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世紀末の七星  作者: 広川節観
第五章 輪廻する世界
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258 天才美少女

 そんな大げさなという意見もあるかもしれない。だが、俺にとっては絶対零度の恥辱といえる大きなダメージが残ったまま、俺はラウラ似のお姉さんメイドに導かれた白い大理石の階段を上っていた。


 一段一段、足を前へと進めているのだが、やはり足取りは重い。やがて、お姉さんの口元から零れ落ちた俺を殺す弾丸ともいえる言葉の数々を思い返して、俺は恥ずかしさのあまりしゃがみ込んだ。


 上り階段の頂上はまだ遠い。数えてはいないが、30段くらいしか上っていないところで、力尽きるように段差に腰掛ける。


 そして、しばらくの間、ぼーっとした。


 「はぁーーーー」


 物音ひとつせず、もちろん誰もいない階段の途中で、何度目かのため息を吐きだした。


 ちなみに階段は暗闇の空間に浮かんでいるようなものではなく、左右は同じ大理石の壁となっている。横幅は、そうだな10メートルくらいはある。それとどういうわけかは知らないが、白い大理石は淡い光を放っているので周囲が暗いということはない。


 『いったい俺はこんなところで何をしているのだろう?』


 答えなどなかったが、この言葉だけが何度も何度もため息とともに頭のなかに蘇ってきていた。


 そもそも死んだはずの俺が、わけのわからない場所で、わけのわからないやつらと出会い流れの(まにま)にここまで来ていることに何か意味でもあるのか?


 これまで出会ってきたやつらの言動が次々と脳裏に浮かんでは消えていく。


 まったくどいつもこいつも自分が誰かも、ここがどこかも、ろくに説明もしないで勝手なことを言い、勝手なことをやりやがって……。


 下の階で結局は何も聞けなかったが『輪廻の塔』ってなんなんだよ……。上に行くと何か良いことがあるのかよ。俺は何をしているんだよ。どこを目指して、何を目指して、どこまでこの階段を上って行くんだよ。


 あーーー。なんか無性に腹が立ってきた。


 「くそっ。行くか!」


 どこまで行くのか、どこまで勝手なことをされるのかは知らないが、こうなれば、とことん行ってやる。あいつらがあきられるくらい上ってやる。


 「よしっ!」


 込み上げてきた怒りが恥辱に塗れた心を打ち破って俺を奮い立たせる。そして強く掛け声を吐き出してからまた階段を上った。


 あっ。そういえば、さっき下の世界で竜人に捕まりそうになったとか言っていたな。ということは……。キャサリン似のやつのところがエルフの世界でさっきのが竜人たちの世界ってことか?


 うーん? エルフに竜人……。うん? そうか。もしかして……。


 一段一段足を運びながらそんなことを考えていた俺の眼前には、眩い光とともに再び紫と白の花が咲き乱れる花畑が見えてきたのであった。



  ◆◇◆◇◆◇



 「やっと来たんか。遅いわ!」


 階段を上りきり、周囲を見回そうとしたところで、後ろの方から声を掛けられ、俺は振り返る。上ってきた階段は元から何もなかったように消え、紫と白の小さい花たちへと変わっていった。


 「レ、レウ……さん?」


 「なんや。幽霊でも見たような顔しおって。そんなにうちのことが恋しかったんか?」


 「えっ!! えーーーー」


 振り向いた先にはレウがいた。いや違うのかもしれないが、それでもレウとしか思えない者がいた。あの頭の両脇でぴょんと跳ねそうなツインテールもニカッと笑ったときの八重歯も、幼女のような体型も、人を食ったような喋り方も、そこにいた存在すべてがレウであった。


 白のロングワンピースを着て、花畑に隠れてはっきりは見えないが素足で茶系の紐が交差しているサンダルのようなものを履き、麦わら帽子を被っている。この中央世界(セントラルワールド)でも見たことがある格好で、『うちのことが恋しかったんか』と彼女は言った。それはレウがアンカー・フォートから帰ってきたときに確かに聞いた言葉だ。


 「あんまり遅いんで、おうちに帰ろうかと思ったわ」


 「は? …………うん?」


 「なんや。人がボケとるのに突っ込まんか! そこは『あんた、ここからどこへ帰るんや!』やろ。まったく、しょうもな。これだから半端……」


 「あははははは」


 やっぱりレウだ。さいごの方はごにょっていたのと自分の笑い声で聞こえなかったけど、このマシンガンのような喋り方や、笑いにうるさいというか、自分のボケに突っ込みがないときの反応は本物としかいいようがない。彼女との会話のなかに本当の懐かしさがあったからこそ俺は笑っていた。


 それでもこれまでのことを考えれば、幾ばくかの疑いがあったので、再び問い質してみる。


 「本当にレウ……さんですか?」


 「なんや。ほかにこんな天才美少女がいてるんか? あっ。超天才完璧美少女やった。すまん、すまん」


 「うっ……」


 これは……。感無量とはこのことなのだろうか。ここまで上がってきてよかった。否定してないし、そうだと肯定しているんだよな。


 まるで海外にひとりで行って、日本人に会ったときのような嬉しさが俺を包み込んだ。込み上げてくる安堵感と喜びの感情で、俺が言葉に詰まると、彼女は一拍、間を開けてから大きく体を動かしながら突っ込んできた。あっ。これもレウがよくやってた。


 「って、スルーかい! ほんまあんたは突っ込んでなんぼの人生やろ? 突っ込みマシーンなんやろ? 眼鏡がないとあかんのか? どこか故障でもしとるんか? なぁ。おい、おーい! 聞いとるんかぁー」


 「あはははは」


 嬉しさのほうが遥かに勝っていた俺は『突っ込みマシーン』とかいう辛辣な言葉に怒ることもなく、ただ、ただ笑っていた。そして、大きく息を吐き出してから、笑顔で、気軽に、普段通りに落ち着いて彼女に声を掛けた。


 「レウさん。ここはどこなんですか? なんで俺はこんなところに……」


 「ちょー待ち! あんた、人をなめとるんか?」


 「ひっ!」


 俺の言葉を途中で遮った彼女は、顔を上げて下から突き上げるようにして俺を睨んできた。今にも胸倉を掴まれそうな勢いで、俺は両手を開いて顔の横に上げて怯えたような格好で彼女と向き合う。


 あれ。なんかおかしなことを言ったかな? これほどの怒りの眼差しで睨まれるようなことは言っていないと思うけど……。まさか、まさか、まさか、まさか。またか……。頭をよぎったのは、これまでと同じような驚くべき何かが、恐るべき設定が出てくるのかということだった。


 でも、でも、さっき確認したじゃないか。レウなのかと尋ねたら、彼女は否定せずに普通に受け答えしていたじゃないか。頭のなかで必死に抵抗しようとした俺だったが、すぐそのあとに彼女の口から俺の頭のなかにガーンという音を立てる巨大なハンマーが振り下ろされることになる。


 「超天才完璧美少女のうちをアホの子みたいに言うんやない。うちはレウなんて弱っちい名やない。輪廻の塔第5層の番人レウンや、レウン! さっきは滑舌が悪いんかと思っとったが、間違っとったんやな。2文字と3文字じゃ全然違うやろ。格が違うやろ。偉さが違うやろ。そやな。『アホ』と『アホか』で考えてみ。どっちが強いか、主導権を握っているのかなんて一目瞭然やろ。そやから人の名を間違えんなよな」


 「はぁーーーーーーーーーーー」


 アホとかアホかとかの2文字と3文字の超理論はさておき、すべてを理解した俺は肺のなかの空気を残らず吐き出すような長い、長い、落胆のため息を漏らした。漏らさずにはいられなかった。


 レウとレウンね。はいはい。そうだよね。レウのわけはないんだよね。今までもそうだったしさ。感動して喜んだ俺がバカだったということね。うんうん。知ってたよ。そう、そうだよ。これこそがこのなんだかわけのわからない輪廻の塔のお約束というか、決まり事なんだよね。


 「はぁーーーーーーーーーーー」


 再び大きなため息を吐き俺は肩を落として、がっくりと項垂れた。


 「今度はため息の連発返しかい。ほう。それはおもろいな。あははは。うちの知らん間に新しい芸を仕入れてきたんやな。あははははは」


 落胆している俺を見て、指を差したあとお腹を抱えて笑いだすレウン。


 このやろう。まるで大学受験とかの合格発表で、張り出された一覧表に番号があって喜んだところで、実は不合格者の一覧でしたみたなことしやがって。この偽物、どうしてくれよう……。


 そんなことを考えた俺は無意識のうちに手が出ていた。


 「くそっ。俺の合格を認めろ。このレウンめ!」


 「いたっ、いたたたたたたたたたたっ。いきにゃり、ひゃにをするんや。ひひりゃーな!」


 一部妄想が口から漏れていた俺はそれでも気にせず、レウンの両頬をつねって思い切り引っ張ったのであった。

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