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世紀末の七星  作者: 広川節観
第五章 輪廻する世界
246/293

246 大森林での死闘㊱ ~奇跡~

【念のためのご注意書き】

 作中の蛍のように、極度に虫が嫌いな方はご注意ください。

 この戦いでは、ムカデ、毒蜘蛛、サソリ、スズメバチ、軍隊アリ、イナゴ(ワタリバッタ)などが登場します。

 七星のひとり入来院蛍の放った虹矢(レインボーアロー)は、大爆発を起こし、敵の要塞となっていた洞窟の上部を吹っ飛ばし、地下をも攻撃した。


 爆発時に発生した虹色の光は北西の拠点に向ってきていた敵を一瞬のうちに消滅させ、地上にいたクイーン将軍配下の昆虫たちは全滅した。索敵隊として各地に散らばっていた昆虫のなかには無事なものもいたが、集団で攻撃できるほど数はいなかった。


 350億匹という数を誇った昆虫軍も、レウと蛍の連続攻撃で、クイーン将軍とともに洞窟内にいたやつらと北西以外の各拠点周辺の地下など大爆発の効果範囲外にいて難を逃れたものしか残っていなかった。その数はすべてをあわせても5000匹足らずで、壊滅したといっていいレベルであった。


 ただ、それでもクイーン将軍は生きていた。洞窟の奥深くで倒れて気を失ってはいたが、まだ死んではいなかった。


 虹矢(レインボーアロー)の攻撃は地下5メートルに隠れていたクイーン将軍の周辺にも大きな衝撃と被害を与えてはいたが、わずかに届かなかったのである。


 クイーン将軍が難攻不落の要塞と考えていた通り、レウが作った人類最高峰の兵器でも、親玉の命という昆虫軍の要である最後の牙城までは陥落しなかったのであった。



  ◆◇◆◇◆◇



 「やったよ。達也。これでよかったんだよね」


 そう呟いた蛍の瞳に虹色の光の波と巨大なキノコ雲が映る。虹矢(レインボーアロー)を放つ前の遠くを睨みつける真剣な眼差しは消え失せ、表情は普段よりもよりおだやかなものになっていた。もちろん蛍はクイーン将軍が生きているなどとは思っていない。当然、倒した、戦いは終わったと信じていた。


 そして蛍の頭のなかでは、幼い頃から達也と過ごした日々が走馬灯のように駆け巡る。すべてを終えて気力は失せ、ゆっくりと力なくしゃがむように体を縮めて蛍はペタンと尻もちをついた。それと同時に蛍の左手に握りしめられていたアルテミスの聖弓(ホーリーアルテミス)が手放され、パタンと音を立てて床に倒れる。


 精気を失った視線の先は櫓の床に向けられていたが、もっと遠くのものを見ているようであった。


 「ほたる……」


 蛍の様子を見てつぶやく幸介の胸が痛くなる。幸介には一瞬、時が止まったかのように思えた。このままそっとしておいてやりたい。それが今の幸介の願いだった。


 しかし、次の瞬間、幸介は遠くから襲ってくる爆風と凄まじい音に意識を戻され、自分がやらなければならないこと、無言の達也が自分に託したことを思い出す。


 「ほたる。逃げるぞ!」


 「う……ん?」


 蛍の腕を掴むが、焦点の合ってない瞳が帰ってくるだけだった。蛍には自らこの場を動こうという意志がないのはあきらかだった。迫りくる爆風はもう目の前で、兵士たちが守る鉄板の包囲網へ襲いかかろうとしている。櫓の上にいた数名の兵士たちはすでに櫓から降りて鉄板に向かって走っていた。


 「急げ!」


 ぐずぐずしていられない幸介は持っていた武器を捨て、蛍の両肩を掴み、とにかく立たせた。蛍はふらふらと立ちあがったが、とてもひとりで梯子を降りられる状態ではなかった。


 「来るぞ! 包囲網を守れ!」


 「気合いを入れろ!」


 「押さえろ!」


 「飛ばされるな!」


 「ここを死守するんだ!」


 「幸介さん!」


 「ほたる!」


 指示を出すラウラの大声と兵たちの声に交じり、櫓の上に取り残されている蛍と幸介を心配して櫓の下まで来ていたキャサリンとレイラの声が届く。ふたりは梯子を降りてこない幸介たちと、鉄板を守る兵士たちのすぐそばに迫る爆風を順に見た。


 包囲網へと襲いかかった爆風は巨大な津波のように周囲一帯を丸飲みする。


 「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 「くっ。堪えろ!」


 爆風の高さは15メートルくらいまでの幅を持っていて、兵たちは頭を下げて必死に鉄板を守った。


 「くそっ。間に合わない!」


 櫓の上で遮るもののない幸介と蛍にも容赦なく爆風は襲いかかり、蛍を抱き抱えながら身を屈めた幸介が腰を落として両足を踏ん張るも、あえなく吹き飛ばされてしまう。周囲は爆風によってもられせた土煙がもうもうと立ち込めていく。


 蛍と幸介の体は宙を舞った。吹き飛ばされたといったほうが正しいもの凄い勢いだった。櫓の高さはおよそ10メートル。ビルの3階~4階にあたる高さで、そこからふたりは爆風に吹き飛ばされて落ちていった。


 「くそっ。ほたるだけは……」


 蛍を抱き抱えたまま櫓から落下した幸介は、空中で必死にもがき自分が下になるように態勢を変えていく。


 「幸介さん!」


 「キャサリン! くそっ!」


 土煙とともに襲ってきた爆風で視界を遮られそうになるなか、ふたりが櫓から落下するのを見たキャサリンは、条件反射のように飛び出した。高所から落ちてくるふたりを下で支えるなど無理なことなのだが、理屈ではなかった。それを見たレイラも、他に手がないのを吐き捨ててから動いた。


 落ちてきた幸介たちと下で受け止めようとするキャサリンとレイラが勢いよく激突する。


 「きゃっ」


 「ちっ」


 「くっ」


 幸介たちの落下の衝撃を少しは和らげたキャサリンとレイラだったが、弾かれるように左右に倒れ、ふたりの中央を幸介が背中を向けながら地面に落ちていった。


 その時。奇跡が起きた。


 いや、正確にはその前から奇跡が準備して待っていたといったほうが正しいかもしれない。


 幸介たちを助けようと飛び出して弾き飛ばされたキャサリンとレイラ。蛍を抱えたまま櫓から落下した幸介。4人が倒れ、キャサリン、幸介、レイラが頭を打った場所には、皆を衝撃から守るように帯状の砂山ができていた。まるで危機を察知し、倒れこむ場所を予想していたかのように……。


 「達也のくせに、逃げないなんて……。カッコつけすぎですわね」


 「なんで俺がお前に腹枕されなきゃならねーんだよ。ばかが…………。はっ。ほたるは守ったからな。安心しろ」


 「ありがとう。達也。あんた……本物のナイトだな」


 砂山のおかげで意識を保てたキャサリン、幸介、レイラはそれぞれの思いを独り言のように呟いた。


 幸介の胸のなかで次第に薄れていく土煙とその向こうの空を眺めて皆の独り言を聞いた蛍は、静かに一粒の涙を頬に伝わらせた。


 そう。この砂山を作ったのは達也であった。もちろん意識してやったものではない。壮絶な戦いのなかで起こったひとつの奇跡と言うしかない出来事であった。


 土や砂、昆虫などを伴った爆風が拠点まで届いたとき、風に煽られた達也の体は左側を上にして横向きになった。


 すると左上腕の七刻星(しちこくせい)が輝いて体中が光に包まれていき、光を帯びた達也を目がけるように周囲の風が舞った。そして、次々とやわらかい土や砂が吸い寄せられるように集まっていき4人を守る高さ50~60センチほどのなだらかな砂山を作ったのである。


 このあとしばらくの間、ティーンエイジャーの七星たちは、達也が作った奇跡の砂山に頭を預けて、次第に薄れていく土煙のなか静かに時を過ごしたのであった。


 「馬を持ってこい!」


 七星の4人が動きはじめたのは、濃霧のような土煙が消え、ラウラの大声が拠点に響いたときであった。


 兵士たちは爆風から鉄板を守りきり、一部負傷者は出たが、兵たちも拠点に横たわる者たちにも大きな被害はでていなかった。包囲網を守ったことに一息ついたラウラは、遠目で達也が起こした奇跡と幸介たちの無事を確認してから次の行動に移ったのであった。



  ◆◇◆◇◆◇



 「うーーん。はぁ。はぁ。はぁ。まだ生きている……。でも、あたしはまた負けたのね……」


 洞窟の地下深く、通路などに充満した土煙や崩落した石などが転がる空間でクイーン将軍は意識を取り戻した。


 目覚めたときの周囲、つまりは合同軍によって攻撃された自慢の要塞は、無残な状態になっていた。それでも生きていたクイーン将軍は、周囲の惨状と配下の昆虫たちが身を守ってくれていた現状を霞む瞳で確認していた。


 「……ありがとう。そうね、悔しいけど、今は逃げないと……」


 奥歯を噛みしめながらクイーン将軍はとにかく地上へ出ようと、通れる場所を探してゆっくりと首を回す。このクイーン将軍の仕草に反応したのは、軍隊アリたちであった。


 「そう。こっちね」


 軍隊アリたちが出口へ導くように1本の通路へと連なり、クイーン将軍を先導した。地上へ向かう道の途中には土砂などの崩落により通れない場所もあったが、軍隊アリたちが石を砕き砂を運んで道を作っていく。


 クイーン将軍が体に負った傷は打ち身といった程度のもので、前の戦いのほうがひどかった。ただ負けたことに対する悔しさがクイーン将軍の足を鈍らせ、よろよろと洞窟の壁に手をつきながら、彼女は地上を目指したのであった。

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