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世紀末の七星  作者: 広川節観
第五章 輪廻する世界
249/293

249 大森林での死闘㊴ ~死闘の果てに~

【念のためのご注意書き】

 作中の蛍のように、極度に虫が嫌いな方はご注意ください。

 この戦いでは、ムカデ、毒蜘蛛、サソリ、スズメバチ、軍隊アリ、イナゴ(ワタリバッタ)などが登場します。

 七星の英雄のひとり入来院蛍の放った虹矢(レインボーアロー)がもたらした大爆発によって大森林のなかに新しくできた平地の中心部。


 地下深くで難を逃れていた昆虫軍のクイーン・イエロー将軍は、突然現れた獣帝国(ビーストエンパイア)軍により捕まり、同じく七星の英雄、知覧・ゲノム・ラウラと久坂幸介のふたりが彼女の元に迫っていた。


 周囲にいた獣帝国(ビーストエンパイア)軍は、ふたりの鬼気迫る突撃を前に獲物を放棄して逃げ出すことを決意し、ひとり残されたクイーン将軍はふたりの英雄には格好の的となっていた。


 項垂れていたクイーン将軍は、突然解放されたことと周囲が騒然とするなかで、恐る恐る状況を掴もうとして頭を上げていく。


 クイーン将軍の瞳に映ったのはまさに今、自分を貫こうとする2本の武器の先端であった。1本は長い槍のような武器。もう1本は斧のような横幅をもっている武器。ともに尖った先端部分が向かってきていた。


 「えっ!」


 状況を飲みこめずに小さく声を発したクイーン将軍の体は、次の瞬間2本の槍のような部分に貫かれ、宙へと浮いた。それと同時に電撃と火炎に包まれ、あっという間に燃えカスとなった。


 馬上から襲ってきた者たちが武器を振るったときに叫んだ声さえ、クイーン将軍には遠くで微かに聞こえる幻のようなものであった。


 クイーン将軍にとっては第二世界(ゼラニウム)から中央世界(セントラルワールド)に転移させられ、人のような格好で生きた証のすべてが、泡沫(うたかた)の夢であったようにさえ思える一瞬であった。



 ◆◇◆◇◆◇



 クイーン将軍に止めを刺したラウラと幸介は、馬のスピードを緩めて踵を返し、自軍の部隊の傍まで戻っていく。


 「レウ。終わったぞ」


 「達也。仇は取ったからな」


 ふたりはそれぞれの思いを呟いたが、別々に喋っていただけで会話になることはなかった。邪魔をしなかったとはいえ、周囲にはまだ獣帝国(ビーストエンパイア)の兵士たちがいるからである。


 ラウラと幸介は部隊の先頭の位置に戻り、散会していた獣帝国(ビーストエンパイア)の兵士たちもカリグとメッサを前に後ろを固める形で態勢を整えていく。


 合同軍は全員が馬から降りて、獣帝国(ビーストエンパイア)軍との距離およそ5メートルの位置で向き合う形を取る。すぐにでも戦いがはじまるような距離であるが、どちらも手を出すようなことはなかった。


 「何をしにここへ来た?」


 クイーン将軍を守ったり、逃がしたりしなかったことからその目的を図りかねたラウラが口火を切った。


 「我らに戦う意志はない。交渉に来たのだ」


 「交渉? ふっ。ふふふふ。うわっはっはっはっはっは。こんな、こんな面白いことがあるとはな。そうか。これが、これがな。はっはっはっは」


 ラウラの問い掛けに答えた獣帝国(ビーストエンパイア)軍第一軍将軍カリグ・アイドウランの言葉を聞いて、ラウラはすべてを理解した。


 獣帝国(ビーストエンパイア)が人類と手を結ぼうとしていることも、未来の預言者が裏で糸を引いていることも、やつのシナリオ通りに事が進んでいることも。


 そして、高らかに笑った。笑うしかなかった。自分の未熟さを嘆き、抗えない運命を感じ、操り人形のように動かされている自分たちを笑った。


 「貴様! 何を笑っている! 無礼であるぞ!」


 後ろに控えていた第四軍所属の鷲の獣人がラウラが笑うのを見て、声を荒らげた。声にはしていないが、他の兵士たちもラウラを睨みつけている。


 「バカモノ! 無礼なのは我らのほうだ。途中から戦場に割り込んで好き勝手なことをしているのだ。お前は、そんなこともわからんのか!!」


 「ひっ。も、申し訳ありません」


 メッサ将軍も振り向いて何かを言おうとしたが、それよりも先にカリグ将軍が振り返って、鬼のような形相で声を出した鷲の獣人兵を怒鳴りつけた。兵士はビクッと全身を強張らせたあと、小刻みに震えながら下を向き謝罪の言葉を吐き出した。周囲の兵士たちも一様に視線を落としている。


 「はっはっはっはっは。目的は果たした。我らは撤退する。さらばだ!」


 カリグ将軍と兵士たちの様子を笑ったまま見ていたラウラは、くるりと振り返って笑い声を止めることなく、戦いになるのかと身構えていた幸介の肩をポンポンと叩く。


 獣帝国(ビーストエンパイア)の重鎮とさえいえるカリグ将軍に笑いながら背を向けて去ろうとするラウラの切れ長の目からは幾筋もの涙が零れ出していた。


 それは悔やんでも悔やみきれない遣る瀬なさからきたものであった。


 お前らはなぜもっと早くこなかったのか。あと少し、あと少しお前らの決断が早ければ犠牲は抑えられたのに……。今とは違う世界が待っていたのに……。


 いや違うか……。我の失態でもあるな。我らはどうしてもっと開戦の時を伸ばせなかったのか。ベック・ハウンド城から戦いへ向ったときの判断が……。南に敵が現れたときにすぐに動いた判断が……。いやもっと前、ブルーリバーからあと2日遅く出立していれば……。


 次々と襲ってくる後悔に涙は止まらず、必死に笑いで隠していたのであった。それに今、彼らから手を結ぶ話しを聞くのは辛すぎた。他の七星にも今は話せることではないとラウラはわかっていた。


 竜王国打倒という大目標のためには避けて通れない道かもしれないが、今はその時ではなかった。達也を失った状況で、今回のことを納得して整理するには時間がかかるとラウラ自身が感じていた。だからこそ、彼らが次の言葉を吐き出す前に、一方的に話しを打ち切って後ろを向いたのであった。


 そんなラウラの様子を横目で見て肩を叩かれた幸介は、ラウラがどうしてそうなったのかはわからなかったが、ここは何もせずに退いてもいいことだけは理解した。


 『そうか。戦わねーのか。あばよ!』


 敵を睨みながら後ろ向きで歩いて心のなかでそう呟いた幸介は、しばらくそうしたあとに踵を返して、ラウラの後ろに従ったのであった。


 ちなみに、15名の合同軍の兵士たちのなかには白狼軍の兵士も1名だけ混ざってはいたが、事の成り行きについていけなかった。ただ、獣帝国(ビーストエンパイア)軍ナンバー2に対して、臆することなく主導権を握って一方的に背を向けたラウラの遣り取りを見て、主であるフレイムがラウラと懇意にしていることを思い胸を張ったのであった。



  ◆◇◆◇◆◇



 「カリグ様……」


 「ああ。どうやら間に合わなかったようだな……」


 目的だけ果たして去っていく人類の部隊の後ろ姿を見ながら、メッサ将軍とカリグ将軍は言葉を交わした。


 「これは時間がかかりますな」


 「うむ。やむを得まい。今回の件は我らの失態だ」


 「申し訳ありません。私がもっとしっかりと見ていれば……」


 「いや。やつらが勝手にしたことだ。それも詮無いことよ。我らもベック・ハウンド城へ向かうぞ」


 「はっ」


 獣帝国(ビーストエンパイア)軍は目的としていた人類との同盟の話を一方的に打ち切られた格好となったが、ここは戦場で激闘のなかで合同軍にも犠牲が出たことを想像するのは難しくなかった。鬼気迫る勢いでクイーン将軍を討った姿を見れば一目瞭然とさえいえた。


 この現状を勘案すれば司令官の態度も納得のいく範囲のものであり、再び交渉のテーブルに着ける機会はあると考えてカリグ将軍たちはベック・ハウンド城へと向かうのであった。


 こうして、獣帝国(ビーストエンパイア)軍の登場という予想外な事も起こったが、クイーン将軍は中央世界(セントラルワールド)から消え去り、昆虫軍は完全に消滅した。そして、クイーン将軍により最後まで操られていた昆虫たちも野性へと返り、このあとはこの世界で虫らしく生きていくのであった。


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