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世紀末の七星  作者: 広川節観
第五章 輪廻する世界
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263 ふたりの幼女?

 レウが俺を第七世界(セージ)に連れて行くと言ったのを思い出して頬を伝わった涙。


 それを無意識に右腕で拭おうとして、俺はとても大切なことに気がついた。それと、同時に自分の愚かさに自然と笑い声がもれていた。


 「ふっ、はははは。そうか、そうだよな。あははははは。俺はなんてバカなんだ。頭が悪すぎるぞ、紅達也。あはははははは」


 言っておくが、全裸で全身を固定されている絶望的な苦行の末に、ついに頭がおかしくなったわけではない。なぜもっと早く気がつかなかったのか、どうして指先というか、手元だけでこねくりまわしていたのかが、おかしくて笑ったのである。


 肘も固定されていているので、涙を拭おうとした動作そのものはできるわけもなかった。しかし、その動きによって、肩や背中、胸の筋肉が動いたのである。そして気がついたのだ。


 そう。俺は今まで、目の前にある手元だけに集中しすぎていて全身というか特に上半身の筋肉を使ってこなかったのだ。腕や指の力だけでは、指を離すことはできなかったのである。もっと言うなら、手先に集中するあまり自ら離れないように力を加えてしまっていたと言ってもいい。


 自分の愚かさに気がつき、昔、同じような状況をどこかで見たことを俺は思い出した。それは手品みたいなもので「術をかけると普通に立っている対象者の右足が上がらなくなる」というものだった。


 いきなりタネを明かすが、簡単なことだ。術者は対象者の前に片膝でしゃがみ、立っている対象者の重心を、左足をさするようにして右足に移動させる。これだけのことだった。


 術者は対象者に気がつかれないように、暗示をかけるように、言葉巧みに誘導して右足に全体重が乗るようにしてしまえば仕掛けは終わりだ。重心が右足にかかっていたら右足を上げることなど不可能となる。当たり前のことである。


 これを手品と呼べるかどうかはさておき、解くには左足に重心を動かせばいい。そうすれば右足は自由になるのだが、右足を上げることだけに集中してしまうと、それができなくなる。


 つまり、右足に体重が乗っていることに気がつかずに、術者の思惑通りに右足が上がらなくなったことに驚き、慌てふためいて必死に右足を上げようとする対象者。でも上がらない。それと同じようなことを俺はしていたわけだ。


 「よしっ。やるぞ」


 まずは胸を張って、背中を丸めるようにして……。おお、指先が軽くなった。まだくっついてはいるが、これなら……。


 胸や背中の状態を維持したまま、一瞬だけ指先に力を入れて、互いを弾くようにして……。


 「できたっ! やった!」


 頭のなかで手順を考えながら、実行していった結果、一瞬ではあったが、たしかに指先は離れて、また機械の力で元に戻っていた。


 「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁ」


 まだ、たった1回できただけであったが、絶望から逃れられる大きな1回目であった。そして、喜びのあまり俺は叫んでいた。


 その時の俺の脳裏には、空一面を覆っていた分厚い雲から薄明かりが差し込んでくる、いわゆる薄明光線(エンジェル・ラダー)の光景がたしかに見えていたのであった。



  ◆◇◆◇◆◇



 それからどれくらいの時間が経っただろうか。


 1回目ができてから300回目までは数えていたのだが、それ以降は数えることは諦め、陽炎のようなゆらぎを出す、つまりは術を得とくすることに意識を集中して、行動し続けた。


 来る日も、来る日も、来る日も、来る日も。流動食を食べたり、全身の筋肉運動を感じたり、疲れたら目を閉じるだけの日々を過ごした。


 数年と言われればそうだと思えるし、数十年と言われればそうだというしかないほどの長い間、俺はこのレウンの実験室で、ひとり拘束され続けた。


 そして、ついに俺の両手の空間に陽炎のような揺らぎが出現した。今まで何度も繰り返してきた動作の中央に、たしかに蛍が出したようなものが存在していた。


 「あっ」


 俺がレウンの実験室で最後の声を出したのはそれだけだった。ただそれだけの声を残した瞬間に、すべてが変わっていた。


 全裸から白いシャツと茶系のズボンという塔に来た時というか、中央世界(セントラルワールド)で生活していた格好に戻り、俺はレウンとはじめて会った紫と白の花畑にいた。


 まるでそれまでのことがすべて夢か幻だったかのように……。タイムマシンに乗ってここへ戻って来たかのように……。



  ◆◇◆◇◆◇



 終わった。やっと終わった。……で、いいんだよな。急展開に頭がついていけずに俺はしばらくの間セージの花畑で、呆然と立ちつくしていた。


 「きゃっきゃっ」


 「ふぉっふぉっふぉっ」


 呆然としていた俺の意識を戻したのは、聞き覚えのある不思議な声だった。そちらに視線を向けると、少し離れた場所に子ども用の丸いビーニールプールで遊ぶふたりの幼女がいた。距離は20メートルくらいだろうか。


 「な、なんだ?」


 あれは…………。ツインテールはほどいているが、あの背格好や髪の色だし、ひとりはきっとレウンだろう。もうひとりは金髪でレウンよりも背が低い幼女みたいだけど……。


 「何してんだ?」


 いや、まあ、何をしているも何もビニールプールでバチャバチャと水を跳ねさせながら、ふたりの幼女がじゃれあっているだけだよと言えば、たしかにそうなのだが、俺が言葉にしたのは、そういう意味ではない。ここは近所の公園でもなければ、幼稚園でもない。輪廻の塔の第5層なのだ。


 輪廻の塔にはもちろん、セージの花畑にもそぐわない異様な光景を見たときから、俺はゆっくりとそちらに向って歩いていたのだが、ようやくふたりの姿がはっきりとわかる位置まで辿り着いていた。そして、目を見開きつつも、口元が緩まずにはいられなかった。


 やはりひとりはレウンであり、もうひとりは金髪で赤い瞳を持った幼女だった。


 レウンは胸に「れうん」という名札のあるスク水で、色は紺というオーソドックスな格好をしていた。この場面でのスク水に平仮名の名札、これをオーソドックスというには語弊があるかもしれないけどね。


 金髪の幼女はレウンとは違い、肩や胸の部分に白のレースやフリルがついた黒のワンピース水着で、右足には同じくフリルのついたガーターリングをつけるというおしゃれな格好だったが、胸に「ろりばば」という名札を着けていた。


 いや、もう最後の名札でおしゃれが台無しである。その格好で名札いるの? おしゃれなどとは無縁の俺でさえ、思わずそう突っ込みたくなった。


 もうどうしてくれようという異常な光景に驚き、そして頭が痛くなってきた俺だったが、次の瞬間、キャッキャッと遊んでいた幼女たちが俺に気がついてこちらを向いた。


 お互いに見つめ合ったまま、しばらくの間、時が止まった。光を浴びたビニールプールの水が波打ち、幼女たちの肌を水が滑り落ちていく以外、何も動いていなかった。


 幸介もどきが言っていたロリババアって名前だったのか。まあ、適当な幸介もどきらしくきちんと間違っているけど。正確にはロリババだってさ。いや、まあ、その名前もどうかと思うけどさ。


 ゴスロリのおしゃれな水着に名札をつけて「ろりばば」って、ここは転げ回って笑うところなのだろうか? こいつは俺を笑わせようとしているのか? いや、面白いけどさ、なんか違うよな。


 おっと。そうだ。レウンレウンレウン。あまりの展開に、忘れかけていたが、こいつに一言文句を言ってやらなければ気が済まないよな。


 そう思って視線を向けた俺だが、レウンは真っ青な顔で目を見開き、口をポカンと開けたまま固まっていた。


 仕方がないから傍に寄ってみるが、反応はなかった。目の前で手を振ってみても、「おーい」と呼びかけてみても、頬をつんつんと指で突いてみても、レウンはうんともすんとも言うどころか、まったく動かない。まるで精巧に作られた蝋人形のようだった。


 うーん。どうするかな? 固まるレウンを前に首を傾げていたら金髪幼女と視線が合った。


 「ふぉっふぉっふぉっふぉっ。混沌世界の申し子よ。黒より黒い深淵に封印されし監獄からこれほど早く蘇るとはな。時を駆ける運命の邂逅はエントロピーを凌駕するかもしれんのぉ。ふぉっふぉっふぉっふぉっ。それでは儂はこの漆黒の翼で魂の終着駅に戻るとするかのぉ。さらばじゃ!」


 俺に視線を返しながらペラペラと相変わらず意味不明な中二的な言葉を並べたロリババは、ゴスロリ水着のままで大きな黒い翼を広げた。いや、正確にはあれは背負っただな。コイツもコスプレ王女の同類というか、もしかして姉妹とかか? こいつらは3人姉妹だったのか?


 そんなことを考えていたら彼女は、弾丸のようなもの凄いスピードで空の彼方へ消えていった。やっぱり漆黒の翼は関係ないわけね。うんうん。


 それにしてもロリババ。名前や言動についてはいろいろとあれだが、こいつの声を聞き、たしかに輪廻の塔に来る前の暗闇にいたやつだということだけはわかった。こいつはレウンとは姉妹か、一緒にビニールプールで遊ぶ旧知の仲だということか。まあ、それはどうでもいいことか。


 それと、さっきロリババが喋ったときにレウンのような八重歯ではなく牙が見えたような気がしたのだが、まさかあいつは吸血鬼の始祖とかそういう存在なのか。瞳も赤かったしな。それって……、金髪幼女のお約束なのか?


 固まっているレウンの様子に目をやりながら、俺は次々とどうでもいいことを考えてしまうのであった。



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