220 大森林での死闘⑩ ~天使たちとの再会~
ベック・ハウンド城の門前で、フレイムの『はむはむ』に耐えながら、俺は猫耳アイドルメイドのひとりミコニャンを視界に収めた。
ミコニャンと一緒にきていた妖精猫は、すでに蛍に抱きつかれていたが、スノウが彼女たちを事務的に紹介している。妖精猫の名前はミケニャンでミコニャンの妹と紹介された。ミケネコ柄だから、ミケニャンね。なんか猫族の名前は、わかりやすいな。
そんなことを考えていると、俺はようやくフレイムの『はむはむ』から解放される。フレイムは『それでは達也殿、またな』などと言って、キャサリンたちの方へ『はむはむ』をしにいった。
蛍ほどではないが、一息ついて俺は片手で膝頭を抑え、前屈みになる。大きく息を吐き出して体を起こした俺はすぐさま、とても大切なこと、かなり大切な探し者、必要不可欠な行為をしようとした。
「あひゃん」
俺が行動に移す前に、大切な探し者が向こうからやってきていた。そう。いつのまに後ろに回っていたのか、不意を突かれた俺は不覚にも声を出してしまったが、気がついたときには両耳を天使たちに攻められていた。
二の腕にやわらかいものが押し当てられる感覚、鼻をくすぐる甘いフローラル系の匂い、『はむはむ』の合間に聞こえる小さな吐息。
この世界で探し求めた猫耳メイドであり、46億年にふたりしかいないと断言できるアイドルメイドであり、俺が密かに嫁認定をし、それを受け入れてくれたというかガンガン攻めてきたふたりの女性。イーニャとニーニャであった。
まだ、天使の調べを聞いていない。あの澄んだせせらぎのように心地よく、さわやかな風にさえ負けることのない声を聞きたい。などと思っていたら、それはまるで予想さえしていない内容で俺に届けられる。
「ご主人様が見つめていた、あのメスはだれなのかにゃ?」
「浮気なのかにゃん?」
「え!?」
幸せ気分から一転、背中に嫌な汗を感じさせる天使たちの低い声に俺は戸惑う。
それにしてもメスって……。まあ生物学的にはそうだけどさ。『はむはむ』が止まったためにようやく愛くるしい顔を見られたのだが、ふたりとも目が怖い……。
痛っ。なんか背中をひっかかれているようでじんじんきているというか、やめてくれませんか、天使たち。そういう傷はベッドの上だけと相場が決まっている……、おっと、思考が危ない方へ旅立つところだった。違うぞ。早く答えろ、早く否定するんだ、俺!
「いやいや、浮気だなんて、そんなことがあるわけないじゃないですか?」
背中の痛みに耐えながら、なんとか天使たちに落ち着いてもらおうと、必死に言葉を探して吐き出してみる。
「ますます怪しいにゃ!」
「そうにゃん。敬語になっているにゃん。これはアウトにゃん。スノウが言ってたにゃん」
ひぃー。逆効果って……。まったくスノウさんは何を教えているんだよ。もうさ、それって絶対に御光様伝説には関係ないよな。ほんとにどんな修行をしているんだよ。
プンプンと頬を膨らませる超絶可愛い天使たち。怒った顔も可愛いよな。って、いや、いや、そういうことではなくてだな……。まいったな、とりあえず話をするんだ。
「えっとさ。彼女はさ、幼馴染で、ただそれだけの……」
「にゃんだ!」
「安心したにゃん!」
『関係だからさ……』などと言葉を繋いでいこうかと思ったら、まるで何もなかったような笑顔をふたりが見せた。ようやく待ち望んでいた笑顔を見られて俺はなぜか安心してしまう。
あれっ。イーニャが可愛いというか美しい。あーー、ニーニャの方は本当に可愛い。天使だ。途中で言葉を遮られたけど、もうどうでもいいや。
え、でも、なんでだろう。なんで彼女たちが安心するのかな。そうなの? そういうものなの? 彼女たちの可愛さを堪能したあとに湧き上がる疑問符に襲われた俺であったが、それを天使たちが解決してくれる。またもや予想もできない斜め上の言葉で。
「幼馴染なら、最初からそう言ってくれればいいにゃ。ご主人様の伴侶にはなれないただの知り合いなのにゃ」
「そうにゃん。幼馴染は恋愛対象から除外される人にゃん。ニーニャたちのライバルじゃにゃいにゃん」
「へっ? そうなの?」
言っていることが分からずというか理解できずに思わず声が出てしまった。ここでは疑問の言葉など言わなかったほうがよかったか。沈黙は金なりと意味はわからないけど黙って肯定しておけばよかったかと後悔に襲われそうになったが、純真で押しが強い彼女たちは気にした素振りも見せずに言葉を続ける。
「ご主人さまは知らないのにゃ? 幼馴染との恋愛は小説のなかだけでお腹いっぱいになるのにゃ」
「そうにゃん。そうにゃん。だからリアルでは成功しないのにゃ。どこまでいっても平行線が正しい関係、普通にゃのだとスノウが言ってたにゃん」
「あーー。そう、そうなんだ。そうかもね。そうだよね」
「「そうにゃ(ん)!」」
あまりの笑顔の肯定に何も言えずというか、ここで話を元に戻したりするのは愚か者がやることだろうと、俺は頷きながらようやく彼女たちの可愛さを心から楽しめる気分になった。
まあ、幼馴染が恋愛対象から外れるなんて、どうしてそんなことになっているのかは知らないし、理解するつもりも肯定するつもりもないけど、両腕を強く自分の方へ抱え、両肩にすりすりをはじめたふたりが嬉しそうなのでいいとしよう。
「お城まで案内するにゃ」
しばらくすりすりをしていたイーニャにそう言われた俺は、両腕に天使が絡んだままベック・ハウンド城の城壁を潜り、街中へと足を踏み入れたのであった。
◆◇◆◇◆◇
一方、案内役を買って出たゴームとともに先に城へと向かっていたレウとラウラは、本城までの道すがら、合同軍の部隊状況を確認していた。
ベック・ハウンド城には総司令部が置かれていて、城は大森林からは70キロほど離れていたが、北からの情報は逐一狼煙などを使って届けられている。レウたちも密偵たちを各地に放ってある程度の情報は得ていたが、それでも刻一刻と変化する戦況を逃すまいとゴームに聞かずにはいられなかった。
「それで、ゴームはん。どんな感じや?」
「ついさっき、南からの部隊が第一目標地点に到着したとの連絡が入りましたな」
「ほうか。ほんで被害は?」
「ふーむ。被害ですかな。そういう報告はありませんな」
「ないんか……」
まるで被害がないことが想定外であるかのような言葉を吐き出したレウは前方の高台に建つ西洋風の大きな本城を見つめながら考え込む。
ラウラは考え込む妹の様子を気遣う素振りも見せずにゴームの言葉を聞いているのかいないのかわからない真剣な表情のままで、おとがいに手を当てた。
ベック・ハウンド城内の街の雰囲気や街中ですれ違う白狼以外の猿、熊、兎といった獣人たちには目もくれず、ふたりは真剣な表情のままゆっくりと歩いていく。
「作戦は順調。虫けらに我らの作戦が見破れるわけはないということですな。ハッハッハッハ」
黙り込むふたりを一瞥したあと、何か喋らずにはいられなくなったゴームはひとり笑い声をあげたが、ふたりが反応することはなく、思考の深海に沈んだような表情を崩すことはなかった。
レウの頭のなかでは、すでに拠点に敵がいることは確定していた。そして、それなら第一目標地点、つまりは洞窟から5キロまで部隊が行けば、敵に襲われる確率は高いと踏んでいた。
ゴームが言う敵が作戦を見破るかどうかという以前に、敵の数は不明であったが、ある程度は分散して潜んでいると考えていたのである。偵察という意味も込めて。
しかし、報告では敵と遭遇した部隊はいないし、被害もまるでないという。
それでも敵の数が多ければ多いほど洞窟付近に集中しているとは考えられず、わずかな希望、つまりは敵の数は思ったほどではないのかもしれないと結論づけようとして、いやいや、何かがおかしいと、レウは首を捻り見落としがないか、ここまで敵と遭遇しない理由はなんなのだと、また考えずにはいられなかったのであった。
2017/08/25 23:59 ルビがおかしかったのを訂正しました。申し訳ありません。