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世紀末の七星  作者: 広川節観
第五章 輪廻する世界
277/293

277 闇に消えたファティマの秘密

 暗闇に閉じ込められたり、ロリっ娘などという恥ずかしい呼び名を言わされたり、それをよりにもよって幼馴染に見られたり、怪しい光に包まれたり……。


 『ひどい! ひどすぎる!』と叫びたくなるあまりのことが重なりすぎて、完全に活動停止状態に追い込まれた俺を助けたのはイーニャと瓜二つの猫の獣人ニャンニャだった。


 ニャンニャにティーパーティに誘われ、今、手にはたしかな温もりがあった。ニャンニャの可愛らしい手を見つめて少しずつ心が軽くなるなか、シクラメンが咲き乱れる花畑をゆっくりと歩いていく。


 手を引きながら、時折、振り返って笑顔を見せてくれる猫耳天使のエスコートは、まだ頭のなかが混乱し、ぼーっとしている俺には最高の癒しだった。


 後ろでなんか騒いでいるやつが若干一名いたが、そんなことは周囲を優しく照らす光と色鮮やかな花畑や穏やかな風のなかでは「鳥の囀りかな?」と思えるものだ。


 そんな穏やかな雰囲気のなかでゆっくりと自分を取り戻しながら、俺はティーパーティの会場に辿りつき、ニャンニャと向かい合って座る。テーブルにはカラフルなプチケーキがたくさん並べられていた。


 ショートケーキ、モンブラン、チョコレートケーキ、チーズケーキ、ティラミス。


 俺がその名称を理解できたのはそれくらいで、他にも10種類くらいの色とりどりのケーキがあった。きっと蛍やキャサリンならその瞳をキラキラと輝かせるんだろうなとふたりの笑顔が思い浮かぶ。


 「さっ。どうぞにゃ」


 「あ、ありがとうございます」


 ニャンニャが淹れてくれたのはハーブティーで、さわやかな香りが心を落ち着かせてくれて、一口飲んで「ふぅー」と息を吐く。


 「ふんっ!」


 鳥の囀り役を演じていた若干一名が、いつのまにか隣というか、彼女が最初にいた場所に戻ってきていた。俺の右手で、体ごとニャンニャからは顔を背け、不機嫌オーラを全開にしてこちらに向けてくる。


 俺はカップを両手に抱えるように持って口元に置いたままロリババを一瞥し、不機嫌オーラを交わすように少し体を左にずらした。


 「もう、お遊びは終わったのかにゃ?」


 「…………」


 ロリババの様子を子どもを見守る母親のように伺っていたニャンニャが可愛く小首を傾げながら問うが、ロリババは顔を少し上に向けたまま目を瞑って無視している。


 これはどうなるんだという不安と、俺が出る幕はないなという安堵にも似た感情が、心のなかでため息を吐かせる。大人しくしていよう。それがため息から出た結論だった。


 それからしばらくはニャンニャが「すぐに機嫌を損ねるのはロリちゃんの悪い癖にゃ」とか「我儘ばかり言っているロリちゃんはダメな子なのにゃ」とか「やっぱり良い子、良い子が足りなかったのかにゃ」などと言って不機嫌なロリババを宥めるというか、喧嘩を売るような言葉をかけていたのだが、ロリババはときたま「ふんっ!」と声を発して、なかなか機嫌を直さなかった。


 やはり俺がなにかを言えるような会話でもなく、仕方がないので、ずっと両手でカップを持ったまま、ハーブティーをちびちびと飲んでいた。


 ニャンニャとロリババがやり合っていたというか、ニャンニャがロリババをかまっていたために、なにもすることがない俺は、少し落ち着いてきた頭を回す。


 そして、どこかでひっかかっていたものを思い出していた。


 思い返せば、最初ロリババは『闇に消えたファティマの秘密』と言っていたのでピンとこなかったのだが、さっき聞いた『ファティマ第3の預言』という言葉が、俺の頭の奥からそれを引き出してきたのだった。



 ファティマ第3の預言

 1917年にポルトガルの小さな町ファティマで3人の子どもの前に現れた聖母が残したとされる3つ目の預言のこと。ファティマ第3の秘密とも言われる。

 聖母が現れたときには太陽が狂ったように踊りだしたり、水源のないところから水が湧き出て奇跡的な治癒力を見せたとされていて、その聖母はファティマの聖母と呼ばれている。

 そして聖母は子どもたちに3つの預言を残した。

 ひとつは回心しないと地獄へ落ちて二度と戻れない、つまりは地獄が実在していることを告げ、ふたつ目は大戦の終結と新たな勃発を示唆したもので、第一次世界大戦は終わるが、罪を悔い改めなければさらに悲劇的な大戦がはじまると預言した。その後、実際に第二次世界大戦が起こってしまったので預言は的中したとされている。

 そして、問題の3つ目の預言は、聖母に1960年までは内容を秘密にするように告げられた。

 ローマ教皇庁はこの預言を聖母が告げた1960年には公開せずに、その後もおよそ40年間守り続け、結局、秘密が公開されたのは2000年の5月のことだった。

 公表された内容は1981年の教皇暗殺未遂事件のこととされているが、一番最初に秘密を知ったときの教皇が絶句したと伝えられていたため、公開された内容ではおかしいなどの見解もあって、実際にはまだ未公開なのではという見方もある。

 ちなみにファティマの聖母出現記念日は5月13日とされている。



 たしか、こんな内容だったはずだ。


 3つ目の預言が聖母から公開していいとされたあとも長い間秘密にされていたために、『ファティマ第3の預言こそが裏でイルミナティ(秘密結社)フリーメイソン(友愛結社)が動いていた証拠だ! そしてその隠された秘密とは……』などという陰謀論を作りだす中二病の好物だったよな。意味はよくわからんが……。


 しかし、それが今、どんな関係があるんだ? 中二病のロリババがいかにも言いそうというか、使いそうなワードなのはわかるけど…………。


 「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっーーーーー。痛い。や、やめろっーーーーー。痛い。やめんかバカシャル!」


 「ダメにゃ。適当なことをしたロリちゃんにはお仕置きが必要にゃ!」


 「えっ!」


 ハーブティーをちびちびと飲み、ファティマ第3の預言について考えていた俺の思考を遮ったのはロリババの絶叫だった。


 びっくりしてカップを置きつつ我に返ったのだが、いつのまにかニャンニャがロリババの後ろに回り込んで両手の握り拳で思い切りロリババのこめかみをぐりぐりとしていた。見ているこっちが顔を顰めたくなるくらい痛そうである。


 超絶美幼女が涙目になって絶叫している姿は、傍から見れば罪悪感を誘う光景なのだが、突然だったので俺は驚いただけであった。


 「やめろシャル。やめろ、やめろ、やめろ! やめちくりぇーーーーーー」


 「ダメにゃん。まだお仕置きが足りないにゃ。ロリちゃんが悪いんだから仕方がないにゃ」


 どうしてこんなことになったのかもわからずに、ただただ唖然とする。考え事などせずに聞き耳を立てておけばよかったか。いったいなにがあったんだ?


 「わ、儂は忙しいんじゃ。仕方がなかろう。ち、ちょっとした手違いじゃ。うぎゃぁぁぁぁ。痛い!」


 「ちょっとじゃないにゃ。最悪にゃ。ニャンニャを嘘つきにしたのはロリちゃんにゃ」


 「ぎゃあああああああ。強くするなー。もうやめろ。もうやめちぃくりぇーーーー。痛い、痛い。そこの英雄、助けろ! 儂を助けりょー! すべて貴様のせい、貴様のせいなんだじょーーー!」


 えっ。いや、いきなりそこで振られても……。俺のせいとか言っているけど……。『無理です』とは言わなかったが、ただただ見守るしかできなかった。本当になにがあったんだろう?


 「英雄君は悪くないにゃ。自分が悪いくせに人のせいにしているんじゃ、まだまだお仕置きは続行にゃぅぅぅぅっ」


 「ぎゃああああああああああああああああ」


 ニャンニャは笑顔だけど、こめかみに怒りマークが大量発生している感じでかなり怒っている。蛍の『微笑みの悪魔』を思い出して、俺の背中が少しひんやりする。


 それにしても、俺のせいだと言うロリババとそれを否定しさらにヒートアップしたニャンニャ。ますますなにが起こっているのかがわからない。見守る以外の選択肢はどこにもなかった。


 そして俺が呆然と見守るなか、このあともニャンニャの気が済むまでぐりぐりのお仕置きが続いたのであった。



  ◆◇◆◇◆◇



 「ごめんにゃ。英雄君」


 ロリババへのお仕置きを終えたニャンニャは席に戻るなり、俺に頭を下げてきた。ふたつの猫耳も垂れていてとても可愛い。一方、隣ではロリババが両手でこめかみを押さえ、椅子に座ってはいるが蹲って低く呻いている。


 「えっと。それはなにに対してですか?」


 「さっき、ニャンニャは前に聞いていたのにロリちゃんを変な属性呼びにしたらダメと言ったにゃ。でも、英雄君は聞いていなかったのにゃ」


 「はぁ」


 いやはや、どうしてそうなった。それが素直な感想だった。聞いていないのはその通りだとは思うけど、突然、どういうことだ? そう思った俺にニャンニャが答えをくれる。


 「ロリちゃんと一緒に輪廻の塔を巡ったのは、中央世界(セントラルワールド)に残っているほうの魂の深層心理だったのにゃ。だから今の英雄君が知らないのは当然なのにゃ」


 なるほど…………。というか、なんだそれ? しかも今ニャンニャは中央世界(セントラルワールド)って言ったぞ。隠す必要はないのか。いや、今はそれはいいか。


 えっと。つまり、ロリババと一緒に輪廻の塔を巡ったのは、中央世界(セントラルワールド)に残してきた魂のほうだったということか。やはり俺のような何者かということか? いやそれも俺か、ややこしいな。


 いやしかし、だいたいそんなの間違えるなよな。どうしたら間違うんだよ。そこにどんな理由があるっていうんだよ。怒るというより呆れ加減に俺は「はぁ」と生返事を返したのだが、一呼吸置いてニャンニャが続きを語る。


 「実体がない魂を実体がある半魂(ハーフソウル)にするのはとても難しくて、英雄君が今の姿になるまでに暇だったロリちゃんが、『そうだ! あっちでもいいだろ』みたいな適当な感じで中央世界(セントラルワールド)に行って、そこに残っている魂のほうから深層心理を取りだして一緒に巡ったみたいなのにゃ。そして戻したのも中央世界(セントラルワールド)の魂だから、今の英雄君は知らなくて当然だったのにゃ。だからニャンニャが嘘をついたみたいになったのにゃ。ごめんにゃん」


 「いえいえ、そんな。ニャンニャさんは悪くないです」


 えっと。ニャンニャへの答えは間違っていないよな。あきらかに悪いのは適当なロリババでニャンニャは悪くないだろう。


 「にゃははははは。英雄君は優しいにゃ」


 「はははは」


 少し頬を赤らめ恥じらいながら上目使いで笑顔を見せたニャンニャに対して照れ笑いした俺だったが、心のなかではドキドキが止まらなかった。


 モナリザも裸足で逃げ出し、ヴィーナスも思わず顔を覆って蹲ってしまう美を纏った萌えがそこにはあった。今のニャンニャの笑顔は反則級の可愛さでこれで萌えないやつはいないと俺は思う。


 本当にそんな顔で見つめられたら、もうロリババのこととか、他のことなどどうでもよくなってしまうじゃないか。ずっと、いつまでもいつまでも、こうして見つめていたい。幸せってこういうことだよな。


 「貴様ら、ファティマの呪いにかかって爆発しろ!」


 良い雰囲気で見つめあっていた俺とニャンニャを我に返させたのは、いつの間にか復活していたロリババの呪いの言葉だった。「いやいや、俺はリア充じゃないから」とか言いそうになってしまったがぐっと堪えて、咄嗟にニャンニャのエメラルドグリーンの瞳から視線を逸らして横を向く。


 「えっと。そうそう、永遠のロリータロリっ娘ロリちゃん。さっきから言っているファティマってどんな意味があるんですか。それって聖母が3つの預言を残した話ですよね?」


 恥ずかしくてまともにニャンニャを見られなくなった俺は、とにかく場を繋ぐために言葉を発していた。


 本当なら続けざまに『この第7層はどんなところで、あなたたちが何故ここにいるんですか?』『中央世界(セントラルワールド)を知っているんですよね?』『今、中央世界(セントラルワールド)はどうなっているんですか?』『さっきのはほたるですよね? ほたるたちは無事なんですよね?』と滝のように流れる質問をしたかったのだが、急いては事を仕損じるというか、今の状況では無理というか、これまでの怒涛の展開における不安もあって、続きの言葉は飲み込んだ。


 「ふむ。よ、よかろう。世界の真理に辿りついた者には褒美を与えんと、儂の沽券にかかわるからのぉ。ふぉっふぉっふぉっふぉっ」


 「ええ。教えてください。永遠のロリータロリっ娘ロリちゃん!」


 沽券にかかわるのか? と突っ込みたかったがそれは止めておいて、とにかく今は少しでも前に進むんだ、そうしないとなにもわからない。そんなことを考えながら、頬を赤らめる金髪美幼女ロリババにダメを押した。


 「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。なんとも良い響きじゃのぉ。それでこそ儂じゃな。ふむふむ。むふふふふふふふふふふふふ」


 「えっと……」


 いやいやそこまで悦に入らなくても……。嬉しいのはわかりましたからと言いたい。でも止めて、じっとロリババに視線を送った。


 「おう。そうじゃったの。うむ。よかろう。儂は気分が良い。教えてやろうではないか。闇に消えたファティマの秘密というのはだな、聖母が出現したあとに、かの者たち(イルミナティ)によって闇に消された預言のことじゃ。そこには人類最後の叡智であり、封印されし紅蓮の瞳(レッドアイ)と戦う最後の手段が記されている。そう。この輪廻の塔第7層の別名最後の抵抗(ラストレジスタンス)で生まれいづる正義の光(ジャスティスライト)へと英雄を導き七星刻(セブンスター)を輝かせる鍵ともいえよう。それこそがファティマ第3の預言じゃ。ふんっ」


 長めの前置きに続き、ロリババはペラペラと喋り終えてどうだと言わんばかりに胸を張っているが……。ダメだ、しっかり聞いたがさっぱりわからん。


 なにを言っているんだ? この中二病の金髪幼女は! ニャンニャに助けを請おうかと思って視線を送ってみるが微笑むだけでなにも言ってくれなかった。自分で考えろってことかな?


 えっと。かの者たち(イルミナティ)によって闇に消された預言……。イルミナティはどうせ中二病だから無視して、闇に消えた預言。なくなった預言ってことだよな。これが意味していることか……。


 そういえば未来の預言者の7つ目の預言がブラッド・リメンバーで失われたと聞いたな…………。って、まさかな。


 「それって、未来の預言者の7つ目の預言だったりして……」


 思わず考えていたことを口にしていた俺に対して超絶美幼女のロリババは笑みを深め、ニャンニャは美しい笑顔でゆっくりとだが小さく頷いた。


 そして、ロリババは「ふぉっふぉっふぉっふぉっ」といつものジジイ笑いを奏でてから、詩でも朗読するかのように、ゆっくりとはっきりと驚くべき言葉を奏でていった。


 それはまるでミュージカルの主演女優のように身ぶり手ぶりを加えて華麗に舞いながら……。


 「七星のひとつ滅したとき

  志は天に召されず

  輪廻を巡る

  そして涙と意志が光となる」


 「えっ? 四行詩って、本当に7つ目の預言なの?」


 えーーーーーーーーーーーーーーー。ちょっとまって。なんだそれは? なんだそれは? なんだそれは?


 いったいぜんたいどういうことだ? 四行詩ってことは、ロリババ曰くという注釈はつくけど、それが『闇に消えたファティマの秘密』であり、イコール未来の預言者が残した7つ目の預言なのか?


 しかも、これって……。どうみても俺のことじゃないか……。えっ。なんなの? それはなんなの?


 これが未来の預言者が残した7つ目の預言だというなら、はじめの3行はどう考えても俺のことだ。昆虫たちとの戦いで死んだのに天に召されていないし、今、まさに輪廻の塔を巡っているしな。


 すべては最初から決まっていたのか。今ここにいることも運命だったのか……。


 鉄砲水が勢いよく流れるがごとく体中の血が全身を駆け巡り、俺の感覚をより高みへと導いていく。


 「いや、まてよ。そうなると……。そうか。そういうことだったのか」


 これでレウたちが大森林での戦いで取った一連の謎の行動の意味がわかった。「レウたちが慎重に慎重を重ねて戦っていたのはなぜだ?」というクイズ問題のような疑問がガラガラと音を立てて崩れていく。


 彼女たちは最初から知っていたんだ。


 この預言を知っていれば未来の預言者の「茨の道」という言葉と合わせれば、あの大森林での戦いで七星の誰かひとりが犠牲になることは容易に想像がつく。だからそれを阻止するためにレウたちはあらゆることを想定し、彼女たちが隠していたロリババ曰く『闇に消えたファティマの預言』を実現させないために力の限りを尽くしたわけか。


 こうして、華麗に舞った金髪幼女が奏でた四行詩は俺に大きな衝撃を与えたのだが、まだまだ次なる衝撃的な事がすでに存在していたのを、このときの俺はまだ理解できていなかったのであった。




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