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世紀末の七星  作者: 広川節観
第五章 輪廻する世界
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253 訓練バカ

 「また花畑か……」


 白い大理石の階段を上りきった場所には、眩いくらいの光に照らされたピンクの花が咲き乱れていた。何段上ってきたのかは数えていなかったのでわからないが、およそ100段くらいはあったと思う。


 白も混じったピンク色、薄いピンク色と言えばいいのか、とにかくその花畑に一歩踏み出したあとに振り返ってみると、今上ってきた階段は消えていた。長方形型の降り口がなくなっていて、最初からそこにあったように花が咲き乱れていたわけだ。下の階の花畑とは違って、花の形に見覚えはなかった。


 「よう。待ってたぜ!」


 目の前で起こった不思議な現象と花畑を眺めていたら、これ以上の詮索は無用とばかりに声がして、その方向を見た俺に、にやけた顔とともに拳が向かってきていた。


 「うわっ。ちょっ!」


 咄嗟にバックステップで避けると、拳は左肩付近を掠めて空へと流れていった。


 「ほう。避けたか。やるじゃねーか」


 いや、当たった。完璧には避けてねーよ。それでも左肩を掠めたはずなのに、なぜか痛みはなかった。いやいや、そもそもお前はなんなんだよ。そう言おうとした俺の元に蹴りが飛んでくる。


 それもなんとかかわせば、かかと落とし、裏拳、ひざ蹴りなど容赦のない連続攻撃が次々と繰り出された。俺が中央世界(セントラルワールド)でやっていた、いつもの訓練と同じといえばその通りなのだが、いきなり過ぎて頭のほうがついていけてない。


 それでも攻撃を受け止めたり、かわしたりしていくうちに、俺は襲ってきたやつがあきらかに俺のよく知っている幼馴染だということに気がつく。


 「お前、幸介なのか?」


 「誰だ、それは? そいつは男前なのか? ガハハハハハ。それっ!」


 回し蹴りを左腕で受け止めて、一瞬の間に声を出せば、ある程度は予想していた答えが正拳付きとともに返ってきた。はぁ。こいつもそれか……。自分で自分のことを男前とか言う斜め上の答えも幸介っぽいけど、違うのか……。それにしてもよく似ているぞ。黒髪、黒目で、体格も顔つきも幸介そのものじゃねーか。


 「くっ!」


 話をしたために集中が途切れてしまい正拳付きを上手くかわせず左上腕に食らってしまった。まずいと思って、一旦、距離を取ろうと下がるがすぐに追いかけてきて攻撃される。


 『くそっ。考えるのはあとだ。今は集中しろ!』


 攻撃を避けながらも、俺はそう考えて、このあと長時間に渡り、まるで終わりのない訓練のような戦いを続けていったのであった。



  ◆◇◆◇◆◇



 階段を上って幸介のようなやつに襲われてから、いったいどれくらいの時間が過ぎたのだろう。いつもの訓練ならとうの昔に休憩に入っているような時間が経過しているはずだが、戦いが終わる気配はなかった。


 何でこんなことになっているのかはわからないが、幸いなことに疲れてもう動けないというようなことはなかった。それに集中してからは、ほとんど避けたり、受けきったりはできていた。こいつは幸介ではないと言ったが、正拳付きから回し蹴りに移るなどの攻撃の流れやタイミングは幸介そのものであったのも俺に味方した。


 それと不思議なことに思ったよりも高く飛べて驚いた。重力が弱いとかかもしれないが、下段蹴りを跳躍で避けたときに、自分の身軽さに気がつけたのである。


 そして、また数時間が経過した。体感時間なので、はっきりとはわからないが戦いはじめてからもう10時間は越えていると思えた。


 「よしっ。少し休むか。なかなか楽しい訓練だったな。本当は下でやりたかったんだがな。ガハハハハハ」


 「訓練? 襲っていただけだろ?」


 「ガハハハハハ。お前避けてたじゃねーか」


 「当たり前だろ。あんなのまともに受けられるかよ」


 「ほら見ろ。訓練じゃねーか。ガハハハハハハ」


 やっと終わったかと思ったら、ふざけたことを言ったのでキレ気味に言い返してやったけど無駄だった。こいつともまともな話になる気がしねー。もういいわ。


 それよりも、もっと大切なことを聞いておかないといけないと思い、俺は隣でひとり腰を下ろして大声で笑っている黒髪の男に声をかける。


 「なあ。ここはどこなんだ?」


 「なんだよ。ロリババアに聞かなかったのか?」


 「ロリババア? 誰だそれ?」


 「お前をここに送ったのは中二病のロリババアだろ。そんなことも知らないでここまできたのか。まあ、俺はそんなことはどうでもいいけどな。ガハハハハハ」


 くそっ。銀髪の美少女よりは少しはまともなのかとも思ったが、やっぱりこいつもか……。幸介みたいな適当な答え方しやがって。


 しかしロリババアって誰だ? そんな人に会った覚えはないが……。一瞬レウの顔が浮かんだが、「いやいや、そんなこと思っただけでも殺されるぞ」と大きく首を振る。


 それにしても中二病を罹っているやつ……? そんなやつにはあったことないよな……。あれっ。えっ……、もしかしてあれか? あれがそうなの……。あいつババアなの?


 「も、もしかして……。そいつって『ふぉっふぉっふぉっふぉっ』とかいう笑い方をして、自分のことを儂とかいうやつか?」


 「おうおう。そいつそいつ。そいつがロリババアだ。やっぱり知ってるじゃねーか。嘘つくなよな。ガハハハハハ」


 えーーーーーーーーーーーーーーー。あいつジジイじゃなかったのか……。たしかに魂のエントロピーがどうとかこうとか、わけのわからないことを言っていたけど……。


 暗闇で声しか聞いていないし、姿を見たわけではないのでロリババアだと言われればそうなのかもしれないけど。でも、声は男だったような……。いや、あれは喋り方がジジイだったので俺が勝手に決め付けていたのか。低い声だったが、言われてみればババアでもおかしくはないのか? でも、えーーー、それは本当のことなのか?


 うーん、考えてもわかるわけもないか。まあ、いいや。そんなことより、ちゃんと質問に答えろよ、幸介もどきめ。


 俺は大きく首を振り、高笑いを続けている訓練バカのほうを見る。


 「まあジジイでもロリババアでもそんなことはどうでもいい。それで、ここはどこなんだよ?」


 「まだそれを俺に聞く? お前おもしれーな。ガッハッハッハッハッハッハッ」


 また笑いやがった。笑い声を大きくしやがった。笑いすぎて零れる涙を拭きながら笑いやがった。なんなんだよ。1ミクロンもおもしろくねーよ。レイラに似た銀髪の美少女と同じ反応かよ、いやそれよりひどともいえるな、まったく可愛くないし……。


 「はぁ」


 盛大なため息を吐き出し、俺はこれ以上ここがどこかを聞いても無駄なことなんだと諦めることにする。


 「よしっ。訓練再開だ。いくぞ!」


 「えっ! ちょっと……」


 ため息を吐いたのを休憩が終わったのと勘違いしたのか、気合いを入れた幸介もどきは、最初と同じように襲いかかってきた。降ろそうとしていた腰を伸ばし、上体を反らしてなんとかやつの突きをかわす。


 「いいねぇ。ならこいつはどうだ」


 すぐさま回し蹴りが飛んできたので、避けられないと思った俺は顔の前で両手を交差し受け止めた。


 それからも最初と同じくらいの長い時間、俺と幸介もどきは訓練という名の戦いを行った。もう何時間かなんて気にしても仕方がないくらい長い間。


 そして……。


 「よしっ。俺は満足した。もう寝るからお前は行っていいぞ。ぐがぁーーーーー」


 「えっ!」


 って、もう寝てるし。驚く俺をよそに気持ちよさそうに幸介もどきは熟睡していた。オールコック邸で飯を食ったあとには、たいていすぐに寝ていた幸介の寝顔を思い出す。そして、やれやれと肩を竦めた俺の視線の先には、あの白い大理石の上り階段が現れた。


 訓練に賭ける情熱というか、こいつの行動と適当さ加減は、どうみても幸介だよな。大の字になり鼾をかいて寝ている男を一瞥してそう思いつつも、先に進もうと俺は前を向く。今度こそ何かがわかるだろうと期待を込めて。


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