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世紀末の七星  作者: 広川節観
第四章 闇と光の世界
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207 黒の狼煙

 ゴドルフからとんでもない防衛策を聞いた翌日。俺たちは今日も今日とて壁外の訓練場で汗を流していた。


 真上から照りつけるような日差しと時折感じるさわやかな風は、いつもの中央世界(セントラルワールド)である。もちろん戦いの準備に忙しいレウとラウラはブルーリバーに残っていて、訓練場まで来ているのは昨日と同じメンバーである。


 キャサリン、レイラ、幸介は3人で組手をしていて、蛍は昨日と同じようにアルテミスの聖弓(ホーリーアルテミス)に矢を番えている。


 俺はアポロンの光剣(ポイボスソード)を握り、雷撃剣の攻撃範囲と強さを確かめていた。


 その時、大きな声が周囲に響き渡った。何事かと皆が動きを止めて声をする方に視線を送る。


 「隊長。黒です。黒の狼煙があがりました」


 猛スピードでこちらというか、ゴドルフの方へと疾走してきたと思われる兵士が声が届く範囲で馬を止めて叫んでいた。ゴドルフは俺たちから少し離れた場所で、昨日と同じように北の空を睨んでいる。


 『なにっ! 敵が攻めてきたのか?』


 そう思った俺は、一瞬身構えて辺りを見回し、それから目を細めて、北の方角を見つめた。


 なんの変化のない、いつもと同じ光景であることを確認した俺は、小走りでゴドルフの下へ向かう。蛍や幸介たちも訓練を中断して同じ場所へ走りだしていた。


 「よしっ! 黒だ。黒の狼煙を挙げろ!」


 「はっ!」


 ゴドルフは『何事か?』と思った俺たちが駆け寄っているのには気が付かず、自分の家の傍に待機していた兵士に向って声を上げ、兵士はそれを受けて黒の狼煙を上空へと靡かせた。


 「何があったんだ!?」


 本当は『敵なのか?』と聞こうとしたが、兵士が狼煙を挙げたのを見て言葉を替えた。敵だったら、ここで狼煙なんか挙げずに攻撃するんじゃないかとか、いや、ブルーリバーに報告するのが先なのかと余計なことが頭を過ぎったからである。


 ようやく俺たちに気が付いたゴドルフが息を切らしている皆を見て、表情を緩めた。


 「これはみなさん。どうなさりました?」


 「いや。どうなさりましたじゃなくてさ。黒の狼煙って何かあったのか?」


 持っていたアポロンの光剣(ポイボスソード)で殴りたくなったが、グッと我慢してもう一度聞く。


 キャサリンとレイラが「やれ!」と顎と視線で命令していた。それを見て蛍は可愛く噴き出して口元を抑え、幸介はそんなことは無視してゴドルフに強い視線を送っている。


 昨日、ゴドルフは確かに言っていた。敵が攻めてきたら狼煙が挙がり3万のレウ特製爆弾が爆発すると。それなのになんだコイツの嬉しそうな顔は……。


 そんなことを考えていたら、ゴドルフは俺たち、特に俺とキャサリンとレイラの予想の斜め上の笑顔を見せた。


 「白狼軍のやつらもラウラ様の偉大さを感じ、ラウラ様とともに戦える喜びを考えたのでしょう。そうですよね、当たり前のことです。いや参戦することこそ生ある者の喜びですな。なにしろあの、あの、あのラウラ様とともに戦えるのですから。それでも、もし、断るようなことがあったら儂がじきじきに出向いていって、叩きのめしていたところですな。ガハハハハハハハ」


 ウザい。


 ただただウザいはコイツ! でもなんだって? コイツがのたまったのは白狼軍が、フレイムたちが参戦を決めたってことなのか? 本当ならやけに早いな。それに、それがなんで狼煙で伝わるんだ?


 少しの殺意と多くの疑問が湧き上がるなかで、俺はゴドルフが何を言っているのかが分からないという顔をしているキャサリンとレイラに視線を送った。


 コイツの言っていることが本当なら、白狼軍への使者は俺でもキャサリンやレイラでもなかったようである。


 そして、まあ、分かっていたことではあったが、心のなかの俺が盛大に肩を落としていた。キャサリンとレイラも少しは期待していたようで、次第に状況を飲み込んでいき表情が曇っていく。


 「あはははは。レウさんたちは本当に凄いね」


 蛍が皆を代表するかのように、レウたちの笑うしかない手際のよさに、本当に声を出して笑ったのであった。


 ちなみに、これはあとで分かったことであるが、ゴドルフが挙げた狼煙はブルーリバーに届き、すぐさま待機していた荷馬車隊がベック・ハウンド城へと出発した。もちろん積荷には、特殊防護服と鉄板や鉄板にセットできる網が大量に積まれていたのであった。


 また、レウたちが行った電光石火のような白狼軍への参戦要請と狼煙の意味は、俺たちはしばらくあとにレウから「そんなん、当たり前やろ」といった枕言葉とともに教えてもらえたのであった。



  ◆◇◆◇◆◇



 少し時間は戻り、達也たちの訓練場所に黒い狼煙が挙がる6時間前のベック・ハウンド城。午前8時過ぎである。


 その日も朝から城の主であるフレイム・バレットを中心に、重臣たちが集まり作戦会議が行われていた。もちろん想定している敵は竜王国軍で、ベアノル・コロシアム城陥落後は、朝の会議は定例となっていた。


 「それで、敵の動きはどうだ?」


 「はっ。まったく動きはありません」


 すでに同じやり取りを数日間連続で行っていた。ここまではお約束のような展開だったが、さすがに毎日だとあくびを噛み殺す重臣たちもいるほどであった。


 竜王国軍は、主力部隊が去ったあとはベアノル・コロシアム城を中心に大陸を帯状に支配し、その地域の維持だけを行っていた。もちろん南を攻めるようなことはしていない。一部、ならず者の部隊が南へと動いたが、それは竜王国の総意ではなく勝手な振る舞いであり、跡形もなく消え去っている。


 「姫様。人類からあんな兵器を譲り受ける必要はありませんでしたな」


 気が緩んだ重臣のひとりの口がすべってしまう。フレイムが眉を上げ、ゴームが顎髭を撫でていた手を止めてキッと睨みつける。だらけていた場に緊張感が走り、出席者全員が威儀を正すと、口がすべった重臣は慌ててペコペコと頭を下げた。


 「こ、これは失礼いたしました。申し訳ありません」


 「ふむ。我ら誇り高き一族は、妾は、二度と敵に屈することはない。ならば油断こそ大敵だ。ちょっとした綻びから我らの誇りが詰られることは断じてあってはならないのだ」


 強い口調で言い放ったフレイムに、ゴームは深く頷き、他の重臣たちは信頼と尊敬の眼差しを主へと向けた。


 会議場にわずかな静寂があり、タイミングよくというわけでもないが、その隙をつくかのように会議室のドアが開き、ひとりの兵士が直立姿勢を取った。


 「失礼いたします。ラウラ殿から火急の書状がまいりました」


 何事かと会議の出席者も、周囲に警護として立っていた兵士たちの視線も、ひとりの兵士へと注がれた。


 「そうか。これへ」


 兵士はフレイムの元に行き、書状を渡すと踵を返して会議室から出ていく。


 フレイムは真剣な表情のままラウラからの書状を開いて目を見開いた。書面を目で追うフレイムの両手がプルプルと震え、次第に大きく揺れていく。


 「姫様。なにかありましたかな?」


 そんなフレイムの様子を見かねたゴームが声を上げた。他の重臣たちは一様に顔を見合わせて首を傾げている。


 「あいつらが……。くそっ!」


 表情を強張らせたフレイムが吐き捨てる。数秒後、重臣たちの視線を集めていることに気が付いたフレイムは、立ち上がってこう言った。


 「我らはこれより、人類との共同作戦に入る。敵は我らの洞窟を奪った昆虫軍だ!!」


 「なっ! なんですと!! ばかな……」


 ゴームが立ち上がり、前のめりになる体を机に両手を乗せて支える。首を傾げていた他の重臣たちも腰を浮かせたり、机に乗せていた手で握り拳を作っている。立ち上がり、わなわなと震えている者もいた。


 前将軍の仇である昆虫軍が生きていたことと再起を図った洞窟を奪われたという二重の驚きと屈辱は彼らを奮い立たせるには十分であった。


 そのあとフレイムは自分と重臣たちを落ち着かせて、書状に認められていた人類との共同作戦の詳細を語り、全員一致で同じ道を進むことを決めたのであった。


 もちろんフレイムの決断、昆虫軍との戦いに参戦することに意を唱える者はひとりもいず、逆にすぐに洞窟に攻め入ろうと進言して、フレイムとゴームに諌められるシーンまであった。


 結論が出るとゴームは、レウの配下の者に白狼軍の参戦を伝え、伝えられた者はすぐさま黒の狼煙を挙げたのであった。


 ベック・ハウンド城から挙がった狼煙は、各地の拠点、あるいは拠点の近くの高台で待機している者が次々と引き継いだ。


 ある場所ではすぐに狼煙を挙げ、またある場所では兵が馬に乗って次の拠点へと報せに走った。


 こうして「白狼軍参戦」の報せは、フレイムが決断してから数時間後にはゴドルフの元へと届いたのであった。


2017/7/5 14:30 以下、修正しました。

あくびを押し殺す→あくびを噛み殺す


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