216 大森林での死闘⑥ ~後半戦の攻撃手段~
リーンハルト村を離れた俺たちはブルーリバーを出立してから3日目の夜を野営で済ませ、4日目の朝を迎えていた。
3日目の行軍は予定よりも先に進めていて、ベック・ハウンド城までは残り60キロ程度になっていた。
馬に乗っての移動ばかりで思い切り体を動かしていなかった俺たちは、旅の疲れというよりは、体が訛ってきているのではないかということの方に気を使っていた。
早朝からキャサリンとレイラは、さかんに屈伸運動を繰り返してから、顔を見合わせて口元を緩めたあと掛け声とともに飛んだり跳ねたりする。幼馴染3人も飛び跳ねているキャサリンたちを見て、軽く笑ってから草むらに移動、組手で汗を流す。
「おう。おう。元気にやっとるな」
「やっぱり、あなたたちには移動だけってのはつらいのね」
俺たちが軽く運動をしていると、いつの間にかレウとラウラが近くまできていた。ブラッド・リメンバー奪還作戦の行軍中も同じような感じだったので、ラウラは俺たちの状況を正確に言い当てている。
「あっ。レウさん。ラウラさん。おはようございます」
蛍が一番に気がつき、幸介の突きを左手で払って身を躱したところでレウたちの方へ声を掛けた。続いて蛍に蹴りを入れようとしていた俺も動きを止め、幸介も形だけ決めてから動きを止めた。
俺と幸介もレウたちと挨拶を交わすとキャサリンたちも気が付いて飛び跳ねるのをやめて近づいてくる。レウとラウラを中心に七星が集まった形である。
レウは、皆が集まるのを待ってましたとばかりに八重歯を見せてから口を開いた。
「この先15キロ程度のところに大平原がある。そこで4時間休憩を取るから、よろしゅうな」
相変わらずだな。今日もいつものレウ全開だな。なんか必要なことが抜けてない? という言葉が頭のなかで渦を巻いたが、レウが何を言いたいかは珍しく理解できた。
幸介とキャサリンは首を傾げて、何かを言い掛けたが、当事者である蛍が返答したのであわてて口を噤んでいる。
「はい。わかりました」
そう。あの秘密兵器の試し撃ちのことである。ここまでの道中でそれをしていなかったので、俺はすぐに予測し、判断して、理解できたわけだ。
俺が頷くと、幸介とキャサリンが近寄ってくる。
「おい。何をよろしくされたんだ?」
幸介が小声で話し掛けてきて、一緒に歩み寄ってきたキャサリンが私にも教えてとばかりに何度も頷くので、秘密兵器の試射だろと話す。
すると「おーーー。そうだったな。ガハハハハハ」「はいはい。そうでした。そうでした」とふたりは納得して、左右から俺の背中をパシパシと叩いたのであった。なんか妙に息が合っているな。まあ、どうでもいいけどさ。
◆◇◆◇◆◇
野営地をあとにして、残り60キロ先にあるベック・ハウンド城へ向けて出発した部隊は、レウが言った通りに少し進んだ大平原で休息を取るために止まった。
まだ、朝と言っていい午前9時ころである。兵たちのなかには、先に進まないことと長時間の休憩を訝しがる者もいたが、大きな混乱はなかった。
兵士の一部に理由を知って入る者がいたのか、これから俺たちというか、蛍が試し撃ちをするための準備に視線が集まっていた。そして、俺たちがレウを先頭に移動すると、そのあとを少し離れてぞろぞろと着いてきている。
ゴルフのトーナメントなどでよく見られる光景とでも言えばいいのか、いわゆる見学者というやつだ。
当然のように傭兵たちを率いておっさんも着いてきていた。
七星はレウたちを中心に平原の射撃予定場所に移動したが、他の見学者たちは少し離れた場所に陣取り、まるで花見か花火でも見る見学客のような趣を見せていた。さすがに酒は飲んでいないが、水筒から水を飲んだり干し肉とかパンなのか、口を動かしている者もいる。
射撃予定場所の前方は、見渡す限り木のような障害物は1本もなく、地平線がはっきりと見えていた。所々に草原があるが、ほとんどは土で、時折、涼を運んでくる優しい風のなかで薄い砂埃が踊っていた。
「ほんじゃ。行ってくれ」
「はっ」
レウが指示を出すと、応えた2騎が砂煙をあげながら俺たちの前方へ走っていく。ひとりは的にするのか1メートル四方くらいの大きさの鉄板を背負って、ひとりは細い縄を手にしている。
俺たちの側で、丸められた細縄が兵士たちが遠ざかるとともにするすると暴れては伸びていく。
細縄の片方の端を騎馬兵に持たせて、もう一方の端はレウの護衛でガタイのいいジャックの体に巻きつけられていた。
なるほど。これで4キロ地点を計るのか。用意周到なレウに感心すると、キャサリンが「あれは何をしているんですの?」と聞いてきたので説明する。
「あら。達也は賢いんですね」
『いや、俺じゃないから』とは言わなかったが、『あははははは』と苦笑しておいた。隣でふたりのやり取りを聞いていたのか、蛍が下を向いて肩をプルプルと震わせていた。
少し遅れて今度は数騎が駈け出した。俺たちの側にあった細縄のようなものを持っている兵士もいる。今度は何をするんだ? と見ていたら、レウが隣にいる蛍の前に歩み寄り説明をはじめた。
「あんな。実際は森やし、櫓の上からやからちょっと違うが……。的から4キロ離れた7方向から狼煙を挙げる。ほんでその狼煙の中心の的、さっき持って行った鉄板な、それを狙ってくれ。できるか?」
「なるほど。そういうことですね……。やってみないと……、いや、そうじゃないですね。成功させます!」
「うん。ええ、返事や」
最初は迷っていた蛍だったが、最後は強く言い放った。表情から察するに、今も兵士たちが自爆用の爆弾を持って森のなかを進んでいることでも思い出したのだろう。だから、ここで自分が役立たずになんてなれないと。
蛍は、きっとそんなことを思ったんだろうなと俺は感じた。レウは蛍の決意した顔を見てひとつ頷いてから顔を綻ばせた。
レウと蛍。ふたりだけに与えられた閉ざされた空間、ふたりの瞳に宿る研ぎ澄まされた力、成功させるという信念に裏打ちされた精神力は、傍で見て、聞いていた俺には眩しすぎた。
だいたい、すでに常人には果たせない領域に入っていて、蛍ができなくても当たり前というか、『そんなのできるかー』が普通の感覚である。4キロ先のほとんど見えない的と目印として挙がる7本の狼煙。
自分がいる場所を南とすれば、唯一狼煙を挙げない南と正面の北、左右である東と西という具合に、北東と南西などを結ぶ直線の交点。それを狙えとレウは言い、蛍はやると言う。
また何をしているのかと聞いてきたキャサリンに地面に絵をかきながら交点にある的を狙うんだと説明すると、目を見開いて驚いていた。そして、呆れたように肩を竦めて「すごいですわね」と呟く。うん、その感覚が普通だよな。
「あれっ? レウさん。さっき櫓とか言いました?」
俺はレウが実際とは違うと前置きしていたなかでの『櫓』という言葉をレウに確かめる。
「なんや、当たり前やろ。場所は大森林やで。10メートルくらいの櫓からやないと撃てないやろ。ビビリーナは近くの木を狙ってほしいんか?」
薄笑いを浮かべながら俺の顔を覗き込むレウに対して『辛辣なお答え、ありがとうございます』とは言わなかったが、とても後悔した俺は「あはははは、そうですよねー」と笑ってごまかすしかなかった。
10メートルというとビルの3階か4階か。蛍は高所恐怖症とかないから、大丈夫だな。いや、撃ったあとはどうするんだ? いやいや、威力は3キロと言っていたしな、囲んでいる鉄板もあるので、すぐに降りれば大丈夫か。俺の活躍の場はそこかな? とイメージを膨らませていく。
試射を行うことにより明かされていった攻撃手段。それは、少しの疑問は残したが、すでに出来上がっていた。
7方向から挙がる狼煙を目安に中心部へ蛍が矢を放ち、そして命中させれば戦いは終わる。蛍がアルテミスの聖弓を握りしめ、試射用の矢を番えるのを見ながら俺はそう思ったのであった。