225 大森林での死闘⑮ ~レウと蛍~
拠点の包囲という前半戦が終わり総司令部で出撃時刻を確認したティーンエイジャーたちに対して、レウは知覧姉妹のエネルギーが理由で少し延びることを伝えた。
皆は、それにはなにも言えずに仕方がないとして、総司令部の奥で休もうとしたのだが、ひとりだけは違った。大きな疑問を持った。おかしいと考えた。そのひとりとは、黒髪の美少女であり、唯一レウたちと同じ術を使える蛍であった。
蛍にはわかっていた。エネルギーの回復待ちのためにそれほどの時間が必要なはずはないと。
いや、正確には使いきれば回復させる時間は必要なのだが、それは使いきったときのことである。目前に戦いを控えていて、レウたちがそこまで使うわけはないし、もちろん蛍もレウたちがそれほどの術を使ったのを見ていないというか、使えばさすがにわかると思っている。あの昆虫軍との戦いで使ったような大技なのだから。
そもそも蛍がレウたちほどではないにしろ扱える術に使うエネルギーは、体のなかにあるものであり見えないものである。気力や精神力で増減し数値などで測れるものでもない。大量に使ったり、使いすぎたりすれば精神的に疲れはするが、時間とともに自然と回復する。それが術に使うエネルギーの原理であった。
言いかえれば体力と同じことであった。たとえば激しい運動をすれば疲れるが、息を整えたりして休息すれば自然と回復し、また運動を続けられる。くたくたになっても1日寝れば、また元の状態に戻れる。
もちろん、筋肉痛などの多少の疲れは残るだろうが、繰り返し鍛錬していれば、そうしたことも起きにくくなる。
この体力と同じように、よほどの無理な使い方をしなければ回復するための時間はそれほど必要ではなく、1日ぐっすりと眠れば回復するのがレウたちの言うエネルギーであった。
しかもレウたちは、このエネルギーを媒介とした術の使い手としてはスペシャリストと言っていいほどの熟練者である。回復力や疲労を感じる限度も他者とは比べ物にならないくらいのレベルなのだ。
レウたちと同じ術を使える蛍だけが、この原理を理解できていて、レウが嘘をついているのに気がついていた。
何故、レウはそうまでして、戦うことを躊躇っているのか。そして思い当った。ひとつだけ思い当ることがあった。もしかして、自分が心配されているのか? 虫と戦えないと思われているのだろうか? と。
蛍はそんなことを考えながら、皆が奥に行くのには同行せずにその場に残り、レウに声をかけたのである。
「レウさん。あたしは戦えますよ」
蛍は誤解を解くためにも少し強い口調でそう言った。レウは蛍の言葉ですべてを理解した。なぜ、蛍がそんなことを言いだしたのか、自分が言った嘘がバレていることもレウにはわかってしまった。
レウにしてみれば、それは言う前からわかっていたことだったかもしれなかった。術を使える蛍にだけは嘘は通じないだろうと。
真剣な眼差しで見つめてくる蛍に対して、レウもじっと見つめ返す。それでも、先に視線を外したのはレウであった。
「そやな。ほたちゃん。ちょっと向こうへ行こか」
「えっ。あっ。わかりました」
自分の問いに対しての明確な回答を得られなかった蛍であったが、レウの様子を見て、ここでは話せないことなのかと理解して、頷いた。
「姉さん。ちょっと、隣の部屋にいてるわ」
レウはフレイムと話をしているラウラの背中に声を投げかける。一瞬だけレウの声に反応したラウラは振り返りひとつ頷いて、また向き直ってフレイムたちとの話を続けた。
◆◇◆◇◆◇
総司令部の隣の部屋は、誰かの執務室なのか、奥に大きな机があり、部屋の中央には応接用と思われる机と4人分の椅子があった。グレーを基調とした落ち着いた雰囲気の部屋で少人数での打ち合わせには、丁度よい空間である。
レウはさっさとひとつの椅子に座り机に右肘をついた。レウの後ろから部屋に入った蛍はレウの前の席に回り腰を下ろす。
肘をついたまま身を乗り出して、レウはいつものように、普段通りに、結論だけを口にする。
「うちらが出発する前にな。アナグラム野郎が『茨の道』だと呟きよったんや」
「はい?」
さすがの蛍もレウの発言が予想もしていないことで、意外すぎてわけがわからなかったために素っ頓狂な声を出してしまう。しかし、すぐに頭がフル回転していく。
未来の預言者がこの世界にいて、どういう経緯か状況かはわからないがそいつの口から『茨の道』だという預言めいたことを聞いた。そして、それを今回の戦いに当てはめれば、たしかに今までの経緯、前半戦はとても『茨の道』とはいえない状況だ。
ならば、当然の帰結としてこれからが予想もできないこと、結果的に『茨の道』になるような出来事に襲われる可能性が高い。だからこそ、出陣を躊躇い何か見落としがないかとかを考えているのだろうか。
蛍は一気に推理を進め濃かった霧がパッと晴れるように、すべてを理解した。その時間はさすが蛍と言えるほど、わずかなものであった。
その証拠にレウは蛍が理解するのを少し待つように横を向き、ツインテールを手で弄ぼうとした瞬間に、蛍が次の言葉を吐き出していた。驚いたレウは、にんまりとした笑顔を見せて意志を失った手を降ろして蛍と向き合った。
「たしかに、今の戦いに対して彼がそう言ったのなら、これから何が起こるかわかったものではありませんね。しかし、今も包囲網を維持している兵たちがいるなかで、主力部隊が出陣しないのでは士気にかかわるのではないですか?」
兵たちは今も最も敵に近い位置にいて、いつ襲われるかわからない状態のなかで、待機を命じられている。しかも、素早く包囲網を完成したのにいつまでも次の作戦に移らないのでは、何をしているんだという不満が噴出しだすのは想像に難しくない。蛍はそう考えて次の質問を投げかけていた。
「それはそうやけどな。うちらは負けない戦いをせなあかんからな。主力部隊が出ました、すぐに逃げましたとか、全滅しましたとかじゃ洒落にならんやろ」
「なるほど。今、時間をかけて進めているのは主力部隊の進軍路をより完璧なものとすることなのですね」
レウと蛍の会話は打てば響くようなスピードで進んでいく。もし、達也たちがこの場にいれば、未来の預言者の部分からすでに置き去りにされているだろう。レウが続ける。
「それもある」
「それもあるとは?」
「さっき言ったことも、全部が全部、嘘ではないんよ。今な、うちの杖の小型版がコッテから届くのを待っているんや。途中で囲まれたときに一瞬で吹っ飛ばせるようにな。ほんで、届いたら新しい杖にエネルギーを入れなあかんからな」
「そんなものまで作っていたんですか?」
レウが話した新しい情報は蛍を少なからず驚かせていた。蛍は、レウが主力部隊が森に入ってから現地に着くまでの進軍路を重視しているのはわかったのだが、すでに対抗策まで用意されていたからだ。
「ああ。すでに1本はあるんやけどな。もう1本な」
「2本め……、ですか? それって、本物を入れて3本になりますけど、全部使うとかになったらレウさんの体が持たないんじゃないですか?」
「まあな。そやけど、あくまで小型版やからな。もし、原子破砕弾を使っても、威力はそれなりやな。それにあんたらが成長してるようにうちかて訓練しとるんよ。表には出さんけどな」
「レウさん……。わかりました。でも、それなら達也たちにも伝えたほうがいいんじゃないですか? 隠す理由はないと思いますけど?」
レウたちが出陣を遅延させている理由を聞いた蛍は納得して、手を頭の後ろに回し黒髪をまとめて何度も撫でながらレウに問いかけた。
「……そうやな。さっきは話が長くなる思うて手短にな。ほんなら、明日にでもあんたから伝えておいてくれるか?」
「あははは。まあ長くなりますね。わかりました、伝えておきます」
そう笑顔で答えた蛍にレウも笑顔を返した。
「では、失礼します。おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
笑顔のままで少しの沈黙のあと蛍は席を立ってレウに挨拶してから部屋を出る。ひとり残されたレウはほっと一息吐いたあと、じっと机を見つめひとつ呟いたのであった。
「すまんな。ほたちゃん」
このレウの呟きの意味するところは、隣の総司令部にいる姉ラウラ以外にわかる者はいないことであった。