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世紀末の七星  作者: 広川節観
第五章 輪廻する世界
229/293

229 大森林での死闘⑲ ~動かない七星と待つクイーン将軍~

 いったい、どれくらい経ったのだろう。


 俺たち七星を含む主力のなかの主力部隊が後方に待機したまま、白狼たちと人類の合同軍の攻撃がはじまり、大森林に轟音が響き続けた。


 遠くてよくは見えないのだが、轟音が響くなか黒髪の弓兵は櫓の上で向きを変え、場所を変え、次々と矢を天空に向けて放ち続けたようだ。


 おそらく、アルテミスの聖弓(ホーリーアルテミス)用の特別製の矢ほどではないにしろ矢尻にレウ特性の爆弾を仕込んだものだろう。


 それでも周囲の木々をなぎ倒し、破壊しつくし、平地へと変えてしまうほどの威力があるのは想像に難しくない。そうでなければ、これほどの爆発音は聞こえてこないはずだからだ。


 しかも、前方には何本もの燻ぶったような煙が天へと昇っていたが、すべて細く焼け跡に挙がるようなもので、包囲された森のなかに火の手が上がっているようには見えなかった。


 轟音が鳴り響くなか、ラウラの命を受けたゴドルフが森と拠点の境目まで走っていっては戻ってきて報告するのを繰り返していた。まさに忠犬らしい行動だなとは思ったが、轟音のなかでは口にすることも呟くことも憚られた。


 半時くらいは経ったのだろうか。前方でダスティンらしい「そこまでだ!」という大声とともに轟音が鳴り止み、除々に当たりに静けさが戻ってくる。


 「ゴドルフ!」


 「はっ。畏まりました」


 ラウラがゴドルフを呼んで何かを伝えると、忠犬は猛スピードで森を抜けて草原に出て、真っ直ぐに櫓へと向かった。


 「キャハ。さすが、忠犬ですわね。……あれは、確認に行ったのかしら?」


 「ああ。そうだろうな」


 「俺たちの出番はまだか?」


 「うーん。どうだろうな。ゴドルフの報告待ちじゃないか?」


 ようやく轟音が消えて、話をしても大丈夫な雰囲気になったためか、キャサリンや幸介が近くまで来ていた。知覧姉妹は俺たちからは少し離れた場所にいて、レウは俯き加減になりながら下を向いてツインテールをひっぱり、ラウラは直立の姿勢で空を見上げている。


 蛍は俺たちの傍にいるのだが、何かを考えているようでラウラと同様に前方の空を見上げ話には入ってこなかった。レイラは少し離れたところで、屈伸運動をはじめている。


 やがて、ゴドルフがラウラの下に戻ってきて報告する。レウは一緒に報告を受けている形ではなく、ふたりの輪から少し離れたところで、それを聞いているようだ。


 「みんな集まってくれ」


 ラウラの一声で皆が集まる。


 「ようやくですか?」


 俺はやっと出番かと思い声を出してみるが、ラウラは俺の問いにはいっさい答えずというか完全にスルーして皆を見まわした。


 「全方位からの第一次攻撃は成功だ。火の手が上がったところはないし、今は楕円状の平地が全方位に見られ、包囲網からおよそ300メートルの見通しが良くなったということだ。30分後に第二次攻撃に入る。再び爆弾による攻撃なので我らはここでもうしばらく待機する。以上だ」


 「えっ!」


 まだ待つのか。いくらなんでもおかしくないかという思いが、俺に声を出させていた。幸介も同じことを思ったのか、一歩前に出て動こうとする。


 「俺も櫓の上まで行ってみる」


 「わたくしも……」


 「ダメだ! 許さん!」


 「うっ!」


 「ひぃ!」


 幸介に続きキャサリンも一緒に行こうとしたのだろう。声を出したが、ラウラが鬼のような表情で怒鳴り、ふたりはビクッと体を震わせて驚き、キャサリンは小さな悲鳴をあげていた。


 「絶対にここを離れるな。いいな」


 目を丸くして驚いているふたりに対して、ラウラは有無も言わさぬ強い眼差しで畳みかけるというか、念を押すように命令を下した。


 さすがにふたりもラウラの迫力に気圧されたのか、ゆっくりと頷いたというか、頷くしかないだろう。その様子を見ていた俺はなかば唖然としていたが、真剣な表情になって少し唇を噛んでいた蛍はラウラをじっと見つめていた。


 それは、ラウラの言葉の真意を探るようでもあり、何か隠されているものを探すようでもあり、俺には真実に近づこうとする眼差しに見えた。



  ◆◇◆◇◆◇



 抱腹絶倒。


 合同軍が必死に攻めていたとき、その標的であるクイーン将軍は遠く離れた地下深くでまさに抱腹絶倒という言葉通りに、悶絶しながら笑い転げていた。


 「ギャハハハハハハハハ。こんなに楽しいショーはなかなか見られないわよね。ハハハハ。おもしろすぎだわ。あいつらは何と戦っているのかしら? ねーー、スズメちゃん。ギャハハハハハハハ。ハー、ハー。お腹痛い。もう無理。笑い死んでしまうわ。ギャハハハハハハ。笑わせ攻撃ですか? キャハハハハ。それ利いてるわ。ヒー、ヒー。あたし死にそう。ギャハハハハハハハハハハ」


 笑い涙を何度も拭いながらクイーン将軍は、お腹を抱えて転げまわる。もちろんクイーン将軍以外に人影はない。傍にいるのはわしゃわしゃと蠢くスズメバチと軍隊アリの集団である。


 合同軍が攻めはじめても、昆虫軍は動いていなかった。いやまったくといっていいほど動く必要さえなかったのである。包囲網の外から爆弾攻撃を仕掛けてくるのはクイーン将軍にはわかっていたし、攻撃できる範囲も最長でも1キロだろうと読んでいた。


 昆虫軍のイナゴ隊は洞窟から3キロ地点で木の葉や木々に紛れて隠れているため無傷で攻撃開始の合図を待っているし、軍隊アリやスズメバチなどの主力攻撃部隊もその範囲には1匹もいないので損害なしである。


 今回の戦いに至るまでの間、クイーン将軍は洞窟のなかで同胞を増やしつつ、しっかりと前回の戦いの反省も行っていた。何故、負けたのかと。


 暇な時間のなかで、ジャックが偵察を怠ったことも理由のひとつとして思い当っていたクイーン将軍は対抗策というか、敵の情報をきちんと集めていたのである。


 それも大森林という昆虫たちのホームグラウンドならではの策で。


 昆虫たちを操れるクイーン将軍には簡単なことであった。敵がイナゴ、スズメバチ、軍隊アリ、ムカデなど前回の戦いで攻撃部隊となった虫には過剰反応するとわかっていたので、別の方法を採っていたのだ。


 そう。蛍の傍に飛んできた蛾やカナブン、蝉から蚊に至るまで敵を攻撃するほどの強さをもたない虫たちにクイーン将軍は情報集めを命じていたのである。それも大森林の全域に渡って。


 もちろん大森林にいる昆虫すべてがクイーン将軍の配下ではない。しかし、人類にそれを見分ける手段など皆無である。


 人対人の戦いとかなら、敵に情報を流す者を特定したり罠にかけたりすることもできるだろうが、対象が物言わぬ虫では人類にとっては対抗策などあるわけもなかった。


 2匹の蛾が飛んでいても1匹はクイーン将軍の命で兵士に近づき、1匹はたださまよっているだけの野性の蛾では、もはや打つ手は虫という虫を残らず殲滅するしかないだろう。


 つまり、クイーン将軍には合同軍の作戦は筒抜けであり、すでに蛍とラウラを特定していたために囮である黒髪の女兵士にもまったく食いつかずに、こうしてショーでも見るようにバカにして笑い転げていたというわけであった。


 「さあ。動きなさい。黒髪の女。あと少しよ。きっとお前の目に映っている光の草原。そこがお前の墓場になるのだから。クックックック、クックックック……」


 クイーン将軍は目を細めてからそう呟くと、いつまでも怪しい笑いを続ける。その周囲では勝利を確信したかどうかは別として、クイーン将軍の笑い声に合わせてスズメバチや軍隊アリたちが「カッチッチッチ」「カッチッチッチ」と音を立てていたのであった。


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