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世紀末の七星  作者: 広川節観
第五章 輪廻する世界
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264 クリアの理由

 一時はどうなることかと思ったレウンの実験室での術の習得に成功した俺は、輪廻の塔第5層、セージの花畑に戻って非常識な光景を目撃した。


 彼女たちが何歳かなんてことは知ったことではないが、レウンとロリババなる幼女体型のふたりが平仮名の名札を付けた水着で、子ども用のビニールプールで遊ぶという、あきらかに場違いで、シニカルで、シュールでもある場面だ。


 俺に気がついたふたりの行動も常識では計れないもので、レウンは蝋人形のように固まり、ロリババは漆黒の翼のオブジェをつけてジェット機のように消えていった。


 よほど、俺がここにいたことが、俺にビニールプールで遊んでいたことを見つかったことが、彼女たちにとっては、あってはならない緊急事態(エマージェンシー)だったのかもしれない。


 輪廻の塔は階段によって各世界が繋がっているはずなので、花畑の果てに消えていったロリババも、おそらくこの場に居づらいから一旦離れて、落ち着いてから自分のいる場所へと戻るとかなのだろう。


 「あっ!」


 スク水姿で動かないレウンの様子をチラチラと見ながら、ビニールプールに浮かぶアヒルのおもちゃや無造作に投げ捨てられた水鉄砲、プールの水底に魔女っ子のようなキャラが描かれていたことなどを見ていた俺はふと顔を上げて振り返ると、そこには白い大理石のあの階段が現れていた。


 丁度、俺がこの場所に戻ってきたときの場所辺りで、さっきまではなかったはずだが、今は陽光に照らされてひと際大きな存在感を示している。


 「やはり、術を覚えることが上へ行くための鍵だったのか?」


 大理石の階段を見つけて、そう呟いた俺は、階段が現れたことによってレウンも再起動するのではないかと思い、勢いよく振り返ってみる。


 しかし、レウンは同じままだった。精巧につくられた蝋人形のようなレウンはピクリとも動かなかったのであった。



  ◆◇◆◇◆◇



 レウンが止まっていたのは、大いに驚き、大いに考えていたからであった。目の前に半魂(ハーフソウル)の紅達也が現れたことは、レウンにとってはありえないことであった。


 『なんでや。なんでここにいてるんや』


 そればかりがレウンの頭のなかで繰り返された。『術を覚えられるまで絶対に逃げられない24億年』の両手を固定する力はたしかにマックスにした。それは自分でやったのでよく覚えている。


 簡単には動くはずのない指先を離すこと。離して戻すを繰り返さなければ術は習得できないのに、なぜか変態DV男は、それをクリアしてここにいた。


 レウンはクリアの理由を求めて考えを進めていく。


 あれは、自分で言うのもなんだが、とんでもないレベルで、普通の筋力なら300年に1回動かせればいいほうだった。もともと『絶対に逃げられない24億年』は、250年に1回動かせるかどうかのレベルだったのを、生意気な魂だったから意地悪をして300年に1回の強さに変更してやった。実験という名を借りて。


 『そやのになんで、ここにいてる? まだあれから3年か4年程度しか経ってないやろ。ありえんわ』


 何か機械に不備があったのだろうか? レウンはそうも考えたが、あいつを機械に座らせる前に自分で整備してチェックしたのを思い出して、心の中だけで大きく首を振る。


 しばらくの間、さまざまな角度から原因を模索し頭をフル回転させたレウンであったが、明確な答えは得られなかった。


 そして……。


 『こいつに、こんな変態DV男に元からそんな強い力があったんか?』


 そう考えた時にひとつの仮定に辿りついた。それしかないという辿りつきたくない仮定に行き当たった。ただそれは、24億年以上の苦行を与えるはずだったレウンに取っては、あまりにも大きな誤算であった。


 こうして固まっていたレウンは、その瞳に自分のことをチラチラと見ながら何かを思案している変態DV男をしっかりと見据え、顔色を取り戻したのであった。



  ◆◇◆◇◆◇



 「あんた。ズルしたやろ?」


 「あっ。動いた。って、いきなりなんですか?」


 精巧な蝋人形から、スク水姿の幼女に戻ったレウンは、開口一番、俺を非難した。


 「ズルしたやろって聞いてるんや?」


 「してませんよ。それにそれを言うならあんたの方でしょ。人に飴ちゃん食うかとか言って、笑顔で睡眠薬って、どれだけ卑怯なんですか!」


 レウンが言った『ズル』というのが、何なのかなんて関係ない。しつこく聞いてくるレウンに対して、逆に俺を飴玉で騙したことを非難して声を荒らげた。


 「ほんなもん騙されるのが悪いだけや。それだけのことやろ。うちがゆうてるのはそれやない。あんた第二世界(セラニウム)の番人にどんなズルをしてもらったんや、ってことや。そうでもなければこんなに早く、3年やそこらでクリアできるはずはないんや。どんなに頑張っても24億年はかかるはずやったんや」


 俺の文句に対しては騙されるのが悪いと一蹴したレウン。そして、また何かわけのわからないとこを言いだしている。あっ、でもまだ3年ぐらいしか経っていなかったのか。すでに数十年は経過していたかと思っていたよ。何しろ淡く光る大理石に囲まれた四角い部屋に閉じ込められたままだったからな。


 それと数えてはいないんだが、たぶん1億回はしていない。感覚でしかないのだが、おおよそ50万~100万回の間くらいだろう。レウが5万回でクリアしたと言っていたから、その10倍かかったというのも自分では納得のできる範囲だった。


 それにしても、まったく輪廻の塔の番人というやつらは、人の言うことを聞かないというのが仕様なのか。それとも、どいつもこいつも唯我独尊スキルでも持っているのか?


 えっと。それで、第二世界(セラニウム)の番人って、ああ、幸介もどきか。あいつにズルをしてもらった? そんな覚えはない。


 あいつとは訓練という名の襲撃を受けただけだ。


 「襲われただけですよ。それに第二世界(セラニウム)の番人が何か関係あるんですか?」


 「うぉぉぉぉぉぉぉ。あかん。やっぱりこいつ、ズルしとるわ。なんでうちはそこまで考えが及ばんかったんや。これじゃアホやないか。レウンじゃのうてレウになってまう。なんてことや、なんてことやーーー」


 「はぁ?」


 俺が幸介もどきに襲われたと聞いた途端にレウンは天に向かって咆哮してから、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。なんか一部、無茶苦茶というか、本物のレウが聞いたら激怒する恐ろしい言葉が混じっていたが、レウンが何を『ズル』と言っているのか、何がアホなのかがわからず、俺はただただ呆れた声を出していた。


 「えっと。何を言っているのか、さっぱりわからないんですけど……」


 「あんた襲われたんやろ。それはやつの最高レベルの修行やないか。どんだけ筋力と持久力をあげてきたんや。10倍いや100倍かもしれん。もうチートや。こんなところに半魂(ハーフソウル)の変態DVチーターがいてるなんて知らんわ!」


 「はぁ」


 いや、もう生返事しか返せない。どういうことだ? 筋力と持久力が上がった。たしかに何時間かわからないほど戦ったのは覚えているが……。なんだ、あれは本当に修行だったのか?


 そのあとも、レウンは「あのアホがなにしてんねん」とか「どんだけ適当なんや」とか「そんなのうち知らんもん」などと俺を無視して、体の前に浮かせた両手を見つめてぶつぶつと言っている。それを見て、俺はいい加減その名札のついた水着を着替えたらどうだとか思ってしまう。


 さて、えーーと。つまりどういうことだ。


 どうやら幸介もどきに襲われたことで、俺の能力が底上げされていたということか。それもかなり大幅に……。まるで「変遷」みたいなことなのかな?


 それで、ありえない短期間で『24億年』をクリアされて、レウンは今こんな状態になっていると。そういうことみたいだな。


 「うちがアホに……。レウンでのうてレウに……。最悪や。もう死にたい……」


 がっくりと肩を落とし涙目になったレウンがまたレウの悪口のようなことを言い出したので、俺は少しイラッときて言葉を吐き出す。


 「いやいや。それ間違っていますよ。あなたよりレウさんの方が何倍も、いや何十倍も賢いはずです」


 「はぁ? あんた何ゆうてんねん」


 レウンは目尻に涙を溜めながら横目で強い視線を送ってくる。まあ、ここでレウンにレウのことを言っても仕方がないことなのかもしれないよな。でもここで俺が黙っているのも、なんか腹が立つ。


 「だから、レウさんっていう人はあなたよりずっと賢いから最悪とか言わないでください」


 「レウがうちより賢い? アホ抜かせ。ほんならそいつはいくつのエポニム持ちなんや? うちはレウン黒飴をはじめとして軽く30はあるで!」


 さっきまで泣いていたはずなのに、「どうや」と言わんばかりに鼻高々で小さな胸を張るレウン。あれもエポニムなのかという疑問はさておき、小さいなレウン。やっぱりレウとは奥行きがまるで違う偽物だ。


 「レウ定数、レウの法則、レウ細胞、レウの最終定理、レウ彗星とかとか軽く100以上ですかね」


 「へ?」


 「だからレウさんが名祖(なおや)になったエポニムは100以上ですよ。ね、賢いでしょ♪」


 レウの凄さを聞き、びっくりして口を半開きにしたまま、頬に汗をたらーっと垂らしてレウンは活動を停止した。そこで、俺は「ほらどうだ」というにこやかな笑顔でダメを押した。


 「あーーーーー。そ、や、なーーー。えっと、えとえと。そや、飴ちゃん食うか?」


 「いりません、っていうか、絶対食べません!」


 言葉に詰まったレウンはおろおろしながらレウン黒飴を出してきてごまかそうとするが、当然のように断固拒否する。


 『まったく、また眠らせてなかったことにでもするつもりかよ、このレウンめ!』


 そう思ったが、それでも狼狽えるレウンを見て、少しすっきりした俺であった。

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