213 大森林での死闘③ ~秘密兵器~
エドワードたちが部屋から出ていくと、室内の緊張感が少し解ける。結局のところ俺は会議では一言も喋らず、ティーンエイジャーで口を開いたのはレイラがレウに叱られたあの発言だけであった。
「お疲れさま」
ラウラが表情を緩め、また緊張感が解けていく。ようやくほっと一息つくかのように幸介が大きく伸びをした。
それが合図となって、皆が首を回したり、肩を上下させたりして緊張をほぐす仕草をする。優しいお姉さんの顔になったラウラは皆の様子を笑顔で眺めている。
緊張が解け、おだやかに進む休息のなか、待ちきれないと言った感じでレウが口を開いた。
「もう、ええな。あんなほたちゃん。今回は戦えるんか? まあ戦うとゆうても遠くから矢を撃ってくれればええんやけどな」
レウが聞いたのは俺もさっき考えていたことである。蛍は前回の戦いよりもあきらかにしっかりしていたが、戦えるのかどうかはわからなかった。でも、そうだよな蛍が戦えるかどうかは、前回もそうだったけど、今回も大きなポイントだな。
なにせ遠くからの精密射撃で爆心とその周囲に大ダメージを与える範囲殲滅は七星のなかでも蛍にしかできないからな。
「ええ。大丈夫ですよ」
蛍は自分が聞かれた内容に驚いたような表情を見せてからそれに反発するかのように強く答えた。いや、もしかしたら強がっているのかもしれないけど……、いやいやこの雰囲気は本当に大丈夫そうだ。
俺が受けた感覚が合っているのかどうかを確かめるために幼馴染に視線を移すと、幸介は蛍をじっと見つめてから、口元を緩ませた。あいつも俺と同じ感覚なら、蛍は大丈夫だな。
「すまんな。もう一度だけ聞く。ほんまに平気なんやな?」
「はい。レウさん。大丈夫です」
今度は笑顔とともに蛍は答える。黒髪の美少女の横顔も凛々しさを失ってはいない。本当に大丈夫なようだ。
視線を下に移して蛍の手元を見てみる。細く長い指をきれいに揃え、両腿を抑えて前後に揺すっていた。
もし、やせ我慢しているのなら俺のシャツを掴むとかこっちに手が伸びているか、もっと強く腿を掴んでいるだろう。
前の幸介に視線を送り二度頷いてから、俺は久しぶりに自分の声を聞くことになる。
「レウさん。ほたるは大丈夫です」
「ああ。そうだな」
すぐに幸介も同調してくれて、俺たちの方をじっと見つめたレウが肩の力を抜いて安堵の表情を見せた。
「ほうか。ほんなら少しは戦いが楽になるな。準備していて正解だったわけやな」
そう言うとレウは立ち上がり、傍に置いてあったケースをテーブルの上に乗せる。長さは1メートルくらいの長方形の箱だ。そして一度皆の方を見回してから、おもちゃでも取り出すような顔をしてケースを開いて1本の虹色に輝く矢を取り出した。
「これが今回使う秘密兵器や」
先の戦いで使った特殊な矢と同じような物なのだが、矢羽根部分がまったく別ものになっていた。前の矢の矢羽根は、おそらく鷲か鷹の三枚の羽根をつけた物だったが、今回のは矢羽根部分は矢尻や箆部分と同じように虹色に輝いていた。枚数は同じ三枚で、各羽根の先端部分は矢が進んだときに時計回りに回転する甲矢であった。材質も鳥の羽根ではなく、どちらかといえばステンレスのような質感だ。
「ほたちゃんに囲いの中心目掛けてこれを放ってもらえれば、周囲3キロ地下2メートルは一瞬でドカンやな」
「えっ!」
「なっ! 地下……」
相変わらず途中の説明を飛ばして美味しいところだけというか、結果だけをずばりと話すレウの言葉に蛍と俺が驚きの声をあげた。幸介やキャサリンたちも目を丸くして虹色に輝く矢を見ている。
結果も大切なことだけど、どんな仕掛けなんだよとかそもそも4キロ先の標的を狙えるのかとか、どうやって地下を攻撃するんだとか、いろいろなことが飛ばされていて俺は思わず呆れ果てて口元が緩んでしまった。
驚きと呆れが混ざったような表情をしているティーンエイジャーたちをラウラはお姉さんの顔で見比べている。ただ、決戦の前だからか、そこにいつものラウラ特有の包み込むような優しさが含まれていないような気がした。
「えっと。どういう物なのか説明してもらえませんか?」
「見てわからんのか?」
『わかんねーよ!』とは言わなかったが、イラついたと同時にいつものレウだったというか、諦めるしかないかというか、笑うしかないというか、なんとかしてくれ。そう思っていたら、隣に座る幼馴染が黒髪をふわりとさせて身を乗り出して、まじまじとレウが提示した矢を見つめてから桜色の唇を動かした。
「なるほど。これは極星鉱。矢羽根と筈巻部分に仕込んでいるということは、飛んでいるときにロケットみたいに噴射するのかな。あっ、だから4キロなんですね。それと地下攻撃のために矢尻にドリルを装着しているみたいね」
「そうや」
「それだけ!?」
蛍の説明に短く答えたレウに突っ込まずにはいられなかった。普通、なんかこうもうちょっと付けたしとか、それがなくても、せめて、『よくわかったな』『さすがやな』みないなのがあるんじゃないかな。見ただけで答えが出せるのって蛍だけなんだからさ。驚きの声を出さずにいられなかった俺の言葉にレウが反応する。別のベクトルで。
「なんや超天才のうちが設計した秘密兵器に文句があるんか? まあ実際に仕組み部分を作ったのは『はぐれもの姉妹』やけどな」
「いやいや、そういうことではなくてですね……。もう、いいです。分かりました」
「お、なんか久しぶりやな。ビビリーナがいじけとるの見るのは」
「「「アハハハハハハ」」」
いつもの食事時のような雰囲気になり、レウの軽口に皆が笑った。まあ、いいけどね。
それにしても、今回の秘密兵器はまさに『兵器』だな。あきらかに武器というレベルは遥かに超えた代物だ。
この前の戦いでもなんか知らないけど、蛍が放った矢は虹を作っていたし、ジェット噴射で距離を伸ばすのはなんとなくイメージできるけど、まさか地下まで攻撃するとはな。
そういえば地下を攻撃するミサイルって元の世界にあったよな。たしか……、そうそう地中貫通爆弾だ。それのアルテミスの聖弓用というか中央世界版みたいなものだな。
貫通させるのはコンクリートではなく土なので、威力は劣るけど地下へ潜りそこで大爆発させる。レウたちは敵が地下にいることも想定しているんだな。俺はゲームの世界じゃあるまいし、そんなことはないだろうと思っていたけど。
いや、まてよ。敵は洞窟にいるんだろ。それがどんなものか知らないけど堅い岩盤でも貫通するのか? 貫通して洞窟内の地面に潜ってから爆発するのか?
それに軍隊アリは巣を持たないやつらのはずで、地下に巣を持つのは想定できる敵ではオオスズメバチくらいか。いやいや、それは元の世界での話だ。元々アリの巣は地下ってのが普通だし、昆虫の親玉が地下へ基地を作ってもおかしくはないか。
「ほんなら、場はいいように暖まったようやけど、戦いの前やし、この辺でな。ほんで、明日出発となるが、ほたちゃんは秘密兵器での試し撃ちをどこかでやっておいてな。練習用のも作ったから」
「はい。わかりました」
本当に抜け目がないというか、なんというか。ここまで用意していて負けるわけはないんじゃないか、というか楽勝だろう。俺たちは何もしなくても……、いや俺たちレベルでやることはないんじゃないか。
そう思った俺であったが、すべてを理解して、想定していて、予測しているはずのレウたちが、それでも油断するような態度は一切見せずに戦いに挑もうとしている。それは何故なのか。この疑問が心のどこかでひっかかり続ける俺だった。
こうして、この日の会議は終了してしまうのだが、俺がこのとき抱いた秘密兵器の効果などに関する疑問はベック・ハウンド城への移動中にレウやラウラから聞かされるまではお預けとなってしまうのであった。まあ、いつものことだけど……。