224 大森林での死闘⑭ ~延びる出撃時刻~
白狼軍を中心とした獣人たちと人類の合同軍は、昆虫軍の生き残りがいる大森林へと攻め入り、ついに敵の拠点と思われる洞窟の周囲4キロにおよそ1万5000枚の鉄板を並べる包囲網を築き上げた。
敵の拠点の周囲4キロを包囲することは、この戦いの前半戦であった。そして、ここからが後半戦で、七星を含む主力部隊が出陣して敵の親玉を葬りさる。これがこの戦いの唯一無二の勝利条件であった。
総勢3万の兵を10部隊にわけて、あっという間と言っていいほど手際よく包囲網を完成させた兵士たちだったが、役割を終えて撤退するわけではなかった。兵士たちは包囲網を守るために周囲を警戒し、各部隊が包囲網から少し離れた場所に拠点を築いた。つまり、次の段階の見張りへと行動を移したのであった。
全包囲が完成したことを受けた北にある司令部は、兼ねてからの手はず通りに大森林の北およそ70キロにあるベック・ハウンド城に設けられた総司令部へと届く狼煙を挙げた。
こうして中央世界歴4871年10月5日夜に、包囲網が完成したという報せが総司令部へと届いたのであった。
◆◇◆◇◆◇
俺たち七星が包囲網完成の報せを受けたのは、1日中訓練をしていた本城の中庭のような広場で、そのまま野営時のような夕食を取ったあとであった。
中庭は50メートル四方くらいで、それほど広い場所ではなかったので、訓練は特殊防具はつけたが、特殊武器を使わないものとなった。俺たちの基本、基礎部分を作っているといってもいい体術を中心に体を動かして汗を流した。
なぜか訓練の途中からダスティンが俺たちを見つけて混ざり、そのまま夕食もダスティンの提案でアニーも呼んでの焚き火を囲むキャンプのような趣のものとなっていた。
場所は違うがリーンハルト村と同じメンツだったので、打ち解けた穏やかな雰囲気のなかで夜が更けていった。少し前からであったが、とても決戦を前にしているという雰囲気ではなかった。
そして、そろそろお開きにしようとしたところで、遠くで獣人兵が「包囲完了! 包囲陣が完成しました!」と叫んでいるのを聞いたのであった。
「おい。いよいよ出番だな」
ダスティンが俺の肩にゴツイ腕をまわし、顔を近づけてニヒルに笑う。いや、あんたさっき酒飲んでただろ。寄ってこないでくれないかなと思ったが、俺はそういえばと思いだしたようにダスティンに伝える。
「ああ。アニーはあんたが守るんだろ」
「うん? なーに生意気言ってんだ。ガハハハハハハハ」
俺の言葉にほんの一瞬だけ戸惑うような仕草をしたダスティンだったが、もともと赤味を帯びていた顔を紅潮させて、豪快に笑った。そして、俺の首を巻き込むように力を込めていく。
『うざいから。放せよ』とは言わなかったが、俺はするりと回転してほろ酔い気分のダスティンから逃げる。そんな俺とダスティンの様子をアニーが見ていたのか、幸せそうな顔で赤味かかった頬で口元を緩ませていた。
「達也。総司令部に戻るよ」
「ああ」
皆が「よしっ」などといって動き出したところでレイラに声をかけられて、俺は『いよいよだな』と気合いを入れて広場を後にしたのであった。
◆◇◆◇◆◇
総司令部に戻ると、忙しそうに寄ってくる兵士たちに指示を出すラウラを見つける。横にはレウ、グスタフ、フレイムもいて、何やら話をしているようであった。
「作戦の打ち合わせでもしてるのかな?」
「そうだろうな」
蛍とそんな会話をしながらもラウラたちの方へと向かうと、集団のなかでは暇そうにしていたレウが振り向いた。
「戻ったんか」
「はい。いよいよですね。出発の時刻は? 明日の朝とかですか?」
「……いや。まだやな。もう少しかかるな」
「そう……、なんですか?」
包囲が完成したらすぐに出発と聞いていたので時刻を尋ねたのだが、返ってきた言葉が少し意外なものだったので戸惑う。隣にいた蛍はレウの言葉を聞いて『うん?』とでも言いたげに首を傾げている。
何かトラブルでもあったのか? レウが一瞬だが、返事を濁した理由と出てきた言葉の意味がわからなかった。
「ひょっとして、何かあったんですの?」
「まさか……」
キャサリンとレイラが俺と同じことを思ったのか、出陣する時刻がまだ決まっていないことに対しての危惧を口にした。ふたりとも不安そうな、それでいて真剣な表情になっている。
レウはふたりの様子をじっと見つめてから、大きく首を振った。そんなレウを見ていた俺には、レウがほんの一瞬だが小さなため息を吐いたような気がした。
「いやいや。あんたらが気にしているようなことは何もないわ。何もな」
「そうですの?」
「なら、どうして?」
レウが念を押すように繰り返した言葉がひっかかった俺であったが、ほっと一息ついた金髪と銀髪の美少女が、そのままの勢いで口を開いて尋ねたこと、つまりは何故、出陣する時刻を決められないのかの疑問を考える。
頭を回してみたのだが、何も思いつかないというか、どこかの部隊が襲われたとか以外に何事もなく順調に進んでいる作戦を躊躇う理由があるのだろうか。わからない。レウが何を考えているのか、俺にはまったくわからなかった。
こんなときこそ蛍だな、と思い視線を送ったのだが腕を組んで床を眺めて考えている黒髪の美少女は、俺の視線には気がつかなかった。蛍でもわからないのかと思ったら、レウが俺たちの予想もしていなかったことを言った。
「すまんな。皆には悪いんやけど、うちと姉さんのエネルギーのことなんや」
「エネルギーですの?」
「回復待ちとかですか?」
「まあ、そんなとこや。悪いけど出るのはもう少し後になるやろうな」
エネルギーの回復待ち? 初耳である。今までの戦いではそんな場面はなかったというか、そもそもレウたちが使う技のためのエネルギーって回復待ちをしなければならないものなのか。
特殊武器に注がれているエネルギーは、減ったなと思っても翌日には満タンになっていた。レウかラウラがやってくれているんだろうと幸介や蛍とは話したことはあったが、彼女たちが使ったエネルギーの回復を待つようなことはなかった。
俺たちは武器に溜められているエネルギーを消費しているだけで、元々のエネルギーがどうやって武器に注がれるのかさえ知らなかった。それに、俺たちが使っている技の源であるエネルギーがどんなものなのか、どうやって作られているのか、いやいや、そもそも何なのかさえもよくわかっていなかったのである。
だから、レウにエネルギーの回復待ちと言われては、返す言葉がないというか、誰もそれ以上話を進められない状態であった。
「そういうことなら仕方がないだろ。今日は寝ようぜ。俺たちもいざというときのために体力を温存しておかないとな」
出撃時間の話が終わってしまい、幸介がまとめるようにそう言うと、キャサリンやレイラが「そうですわね」「そうだね」などと同調し総司令部の奥へと向かう。
俺も少しの違和感を残しつつも皆の後を追ったのだが、蛍だけはひとり動かなかった。腕を組んでおとがいに手を当てて考え込んでいた。
「レウさん。ちょっといいですか?」
「なんや?」
意を決したような顔をした蛍がレウに何か話したのは聞こえたのだが、俺の足は止まることはなく、ティーンエイジャーたちは蛍だけを残して部屋の奥へと向かった。
その後、蛍はしばらく戻ってこず、「どうしたんだろうね」「遅いね」などと皆と話をしたのだが、レウとラウラもいなかったので「まあ、レウさんたちと一緒なら心配することはないだろう」という幸介の言葉を最後に、その夜は皆、蛍よりも先に寝てしまうのであった。