪廻を巡る
そして涙と意志が光となる」
金髪幼女ロリババがまるでミュージカルの主演女優のように華麗に舞いながら奏でたファティマ第3の預言、イコール未来の預言者の7つ目の預言。
ロリババが言ったかの者たち、それはおそらく知覧姉妹のことで、彼女たちが最初から知っていて、最後まで俺たちには教えなかった預言だ。
預言に記されていた内容は、今の俺の状況を示唆していて、抗い続けた知覧姉妹を嘲笑うかのように実現してしまい、今、俺はここにいる。
あまりにも衝撃的な事を、あまりにも不釣り合いな場所である輪廻の塔で、魂のとか輪廻の塔の管理人を自称しているロリババから聞かされた。まあ自称でも、間違いや適当ではないとは思うが……。
そして、すべてを知った今。思い返せば中央世界での日々の出来事で合点がいくことが多く、それらのシーンが次々と頭のなかに描かれていく。
最初に知覧姉妹と話をしたときに、レイラのことを話題にあげたのはレウだ。あれはもしかしたらすでにこの7つ目の預言が実現してしまったとかを考えていたのかもしれない。今考えれば、あの時のレウたちはそんな素振りだった。
インセクト大平原の戦いで、蛍がアルテミスの聖弓で敵を葬り去った爆風を示したアネモイの預言が的中したことがわかった時。ラウラが「そうね。預言通りなのよね」と言いながら吐いたため息のわけも、今なら納得できる。
あのときも知覧姉妹は預言に抗っていながらも預言通りになってしまっていた。運命に抗うような自分たちの努力は無意味で、このままでは7つ目の預言も実現してしまうかもしれないというため息だったのだろう。
それに大森林での戦いの前、7つ目以外の預言を俺たちに教えてくれる直前にレウは言った。
「預言なんてもんは所詮はフィクション、作り物や。絶対にはなりえんのや」と。
それに続けて、レウは力強くこうも言った。
「預言は道しるべになるならそうすればええ。そやけど盲信的になってはいかん。絶対に起こるんや。みたいにな。すべては人類が、うちらが決めるべきこと、うちらの意志が預言より優先する、いや、させなあかんのや。そこが大切なことやな」と。
あれはきっと俺たちに話すと同時に、7つ目の預言だけは絶対に実現させるものかと自分に言い聞かせるためのもので、必死に抵抗していたために出た言葉なのだろう。
そして大森林での戦いの作戦を決めた時。ラウラが「たとえ、これが人類が滅びる第一歩であったとしても我らに悔いはない」と言ったときに瞳の奥に隠れていた意志の正体もわかった。
それまでも彼女たちは七星の誰かが欠けることに対してはかなり気を使っていたし、あの戦いでそれが実現してしまうと、それが人類の敗北につながる危険性が高いと考えていたのだろう。そのときは被害者が俺だと特定などできないはずだし、もし蛍であったりレウであれば、間違いなく人類は滅びの道を進んでいただろう。だから彼女たちは大森林を丸ごと焼き尽くす案にあれだけ拘っていたのだな。
それに……。
知覧姉妹とはじめて会って話をしたときには、残っていた4つの預言については俺たちには教えないと言われたんだった。その理由としてラウラが幸介とキャサリンが結ばれる例を出して説明した言葉と最後に蛍がまとめた言葉。あれはレウとラウラの未来の預言者のこの7つ目の預言に対する基本方針だったんだな。
レウは言った。知らないほうがいいこともあると。
「あんな、人生にはな、知らんほうがいいこともたくさんあるんよ。それを知ってしまったために、何もせんようになったり、自暴自棄になったりして、未来を切り開けなくなってしまうのが人間の弱さや。あんたら、英雄たちは、違うとは思うんやけどな……。ただな、まだ20年も生きてない小僧や嬢ちゃんは、知らずに元気にやっとったほうが、ええ、結果になることもあるやろ」
ラウラは言った。幸介たちの例を説明し終えてから、ひとつの方向の指針を知ったとしても良い結果にならないことがあると。
「ふたりが意識してしまって、かえって、結婚するという未来が不確定なものになってしまうわよね。人の心というのは、複雑で、ひとつの方向への指針を与えられると、たとえ望まなくてもそれに反発する場合もあるのよ。もちろん、逆に預言を聞いて、喜んで上手くいく場合もあるけどね」
そして蛍がまとめた。俺にも納得できる例を出して。
「明日、死ぬと言われれば、もう何もしたくなくなるけど、それを知らなければ最後の1日を自分なりに生きられる。その差はかなり大きいし、1年経てば自動的に元の世界に帰れるとか聞けば、私たちは訓練とか、危険なことなど一切せずに、引き籠ってしまうかもしれないものね」
たしかに蛍の言う通りである。間違ってはいない。だからレウたちに対して「なぜ、教えてくれなかったんだ」などという感情は湧いてこない。それよりも……。
もし、この預言を最初から俺たちが知っていたら……。
俺はどうしただろうか? 蛍や幸介たちはどうしただろうか?
自問しても答えが導き出されることはなく、空しく自問だけが繰り返される。本当にどうしただろうか? もし、預言内容を知っていたらどう行動したのだろうか? 俺はどうしたのだろうか?
俺、紅達也は大森林でのあの一瞬。あの時に幼馴染で何をおいても守りたい入来院蛍を助けるために大地を蹴っただろうか? 無謀とも思えるダイビングをしていただろうか? 一瞬が結果をわけるあのギリギリの状況のなかで……。
当然、その時の俺は穴底へ落ちて死ぬなんてことは、これっぽっちも考えていなかった。しかし、その可能性を聞いていたら、「茨の道」の危険性の本当の意味を知っていたなら……。俺は本当に蛍を助けることができたのだろうか?
もし、足が竦み一歩目を踏み出せなければ、いや一歩目が少しでも遅れていたなら、穴底へ落ちた蛍が昆虫たちに群がられる姿を穴の上から見て……、助けようとしても……、昆虫たちの勢いは凄まじく、幼馴染の防護服が赤く染まり……。
そこまで思い描いて全身に悪寒が走り、俺は髪の毛を掻きむしった。嫌だ。ダメだ。ダメだ。嫌だ。最低であり最悪だ。それだけは嫌だ。絶対にダメだ。
やっぱり知らなくていい。もしかしてでも、そんなことになるくらいなら、知らなかったほうがいい。レウたちは正しかった。間違っていない。そうだ、もし抗えぬ運命が決まっていたのなら、今のほうがまだましだ。これでよかったのだ。仕方がなかったのだ。
「それで、決めたのかにゃ?」
未来の預言者の7つ目の預言について、ひとりで思いを巡らせていた俺の意識を戻したのは、向かいの席から身を乗り出すようにしてこちらを覗き込んできたニャンニャだった。か、可愛い。
一緒にフローラル系の香りが風のように漂う。いやーやっぱり癒されるなぁ。
可愛い表情を伴ったニャンニャの香りと言葉によって、俺は我には返ったのだが、ニャンニャが言ったことを理解はできなかった。たぶん情けない顔から表情が和らいでいく様を見せただけだろう。
そんな様子を見たニャンニャが疑問符を続けてくる。
「必死に考えていたようだけど、決めたわけではないのかにゃ?」
「シャルもアホよのぉ。こんなに残念な英雄がこんなに重大なことを、そんなに簡単に決められるわけがなかろう。ふぉっふぉっふぉっふぉっ」
ニャンニャの疑問に反応したのはロリババで、俺はふたりの会話の内容は理解できなかった。俺がなにかを決めるみたいなことを言っているが、それがなにかもわからなかった。
もっと言えば、頭のなかがこの輪廻の塔第7層へと戻ってはいなかった。どこか遠くの方で誰かが大声で話しているかのように、俺の意識とニャンニャたちの空間は実際には近くても、ぼやけていてかなり遠かったのである。
俺の意識だけが取り残されたまま、ふたりの会話は続く。
「うるさいにゃ。元はといえばロリちゃんがきちんと教えなかったのがいけないのにゃ!」
「それは違うぞ、失礼なヤツめ。儂は教えたのだ。輪廻の塔のことも、中央世界のことも、ビリチョコが背負った運命も、すべて懇切丁寧にな。ただ、それがちょっとした手違いであっちの魂だった。それだけのことじゃ。儂は悪くない。それにこいつが今の姿になるのに費やした時は200万年じゃ。いくらなんでも儂もそれほど暇じゃないのでな。だから、しいて言うなら魂を半分にするなどという暴挙に出たこいつが悪いのじゃ。それが不可逆な世界の永久の真理じゃな。ふぉっふぉっふぉっふぉっ」
「えっ! 200万年?」
ロリババは今、200万年って言ったよな。200万年ってなに? 2年でも、20年でも、200年でもなくて、万年ってなに? 輪廻の塔の第7層では繰り返し驚きの声を上げていた俺だが、ロリババの『200万年』という言葉にまた驚かされて、それが切っ掛けとなってようやく覚醒した意識が、すべて持っていかれてしまう。
自分は悪くないと言い張るロリババの我儘放題の言葉を受けて、呆れ顔で「やれやれ」と肩を竦めていたニャンニャが、驚きの声を上げた俺を見つめる。
「どうしたのかにゃ、英雄君?」
「えっ。いや、200万年って?」
ニャンニャの問いに対する俺の答えは、驚きの言葉を繰り返すだけだった。それ以外の言葉は頭に浮かんでこなかった。200万年ってどういう長さの時間だ。えっ、すでにそんなに経っていたの? 本当に今、中央世界はどうなっているの? 誰か教えてくれ。いや、そっちを先に聞かなければ……。
声を出したあとに、そんな流れが頭のなかで組み立てられていったのだが、それよりも先にロリババとニャンニャが会話をはじめていた。
「こやつは自分の愚行について、ようやく反省しだしたのか? 儂がどれほど苦労したかを考えれば、すでに遅すぎると言わざるを得ないが、その姿勢はほんの少しだけ評価してやってもいいかもしれんのぉ。ふぉっふぉっふぉっふぉっ」
「ロリちゃんはどれだけ上から目線なのにゃ。実体がない魂を実体がある半魂にするのがとても難しいのはわかるけど、半魂が誕生したあとに輪廻の塔の1から6階層までを一緒に巡るお作法を破ったのはロリちゃんにゃ。それに今の英雄君はここより先は第六世界で転生する77階層が待っていることとかもきっと知らないにゃ。完全に情報不足になっているにゃ。それも全部ロリちゃんが悪いにゃ」
「やかましいわ、アホシャル。何度も同じことを言うな。しかも、最後の抵抗のあとのことは触れないのが貴様が言うお作法じゃ。それを軽々しく口にしおって。77階層というのも真実かどうかなどは、この儂でもわからんことなのだぞ。管轄が違うしな。儂が管理しているのは中央世界にまつわる7階層だと前に言ったであろうが。ふっ、くっくっくっ。やはりお猫様風情のおつむにはちと難しかったのかのぉ。ふぉっふぉっふぉっふぉっ」
「にゃはははははははははははははははは」
「おい。なんだ。なにをする。来るな。シャル、こっちに来るな。来るなと言っているだろうが。やめりょ、やめにゃ。うぎゃああああああああああああああああ」
偉そうにニャンニャを小馬鹿にしたロリババに対して、笑いながら怒りをためたニャンニャ。まさに「微笑みの悪魔」再びで、ロリババは思い切り両頬をひっぱられてからのこめかみぐりぐりで、再度の絶叫を上げたのであった。
◆◇◆◇◆◇
それにしても、ふたりが話していた内容は俺が求めた答えではなく、新たな疑問を増やしてさらに混乱させるものだった。この第7層の次があってそれが77階層まで続いているってなんの話をしているんだ? 永遠に続く輪廻の輪が存在しているとかそういうことなのか?
今は、そういうことではなくてさ。200万年ってなんなの? まずはそれに答えてほしい。そこからはじめてほしいんだけど。もう、本当にこの人たちは……どうなっているんだよ。俺はどうしたらいいんだよ。
まあ、話の流れ的には全面的にロリババが悪いけどね。一方的にニャンニャの肩を持つけどさ。そうではなくて、誰か俺が聞きたいことにふたりの会話を誘導してほしいと心底思うよ。
「えっと。そういうことではなくてですね。俺が死んでからもう200万年も過ぎているんですか?」
ロリババへのお仕置きを終えてニャンニャの怒りが収まり、席に戻ったところで、俺はニャンニャを見つめながら誰も助けてくれないので自分で口を開いた。しかしそれに答えたのは、頬を赤くし、両手でこめかみを押さえたロリババだった。
「せ、正確には半魂になってからも8年近くは経っているので、200万8年とかじゃな」
「いや、そんなレベルで正確にとか言われても……。えっと……。そうだ。それって輪廻の塔での時間ですよね。下の世界とかではどうなるんですか?」
「下の世界? そんなものはこの第7層にはないぞ。それがあるのは第6層までと言ったであろう…………。ふむ。そうだったな。中央世界に残っている貴様にな。ふぉっふぉっふぉっふぉっ」
「はぁーーーーーーー。仕方ないにゃ。全部、我儘ロリちゃんのせいだし、英雄君には最初からきちんと説明しないとダメなようにゃ。ニャンニャが説明するからロリちゃんはどこかでお昼寝でもしてくればいいにゃ」
「き、き、貴様ーーーー。また儂を邪魔者扱いする気か! 貴様は儂をなんだと思っているんだ。バカシャルがぁ!」
「うーん。永遠のロリータロリっ娘ロリちゃんにゃ」
「うん! そうだよ」
ロリババのやつローリーなら即死レベルの最高の笑顔をかましてきたぞ。でも、なんだよその変身っぷりは……。お前は本当にそれでいいのか?
「じゃあ永遠のロリータロリっ娘ロリちゃんは、これを持ってあっちでお昼寝にゃ」
「わーい。いってきまーす」
ニャンニャが丸いピンクのクッションをロリババに手渡し、喜んで受け取ったロリババはタッタッタッと走り、少し離れたところで横になってゴロゴロと転がる。
なんだろう。このシュールな展開は……。
ニャンニャがロリババの扱いにかなり慣れているというのはいやというほどわかるが、こいつはいったい何がしたいのかさっぱりわからん。わかるのは中二病で、ジジイ言葉で偉そうで、「永遠のロリータロリっ娘ロリちゃん」と呼ばれるのが大好きということぐらいだな。
「それで英雄君は200万年が気になっているのかにゃ?」
「あっ、はい。それって中央世界ではどのくらいの時間になるんですか?」
「中央世界? さっき言っていた第6層までの下の世界との比較ならわかるけど、そこまではニャンニャは知らないにゃ」
「それでいいです。それを教えてください」
下の世界の1時間は、中央世界の10日だ。下の世界の時間さえわかればと思い、俺はニャンニャの回答を待つ。
「下の世界なら200万年でも一瞬にゃ」
はい、やっぱりレウンと一緒だった。その一瞬がどれくらいかを知りたいんだけどと戸惑う俺を見てニャンニャは首を傾げる。可愛いなー。いや、違う、今聞かなければ前へ進めない。俺は軽く首を振ってから口を開く。
「えっと。その一瞬ってどれくらいの時間とかなんですか?」
「うーん。時間とかはあまり気にしたことはないにゃん。けどたぶん6時間くらいかにゃ?」
「6時間ですか……」
中央世界なら60日。すでに2か月近く経っているってことか。でも、それならまだまだ許容範囲だろう。あのあと2か月で何かが大きく変わっていることはないだろうしな……、えっと、ないよな? そうだ、さっきの蛍も中央世界で生活しているからこそ、夢を見てここに来たのだろう。ロリババたちが夢のなかだと言っていたしな。そうだよな。うん、なら良かった。
いや、でももしレウンの実験室で24億年とか過してしまっていたら……。下の世界では10か月くらいで……。中央世界だと……。えっと、およそ240年。
240年……。あのやろう……。ぜんぜん一瞬じゃねーじゃないか。やっぱりここの住人たちは時間と共に生活していないので、刻まれていく時に対しては無頓着なんだろうな。それに俺には理解できないが、時間を気にしていない不老不死の感覚からすれば10か月なんてのは一瞬と同じことなのかもしれないな。
「200万年の件はそれでいいのかにゃ?」
「あっ。はい。ありがとうございます」
「いいにゃよ。にゃはははは」
そう言って優しく笑うニャンニャ。本当にここにニャンニャがいてくれてよかった。ロリババだけだったら、精神的に終わっていたよな。ああ、そうか、俺は闇に輝く大輪になっていたわけだし、魂的にも終わっていたか。
「それなら、英雄君にはニャンニャが知っている中央世界のことや、輪廻の塔のことを順を追って話していくにゃ」
そう前置きしてから、ニャンニャは後光が差しているような神々しい光を纏った。
「そもそも中央世界というのは第六世界の現状、それは終わらない戦争であったり、広がり続ける貧富の差であったり、止まらない自然破壊や環境破壊であったり、生命に対する冒涜などの数々の人類の行い、傲慢さを憂いた神々が『我々は間違っていたのかもしれない』と考えて造った世界なのにゃ。だから中央世界ありきで7つの世界が形成されたわけでなく、第六世界が元になって、他の六つの世界と中央世界が造られたというのが正しいことなのにゃ」
中央世界の真実であり創世の物語。その序章。まるで、神々の使徒のようなニャンニャの口からまず語られたのは、第六世界、つまりは俺たち人類の傲慢さがすべての発端になっているということであった。