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世紀末の七星  作者: 広川節観
第五章 輪廻する世界
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276 聖母降臨

 それにしても『永遠のロリータロリっ娘ロリちゃん』って……。


 なんだよそれ。ロリロリし過ぎだろ。しかも『ロリっ娘ロリちゃん』も含めて結局は『ロリちゃん』の上位互換で『ロリちゃん』呼びは野球でいう不動の4番みたいなことだよな。


 かといってロリババの反応を見る限りは、ここでさっき覚えられなかったフルネームの様付け呼びをまた蒸し返したら、かなり機嫌を損ねるだろうしな。


 しかし、こいつはどうされたいんだろうな。本当にロリババと呼ばれたくなくて、『ロリっ娘ロリちゃん』とかで呼ばれたいなら、まずはジジイのような話し方を改めてからにしてくれと声を大にして言いたい。しかも吸血鬼のような牙があって赤目だからますます『ロリババアじゃねーか』と思うだろうが!


 それに、そもそもロリババアとは言ってないし、お前が俺に見せた水着の名札の名前を呟いただけだからな。


 自分で名札を着けておいてその名ロリババと呼ぶと激怒し、『永遠のロリータロリっ娘ロリちゃん』って呼ぶと喜ぶジジイ言葉を使う吸血鬼の始祖風金髪幼女、しかも中二病つきって……。設定盛りすぎというか、あっという間にキャラ崩壊するレベルだよな。まあこの塔で出会ったやつらは真理と瑠璃以外は全部そういうやつらばかりだったけどさ。


 いやまてよ。そういえば聞いたことがある。あれはたしか秋風が心地よい学校からの帰り道……。


 「達也、お前ロリババアと永遠のロリータは似て非なるものだぞ! 間違えるんじゃねーよ」


 「だって600年とか生きてるんだろ? ババアじゃねーか」


 「甘い、甘いぞ、達也。そんなことでロリ道を極められるとお前は本当に思っているのか!」


 「いやさー。別に俺はローリーみたいにロリ好きじゃないから、極めねーよ」


 「ふん。まだまだ若いな」


 「ああ、若いよ。16だし」


 「ふっ。いいかよく聞け。そもそもロリータというのはだな、ロシアの作家ウラジーミル・ナボコフ様の小説『ロリータ(LOLITA)』、あるいはその小説に登場するヒロインの愛称ロリータ様に由来してだな……」


 こんな会話で永遠のロリータとロリババアは別物だって怒られたっけ。ロリババの怒りもきっとローリーなら「そんなことは当たり前だ!」とか言う理由なんだろうな。


 ちなみに、そのあとも俺にロリータやロリババアについて熱く語ったのは、クラスメートであり、生徒会副会長でもあり、その実は俺と同じ隠れオタクだった六角利雅、通称(あだなは)ローリーだ。


 あのときにローリーが熱く語っていたことをもっとよく聞いておけばよかったわけか。俺はロリ好きじゃないから、「ふーん」とか「へー」とか言って軽く流していたわ。覚えているのはロシアの作家の作品がロリータの由来になっていることとロリコンが和製英語だってことくらいだな。


 「英雄君。さっさと決めるにゃ」


 「あっ、はい」


 思考が遠くに行ってしまっていた俺をニャンニャの声が引き戻す。ええい、もうやけだ! どうせここにいるのはロリババとニャンニャだけだし、他の誰かに聞かれることでもないし、羞恥心なんて捨ててやる。


 「永遠のロリータロリっ娘ロリちゃん。よろしくお願いします」


 「う、うん!!」


 『えっ! 誰?』


 びっくりしたぁ。


 今まで顔を覆ってしゃがんでいたロリババが俺の目の前で弾むような勢いで立ち上がり、俺を見上げながらまさに「にぱぁー」とした満面の笑みを見せたのだ。しかもそこにいたのは吸血鬼の始祖風幼女ではなく、碧眼の瞳(ブルーアイ)を輝かせる超絶美幼女だった。もちろん牙なんてどこにもない。


 まさにロリっ娘ロリちゃんに相応しい美幼女が、碧い瞳と白い歯をキラキラさせて俺を見つめていたのだ。驚くのも当然だろ。


 本当に火の打ちどころも、水の淀みどころも、風の吹き留まるところもなく、雷は目にした者に落ちるという究極の美幼女といってもいい。


 ああ、知っている。「火」の打ちどころは「非」の打ちどころであって、火とは関係ないことは。しかし、そんな誤字が些細な事と思えるほど、俺の全身を火から導かれた雷が駆け巡った。もしローリーがここにいたなら悶絶死は確実だろう。


 それにしても、もうさ。それならこいつは最初から吸血鬼の真似みたいなのをしなければいいのに……。いや、さっきのニャンニャとのやり取りから察するに吸血鬼風の容姿が化粧であって、すっぴんが超絶美幼女ってことか?


 地味キャラがメガネを取ってみたら意外と可愛かったとかじゃないんだからさぁ。これで服までゴスロリからピンクのヒラヒラとかに変身していたら完璧だけどさ…………。発想というか、生き様というか、こだわる所が斜め上すぎるよな。


 まあ俺はロリコンじゃねーし、瑠璃を知った今となっては、たとえ世界一萌える美幼女でも俺の答えは「で?」くらいだしな。いや、まあ本当に可愛いとは思うけどね。俺が萌えるとかそういうものではないな。


 「ふぉっふぉっふぉっふぉっ。ま、まあ、残念な英雄もようやく世界の真理に辿りついたようじゃな。ふむ。よかろう。よかろう。よきかな、よきかな。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」


 頬を少し赤らめながらなんかものすごく喜んでいるよ。どうやら呼び方は大正解だったらしい。本当に嬉しそうにしている。相変わらず今の容姿とはアンバランスなジジイ言葉だし、言っていることはあれだけどね。


 繰り返すけどロリっ娘ロリちゃんならピンクの服でも着て可愛く振るまえばいいのにとか心底思うよ。


 そんなロリババに対して俺は『はぁ』という生返事しか返せないが、言葉にはしなかった。もちろんどんな反応が返ってくるか予測すらできずに恐ろしいからだ。唇を噛みしめうんうんと二度頷く仕草でカバーしてから口を開く。


 「それで、永遠のロリータロリっ娘ロリちゃん。さっき言っていた……、えっ!」


 「えっ!」


 再び羞恥心を宇宙の果てに放り投げた俺が、ロリババにさっきの続きを話してもらおうと口を開いたのだが、そこでロリババの後方少し離れたところにいるとんでもない者に気がついてしまった。隣でニャンニャも驚きの声を上げている。


 そこにいた者。それは……。


 黒髪を煌めかせ『えーーーーー、ロリっ娘って、なにそれ?!』というキモオタを見るような表情と呆れた半目で俺のことを見つめる蛍だった。


 えっ。ちょっと、ちょっと待って。これにはマリアナ海溝よりも深いわけがあって。好きで呼んだわけじゃないんだからね、勘違いしないで……。いや違う。これじゃツンデレのテンプレじゃないか。


 そんなことではなくてだな、なんで蛍がここにいるんだ? 半目の下に泣き黒子はないし、あれは真理じゃない。しかも中央世界(セントラルワールド)で見た寝るときの格好のようだし。光の加減なのか少し透けているようにも見えるけど……。


 どうして、どうして蛍がここにいて、キモいヤツを見るような、呆れたような顔で俺を見ているんだよ!


 蛍にロリっ娘呼びを見られたことに対する弁解と突然現れた意味のわからなさに、俺は完全に頭の中が真っ白になっていた。


 「これは驚いたにゃ」


 俺とほぼ同時に「えっ」と驚きの声を発し、しばらく口を半開きにして可愛い表情のまま固まっていたニャンニャがようやく我に返った。ニャンニャにも予想外なことらしい。その言葉に反応するかのようにロリババが振り返って蛍の方を見る。


 「ほーーぉ。これは驚きじゃのぉ。夢のなかとはいえ、儂の世界にこうもたやすく干渉してくるとはな。優柔不断で残念な英雄を叱責に来たのか、はたまた儂の可憐さ、可愛さに嫉妬して来たのか。女の嫉妬は天をも焦がすからのぉ、輪廻の結界くらいは軽いものか。ふぉっふぉっふぉっふぉっ」


 ロリババにも想定外のことなのか驚きの言葉を発していた。いや、最後の方は正直、なにを言っているのかわからないけど、叱責に来たのかと言われて俺は「それ、やばいじゃん」とか「あちゃー」とか思ってしまっていた。


 「いや、違う、違うぞ。いや、それも違う、ほたる!」


 自分で言っていてどうかとは思うが、何を否定しているのかさえわからないほどに大混乱した俺はそう声にしてから蛍が出現した方へと走り出そうとした。しかし、次の瞬間ニャンニャに腕を掴まれて俺は後ろを向く。


 「英雄君、行っても無駄にゃ。あそこに薄い膜のようなものが見えるにゃ。そこから先には行けないにゃ。彼女は丁度卵のようなもののなかにいて、夢を通してこの世界にドンと下から突入してきたようなものなのにゃ。それにロリちゃんが気がついたから、もう声も届かないにゃ。それでもすごいことにゃけど……」


 ニャンニャに諭すように言われた俺だったが、卵だとか、夢のなかだとか、薄い膜だとか、もう声さえ届かないとか、そんなことよりも蛍の下に行かなければ、そして誤解を解かなければ、お互いの存在を確認し合わなければという気持ちの方が強かった。


 「いや、そんなことは……」


 どうでもいいとは言わなかったが、自分の意志を態度で示すようにニャンニャの手を掴み、丁寧に解いてから俺は蛍の下へ走る。


 「ほたる!」


 「………」


 聞こえないと言われていても叫ばずにはいられない存在がそこにいた。俺が近寄ってきたのを見て半目をやめた蛍も小走りに近づいてきたのだが、たしかに存在している薄い膜のような壁に阻まれて止まった。必死に口を動かしてはいたが、ニャンニャが言った通りで、なんと言っているのかはわからない。


 俺も透明な壁のような所まで行き、蛍と向き合い、お互いの両手を顔の横で合わせる。それでもふたりの間を遮る壁が邪魔をしていて、お互いの声も温もりも伝わることはなかった。


 「ほたる、ほたる!」


 「…………」


 俺はふたりの再会を遮る壁をドンドンと叩いて叫んでみる。蛍も俺を見て盛んに何か言っているのだが俺の鼓膜には届かない。蛍の口元に集中すると「ごめんね」とか「ありがとう」とかを繰り返しているようだったが、はっきりとはわからなかった。


 ただ、なぜかはわからないが蛍が「メグレス」と言っているのだけはなんとなくわかった。いや聞き取れたとか口の形でわかったとかいうのではなく、俺の五感がそれを感じ取っていた。


 「メグレス」ってたしか俺の七星刻(しちせいこく)を表す北斗七星のひとつだったよな。柄杓の掬う部分と柄の部分をつなぐ中央にある星で唯一の3等星。でも、それがどうかしたのか。俺にはわからない。声が届かないなかでは無理なことなのだが、俺にわかるように言ってくれと思ってしまう。


 やがて蛍は白魚のような指をまっすぐに伸ばした両手を壁に添えたまま、黒い瞳でしっかりと俺を捉えた。そして、大粒の涙を落としはじめた。それでも瞳を閉じることはなく流れた涙はそのまま頬を伝わっていた。


 「くそっ! なんだよ、これは! 俺はどうすればいいんだよ!」


 目の前に蛍がいるのに何もかもが届かない。あと少しで届きそうなのに一切届かない。そんな遣る瀬無い気持ちを右拳に乗せて俺は壁を思い切り叩いたのだが……。


 次の瞬間。


 俺の拳は空を切り、壁のような透明な膜も蛍も消え、そこには咲き乱れるシクラメンの花だけが残っていた。空振りした拳を抱えて俺は片膝をついてしゃがみ込む。目の前には赤いシクラメンの花びらがあり、いくつかの水滴が残っていた。


 『くそっ。いったいなんなんだ。なにがどうなっているんだよ』


 この輪廻の塔の第7層に来てからというもの、あまりの展開、あまりのわけのわからなさが重なり、さらにあまりにいろいろなことがありすぎて、ほぼ放心状態に近いところまで俺は追い込まれていた。正直にいって「もう嫌だ!」と叫びたい気分であった。


 すると……。


 俺の周囲がなぜか怪しく光だした。また何か起こったのかという驚きと、もうどうとでもしてくれという思いが激しく俺の精神を揺さぶり、俺は力なくゆっくりとロリババたちの方へと顔を向けた。


 「ふぉっふぉっふぉっふぉっ。時は来た! ならば行け! ファティマ第3の預言に導かれし英雄よ。天空の光を纏い常闇(ダークサイド)に繁栄をもたらす叛逆の暴徒を打ち滅ぼ……」


 「えっ?! なに……」


 「パーーーーーーーーーーン!」


 俺の瞳に映ったロリババは手を前に翳し、中二的なことをペラペラと喋り何かをはじめようとしていた。再びのわけのわからない展開に小声を上げて驚く俺をよそに、次の瞬間ニャンニャの見事なビンタがロリババの後頭部を打ち抜いていた。ほぼ同時に周囲の光も力の元を失ったかのようにかき消えた。


 ああ、さっき暗闇のなかで聞いた音もこれなんだろうな……。そんなことを思いながら後頭部を抑えて蹲るロリババとそれを見下ろす笑顔のニャンニャに視線を送ったあと、さすがに活動限界が来て俺は固まってしまったのであった。


 「いったぁーーーーーーー」


 「早いにゃ」


 「痛いじゃないか。き、貴様! いい加減にしろ!」


 「まだそれは早いにゃ」


 「あーー痛っ。本当に痛いんだぞ。何度も叩きおって。それに貴様が儂に指図するな、バカシャルが!」


 「それは、ま・だ・は・や・い・にゃん」


 「やかましい。何度も同じことを言うな、バカシャルがぁ。それにだな、そもそも儂が輪廻の塔の管理人なんだぞ。儂がやることが正しいに決っておろう。……ってちゃんと聞け! どこへ行く。アホシャル!」


 「にゃはははは。ニャンニャは英雄君を誘ってティーパーティの続きをするから、我儘ロリちゃんはしばらくそこで遊んでいればいいにゃ」


 「き、き、貴様ぁーーー。ふざけるなぁーーーーーー。バカネコぉーーーーー」


 両手を挙げ「プンスカプンスカ」という擬音が出ているような身体全体で怒りを表現するロリババを無視して、まるで鼻歌でも奏でるような態度でニャンニャが近づいてきて、俺の手を取った。


 活動限界が来て完全に固まっていた俺だったが、ニャンニャの手の温もり、優しさに助けられる形で瞳に力が戻る。


 ああ。やっぱりニャンニャは綺麗だな、優しいな、可愛いな、癒されるわー。


 「さっ。行くにゃ。英雄君は美味しいお茶でも飲んで少し落ち着くにゃん」


 まだ大ダメージが残っていた俺であったが、ニャンニャから香るフローラル系の甘い匂いを、完璧な美を纏った優しさを、モフモフの猫耳の可愛さを、俺の嫁イーニャと重ね合わせて、俺はこのあと少しずつ気持ちを落ち着けていくのであった。


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