255 金髪碧眼の嫁!?
「ここは……山奥?」
似非キャサリンになかば強制的に連れてこられた場所は、深い山林をかき分けて進んだ場所というか、巨大な森の奥深くというか、とにかく辺り一面に樹木が生い茂り、深い緑で覆われていた。
「えっ?」
後ろを振り返った俺は思わず驚きの声をあげた。そこには聳え立つ壁のような木の幹があり、見上げたら果てがなかった。というか終わりが見えなかった。たとえ超高層ビルを見上げたとしても終わりは見えたはずだ。でも、この大木には終わりが見えない。
まるで空を突き破って宇宙の果てまで続いているかのような錯覚に陥る巨大さである。左右も木なら丸いというか最低でも丸味を感じられるのに、ほとんど平らだった。本当に壁のようだな。左右の幅は20メートル? いや、もう少し大きいのか?
コスプレサンタとともに大木の根元で茫然とする俺。傍からみたら異様に見える光景だろうがコスプレサンタは本当に嬉しそうに、故郷に戻ったかのように大きく息を吸う。
そんなコスプレサンタは放っておいて、再び上を向くと、空の青さや陽光の輝きが葉や枝の間からちらちらと見える。ただ、それは針の穴を通ってきているようなレベルだった。
『あれは……?』
「すーはー」と気持ちよさそうに深呼吸している金髪の美少女にほんの少しだけ気を使い頭の中だけで言葉を吐きだす。遥か上の方にキラキラと輝いた何かが動いていた。遠すぎてよく見えない。風のいたずらで木の葉が揺れて陽光が届いているだけかもしれないが、光をまとった物体が動いているように見えた。
「ふっふふふーん」
深呼吸を終えたコスプレ王女が、腰に手を当て満足げに胸を張る。縦ロールがぽよんと胸で弾んだ。
「ねえ。ここどこ? この木はなに? それに上の方になにかいるの?」
「きゃははははははは。ひーーーみーーーつっ!」
このやろう。ウィンクなんかしやがって。可愛いけど、可愛いと思ってしまう俺、紅達也がここにいるけど、むかつく。どうしてくれようか……。などと思っていたら、コスプレ王女がいきなりバサッと天使の羽を広げた。
「さあ。行きますわよ!」
「えっ?」
なんか神々しい。こいつ天使だったのか…………。やっぱり俺は天国に来ていたのか……。今いる場所は天国の一部なのか……。
「って、おい! その動きはなんだ!」
バサバサと羽が動くときのお前の奇妙な腕の動きは……。それによく見たら、両腕の付け根に紐というかベルトがあるじゃねーか! ただのコスプレ天使かよ! いやマジシャン気取りなのか。やっぱりこいつとんでもねー。
思いっきり突っ込みたいところだったが、金髪の美少女はこれ以上はないと思われる鼻高々の笑顔を浮かべた。
「ほら、ぐずぐずしない」
「いやいやいや。それお前のせいだから。天使のコスプレを見せつけて自慢しているお前のせいだからな」
突っ込んでやるが、金髪の美少女は『うふふふ』とどこ吹く風の涼しい笑顔で俺の腕を取り、ふわりと空へと飛んだ。いや、これは跳躍したのか。それでも重力から解放されたような、体が軽くなったような感じがした。
「お、おい!」
驚きの声を出した俺を金髪の美少女はガン無視して、俺たちふたりは大木の根元を離れ、緑の森のなかを進む。彼女はまるで『ホイ、ホイ』とでも言っているかのように、軽快に、笑顔のまま嬉しそうに、森の木々を伝っていく。そして、目的地へと向かった。彼女だけが知っている目的地へと。
◆◇◆◇◆◇
「さあ、着きましたわよ」
「着いた? ここでいいの?」
「おほほほほほほほ」
ここに俺を連れてきたかったってことか? 森を抜けたわけではないが、目の前の少し開けた場所にきれいな泉があった。澄んだ青が陽光に照らされて輝いている。泉までの距離はおよそ20メートル程度か。この泉に用があったのか?
でもさぁ、周囲の風景は何も変わってないけど。ここに何があるの? 大木からは離れたので、来た方向を振り返って仰ぎ見ると雲を突き刺すように天まで伸びている樹木が見えた。
それにここってただの木の上だけど、こいつはどうしたいんだ? 金髪の美少女はひとり先に枝に腰しかけ、足をブラブラとしている。そして、催促するようにポンポンと隣の枝を叩いた。
「特等席ですわよ。ふっふふふーん」
「はぁ?」
もう、こいつは……。またわけのわからないことを言っているよ。まったく……。と思いながらも俺は隣に座り、嬉しそうに首を振り鼻歌をはじめた美少女の横顔をみつめた。ジャスミンのいい香りがする。本当にキャサリンに似ているな。
「ご覧なさい。あの子があなたの伴侶ですわ」
「えっ? なんだって?」
こいつ今なんて言った? 伴侶って言った? 誰が? あの子って……。美少女の横顔を見ていた俺は、彼女の視線と口の動きに導かれるかのように、泉の方へ顔を向けた。
「うわっ」
誰かいる。女の人だ。全裸だ。水浴びしている。透き通るような肌が水と光を浴びてキラキラと輝いている。美しい。美の女神様がいつのまにか泉に降臨していたようだった。女神様はゆっくりと長い金髪をかきあげる。すると、ある種族に特徴的な耳が見えて、俺は目を見開き声を出していた。
「エ、エルフか。あの人はエルフなのか?」
「あなたの嫁ですわ」
「それ答えになってねーよ。金髪だし、碧眼だし、あの耳だし、エルフだよな。きれいだな。はじめて見た」
「あなたはこの世界であの子と番いになり、子孫を残すのですわ」
「それも答えになってねー。っていうか、あんた、どこまでぶっ飛んでんの?」
「あら。なにかご不満のようですわね。もしかして、コスプレ王女のわたくしのやり方が気に入らないとでも?」
「そういうことじゃねーー!」
あまりの急展開というか、わけのわからなさに思わず声を荒らげると、コスプレ王女は目を瞑り首を振って『やれやれ』と言って肩を竦めた。
「ふうーーー。仕方がありませんわね。まあ、子作りの儀式は10年に1度ですからね。そうですわね……。では、ハーレムにしてあげましょう。あと5人でいいですわね。それなら6人の子孫を残せますし、文句はありませんわよね!」
「はぁーーー? 10年に1度? ハーレム? 6人の子孫?」
これで納得しろと言わんばかりに強い口調で言われたが、1ミリも納得などできないレベルのワードを次々と聞かされ、俺は混乱した。
泉の方へ目をやるとコスプレ王女の言った通りというか、なんというか、いずれ劣らぬエルフの美女たちが6人に増えていて、気持ち良さそうに水浴びしていた。あの人たちと子孫を残す? いったいどういうことなんだ?
「この世界であの子たちと子孫を残す?」
「そうでござ、ご、ご、ご……、ゴンザレス」
「はぁ? 今、『そうでゴンザレス』って言った? ねぇ。そう言ったよね。『そうでゴンザレス』って。ねぇ。そうでござるじゃなくてゴンザレスって。ラテン系なの。馬鹿なの?」
「おほほほほほほほほ。えっと、えと、えと。あっ、そう。あの子の、あの子の名前ですわ。そう。そうですわ。もう、いちいちうるさいですわよ」
「嘘つけ! なんであんなきれいなエルフの女性の名がゴンザレスなんだよ!」
「おほほほほほほほほほほ。オーレ!」
顔を赤らめながら100%の嘘を吐くコスプレ王女。なんか突然フラメンコの決めポーズまでして、ごまかそうとしている。しかもオーレって闘牛士やダンサーを賞賛や激励する言葉なのに……、決めポーズで自分で自分を激励しちゃっているよ。その勘違いの仕方、まるでキャサリンだよ。
「あはははははは。まあ、そこまでやるならもうそれでいいや。で、話を戻すけどなんで俺がこの世界で子作りに励むとかになるのかな~。それにあんたはどうするの?」
「なっ! な、な、な、な、何を言っているんですの? わたくしをハーレムに加えてあんなことやこんなことしたいだなんて。ぶ、無礼にもほどがありますわ。わたくしにも心の準備ってものが……、いやいや違いますわ。何を言ってらっしゃるのかしら。おほほほ。身の程を知らないというか……、あなたとわたくしの子どもですって、そりゃ少しは憧れてあなたとの子どもが欲しいとか思うことも……。いやいや、ち、違いますわ。その前にわたくしとすごいことをしたいですって、毎日すごいことをしまくりたいですって、野獣になりたいですって。どうしてくれましょう。ふー。ふー。はぁ。はぁ。はぁ」
突然コスプレ王女がぶっ壊れて、俺は目が点になる。顔をこれ以上はないくらい赤らめて汗をダラダラと流して焦りまくるコスプレ王女。聞いている俺が引くというか、一部聞いてはいけないような妄想がダダ漏れになっていた。
「あのー、もしもし。俺はそんなこと一言も言っていませんけど……」
俺がいたって冷静に声をかけたが無駄だった。
コスプレ王女は息遣いもどんどん荒くなり、体をくねくねというかもじもじというか、とにかく恥ずかしそうに身悶えしながら『そんなエロい』『はしたない』などとまだぶつぶつと呟いている。
「もーーーーーう。なんでそんなこと言うんですの! わたくし恥ずかしくてもうここにはいられませんわ。帰る、帰るでござ、ござ、ござ……ゴンザレス!」
心の叫びのようにコスプレ王女はそう言うと、右手で耳まで真っ赤にした顔を隠しながら、左手で俺の手を掴み恋人繋ぎにする。そして、俺たちはここに来たときと同じように緑がかった光に包まれていった。
「えぇぇぇ~~~~~~~」
とても残念なものを見て、なんとも言えない気分になった俺はため息まじりの声だけを森に木霊させたのであった。
ただ、行きと違っていたのは、俺たちが光に包まれると周囲に光を纏った何かが俺たちを見送るかのように飛んできていて、それが妖精だと見て取れた。そっか。ここはエルフがいる世界。あの大木はきっと世界樹だな。
そして、視線を泉の方へ向けると、6人のエルフの美女たちが悲しそうな笑顔でこちらを見ていて、なにか俺の心にちくりと針が刺さったような気がしたのであった。
結局、俺たちはヒイラギの生垣がある場所へと戻り、コスプレ王女は戻るとすぐにしゃがみ込んだ。そしてずっと両手で顔を覆ってぶつぶつと呟き続け、あの大理石の白い上り階段がすぐ傍に現れたのだった。