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世紀末の七星  作者: 広川節観
第五章 輪廻する世界
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232 大森林での死闘㉒ ~総攻撃の合図~

 人類と白狼たちの合同軍の半径4キロの包囲網内に突如として現れて南の空を黒く染めた昆虫軍。包囲網の中心地の洞窟、地下深くにいるクイーン将軍の命令で、30億匹のイナゴ隊は合同軍の南東、南、南西の各拠点を一斉に攻めた。


 それまで一切姿を見せず、まるで息をひそめて時を待っているようであった昆虫軍が突如として動いた。それも南の空を黒く染め上げ、人類の度肝を抜くには十分な30億匹という大群で。


 中央世界(セントラルワールド)7大陸の南部にある広大な大森林での戦いは、それまで完全に沈黙していた昆虫軍が姿を現したことによって大きく動き出す。


 合同軍は昆虫軍の行動を南方面への脱出を図る策だと考え、そうはさせないと北の主力のなかの主力部隊が、ついに最前線へと向かったのであった。レウとラウラだけは敵が南からの脱出を図る確率は低いと考えてはいたのだが、それでも動かないわけにはいかなかった。


 もし、低確率が当たってしまい敵を取り逃せば、これまでの苦労がすべて水の泡となり取り返しのつかないことになるからである。もし、敵が逃げようとするなら逃げ切る前に倒す。標的には遠距離からの攻撃しかできない合同軍の結論は、これしかなかったのである。



  ◆◇◆◇◆◇



 敵が南を襲っている以上、急がなければならない状況なのだが、それでも俺たち主力部隊は周囲を警戒しながらゆっくりと森のなかを進んでいた。


 森を抜けるまでがおよそ100メートル、そこから蛍が秘密兵器である矢を放つ櫓までもおよそ100メートルだ。つまり俺たちが進むべき道は200メートル足らずであるのだが、先頭を行くラウラの足はお世辞にも速いとはいえなかった。


 間に合うのかという少しのいらだちはあったものの、ラウラたちの行動に従うのは俺たちのなかでは当たり前のことになっていたので、逸る気持ちを抑えて歩みを合わせていく。


 隊列は最初に森を移動したときと同じで、変更されることはなかった。


 ラウラとゴドルフを先頭に、幸介、俺、蛍とルーク、ニコラス、キャサリン、レイラ、レウとジャック、ライアンの順である。また、拠点の入り口で俺たちの到着を待っていたダスティンがレウの後ろ5メートル辺りに張り付いていた。


 七星の間隔は5メートル程度なので、先頭のラウラから最後尾のレウまで30~40メートルといったところだ。


 ゆっくりと一歩一歩確かめるようにして、俺たちは森のなかを進む。後ろを振り向くと、すぐ後ろにいる蛍は真剣な眼差しで口元を固く結んでいる。薄らと汗をかいているのか時折差し込む日差しで、まるで星を纏っているかのようにキラキラと輝いている。


 目指す目的地の拠点はすぐそこなのに、とても遠くてたどり着けないのではとさえ思ってしまう。実際にはそれほど時間は経っていないのだろうが、体感では30分くらい経ったのかと思うほど時の流れが遅く、周囲の空気は張りつめていてとても重かった。


 皆、口を噤み、真剣な眼差しのまま歩みを進める。


 そして、ついにこれまで森にひそんでいた12名の主力部隊が森から出て、光があふれる草原、合同軍の北西の拠点の端へと到着した。


 俺たちは長い間日陰にいたので、まぶしくもあり、暖かくもある陽の光に照らされ、皆それぞれのタイミングと長さで手を翳して陽を避ける。


 ここから最終的な目的地である櫓まではおよそ100メートルだ。周囲を見渡せば、白い防護服を着た兵士たちがあちこちにいる。10メートル間隔程度で散らばっているといった感じである。


 完全な索敵、完全な守備隊形、鼠一匹よせつけないような緊張感。兵士たちは周囲を警戒しながら、俺たちがグスタフがいる櫓の下へと進むのを待っている。


 拠点の入口を抜けてからも誰も口を開こうとはしない。本来なら「ようやくだな」「さっさと矢を撃ち込みましょう」などと言うようなところなのかもしれないが、周囲、特にレウとラウラから醸し出されている緊張感がそれをさせてくれない。


 ゆっくりとだがしっかりと大地を踏みしめて櫓までの距離を少しずつつめていく精鋭部隊。緊張からかあまり体を動かしていないのに大粒の汗が流れ出る。


 やがて俺は櫓までの道のりの半分あたりまで進んだ。残り50メートルである。あと少しで終わるはずだ。櫓まで到着してしまえば、上に登り蛍が矢を放てば親玉が消えて南の敵も散会するはずだ。戦いは終わるのだ。


 目の前の櫓を見上げると、さっきまで攻撃していた弓兵たちなのか、固唾を飲んでこちらに視線を送っている。黒髪の女兵士もそこにいるようである。


 と、そのとき……。


 『パチン!』


 どこかで誰かが指を鳴らした気がした。耳の奥で、頭の奥で、心の奥で聞こえただけで実際には俺の鼓膜には届いていないのかもしれない。


 でも、俺はそれを感じとった。身震いするほどの、背中に滝のように冷や汗が流れるほどの、恐怖で足が竦むほどの危機を感じとった。


 『やばい』


 頭のなかで3文字の言葉だけがリフレインされていく。やがて3文字の言葉は警鐘が大きく鳴り響くがごとく頭の上からつま先までの神経をがっしりと捉えていく。ただ、それが俺に一瞬ではあったが身構える準備を与えてくれていた。



  ◆◇◆◇◆◇



 人類が選んで、進んでしまった「茨の道」。


 鉄の囲いのなか、どこからともなく突如として現れた南の空を黒く染めた大群。それが茨の道のことを指していたことかどうかなどは誰にもわかるわけもない。


 敵の大群が南へと向かいガラ空きになったはず、いや、敵が逃げるなら手薄になるはずの北の大地。この機を逃さずそれまで隠れていた精鋭部隊が始動した合同軍の北西の拠点。爽やかな風が撫でるように通り抜けていく光あふれる草原。


 そこで……。


 ついに、それは起こった。


 必死に抗い続けた知覧姉妹を嘲笑うかのように進行する決められた台本。そんなものは存在するわけはないのだが、そう思わずにはいられないこと。


 ゆっくりと動いていた運命の歯車は、ついにぐるぐると回りだし、決して逆回転することはない。


 そう。達也が感じた音は実際には聞こえるはずのない、4キロ先の洞窟の地下深くでクイーン将軍が鳴らした昆虫軍の総攻撃を告げる合図であった。



  ◆◇◆◇◆◇



 一方、七星を含む主力部隊が動きだし、森を抜けて光の草原へと足を踏み入れたころ。森からおよそ70キロ離れたベック・ハウンド城の執務室にいたフレイムは、ひとりの鷲の獣人兵を前に驚きを隠せない状態だった。


 「なんと。カリグ様がすぐ近くにいるだと……」


 「はっ。私と一緒に来た者がすでに報告に戻っています。今頃はこちらに向かって軍を進めているかと……」


 カリグ・アイドウラン。フレイムが彼の姿を見たのは幼い頃、父に連れられていった獣帝国(ビーストエンパイア)の式典のときであったが、鮮明に覚えていた。


 真っ赤なマントを翻し、真っ白な翼を広げた虎の獣人の雄姿は、幼いフレイムの眼には神が降臨したかのように見えたものだ。


 次期皇帝の呼び声も高い獣帝国(ビーストエンパイア)ナンバー2。その彼が人類と同盟を結ぶために海路を使いすぐ近くまで来ていると兵士から報告を受けたのだ。しかも第四軍のマルケス・メッサ将軍まで帯同しているという。フレイムが驚かないほうがおかしな話だろう。


 一瞬、昔のことを思い出すなどして茫然としていたフレイムであったが、何かに気がつき目を大きく見開き、ボソリと呟きながら最後は大声で兵士の言葉を遮った。すでにフレイムに兵士の声など届いていなかったのである。


 「そ、それならば……。スノウ! スノウはいるか!!」


 「はっ」


 隣の部屋に控えていたスノウがすぐに扉を開けて部屋に入り、フレイムの前で傅いた。フレイムはスノウが見えてはいるのだが、思いつめた表情で床の一点を見つめたまま声を荒らげる。


 「す、すぐにラウラ殿へ使いを出せ! 戦いを止めて大至急城へ戻れと!」


 「えっ? それはどういうことでしょうか?」


 「ええい。説明している暇はない。狼煙では伝えられん。手遅れになる前に急げ! 妾が手紙を書く。準備せよ!」


 「はっ。畏まりました」


 すでにフレイムは城に報告に来ていた鷹の獣人兵のことなどそこにいないものとして、一刻を争うような焦った表情で、時折低く唸り声を上げる。


 『うーん。……くそっ。もっと早ければ……。いや出立がか……』


 そう呟いたフレイムは再び、声を荒らげた。


 「スノウ! まだか。早くしろ!」


 「はっ。ただいま」


 いらだちを隠さないフレイムとてきぱきと兵士やメイドに指示を出すスノウ。鷹の獣人兵は何が起こっているのかさっぱりわからずにフレイムとスノウを見比べて目を丸くしたのであった。

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