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世紀末の七星  作者: 広川節観
第五章 輪廻する世界
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267 目の前の理想

 輪廻の塔の第6層で待ち構えていた蛍似の黒髪の親子は、俺の手を取り自分たちの家だという場所へ連れて行った。


 ログハウスのような木造の家は、平屋ではあったが、素朴というよりは豪華といったほうがいい造りだった。キョロキョロと家の外周などを見ながらなかに入ると、瑠璃が案内をすると言って俺の手を強く引いていく。


 瑠璃に連れられ、玄関から、大きめのリビング、いくつかの部屋を見て、風呂へと導かれる。風呂は家族風呂のような大きめの浴場で、風呂桶を見るとなんと檜だった。しかもすでに湯が張られていていつでも入れるようになっている。


 懐かしい香りを大きく肺に吸い込み、「ここがお風呂だよ。あとで一緒に入ろうね」などといちいち説明して笑顔を見せたり、目を輝かせたりと忙しい瑠璃の様子を見ては、俺は再び大きな幸せに包まれていく。


 そうかと思えば「達也、瑠璃。ご飯だよ~」と声がかかり、甘辛い懐かしい匂いが鼻をくすぐる。


 瑠璃が声に反応して、俺に強い笑顔を見せてから俺の手を強く握った。瑠璃の仕草を可愛いと思いながら俺は瑠璃に手を引かれるままに声のする方向へと移動する。


 食事だというのでリビングに戻るのかと思ったのだが、途中にあった部屋のふすまが空いて黒髪の美少女が顔を出した。


 「今日はすき焼きにしてみましたぁ」


 「わーい。お肉だ。お肉だ」


 「瑠璃はお肉が大好きだもんね」


 「うんっ」


 「あははははは」


 黒髪の美少女が顔を出した部屋のなかは和室で、テーブルの中央にはぐつぐつと音を立てているすき焼き鍋がおかれ、すでに夕食の準備が整っていた。


 いやもう、ここは、なんでもありなんだな。あまりの展開に驚きすぎて苦笑いしかできない俺をよそに、家族団欒の雰囲気を纏ったふたりに促されるように皆で「いただきます」をして食事がはじまる。


 本来なら時間などというものが存在しないのか、これまで俺は輪廻の塔では夜などというものを経験していなかったのだが、なぜかこの家族団欒の夕食のシーンを祝うかのように窓の外が暗くなっていた。


 黒髪の美少女とは食卓を挟んで向かい合い、瑠璃は俺の横にちょこんと座って嬉しそうにして、美少女にかき混ぜてもらった卵に肉をつけてから口に運んでいる。


 「ふー。パパ、美味しいね」


 「ああ。そうだな」


 「これも美味しいよ」


 「うんうん」


 「これも、瑠璃好き」


 「そうかぁ」


 「ママの料理はみんな、みんな、全部好き」


 「あはははははは」


 たしかに瑠璃の言う通りすき焼きをはじめ茶碗蒸しやら、小鉢の和え物やらどれもこれも和を極めた料亭のようでいて、どことなくおふくろの味さえも感じさせる黒髪の美少女の食事はとても美味しかった。


 しかも、目の前には蛍似の黒髪の美少女がいて、隣では美味しそうに食べる瑠璃がいて、その仕草を見ているだけでも言葉では言い尽くせない幸福感が俺を襲い、より美味しく食べられた。


 本来ならこんな風に飯を食っている場合ではなく、なにか大切なことを聞いていかなければならない場面なのかもしれないが、今の俺にはそれを言葉にするまでの脳の働きはなかった。


 本当に幸せな一時。まさにそれが今、俺の前に広がっていたからである。


 食後も同じように幸せな時間は続き、瑠璃と一緒に風呂に入ってゆっくりと檜風呂を堪能し、大きなベッドで3人で川の字になって寝た。


 始終、瑠璃は俺から離れず、瑠璃の一挙手一投足を見ているのが本当に楽しくて新鮮で、俺の中央世界(セントラルワールド)での戦いやこの輪廻の塔でのことをすべて忘れさせてくれた。


 もちろん一緒にいる黒髪の美少女もとても美しく、とても優しく、とても気が利いていて、さらに俺の心を癒してくれていたのであった。



  ◆◇◆◇◆◇



 幸せに包まれたまま、気が着いたら数日が経っていた。そのなかで黒髪の美少女の名前が真理であることや、この世界にも生活用品や食材などを運んできてくれるネコの獣人たちがいることがわかった。


 黒髪の美少女の名前は、蛍でないことは確実だったので、素直になんと呼べばいいのかを聞いてみたら、瑠璃が教えてくれた。


 「あーーーパパがママに変なことを聞いてる~。いつもは真理姫って呼んでたのに~。あはははは」


 「ちょっと確認してみただけだよ。瑠璃があんまり可愛いからさ。こいつぅ。でも今度からは真理って呼ぼう」


 横から口を出した瑠璃を咄嗟に抱きあげて頬ずりをする。でも真理姫ってもしかしてマリア姫のことかとは思ったが、瑠璃の仕草は本当に可愛かったし、真理も俺と瑠璃の様子を見て微笑んでいたのでそれ以上は俺の思考も、彼女たちとの会話も進まなかった。


 そしてネコたちのことがわかったのは、こんなシーンだった。まだ3人ともベッドにいてうだうだしていた早朝にチャイムが鳴った。


 すると瑠璃がビクッと身震いしてから笑顔を見せて叫んだ。


 「あっ。ネコちゃんたちだ!」


 俺のシャツを引っ張りベッドから降りると、瑠璃は俺の手を掴んで玄関の方へと向かう。玄関に行くとそこにはニャーゴとニャーロクにそっくりの妖精猫(ケット・シー)がいて、その後ろには大きな馬車が止まっていた。


 瑠璃はネコたちを視界に収めると俺の手を離して体ごと突撃して、ネコたちのもふもふ感を味わって幸せそうにした。


 手持ち無沙汰になった俺はあとから来た真理がネコたちを撫でながら食材や生活用品を受け取るのをぼーっと眺めた。


 こいつらニャーゴとニャーロクなのか? いやいや、白ネコとキジトラだからって違うよな。また似たやつなのかもしれないしな。それに、ここは輪廻の塔だよな。なんでこいつらもいて、食材とかを運んで来ているんだろう?


 下の世界が第五世界(フィソステギア)だということは想像できるが、下の世界ならまだしも、ここにも獣人がいていいのか。


 食材や必要なものを袋に詰めてもらいそれを抱えて真理が戻ってきたので、包みを受け取りながら浮かんでいた疑問をなんとなく口にしてみた。


 「あのネコたちは?」


 「うん。あたしたちの世話をしてくれるナナニャンとハチニャーだよ」


 「ナナニャン……。キジトラがナナニャンで、白ネコがハチニャー?」


 「あはははは。正解。よくわかったね。可愛いよね」


 真理は、順に突撃を繰り返している瑠璃とそれを受け止めて好きなようにさせているネコたちを一瞥して微笑む。


 「あははは。そうだな」


 ニャーゴとニャーロクの輪廻の塔版ってことか。ご丁寧に七と八だもんな。俺が同意したのは真理とは違い、ネコたちとじゃれ合う瑠璃が可愛いからだったけどね。


 こうして、理由など詳しいことまではわからなかったが黒髪の美少女が真理であることと、世話をしてくれる獣人猫が存在していることがわかったのであった。



  ◆◇◆◇◆◇



 それにしても、もし、これが俺を輪廻の塔へと縛り付けるための精神攻撃だとしたら、これ以上の攻撃方法はないだろう。


 すでに俺の心は蕩けてしまっていて、たとえ罠であっても、邪悪な意志が俺を輪廻の塔にとどめようとしていたとしても、俺には抵抗できる力は残っていないといえる状態であった。


 だって、そうだろう。幼馴染で最も大切な人、何を置いても守りたい存在が、一気にふたりも目の前に現れて無条件に俺を包み込んでくれているんだ。これほどの理想が他にあるわけがない。まあ厳密には別人なんだけど。


 あーー。でも勘違いしないでほしいのは、イーニャやニーニャが俺の嫁だという主張は今回の出来事で変わるようなことではない。それは変わらない真実であり、軌道修正するようなことではないのだ。


 物事には二次元があり、三次元があり、四次元(妄想)がある。イーニャとニーニャの話は、今のこの理想的な素晴らしい状況とは、別次元のことだ。


 もっといえば、イーニャたちは現実感を伴った本物の理想ではないのである。妄想感を伴ったあくまでも俺の理想郷(シャングリラ)なのである。


 えっ、詭弁を弄しているだって……。そう。その通り。うん、否定はしない。理想郷(シャングリラ)を現実感の伴った理想にすることも、この世界なら可能なのかもしれない。それも否定はしない。


 だから根本の話となるが……、つまりだ。人というものはだ、特に男というものは所詮は身勝手な生き物なのである。そして、それだからこそ人生は面白いのだ。


 普通の高校生がわけのわからない世界に送られて、ゴブリンや昆虫たちと戦ったんだ。それぐらいの身勝手はきっとこの世界に神様がいても許してくれるだろう。うんうん。


 おっと、話がかなりずれたな。


 しかし、なんだな。理想のふたりと一緒に、ここでこれからずっと生活していくような流れになっているが……。えっと、もうそれでいいかな。いいよな。


 下の階層のレウンのところでは『術を覚えられるまで絶対に逃げられない24億年』とかやらされそうになったけど、このふたりとの24億年なら……。いや、たとえそれが永遠であっても俺は喜んでその道を進むのではないかと、瑠璃の笑顔を思い浮かべながら思う俺であった。

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