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世紀末の七星  作者: 広川節観
第五章 輪廻する世界
221/293

221 大森林での死闘⑪ ~ベック・ハウンド城の本城へ~

 ふたりの天使に連れられて見たベック・ハウンド城の街は、ブルーリバーとは違っていた。


 行きかう人々は、白狼の獣人だけでなく猿、熊、兎、犬、猫など多種多様で元の世界の猿や熊が鎧や服を着ている者もいれば、それよりは進化したのか天使たちのように一部にその痕跡を残しているが人に近い者もいる。


 また、キャット・タウンで見た猫たちのように、屋根の上で昼寝をしている猿や普通に熊を連れている熊の獣人など、まさに獣帝国(ビーストエンパイア)の縮図のような風景がそこには広がっていた。


 街の様子も元の世界の中世的な雰囲気を持つブルーリバーのように洗練されているわけではなく、建物も一目見て木造なのか石造りなのかがわかってしまうような粗末なものが多かった。


 正面にある小高い丘の上に建つ本城は西洋風の立派な城に見えるのだが、周囲の風景はランクがひとつ下がっているのではと思うものであった。


 また、俺たちが歩いていた本城までの道は石畳で整備されていたが、脇道に目をやればそこかしこに土の道が見えていた。


 100年前のブルーリバー。これが合っているのかはわからないが、そんな雰囲気を持った街並みであった。そういえば、ブルーリバーには過去の英雄たちがもたらした現代人の技術が入っているから、もしかするとその違いなのかもしれない。


 本城までの道の両脇には武器屋、雑貨屋などの店舗が立ち並び、店舗がない空間には露天商などの店が出ていた。ただ、平時ならば賑わうだろう大通りに思えたが、戦時中であり、住民の多くが避難したためか、行きかう人はそれほど多くなく大盛況とまでは言えない状況であった。


 俺に寄り添って歩くふたりの天使の可愛く動く猫耳を見ながら石畳を歩く。天使たちとの言われなき浮気騒動があったためか、俺が街に入ったのは蛍と幸介のあとであった。


 蛍はミケニャンとミコニャンを気に入ったらしく、ふたりとじゃれあいながら前を進んでいる。


 それでだ。俺の前を行く幸介なのだが、あのアイドルメイドのサーニャとニャーオが両脇をしっかりと固めていた。まあ、予想される範囲といえばそうなのだが、どこかに、もやもやしたものがあったのも否定はできない。


 それと俺の後ろから進むキャサリンとレイラは、まあ、いつものやつだ。後ろを振り向くと天使たちにまた怒られたりするので避けているが、隙を見てチラ見した限りではどうでもいいやつらに案内されているようだった。


 こうして、しばらく歩いたあとで、俺たちはそれぞれの案内人とともに小高い丘の上に建つベック・ハウンド城の本城へと着いたのであった。


 後ろを振り返れば街が一望できて、大きな空間に所狭しと小さな建物がびっしりと立ち並んでいた。広さはかなりのもので、城の裏側は見ていないが、おそらくブルーリバーよりも大きいだろう。さすが獣帝国(ビーストエンパイア)の南の一都市で、イーニャたち若い子たちの憧れの街ということか。


 道中での天使たちはそれこそブラッド・リメンバーでの延長戦というかなんというか、やれ「ご主人様はやはり運命の人なのにゃ」とか、それ「いつご主人様のご家族へのご挨拶に連れていってくれるにゃん」などと可愛い笑顔でぐいぐいと俺を攻めていた。


 ふたりの笑顔を見ているだけで幸せ気分を満喫できる俺としては、攻められた内容に対しては笑うだけしかなかったけどね。


 そして、なんと、とても、とっても残念なことに、彼女たちとは本城の入り口で別れることになった。


 「イーニャたちはここまでにゃ」


 「残念にゃん。また一緒に寝たかったにゃん」


 本当に名残惜しそうに天使たちにそう言われて、俺は少しの間、固まってしまった。そのときの俺は、心のなかだけでだが、「えーーーーーー。そんなーーーー」と大いに嘆き悲しんでいたが、周囲に蛍や幸介たちがいたので、なんとか顔には出さずに堪え「そうだよね」とだけ答えていた。


 考えてみれば戦時中ともいえる状況で、今も大森林では前半戦を多くの兵士たちが戦っている。そんな状況では多くを望めるわけもなかったのである。


 天使たちと別れて、本城内への案内人が白狼軍の兵士になったあと、兵士たちの後ろに続くティーンエイジャーたちのなかで、一番先に声を出したのは俺の少し前を歩いていた蛍であった。


 「ミケニャン。可愛かったなぁ~」


 本当に気に入ったようで、さっきまでの楽しさを残しつつ、とても残念がっている。


 「ほたるも可愛いですわよ」


 「うん。そうだね」


 蛍の声に応えたのは、キャサリンとレイラで自然と俺の前に出ていく。キャサリンたちもなんか嬉しそうなので、どうでもいいやつらとの再会の余韻というか、恥ずかしさを隠すために、はじけているのかと俺は思った。


 「もう、ふたりとも何を言ってるの」


 「ほーら。すりすり。はむはむしましょうか。キャハハハハハ」


 「いやっ。やめてよね」


 「アハハハハハハ。キャサリンはおもしろいねー」


 いつにも増してテンションの高いキャサリンとレイラ。俺と幸介は3人がじゃれ合うのを苦笑いで見守る。


 「そういえば、サーニャさんたちはどうだった?」


 「うん。別に案内してもらっただけだろう」


 「ふーん。そうか」


 「ああ」


 幸介とふたりで並んで歩いていたので、幸介に探りを入れるような言葉を投げるとそっぽを向きながらそう応えていた。あっ、こいつ、少し顔が赤くなっている。まあ、人のことは言えないから、これ以上はブーメランが帰ってくるので、詮索するのはやめよう。


 そんなこんなで本城内を進んだのだが、やはり外見通りに中も立派で、城内で俺たち5人が通された部屋はとても大きな部屋であった。部屋の入り口には見張りだろう白狼軍の兵士がふたり立っていた。


 すでに時刻は夕刻になっていたが、部屋のなか入ってみると昼のように明るく、多くの兵士たちがいて、活気があった。広さは100人規模の結婚式の披露宴でもできるんじゃないかと思えるほど奥行きのある部屋だ。


 部屋の中央付近には、部屋を二分するように木製の衝立が並んでいて、奥の様子は見えなかった。


 俺たちは奥へ通され、そこには仮眠室といえばいいか、病院の大部屋といえばいいか、とにかく等間隔に並べられたベッドと、奥のベッドに腰かけているレウとラウラがいた。


 「おう。来たか。そっちが総司令部や。うちらはここで寝泊まりする」


 いつものレウの言葉だったが、その内容に、ここに来るまで少し浮かれていた俺はベック・ハウンド城へは遊びに来たわけではないことを痛感させられ、気が引き締まる思いで深く頷く。


 蛍やキャサリンたちも城内を歩いていたときのような笑顔はもはや消え失せていて、真剣な表情で「わかりました」と応えたのであった。


 「今、戦況はどうなっているんですか?」


 イーニャたちから頭を切り替えた、いや切り替えさせられたと言うのが正しいかもしれないが、とにかく俺は入口付近のベッドに腰かけ、レウとラウラに状況を尋ねた。皆の視線がレウとラウラに集まる。


 レウがラウラの方を見つめるようなアイコンタクトをするとラウラがそれを受けて口を開いた。ラウラの表情は今回の旅の道中で見かけてもずっと軍人のままで、当然今も変わることはなく、俺は自然と背筋が伸びる。


 「作戦は順調だ。被害もない。早ければ明後日の朝には我らの出番となるだろう」


 レウのような簡潔さを持って答えたラウラ。真一文字に結んだ口元と強い光を放つ瞳にはほんの少しの油断もミスも犯さないような固い意志が表れていた。


 被害がないと聞いて一瞬だけ安心したような顔を見せたレイラとキャサリンも、威圧感のあるラウラの振る舞いに押され、口を固く閉ざしたまま静かに頷いている。蛍は決意したような凛々しい表情でラウラの目をしっかりと見据えていた。


 「よしっ。それなら明日は戦いの前の最後の訓練だな。さっきの広場使っていいんだろ?」


 こうした雰囲気のなかでは一番口が軽いというか、訓練バカであまりたくさんのことを考えないというか、とにかく幸介が明日の俺たちの行動を決めるような発言をする。幸介が言った広場というのは本城内の通路を通るときに横に広がっていた庭のような場所である。


 幸介の問いに対しては、普段なら何かボケや突っ込みをかますだろうレウが普通に応えた。


 「ああ。あそこならええで。ただし城からは出たらあかんからな」


 城からは出るな。いつ戦いになってもすぐに集まれるように近くにいろというのは、当たり前のことなのかもしれないが、やはりレウとラウラはいつもとは違う雰囲気だと俺は感じ取ったのであった。


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