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世紀末の七星  作者: 広川節観
第四章 闇と光の世界
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204 決まる作戦

 大森林に巣食う昆虫軍への対策会議は2日目に入っていた。1日目に七星のなかから強い反対意見が出てしまったからである。


 2日目も最初のうちはまとまる気配がなかったのだが、反対していたキャサリンとレイラに白狼軍との共闘作戦が提示され、会議の場が動き出そうとしていた。


 俺が気が付いたというか、わざと変化を起こそうとした結果である。俺は、キーワードが出るたびに彼女たちの様子を注意深くチェックし、そしてついに彼女たちに大きな変化が起きた。


 一貫して森を完全に破壊して安全な策を取ろうとしていたレウに対して、キャサリンが反対はしたのだが、そこに条件をつけていたのである。


 「小さい範囲ならまだしも」と。


 これは彼女が意識して語ったのか、それとも無意識に出てしまったのかはわからないが、おそらくキャサリンなら後者だろう。


 すでにキャサリンのなかでは、大森林を焼き尽くすことはNGでも、一部ならいいかという気持ちが生まれてきていた証拠であった。一部といっても中心から半径3キロの円なので結構広大だ。昨日なら、白狼軍との共闘作戦の話がなければ、キャサリンが反対の姿勢を崩すことはなかったはずだ。


 キャサリンの無意識の譲歩に気が付いた俺は、この機を逃すわけにはいかないとB案、つまりは白狼軍の手を借りて、標的がいる可能性が高い洞窟の周囲を包囲して内部を壊滅される案に絞って話を進めていく。


 「レウさん。ならばB案を採用するのはどうですか? A案よりは危険が伴いますけど、レウさんが99%というのだから間違いはないでしょう。B案で、敵が標的にいるなら南側や東側は、森を焼く必要はないし。それに、白狼軍、いやフレイムさんへの援軍要請なら俺とキャサリンたちだけでも大丈夫です。ブラッド・リメンバーではお世話になったし、気軽に話せる仲ですし、いつでも来てくれと言われてますので」


 そこで俺は言葉を飲んだ。もちろん飲んだ言葉は『イーニャたちに会えるので俺が行きます!』だったけど。


 キャサリンとレイラは俺の言葉に耳を立て、目に力というか、キラリと光ったというか、とにかくそれまでとは違う身を乗り出す格好で、話の行方を気にしている素振りを見せている。


 人的被害を考えて森をまったく焼かないC案に反対していた蛍と幸介は、キャサリンたちがA案は頑なに反対しているし、それならB案しかないなと考えているようだった。もちろん裏の事情までは知らないだろうが、俺の言葉を素直に受け止めて小さく頷いている。


 「B案か……。キャチャリンちゃんもさっき『小さな範囲ならともかく』と言うてたということはB案ならええようやし……。レイちんはどうや? それでええか?」


 レウの言葉を受けてレイラに視線が集まる。レイラはいったん目を瞑って少し考えてから、落ち着いた声でしゃべり始めた。


 「昆虫軍を倒さないといけないのは分かっていますので、それなら仕方がないですね。ただし、できるだけ森林破壊をしないような作戦をお願いします」


 最後の抵抗でただしを付けてはいるが、レイラもB案なら、つまりは多少は森を焼くことなら仕方がないと折れたようだった。


 「敵さんがな、『こんにちは』って出て来てくれれば、うちかて森を焼こうとは思わんな。けどそれは100%ないやろ。そやからある程度の破壊や焼却は仕方がないという作戦を立てるで」


 レウはレイラの言葉を受けて、念を押すというか、作戦立案上、森を焼くがいいかとレイラとキャサリンに尋ねるように確認した。


 ふたりとも声は出さなかったが、揃って頷いた。そのあとキャサリンは右手を口元に添える。


 何かを考えているようにも見えるし、欠伸を堪えているようにも見える。いや、違うな。緩む口元を隠しやがったな。きっと、それだ。


 俺が刺すような視線でキャサリンを見たら、一瞬、目が合ったキャサリンは、速攻で視線を逸らし、今度は両手を頬に当てて押さえていたから間違いない。


 普段からポーカーフェイスが上手いというか、喜怒哀楽を表に出さないレイラは口を真一文字に閉じるのに力を使っているのが微妙にわかる。でも、レイラはさすがだな。俺が注意して見ていからわかるので、そうでなければきっと見分けはつかないだろう。


 「B案か……。B案な……」


 レウがそう呟いたあと、意を決したようにラウラの方へ声を掛けた。


 「姉さん。B案でええな?」


 会議の間中、難しい顔をして腕を組み目を瞑っていたラウラは、レウに訊かれても微動だにしなかった。まるで寝ているかのように。


 しばらくの間であったが、沈黙が場を支配した。


 レウもじっとラウラを見つめているだけで、再度声を掛けたりはしていない。せっかちなレウにしては、珍しい行為である。


 一貫してA案を推していたレウたちは、B案をかなり嫌がっているようであった。それが、ラウラに返事をさせない理由かどうかはわからなかったが。


 普通に考えるなら、99%敵のいる場所がわかっていて、そこを包囲して殲滅するというのは、広大な大森林を焼き尽くすよりも、現実的な作戦に思える。ベック・ハウンド城の援軍を頼む、頼まないに限らずだ。


 それでもレウたちは四国よりもふた回りくらい小さな範囲をすべて焼却するという尋常でない作戦にこだわっている。他に何か理由があるのだろうか?


 「よしっ!」


 沈黙を破り勢いよく立ち上がったラウラの声に皆が反応する。正直、ちょっとびっくりしたし、前の席に座っている幸介、キャサリン、レイラも目を見開いてラウラを見つめた。


 「この選択は人類にとってとても重要なことのような気がしてならない。ならば我がやることは再度、問うことだ。悔いが残らないようにな。……そうだな。まずは紅達也! 貴君はA案とB案、どちらを取る?」


 いきなり軍人に変身したラウラ。いや、目を瞑っていたのでわからなかったが表情は堅かったので、すでに軍人ラウラだったのか?


 ラウラはこれからどちらの作戦を取るかをひとりずつ確認していくのか。さらにその一番手が俺か。運が悪いな。数学の教師に難しい問題を当てられた気分がした。


 すでにB案を提案していた俺であったが、ラウラの言動が緊張を誘い少しためらってしまう。本当にB案でいいのかと。


 それでもすぐに登場したイーニャたちの笑顔が俺の逡巡を打消し、俺は自信をもって声を出す。


 「B案でいいと思います」


 B案で問題ないはずだ。さっきも頭のなかの結論はB案だったんだ。きっと上手くいく。俺はそう考えて前を向いた。


 「そうか。分かった。では、次、入来院蛍。貴君はA案とB案、どちらを取る?」


 「あたしもB案です。でも、取り囲むまでに犠牲者がでないようにしたいですね」


 「ああ。そうだな。しかし相手がいる戦いだからな。すべて上手くいくとは限らないが、最善は尽くすつもりだ。では、次、久坂幸介。貴君はA案とB案、どちらを取る?」


 ラウラはそのあとも同じように、キャサリン・オールコック、レイラ・イワノフ、エドワード・オールコック、ダスティン・ベケットとひとりずつ聞いていき全員がB案を採用したのを確認する。


 そして、最後に皆に順に訊いている間中、暇そうにツインテールを弄んでいたレウと視線を合わせて頷き合った。阿吽の呼吸とでもいうのか、おそらく姉妹にしかわからない間があった。


 「よし。それでは全員一致で対昆虫軍殲滅作戦はB案で決定だ。そして、これは大げさでもなんでもなく人類の総意となる。つまり、たとえ、これが人類が滅びる第一歩であったとしても我らに悔いはない。あとは全力を尽くそうじゃないか」


 そう締めくくったラウラの目は真っ直ぐに前を向き、燃えるような闘魂を纏い、今にも剣で敵を薙ぎ払い、斧ですべてを打ち砕き、溢れ出る魔術で敵を殲滅する戦いの女神のようであった。


 こうして揉めていた対昆虫軍の作戦会議は、軍人ラウラの言葉を最後に閉会となったのであった。


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