227 大森林での死闘⑰ ~森を進む主力部隊~
主力部隊が北の司令部から移動し森に入る地点に到着したとき、少なからず俺は驚いていた。
狼煙が挙がったときに分かっていたことではあったが、周囲にいる兵士の数が尋常ではなかったのである。俺たち主力部隊は100人程度なのだが、左右を見渡せばそこかしこに白い防護服を着た見張りの兵がいる。
しかも目を凝らして森の奥の方を見てもチラチラと動く兵というか、白い物体があちこちに見え隠れしている。『過保護すぎる』と言ったダスティンの言葉はあながち間違いではなかったようであった。
兵士の多さに驚きながらも一旦、森の出入口付近で集合した俺たちは、決められた隊列に並び直され、いよいよ森に入っていくことになる。目指すはおよそ6キロ先の人類の拠点である。
主力部隊の隊列は、前を行くのはダスティンとグスタフが率いる傭兵たちが中心の部隊で、最後方が俺たち七星で、他の兵が中央を進む形に決まる。先頭から最後方までの距離はおよそ40メートルくらいで縦長の行軍である。
周囲に兵を展開した状態でなおかつ最後方というのは、今回の行軍のなかでは最も安全な場所といえた。もっとも、蛍を射撃地点に届けるというか、無事に到着させることが最重要任務と言っても過言ではないので、作戦的には間違っていないだろう。
隊列を決めるときには、俺と幸介は揃って先頭に行くと言ってはみたのだが、ラウラの『ダメだ!』の一言で却下されていた。あまりに強い命令口調と視線だったので、それ以上の抵抗はできず俺たちは引き下がるしかなかった。
ただ、ゴドルフは先頭集団の予定だったようだが、「ラウラ様と離れてはいざという時に身代りになれません」などと言い張り「ダメだ」と言われても「嫌です」と譲らなかった。結局最後はレウが「しゃーないな」と呆れ顔をして肩を竦めたことで、ゴドルフはラウラを守る護衛として傍を離れない形で収まっていた。
ゴドルフが抜けることで手薄になる先頭集団のリーダー格であるダスティンやグスタフが「大丈夫だ」「問題はありません」と後押ししたのもあるにはあったが。
こうして隊列が決まり、蛍の護衛のルークとニコラス、レウの護衛のジャックとライアンも七星とともに進むため、ゴドルフを入れて総勢12名が最後方を進む部隊となったのである。
12名のなかの順番は先頭がラウラとすぐ後ろに忠犬ゴドルフで、幸介、俺、蛍、キャサリン、レイラ、レウの順で、ルークたち護衛の兵士たちは蛍とレウのすぐ後ろの左右を守る形となった。
こうして、主力部隊は準備を整え、俺にとっては中央世界に飛ばされて以来、およそ半月ぶりとなる大森林へと足を踏み入れたのであった。
◆◇◆◇◆◇
主力部隊は北西というか、それよりも少し北よりの北北西の位置から大森林のなかへと進む。
このあたり一帯は旧ゴブリン軍の領地であった場所で、目的地の途中までは昔から彼らが使っていた林道がある。
森に入ってすぐの地点でも、およそ50メートル間隔で兵士たちが各所に散らばっているのが見えた。人類の兵だけでなく銀色の尻尾が左右に揺れていたりする。防護服を着ているのだが、なぜか尻尾は出していて、それって大丈夫なのかと余計な心配が頭を過った。
林道を進んでいくなかでは、空は木の枝や木の葉で隠されている場所が多かったが、左右の景色を見れば俺と蛍がこの地に降り立ったときの場所のような小さな草原を照らす光が見え隠れする場所もあった。もちろんそこにも森林には似合わない白い防護服を着た兵士がいたりしたが。
小さな草原などで、ある程度空が見える場所では上空も見回し、赤の狼煙が挙がってないかを確認しながらも、俺たちは一歩一歩確実に森の奥へと進んでいく。いつ敵に襲われるかもしれないという緊張感を持ちつつも、こうして見る大森林の内部の様子は新鮮であった。
前にエドワードから聞いた中央世界の特徴のひとつである湧水があるのか、小さな泉も見つけていた。
ただ、それが小川となってどこかへ流れて行くということにはなっていないようで、その場所だけで完結しているのは、ある意味では不思議であった。前に皆で話をしたときのように、この世界が箱庭であり泉の水位もどこかで管理されているように思えたからである。
ほとんど雨が降らない中央世界で、日光によって蒸発する水と地下から湧き出る水の量が一定量を保ち続けているという奇跡がないとはいえないが。
また、俺たちが進む道はほとんどが平坦なのだが、稀に起伏があった。それでも数メートルといった感じで山道のように勾配のきつい登りがあるわけではなかった。
前後に視線を移せば白い防護服に身を包み武器を持って歩く集団という、およそ大森林には似合わない異様な集団が無言のまま目的地を目指すという不気味な光景が広がっていた。
時折ひらひらと舞う蝶や高い木に止まりうるさく鳴く蝉を見つけ『これが虫だよな』と考え、『あれっ。ほたるは大丈夫か?』と思ったことが頭のなかで重なり、振り返って蛍に声をかけてみる。
「ほたる。大丈夫か?」
「うん。ありがと。でも遠くにいる分にはへーきだよ」
「そっか」
俺の言いたいことがわかったらしく、笑顔を見せる蛍。まあ、たしかに元の世界でも蛍は遠くにいる虫までは怖がることはなかったよな。ああ、黒光りするあいつだけは見ただけでダメだったけど……。幸いにして見かけないしな。それに蝉や蝶だって、この異様な集団を見つけて近寄るほどバカじゃないよな。
蛍が大丈夫なことと、この異様な集団に近寄るバカは人間でもいねーよと思い、俺は思わず口元が緩んでしまう。しかし、そのすぐあとに、そのバカというか、殺すつもりで突撃してくるのが昆虫軍なんだよなと思い直し、小さなため息が出てしまうのであった。
◆◇◆◇◆◇
金太郎飴ではないのだが、どれだけ進んでも周囲を守る兵士たちが見えなくなることはない状態のまま俺たち主力部隊は森の奥へと分け入っていく。それは未開の森を進むという感覚ではなく、用意された森のなかの道を森林浴をしながら歩いているという感じであった。ややもすれば胸が苦しくなるような緊張感を保ちながらなので複雑な感覚といったほうが正しいか。
途中で昔から使われていた林道から離れ、明らかに新しく道を切り開いたような場所へ出たが、そこでも周囲を見渡せば見張りの兵士たちを見つけられないことはない状態であった。
俺たちも空が見えるところでは周囲で狼煙が挙がっているかどうかを確認し、木の葉などで見えない場所では左右を警戒していたのだが、見えるもの、見つけたものは、少し離れたところで動く森に似合わない白い防護服と自然のなかでそれらしく生きている昆虫たちだけだった。
すでにかなり進んで来ていたが、ここまでに未来の預言者が預言したような『茨の道』の状態になるどころか、気配さえなかったのである。
本当に今回の戦いは人類は『茨の道』を進んでいるのだろうか? 話を聞いたときから思っていた疑問のほうが大きくなっていく。そもそも昆虫軍がここにいるのかさえ疑問に思ってしまうほど、何もなく森を進んできただけだった。
このまま目的地について蛍が矢を放って勝利すれば結果として預言は外れるということになる。いや『茨の道』が示していたことが今回の戦いではないのかもしれないか。いやいや、あのレウたちがそんな見込み違いなことをするか? それは、あまりにも彼女たちには似合わないことだ。
何もないまま一歩一歩目的地へ向かう道を進みながら、俺はそんなことを考えていた。
「見えてきたぞ!」
前方でダスティンが叫ぶ声がして、少し横にずれて視線を向けると、200メートル先あたりに光に包まれた開けた場所があるというのがわかった。もともとの草原だったところの周囲を切り開いたような広さがうかがえる。
そこにも、多くの兵士たちがいたし、奥の方には蛍が4キロ先の標的である洞窟を狙う櫓のような建築物も見えたのであった。