240 大森林での死闘㉚ ~震える闘志~
【念のためのご注意書き】
作中の蛍のように、極度に虫が嫌いな方はご注意ください。
この戦いでは、ムカデ、毒蜘蛛、サソリ、スズメバチ、軍隊アリ、イナゴ(ワタリバッタ)などが登場します。
一度はすべてを諦めたレウだったが、ラウラと蛍が救出されたことを知り、自身のすべてを賭けて原子破砕弾αを放った。
屈辱と恥辱にまみれたレウから放たれた大技は、兵士たちを飲みこんだ拠点の穴の昆虫はもちろん、拠点周囲の地下に潜む敵までも巻き込んで粉々に砕いた。まさに周囲の敵を一掃した形だ。合同軍の兵士以外、植物などの生あるものもすべて道連れにして……。
そのほんの少し前。
厚い鉄板で周りを囲まれた中心地にある洞窟。その地下深くにいたクイーン将軍は、傍で蠢く昆虫たちと勝利の舞いを踊っていた。
踊っていたといっても、もちろん社交ダンスのようなきれいな形でとか、由緒正しい踊りなどではない。世界をその手に掴んだような、世界の中心にいる自分に陶酔しているかのように、両手を挙げてくるくると回ったり、不思議なダンスを踊ってはしゃぎ回っていた。作戦の成功を確信してからずっとそんなことをしていた。
それでも、ふと何かを思いついたのか、クイーン将軍は右手を前方の上へ左手を後方下へ伸ばした姿勢のまま、ピタリと動きを止めた。そしてゆっくりと怪しい笑みを深めていく。
「くふふふふふ。そろそろ地獄へ落ちたかしら。落ちたわよね。フフッ。見ちゃお、見ちゃお、見ちゃおー。クッフッフッフ。最後くらいは、ちゃーんと確認してあげないとね。どーれ……」
そう呟いたクイーン将軍は、黒髪と茶髪の女が落ちた穴の様子を確認しようと、まずは茶髪の女が落ちた穴の方に意識を向けた。
「うーーーん? えっ。こいつは………………。………うそ?」
怨むべき女が、かわいい手下たちに無残に、残酷に、必要以上に刺され、刻まれ、蹂躙されて絶望のなかで息絶えたシーンを予想していたクイーン将軍の脳内には、まったく別の映像が流れ込んできていた。
最初に見たのは巨体の一部だった。あれっ。おかしいと思って感度を上げてみれば、忘れもしないあいつだった。前の戦いで死を覚悟するまで追い込まれて我を忘れて泣き叫んだあの巨体。今でも覚えている聳えるよう巨体の鬼のような魔物。
元凶を作ったというか、最も憎むべき敵、絶対に許せない敵である金縛りの術を使ったやつには完膚なきまで、溜飲が下がるほどの復讐をしたが、戦いの途中で消えてしまい取り逃がしたやつは放置しておいた。
元凶を作ったやつがいなければ何もできはしないと。まあ、そのときのクイーン将軍自身も逃げた敵に何かをできるような状態ではなかったのだが。
取り逃がした魔物が、たしかに茶髪の女と一緒にいたのは確認していたが、なぜ茶髪の女の穴にあいつだけがいたのかがわからなかった。そして、なぜ穴の中に茶髪の女の屍が転がっていないのかが。
『おかしい』と首を傾げながらも、最大の標的である黒髪の女の穴へとクイーン将軍は意識をスイッチした。
その瞬間……。
「なに、なに! なに? なに? これはなに? なにが。えっ。ここも。あれっ。なんで。なにが。どうして。なにが。なにが。こっちは。えっ。どこまで。あれっ。なんで、なんで。こっちもだめ。どうして。どうして。これはなんなの。なにが起こっているのよーーーーー」
脳内に確かに映し出されていたイメージにノイズが走り、ぐちゃぐちゃに乱れたあとに弾けるように消えていきクイーン将軍は混乱して叫び声をあげた。
ここまでの流れを簡潔に説明するなら、茶髪の女が落ちた穴に巨大な物体が立ちつくしていたのを確認し、思っていたのと違う景色に訝しがって首を傾げた次の瞬間に世界が変わってしまっということである。それからのクイーン将軍の行動は、テレビのリモコンを切り替えるかのように次々と映像を彼女に送る対象、つまりは昆虫たちを替えていった。しかし、すべて無駄であった。全部、無駄であった。すべて同じ結果だった。
見ていたチャンネルが砂の嵐になっているかのように、北西の地点にいた昆虫たちのどこに意識を移してもクイーン将軍の脳内には何も再生されなかった。
穴の中にいたスズメちゃんに。襲いかかろうとしていたバッタちゃんに。横穴の後ろで登場する順番を待っていた軍アリちゃんに。次々と対象を替えていったのだが何も感じられなかった。いや、正確にはいくつかの個体は、一瞬だけ生きていたのだけはわかった。
しかしそれはほんの一瞬で、次の瞬間には、無に帰されたかのように消えていた。そこにいなかったように存在を消されていた。
あまりの出来事に、踊り狂い、はしゃぎ回って薄らと滲んでいた汗が一気に引いていく。同時に悪寒が走りクイーン将軍はぶるぶると手足を震えさせた。
一瞬だけの映像を捉えながらも次々と消えていった昆虫たちを追いかけたため、クイーン将軍は襲ってくる眩暈を感じて頭を抱えた。
「はぁ。はぁ。はぁ。やつら……。まさか……。あいつが……。また……」
気持ちを落ち着けるように何度か深く息を吐き出したあとに、クイーン将軍は、彼女のなかでは歪んでしまっている真実に辿りついた。辿りつきたくない回答であったが、結論はひとつだった。
「うぐぐぐぐぐぐぅぅぅ。くそっ。あいつ生きていたのね。どうやって逃げたのかはわからないけど……。あたしはまた失敗……」
歪んでいたのはレウとラウラを間違えている部分だが、前回の戦いでクイーン将軍は術が放たれた時には術者に意識を向けていない状態で、事が起こっても驚きのほうが先にきていて誰がやったのかを気に留めなかった。だから誰が術者なのかについては茶髪の女ラウラの仕業と思い込んでいたのである。
「いや。まだよ。そう。そうだ。問題は黒髪の女よ。あいつは……。あいつは……」
前の戦いを思い出したクイーン将軍は、ブラウンのメガネウラ隊を含む大群を一瞬で消され、そのあとに自分たちに止めを刺した黒髪の女の所在を、生死を確かめなければと考えた。
「あ、あいつも、もしかして生きているの? そんな、ばかな。確実に落ちたはずよ。あの状態で助かるわけはないわ。でも、生きていたら……、あたしはまた前と同じように攻撃される。くそっ。全軍、行くのよ! 敵を根絶やしにしなさい!」
茶髪と黒髪の女が死んだはずの北西で何が起こったのかを確認できずに苛立ったクイーン将軍は、とにかく総攻撃をかけるべく北西の拠点の方向を指差して全軍に指示を出した。暗い穴ぐらのなかで毅然と指示を出すクイーン将軍の表情はそれまでの浮かれたものではなく、戦う女とさえいえる真剣なものとなっていた。
「あたしはまだ何も失ってはいない。可愛い子たちはまだまだたくさんいるわ。あたしが生きてさえいれば戦える。それにここは破られるわけはない要塞。そうよ。まだまだこれからよ!」
一抹の不安を抱えながらもクイーン将軍は、自分が絶対に安全な場所にいることを思い出し、再び闘志を燃やしたのであった。
実際には多くの昆虫たちを失っていたが、クイーン将軍の感覚では、昆虫たちが戦って死ぬことは当たり前であり、失うものとしての数に入っていなかった。
ちなみに、クイーン将軍のいる洞窟の地下は、地上からはおよそ5メートルもあり、地上へとつながる道は昆虫軍で埋め尽くされていた。
つまりは、いくら防護服を来ていても、どれだけ多くの敵が攻めてきても簡単には破られない要塞であった。
そして、レウによって多くの昆虫をガラス片に変えられはしたが、まだ他の拠点を攻めそのほとんどを占拠し、それでも兵たちを執拗に攻撃していた昆虫たちは250億匹近くいたのであった。