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世紀末の七星  作者: 広川節観
第五章 輪廻する世界
271/293

271 真理が語った真実

 不老不死。


 永遠に若さを保ち、不死身であること。

 古今東西、あらゆる権力の頂に立った者が最後に求めるとされている究極の望み。それが不老不死であり、紀元前3世紀頃の中国では秦の始皇帝が不老不死の薬を求めたが、かえって死期を早めたとされるのは有名な話だ。そして、以降、どんな権力者も権力者以外の者も、つまりは人類では不老不死の望みを叶えた者はいない。

 また、この不老不死の概念が生まれたのは、深淵を覗き見たとされる古代オリエントの英雄ギルガメッシュを主人公にした『ギルガメシュ叙事詩』ができた紀元前20世紀頃だとされている。

 ほかにも人類以外ではギリシャ神話の巨神族ティーターンや北欧神話のアース神族も不老不死で有名である。

 一方で古来より不老不死を求める行為の愚かさを説く賢人たちは多い。



 そんな不老不死を今、俺は手に入れていた。望んだわけではないのだが、数々の権力者が望んで止まず、入手できなかったものをなんの変哲もない高校生の俺が手に入れていた。


 まあ、所詮は戦場で散って半魂(ハーフソウル)になった結果なので不死と言われても……という点はあるだろうが、この輪廻の塔で彼女たちと暮らす限りは、俺は老いることも死ぬこともない。これは事実であった。


 大賢者となり、真理との会話という質問タイムをはじめた俺が掴んだ、たしかな事実のひとつがこの不老不死であった。レウンにも似たようなことは教えられてはいたが、その時には表面しか捉えていなかった不老不死を、今ははっきりとイメージできた。


 生あるものは必ず死を迎える。それがどんな形であれ、決して逃れられない。死には永遠があるが、生に永遠はない。こんな当たり前のことが根底から覆され、劇的に変化した。まさにパラダイムシフトであった。


 真理が口にした言葉を頭のなかで書き出し(リライト)していく。


 真理たちやネコたち、いや、この輪廻の塔で生きていく者はみな不老不死で、生死という枠組みからは外れている。そして、それでも生存している。


 真理はたしかにそう言った。


 これはまるでゲームのなかのNPCのようだな。俺はそう思った。


 ゲーム世界の街や村に留まり、主人公の行動に対して反応し、武器や防具の売買を行い、冒険の情報をくれたりもする。まあ、なかには意味のない言葉を繰り返す賑やかしのようなキャラもいるが。


 そして、もちろん彼ら、彼女たちは、老いることも死ぬこともない。たとえ電源を切ったり、ログアウトしてもまたその世界に戻れば、同じ年齢で同じように接してくれる。まさに不老不死である。


 ただ、真理や瑠璃のように実体があって、俺の様々な言動に対して言葉を、アクションを、表情を、温もりを返してくるようなことは、彼ら、彼女たちにはできない。最新のAIなら不可能ではないのかもしれないが、ここまでの喜怒哀楽を再現するのはまだ先のことだろう。


 「あれま」という俺の言葉を受けて楽しそうに笑う真理を見ながら、俺はそんなことを考えていた。



  ◆◇◆◇◆◇



 「それに……」


 ひとしきり笑っていた真理はそう前置きをして、一呼吸置く。後ろ手に長い黒髪を整え、軽く前髪を直す。そして黒髪の美少女は輪廻の塔の成り立ちとさえいえる驚くべき言葉を告げた。


 「あたしたちがネコちゃんたちと暮らせるようにしたのは達也でしょ?」


 「えっ! 俺が?」


 いや、ちょっとまて、まってくれ。真理はなにを言っているんだ……。俺にはそんな記憶はないぞ。そう思考を巡らせていたら、そんなのお見通しの真理様は、優しさを伴った軽快な笑顔を見せながら続きを語られた。それはそれは、今、目の前で展開されている光景を見てきたかのように。


 「あははは。やっぱり覚えていないんだね。でも、事実だよ。『これでいいか?』って聞いたロリちゃんに、『生活できる環境なら食材とか生活用品を運ぶ人が必要だろうから可愛いネコの獣人がほしい。ふたりかなって』って頼んだんだよね。そうしたら、瑠璃が『わーい』って喜んだじゃない。あたしも嬉しかったけど」


 「ははははは」


 笑うしかない。これは笑うしかないだろう。もちろん驚いたのだが、あまりに衝撃的な事実らしいことに自然と笑い声が出ていた。


 えっーと、つまりどういうことだ。ロリちゃんってのはあいつ、ロリババのことだよな。それで、あの金髪幼女と一緒に俺は一度ここへ来ているのか? 真理はそう言っているんだよな。


 いや、まてよ。そういえば、はじめて出会ったときに瑠璃は「パパ。お帰りぃ」と言っていたな。他の階層のやつらも同じようなふざけたことを言っていたので、俺はそれが輪廻の塔のお約束なのかと思っていたのだが……。


 でも、違うということか……。他の階層にも行ったことがあるのか?


 俺が忘れていたというか、覚えていないだけで番人たちのほうが正しかったってことなのか。真理がここで嘘や出鱈目を言うわけはないとは思うが、でも、え、本当にそうなのか? 一切覚えていないんだけど……。本当にそれは俺なのか……。俺のような何者かなんじゃないか?


 あまりのことに混乱し、思考の海に沈んでいった俺に対して、真理は微笑みながら再び口を開く。


 「あたしはさ。将来死ぬことを前提に生きるってどんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? って聞きたくなることなんだよね。あたしにはわからないからさ」


 真理はそれまでとは違う薄い笑顔で一度視線を落とした。そして、器用に表情を変化させながら、おそらくは彼女の本音を吐き出した。真理の瞳の奥では、ランプの灯が揺らめいている。


 「ああ。それはそうだよな。俺にはまだ不老不死のまま生き続けていく気持ちなんて実感できてないし、それはきっと、数百年とか数千年とかいう長さを生きてこそストンと落ちてくるものなんだろうしな」


 真理の言葉を理解した俺は、とりあえず、俺がネコたちを用意したというか、以前に輪廻の塔を巡った可能性の件は脇に置いて素直な思いを伝える。すると真理は思考が戻ってきた俺の言葉に対して笑顔を強めた。


 「でもさ、もし、達也が下の世界で歳を取りたい。成長していく瑠璃を見てみたいと望むなら、あたしはそれでもいいよ。死を前提に限られた時間のなかで生きていくっていうのもちょっとワクワクするしね」


 「下の世界って第五世界(フィソステギア)のこと?」


 「うん。ここと同じような場所はいくらでもあるし、ネコちゃんたちも一緒に行ってくれると思うよ」


 「そうなんだ。そんなこともできるのか……」


 真理から出た意外な選択肢。きっと、これはコスプレ王女のところのエルフと番いになって子孫を残すということや、レウンのところの思い出したくもない害虫と同じパターンのことだろう。


 俺の魂が行き場を確定する、つまりは中央世界に残った半分の魂を回収して、第五世界(フィソステギア)で真理たちと一緒に暮らしていくってことか。そしてそのときには俺はもちろん、真理たちもネコたちも、不老不死ではなくなるわけか。


 「新しく生まれ変わるんじゃないのか?」


 「あはははは。ごめんね。そうだよね、あたしたちとは関係のないところで生まれ変わるっていう選択肢もあるよね」


 レウンのところで聞いた害虫転生はたしか記憶をなくして、新しい生を受けるということだったので、思わず口にしてしまった質問に対して真理は素直に謝った。


 「いや。それはない! というか、いらない!」


 「あははは。ありがと」


 聞いておいてそれはどうかという疑問はさておき、強い否定で即答したら真理は笑った。俺がバカだった。そんな選択肢はありえない。何に転生するのかなんて聞くまでもない。下の世界で暮らすことが2択とかで、瑠璃や真理たちと過ごせる選択肢があるならそっちを選ぶ。


 ああ、真理から内容を聞く前には、生まれ変わるときに真理の子どもになるっていう可能性もあったのか…………。いやいや、それも俺は選ばないだろう。


 でも真理たちと下の世界で暮らす。本当にそれでいいのか……。真理はワクワクするとは言っていたが、彼女たちが不老不死でなくなるのは良いことなのか? 俺はまだ明確な不老不死の気持ちを得ていない、つまりはストンと落ちてきていないから不老不死でなくなっても違和感はないのだが……。


 「そうなると今の選択肢は3つってことか……、まあひとつは選ばないからふたつ……」


 「うううん。もうひとつあるよ。すでに階段はできているだろうしね」


 「えっ! そうなの!?」


 輪廻の塔の第6層でこのままふたりと暮らす。真理と瑠璃と一緒に下の世界に行って暮らす。生まれ変わって下の世界で暮らす。


 今後の俺が進める3つの選択肢を頭のなかで思い浮かべて思わず呟いたら、俺の言葉を遮って真理から意外な言葉が告げられた。


 真理はすでに上に行く準備は整ったと言った。たしかにそう言った。目を見開いて驚いて確認する俺に、真理は優しく微笑む。


 「うん」


 真理は、聞き取れる範囲の言葉で小さく頷いた。それだけだった。ここまでの会話のような続きの言葉はなかった。綺麗な笑顔を保ったまま、俺の言葉を待っているかのようであった。さらさらの黒髪が彼女が頷くことによって、ふわりと舞った。


 「…………うーん。そっか、そっか」


 俺が返せる言葉も少なかった。何を言うべきか悩んだ末に、俺が大賢者として強烈な真理の誘いに打ち勝ったときの真理の言葉を真似てみた。でも、あとは言葉が続かなかった。そんな俺の言動を見て真理は笑みに含まれる優しさ成分を強くした。


 本当に真理は美しい。優しい笑みを湛える真理の姿は薄暗いランプの灯りしかない幻想的な雰囲気のなかで際立っていた。それは「モナリザの微笑み」にも圧勝している美しさだった。


 真理の美しさに見蕩れてしまった俺は、一度輪廻の塔を巡ったことがあるらしいことや、選ばないものも含めて4つの選択肢が目の前に提示されたことに対して何も考えられなくなってしまっていた。ただ、ただ黙ってじっと俺を見ている真理を、真理の瞳を見つめていた。


 そして、何故か儚げで、愛おしくて、真理が電源を切ったNPCのようにこのまま消えてしまいそうな感覚に襲われた俺は、ゆっくりと真理に近づき優しく抱き締めるしかなかった。真理の吐息が心地よく俺を包む。


 こうして、大賢者だった俺は自らの手でジョブ再転(リチェンジ)を行い、その日は疲れ果てて眠るまで燃えるような倒錯の世界へと旅立っていったのであった。



  ◆◇◆◇◆◇



 翌日。いつものように瑠璃の笑顔で起こされ、真理が作った朝食を堪能したあと、表に出てみると前日に真理が言った通り大理石の階段があった。家からは30メートルくらい離れたところで、第五世界を示すフィソステギアの花畑がある地域だ。


 もうかなり前のことではっきりとは覚えていないが、おそらく上ってきたときと同じ場所あたりだろう。


 玄関から出たところで立ち止まり、遠目に白く輝く大理石の階段を見ながら、俺はおとがいに手をあてた。すると、すでに大賢者からは戻っていたのだが、妙に冴えた頭の中で俺の分身が声を発した。


 「いつまでも、ここでなにをしているんだ。お前は!」


 ああ、たしかにそうだよな。半魂(ハーフソウル)のまま輪廻の塔の第6層に留まり、体感ではあるがすでに数年は経っただろうしな。


 「でも、いいだろ。真理と瑠璃が可愛いんだから。可愛いは正義なんだよ!」


 頭の中に登場したもうひとりの分身がはじめに声を挙げたやつに食ってかかり、ふたりは口論をはじめる。


 「全然、よくない。ここは輪廻の塔だぞ。自分がやるべきことをやれよな!」


 「やるべきことってなんだよ! 瑠璃と真理を愛すること以外にあるのかよ」


 「あのさ。お前はどうしたんだ。このまま浮草のようにここで流されていくのか?」


 「それが悪いのかよ!」


 「ふぅ。まったく……。お前は死の間際になにを思った。幼馴染の身代りとなってカッコ悪く死んだやつのままでいいのか? ほたるを泣かせたままにしておくのが紅達也なのか? あのときの気持ちはその場限りの出まかせだったのか?」


 「うっ。ち、違うわい!」


 「やれやれ」


 『あーーーーーーーー。もういい。お前らうるさい。消えろ』


 大きく首を振ってふたりの分身を頭の中から叩き出す。


 しかし、先に進む道が示され、他の選択肢も出揃った感じの場面で、俺はいったいどうしたらいいのだろうか……。


 玄関前で立ち止まり大理石の階段を見ながら考え事をしていた俺の思考を遮ったのは、すぐ横をタッタッタッと走り抜けた瑠璃だった。少し遅れて洗濯物を抱えた真理も外へ出てきて家の横にある物干し場へと向かう。


 真理を一瞥してから俺の前で立ち止まっている瑠璃に視線を戻す。後ろ姿しか見えないが瑠璃は止まって階段の方を見ているようだった。瑠璃の後ろ髪がそよ風で左右に揺れている。


 静かな朝の風景の一コマを切り取ったようで、時を刻む針が遅くなったように感じられた。


 「ねぇ。パパ。今日はどこで遊ぶの?」


 突然、振り返った瑠璃は、じっと俺を見ながら笑顔でそう言った。だが、瑠璃の笑顔は何かを必死に我慢しているようないじらしさと健気さを伴ったものに俺には見えた。真理の方を見ると、洗濯物を干しながら俺たちを見比べて微笑んでいる。


 いつも通りの朝の風景なのだが、何故か胸が苦しく、誰かに思い切り締め付けられているような感覚に襲われる俺であった。


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