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世紀末の七星  作者: 広川節観
第五章 輪廻する世界
243/293

243 大森林での死闘㉝ ~悲劇の先へ~

【念のためのご注意書き】

 作中の蛍のように、極度に虫が嫌いな方はご注意ください。

 この戦いでは、ムカデ、毒蜘蛛、サソリ、スズメバチ、軍隊アリ、イナゴ(ワタリバッタ)などが登場します。

 時間は少し戻るが幸介の叫びが森に響いたとき、ラウラもその意味することを理解し、込み上げてくる感情に襲われていた。ただ、腕のなかで静かに眠る妹を置いて動くことはできなかった。それに回復の術を使えないラウラには、たとえ現場に行ってもできることはなかった。


 蛍が傍を離れたあと、ラウラはレウの頭を優しく撫でる。


 「レウ。今だけは泣いてもいいよね。あたし、悔しい……」


 そう言うと、ラウラの切れ長の目尻から涙がボロボロと零れ、レウの体や腕にお椀のような水滴がいくつもできていく。傍で傅いていたローサは涙が零れおちる前に、気を利かせて強く頭を下げて見ないようにしている。


 「うっ。うっ。うっ」


 ラウラは呻きながら、零れおちる涙を全部落とそうとして下を向き、目を強くつぶってから勢いよく上を向いた。


 「そうよね。うん。分かってる。レウが命がけで作った時間を無駄にはできない。大丈夫よ。あたしはお姉さんなんだから」


 静かに眠るレウと話をしているかのように呟いたラウラは、抱いていたレウを毛布を枕にして木の根元に寝かせてから、目尻に残る涙を拭いパンパンと頬を叩いて立ちあがった。


 「ローサ!」


 「はっ」


 「皆を集めろ!」


 「はっ」


 目の周りの赤さだけは隠せないが、それ以外の表情を軍人のものへと変えたラウラはローサへと命令を下す。それと同時にラウラは周囲を見回した。命令を受けたローサは立ちあがって指笛を数回鳴らしてから、再びラウラの傍に傅いている。


 ラウラは周囲を見回したあと腕を組み頭を回した。


 レウが放った大技は爆心地の周囲2キロを草木さえない大地へと変えていたが、部隊の退路となる森側には影響が起きないようにしていた。これは包囲網のおよそ500メートル先で爆発した漆黒の玉の効果範囲から自分がいた周辺の場所を守ったような形である。


 つまりラウラが今いる森側の木々は生きていた。もちろん周囲の地中で横穴の後続部隊として待機していた昆虫どもは地下を攻撃した漆黒の大玉によって一掃されている。


 さらにクイーン将軍は6キロまでは罠を張れるように用意していたが、合同軍の拠点が4キロとわかったあとは配下の昆虫たちを拠点周辺に集めていた。


 つまり、4キロより離れた場所の落とし穴は放棄していて昆虫たちはいなかった。正確に言うと、昆虫軍は、もともとは3キロまでを重点に落とし穴の罠を張ろうと考えていたため、4キロよりも遠い場所にある落とし穴は横穴だけが残る状態で、満足に縦穴を広げていなかったのである。


 ラウラは自分が落とし穴という策を使ったクイーン将軍ならどうするかと考えた。そして、レウの技が炸裂した以上は、今いる場所から後方は安全であり、敵の次の行動は他の拠点を攻めている昆虫たちをこちらに向けることだという結論を確信を持って導きだした。


 まさにその通りなのだが、敵が姿を見せて、攻撃手段などが分かれば、竜人たちとの数々の戦場を潜りぬけてきたラウラにとっては、これぐらいの読みは簡単なことであった。


 状況を的確に把握したラウラは、ローサの指笛で集まり傅いていた者たち10名を5名ずつのふた手に分けた。もちろんこの者たちは兵士の格好はしているがローサと同じ精鋭のなかの精鋭、レウとラウラの最後の頼みの綱ともいえる密偵部隊の者である。


 集まった者たちの男女比は男が7名で女が3名。ローサでさえ、リーンハルト村で会ったことがある者もいたが、全員が顔見知りというわけでもなかった。なかにはローサは一兵士だと思っていたのに、同じ組織の一員だったのかと驚くような顔もあった。


 ラウラがふた手に分けた一方に指示を与えると男4名、女1名の5人はそこに存在していなかったかのように消えていった。


 「お前は何があってもレウを守れ!」


 「はっ」


 ローサにそう言ったラウラは最後に念押しをするように「頼んだぞ」と言い残し、残りの5名を引き連れて森から出て皆がいる場所へと向かったのであった。



  ◆◇◆◇◆◇



 幼馴染を失った穴底で大粒の涙を流し続け、打ちひしがれていた蛍の肩をごつい手が優しく叩いた。蛍はまだ腕に真っ赤に染まった幼馴染を抱いていた。


 「いつまでも……、こんなところに……、なっ」


 「うっ。うっ…………」


 呻きながらもゆっくりと頷いた蛍は、いつの間にか穴底まで降りて来ていたダスティンたちに達也の体を渡したというか、ダスティンたちが蛍の腕から受け取るのを拒否はしなかった。どうしていいかが分からず成り行きに任せた形であった。


 「幸介……」


 「…………」


 ダスティンに担がれて穴底から外へ運ばれる達也の体をぼーっと見つめながら、かすれるような声を出した蛍であったが、幸介は返事をしなかった。


 それでも幸介はゆっくりと立ちあがり穴底から上を見上げてキャサリンに合図を送り、蛍も穴底から連れ出される達也を見上げたことによって中を覗き込んだレイラと視線が交わる。


 キャサリンとレイラに助けられるような格好で、蛍が穴の上まで上がると、達也は毛布をかけて寝かされていて、幸介が片膝をつき達也になにか呟いていた。


 「すまない。我の責任だ」


 蛍、幸介、キャサリン、レイラがそれぞれの格好でいる傍で、ラウラは頭を下げた。しかし、誰も反応しなかった。いやできなかった。


 明確にラウラのせいだと言えるわけもなく、何が原因なのかを決めることも、整理することも、今はできなかった。


 皆に共通しているのはひとつだけだった。昆虫たちを操り直接手を下した親玉が憎い、ここまでのことをしたやつだけは許さない、絶対に。これだけであった。


 周囲では他の兵士や傭兵たちが穴底にいた兵士たちを救出する『早く救い出せ!』などの声があったが、ラウラたちの周りは相反するように静かだった。


 ただ、救出とは名ばかりで生存者はゼロ。すべてが犠牲者であり穴から救い出された遺骸は達也と同様に大地に寝かされ毛布がかけられていった。そのなかにはレウの護衛であるジャックとライアン。蛍の護衛であるニコラスも含まれていた。


 さらにラウラを守り穴のなかで両手を天に掲げ立ったまま息絶えていたゴドルフは、最期の抵抗として敵を噛み砕いたのか、防護帽から見える口元が敵の体液で汚れるという壮絶なものであった。


 状況などは違うは、ゴドルフの忠義と最期の姿は衣川の戦いで義経を守り立ったまま絶命したという弁慶の仁王立ちを彷彿させるものであった。その姿を見たラウラは零れそうな涙を必死に堪え歯を食いしばった。


 北西の拠点には2000人以上の兵士がいたのだが、昆虫軍の落とし穴攻撃などですでにおよそ4割の兵士が犠牲となっていた。



  ◆◇◆◇◆◇



 「三方向から敵の大群! こちらへ向かって来ます」


 櫓の上で生き残っていた兵士が大声で拠点にいる皆に報せる。


 レウの一撃で周囲の敵は消え去ったが、決着が着いたわけではなかったので当たり前のように昆虫軍は犠牲者を悼み弔う時間も与えず攻撃を仕掛けてきていた。


 見方を変えれば北西の拠点にいた配下の昆虫を全滅させられたクイーン将軍にとっては必死の攻撃である。


 「来たか! 散会しろ! 迎え撃つぞ!」


 「はっ!」


 ゴドルフの最期の姿を確認して歯を食いしばっていたラウラは、櫓を見上げてから後ろを振り向き5名の兵士に指示を出す。ラウラは残った兵をまとめて包囲網の鉄板を盾に戦うという作戦を伝えるために各部隊の隊長あるいはそれに準する者の元へ彼らを走らせた。そして、彼らにはそのまま部隊に残り一緒に戦うように言い含めてあったのである。


 また、この敵襲を報せる声が響いたとき。幼馴染を失った悲しみに打ちひしがれていた蛍の瞳に光が宿り、左腕の七星刻(しちせいこく)が淡く輝きだしたのであった。

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