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世紀末の七星  作者: 広川節観
第四章 闇と光の世界
205/293

205 それぞれの準備

 2日間に渡る会議の結果、大森林に巣食うとされる昆虫軍への殲滅作戦、人類が取るべき道が決まった。


 会議の最後にラウラが語った『たとえ、これが人類が滅びる第一歩であったとしても』というのはとても気にはなったが、だからと言って俺が何かをできるわけでもなかった。


 それにさすがにそれは大げさなのではとも思った。今回の作戦の選択はそれほど重要なことなのか? 確かにあの昆虫軍が生き残っているなら、潰さなければいつか人類が滅亡させられるというのはわかるが……。


 もともとレウとラウラはかなり昆虫軍を恐れていたが、それにしても違和感があった。B案、つまりは敵がいそうな周囲3キロを大きく囲って逃げられないようにして殲滅する戦い方で十分ではないのか? そこに何か人類が滅亡するような落とし穴があるのだろうか?


 俺には何故か、大きな流れに身を任せている感覚がどこかにあったが、それでも時は待ってはくれない。やはり、手遅れにならないうちに、前に進まなければならないのだ。


 それに先の戦いの方が状況は遥かに絶望的であった。数百年守ってきたのに簡単に破られた壁、想像を絶する敵の数、全滅したブラッド・リメンバー。逃げ回るという選択肢だけが残っているようなものだった。それでも俺たちは勝ったんだ。今回の大森林での戦いもきっと勝てるだろう。いや、勝つんだ。


 会議から戻り、ベッドに入って、眠る前にそんなことを考えた俺であった。



  ◆◇◆◇◆◇



 翌日。


 人類はというか、ラウラは昆虫軍との戦いに備えて忙しく動きはじめた。


 七星での朝食のあと、同じ食堂でラウラは先の戦いで活躍したグスタフをはじめとした主だった部隊の隊長たちを集めて会議を開いていた。


 俺たちティーンエイジャーは、その会議には参加せず、いつものように壁外の訓練場へと向かう。今後の方針を決めるわけではなく、決まったことを進めるための手段を伝えるだけだからというのが俺たちが参加しない理由であった。いわゆる事務的な話というやつである。


 それは普通に納得できたし、前の昆虫軍との戦いでも、ラウラが群衆を集めて演説したときでさえ俺たちが参加を促されるようにことはなかったし、会場にゴドルフたちが来ることさえ知らされていなかった。それについて、皆から不満が出たこともない。


 こと1対1の個が重要視される格闘戦とは別の大戦的な集団戦については彼女たちの方が遥かに慣れているし、優れている。俺たちがいても何もできず邪魔にしかならないのも納得していた。


 きっと会議のあともラウラは昨日の最後に皆に語ったように『全力を尽くして』戦いの準備を進めていくのだろう。


 俺としては、ベック・ハウンド城への使者に立てればいい、いや立ちたいとは秘かに願っていて会議の席では言ったが、これ以上しつこく立候補することはできなかった。


 白羽の矢が当たれば、ふたつ返事で行くつもりだが、そうなるのかどうかは分からない。というか、たぶん別の人がいくのだろう。


 あのブラッド・リメンバー奪還作戦後の歓待時、俺に取ってはめくるめく倒錯の世界の最中には、ラウラとフレイムはほとんど同席していたし、いろいろな話をしたことくらいは俺も見ていたので想像できる。


 本当だぞ。いくら猫耳メイドたちのアタックが激しく、回りなど見ている暇はない状況だといっても、それくらいの余裕はあるものだ。もちろんどんな話をしたのかまでは分かるわけがないのだが。あのときに彼女たちは親睦を深めている。きっとラウラの書状だけで、参戦を決めるだろう。


 さて、兵士たちに指示を出すなどして忙しく動き回るラウラに対して、レウは朝食後は会議にも出ずに部屋に戻っていった。きっと、彼女は彼女なりに頭を使う戦いをしているのだと思う。それがどんなものかは俺には分からないが、戦略的な作戦を考えているのかもしれないな。


 ティーンエイジャー5人と、蛍の護衛のルークとニコラスと一緒に訓練場所へと向かう馬上で俺はそんなことを考えていたのだった。



  ◆◇◆◇◆◇



 その日は、各自の特殊武器を使っての訓練に気合が入った。いかに威力を高め、広範囲に攻撃を仕掛けるかを重点にそれぞれが武器を振るった。


 特に蛍は普段なら使わないアルテミスの聖弓(ホーリーアルテミス)を持ち出して、より遠く、より正確に当てる訓練を行っていた。


 いつもなら2キロ程度なのだが、3キロを超えた位置まで的を持ったルークたちを遠ざけて射撃しているようであった。


 たしかに周囲3キロを囲って円周から中心部に向って蛍の高火力の矢を放つのが一番効果的な攻撃方法だろう。それに敵が中心から奥へ逃げても倒せるように狙える距離を伸ばしているのかもしれない。蛍はきっとそんなことを考えているんだな。


 そういえば、敵は洞窟にいる可能性が高いとかいっていたけど、それってどんな洞窟なんだろう? もしかして、上だけ狙ってもというか吹っ飛ばしてもだめな構造とかか? ダンジョンのように地下への階段とかあって潜っていかないと倒せないとかなのか?


 いやいやゲームじゃないんだし、そんなことはないだろう。あっても、鍾乳洞のようなものだよな。それなら蛍の矢の火力なら一撃で粉砕できるだろう。


 剣を振るう手を止めてそんなことを考えながら蛍の訓練を見ていたら、蛍が一休みするのか木陰へと向かっていったので、俺も丁度いいかと歩きはじめる。


 「狙う距離を伸ばしていたんだな」


 「あっ。うん」


 声を掛けると、俺に気が付いた蛍が、体育座りをして、手で顔に風を送りながら頷いた。ところどころ水分を含んだきれいな黒髪が艶を帯びている。


 「おう。お前らも休憩か」


 「ああ」


 「うん」


 そこへ幸介が来て、蛍と俺は短く答え、そのあと自然と蛍を中心に右側に俺、左側に幸介が座る。幸介は両手を後ろに回して体を支え、上を向いて一息吐き流れる汗を振り払うように首を振った。


 「あはっ。なんか懐かしいね」


 両隣に座った俺たちを感じて、蛍がキャサリンとレイラが戦っているのを見ながら笑顔になった。


 「そういえば、昔はよくこんな風に3人で並んで休んでたな」


 元の世界では、広めの公園というか野原みたいな場所で3人で組手の訓練をして、合間に木陰に腰を降ろしてくだらない話をしていたことを思い出す。あのときは目の前で子どもたちが走り回っていたよな。


 「そうだな。あのとき、ほたるは『こけし』だったよな。ガハハハハハ」


 「あははははは。そうそう。前髪ぱっつんで、みんなにこけしとかクレオパトラとか言われてたっけ」


 「もう。ふたりともなに変なことを思い出しているのよ」


 少し顔を赤らめた蛍は、俺たちふたりの上腕にグーを当ててぐりぐりする。別にそれほど痛くはないので、ふたりは前を向いたまま「可愛かったよな」「そうだな。あれはあれでほたるらしかったよな」などと戯言を言いながら、蛍のしたいようにさせておく。


 そのあと蛍は自分だけでは嫌だと思ったのか「キャサリンは縦ロールが似合いそうだよね」とか「レイラも髪を伸ばしたほうがいいのにね」とかあれこれと彼女たちの髪型へと話題を振っていた。


 俺も幸介も女性の髪型に興味というか、よく知らないので蛍が話題をキャサリンたちに振るたびに「いやでもほたるのこけしのほうが可愛いぞ」とか、「そうだよなクレオパトラの美しさには負けるな」などと言って蛍をからかった。


 「もーう。ふたりとも、許さない!」


 口を尖らせて怒り、「こいつめ!」「こいつも!」などと言いながらぐりぐりを強くする蛍。


 「「「あはははははは」」」


 そのあとはいつものように3人で顔を見合わせて笑った。


 こうして俺たち3人は、ここが中央世界(セントラルワールド)であることも、目前に迫った昆虫軍との戦いのことも忘れて、しばらくの間、たわいもない話を続けたのであった。


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