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世紀末の七星  作者: 広川節観
第五章 輪廻する世界
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223 大森林での死闘⑬ ~完了する包囲と沈黙する昆虫軍~

 北にある人類の指令部からの命を受け、大森林に展開している全10部隊はそれまでの拠点に少数の兵を残しつつ、残り1キロを一気に走破して拠点まで4キロの地点、つまりは包囲網を築く地点へと進んだ。


 敵と遭遇する危険性を考えるならここからの作業は時間との戦いになる。それでも兵士たちは、臆することなく、周囲を警戒しながら、鉄板を運び、地面を掘り、次々と鉄板を立てていった。


 鉄板の並べ方は各部隊が前方を守るように横一列に並べていくことになっているため、実際の包囲網は円ではなく正確には八角形になる。


 まるでバンバンと音を立てて立ち上がるバネ仕掛けの装置でも使っているかのような勢いで、拠点の周囲4キロ地点に8方向から鉄板が並べられていく。


 もちろん、全部が全部バネ仕掛けのような勢いとはいえないところもあったが、最も危険とされていた北西からの3部隊は人が多かったために、一番に作業を終えて他の部隊への遊軍に回るなどして、順調に包囲網を構築していった。


 当初の予定通り、南方面の部隊で鉄板が足りない所では鉄板にセットできる目の細かい網が使われている。


 人類の兵と白狼軍を中心とした獣人兵たちが、手に手を取って敵を殲滅するための準備を進めていく。


 作業中に敵に襲われたり、作業が完了しても敵に襲われれば、皆、大森林を抜けるまでの距離が短い北西や北へ逃げる、つまりはベック・ハウンド城方面へ逃げるようになっていたが、幸いなことに敵が姿を見せることはなかった。


 その後、10部隊が懸命に作業をし、拠点を中心にした半径4キロ地点に八角形の包囲網が完成したのは、10月5日の夜であった。


 七星を含む主力部隊がベック・ハウンド城へ到着してからまる1日が経過したことになるが、スケジュール的には当初の予定通りだ。


 部隊が進む距離と速度、主力部隊が移動する時間など、時間的な面では難しい問題であったが、レウたちの緻密なスケジューリングには狂いはなかったいえるレベルであった。


 こうして、人類と獣人兵たちおよそ3万の兵が合同で築いた、ある意味鉄壁の包囲網であり、ある意味大森林には場違いな鉄のカーテンが完成したのであった。


 合同軍が周到に用意し、わずか1日で築き上げた包囲網は傍から見れば大森林に突如として現れた囲いといえるかもしれない。


 拠点から4キロ離れた位置に配置された鉄のカーテンが囲んだ内部は、およそ50キロ平方メートルだった。


 この内部の広さ、およそ50キロ平方メートルというのは江戸時代の江戸の町と同じくらいで、現在でいえば東京23区のひとつである江戸川区(49.86キロ平方メートル)とほぼ同じ大きさである。


 ただ、元の世界の四国の一回り小さい15,708キロ平方メートルという広大な範囲からみれば、50キロ平方メートルはおよそ314分の1というわずかな広さである。広大な範囲から徐々に、絞り込むように範囲を狭めていき、ここまで迫り敵を追い詰めた。被害者はゼロで。


 これが今回の戦いの前半戦の成果であった。



  ◆◇◆◇◆◇



 一方、人類が追い詰めたと思っている当の昆虫軍は、まったく動かなかった。レウたちは昆虫軍の動きにやきもきしていたが、微動だにしていないといっていいほど動いていなかった。


 しかし、それは攻撃する側から見た結論であり、実際には違っていた。昆虫軍は着々と準備を整え、今も兵力を増やし続けていた。


 拠点である洞窟のダンジョンともいえる地下深く。今回の戦いの、いや昆虫軍の、いやいや第二世界(ゼラニウム)のラスボスともいえるクイーン・イエロー将軍は、次々とやってくるスズメバチ隊の報告を幾度も幾度も受け取っていた。


 「うふふふ。ご苦労さまスズメちゃん。でも、それはいいの。そんなエサは放っておいていいのよ。あとでたっぷりと味わわせてあげるからね」


 人類の軍が5キロ地点で待機しているときなどに入る報告には、クイーン将軍はそう言って、うすら笑いを浮かべていた。


 「あらあら。無駄な努力ね。そんなところに陣地を築いても意味はないのにねー。キャハハハハ。おかしいー」


 人類が4キロ地点に鉄板による包囲網を構築しはじめたときには、ひとしきり笑い、思わず報告にきていたスズメバチもクイーン将軍に合わせるようにブン、ブン、ブーンと興奮したような羽音を立てていた。


 人類が必死に用意し恐怖と戦いながら持ち込んだ防御用の鉄板を、それを立てて包囲網を作っていることを、軽快に嘲笑ったクイーン将軍は、そのあとすくっと立ち上がり、手に止まった1匹のスズメバチに諭すように話しかける。


 「ねえ。どう思う。やつらはあたしをバカにしているのかしら? これじゃあ何をしてくるかがまるっと、するっと、パキッと丸わかりじゃない。こんな愚か者たちにあたしたちは負けたの?」


 愚痴るようにスズメバチに話しかけたクイーン将軍の足元では、軍隊アリの女王がカチカチ、カチカチと顎を鳴らす。それに呼応したかのようにわしゃわしゃと傍で群れていた軍隊アリたちも女王の興奮を後押しするかのようにカチカチと音を立て始めた。


 「うふふふふ。みんなもそう思っているのね。じゃあ、やることはわかっているわね。うふふふふ。可愛い子たち。そうそう。どこに潜むかをバッタちゃんたちにも伝えておいてね」


 そう言うとクイーン将軍は勝利を確信したようにゆっくりとひとつ頷いた。


 「クックックックック。勝ったわね。あとはあいつを……。キャハハハハ。これなら負けるわけはないわ。ギャハハハハハハハハハハハハ」


 この戦いの結末を思い描いたクイーン将軍は、低い笑い声から次第に笑い声を大きくし、それにあわせて昆虫たちの大合唱が拠点である洞窟の奥深くに響いたのであった。


 クイーン将軍をはじめとする昆虫軍のまるで戦勝を祝うような音は洞窟の入り口付近まで届くような大音響であったが、遠く離れた場所にいる人類や獣人の兵たちの耳には届かなかった。


 大森林のなかを駆け抜けるさわやかな風と木々のざわめきに、何事もなかったようにかき消されていったのである。



  ◆◇◆◇◆◇



 人類と獣人の合同軍の兵たちが必死に構築した包囲網が完成する少し前のこと。


 今日も快晴の中央世界(セントラルワールド)で、陽が沈みかけたベック・ハウンド城の広めの屋上に、ふたつの影があった。影の前には凸凹型の狭間(ツィンネ)が左右へと続き、右奥には見張り用の主塔(ベルクフリート)がある。


 ひとつの影は160センチメートル程度で、ゆるゆわの長い髪がそよ風になびいている。もうひとつの影は140センチメートル程度で、風のいたずらかツインテールがピョンピョンと跳ねているように見える。


 後ろ姿だけ見れば親子と思えるふたりは、仲良く並んで南の空を見ていた。彼女たちから少し離れたところには無言の兵が数名、直立姿勢で待機している。


 もちろん、このふたりは、人類の司令塔として今回の戦いのカギを握るふたり、知覧・ゲノム・ラウラ、レウの姉妹であった。


 「姉さん……」


 ふたりは並んで真剣な眼差しで大森林の方を見ていたが、しばらくの沈黙のあとレウは堪え切れずに声を出した。傍には護衛の兵がいたが、兵たちにはレウたちの声は届かない。


 声を掛けられたラウラは、レウの問いかけともいえる言葉の意味は理解していたが、何と答えていいのかがわからなかった。


 ふたりが見ていたものは大森林での昆虫軍との戦いの行く末であった。もちろん未来を見られるような能力はないので、想定できる戦いの流れと結果を感じていたのである。


 順調に進む作戦はあと少しすれば完了して、七星を含む主力部隊が大森林へと出撃。蛍が秘密兵器である矢を放てば、敵の拠点一帯は跡かたもなく吹っ飛び、戦いはすんなりとスムーズに、何事もなく終わるはずである。


 普通に考えれば、それが当たり前であり、当然の流れであり、揺るがない結果であった。何も不安などないはずなのだが、ふたりにはひっかかる事実、避けて通りたくても肩を叩かれ、体を大きく揺すられ、神経を逆なでされてしまう言葉があった。


 いや、言葉というだけでは足りない。彼女たちをここまで迷わせて、戸惑わせて、苦しめているのは抗えない運命という大きな流れと言ったほうが正解か。


 ラウラはそれさえなければ、これほど悩み、心が締め付けられるようなことはなかったと考えていたし、レウも同じように深い、深い穴の中に何度も何度も落とされるような感覚を持つことはないと考えていた。


 順調に進む作戦のなかで、何度も何度も彼女たちに兵の安否を確認させた言葉。


 これだけに限っていえば、それはブルーリバーで密偵ローサから告げられ、秘密兵器を作るきっかけとなった未来の予言者、レウ曰くアナグラム野郎が呟いた言葉、『茨の道』であった。


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