203 まとまりつつある流れ
大森林にいる昆虫軍の親玉を始末するための作戦会議は、レウから提出された想定被害者数を含めた3つの作戦案が議論されたが、キャサリンとレイラが首を縦に振ることなく続いていた。
彼女たちもきっと頭では分かっているのだ。森を焼いてでも昆虫軍は始末しなければならないことを。ただ、森を焼きたくない、自然を壊したくないという思いが強く、森を焼き尽くすというレウの案を前に黙っているわけにはいかなかったのだろう。
そんななかで俺はあることに気がつき、レウに質問する。
「レウさん。それぞれの作戦の陣容と俺たち七星が何をどうするのかを説明してもらえますか?」
「どの作戦で行くかを決める前にか? そんなん必要なんか? まだはっきりは決めてへんけどな」
「はい。それで構いません。お願いします」
隣で蛍が首を傾げていたが、俺にはひとつの確信があった。
レウがこれから話す内容が頑なに反対しているキャサリンたちの気持ちを揺るがすことになることを。きっとなる。もし、俺が彼女たちの立場にいて、レウの話を聞いたら心変わりする内容のはずなのだ。
真っ直ぐにレウを見つめている俺に対して、ひとつ肩を竦めてからレウは、各案を実行するときの作戦内容を説明しはじめる。
「ほんなら、まずはA案やが、これは兵力を8つにわける。大森林の外側8方向に兵を配置して一斉に火を放つ。敵がどこから出てくるかはわからないが、大森林の奥にいてるだろうから、昆虫たちのほとんどは焼け死ぬやろ。親玉もそのまま死ねばええが、もしも逃げてきた場合を考えて7英雄は各部隊にひとりずつ配置し、ひとつ足りない場所はゴドルフとダスティンのふたりに担当してもらおうと思うとる。それと北西にいてる可能性は高いんで、そこは姉さんにお願いするつもりや。これが最も安全に勝つ確率の高いA案やな」
レウにしてはものすごく丁寧な説明だった。今日のレウはいつもと少し違うようだ。昨日のキャサリンとレイラの猛反対はレウには堪えたのかもしれない。
俺もA案の内容はなんとなく想像がついていた。これでは彼女たちの心を揺るがすことはできない。事実、不満顔をひとつも変えずに、レイラは聞いているふりをしているだけのようだし、キャサリンにいたっては始終よそ見をするなどして体が聞くことを、説得されることを、拒否しているようだった。
「分かりました。それでB案はどんな感じなんですか?」
レイラとキャサリンを一瞥した俺は、レウに続きを催促する。おそらく俺が思った通りなら、ここからが重要なのだ。
「ああ。B案は「標的」とした洞窟を中心に半径3キロを鉄板で囲む必要がある。これは簡単にはできんし、A案よりも兵力が必要や。なぜなら大森林に分け入って半径3キロの地域を鉄板で覆う作業、いわゆる前段階が大変やからな。そやから、おそらく人類の兵だけでは足りんので、ベック・ハウンド城の白狼軍に援軍を頼むつもりや。そうやな20部隊程度に分けて外周から森林内に入っていく形になるやろな」
ビンゴ。やはりそうだったか。俺は内心ではそう叫んでいたが、レウの話が続いていたので大人しくしている。ただ、レイラとキャサリンが「ベック・ハウンド城」に微妙に反応していたのだけは見逃さなかった。
「ほんで、この策だと周囲を囲むことさえできれば敵の居場所を限定できるので7英雄はベック・ハウンド城で各部隊の状況を掴みながら待機し、用意が整ったらあんたらとうちらの術で内部を徹底的に壊滅させるつもりや。内部にいる敵を確実に仕留められるようにな」
レウが一呼吸置いたところで、俺は口を挟む。この会議を、この作戦をまとめるためにはとても重要なことなので、ここははっきりさせておくべきだと。
「それってフレイムさんと話はついているんですか?」
「いや、まだや。ほんでもやつらも昆虫軍相手なら乗ってくるやろ。……まあ、断られる可能性もないとはいえないがな。そやから、A案が一番やってことなんやけど」
もともとA案を取ろうとしていたのだし、レウたちもさすがに白狼軍への協力要請までは話を進めていないようであった。ならば、俺が確認しておくべきことはひとつだ。そして、これが彼女たちの心を大いに揺さぶることになるだろう。それは間違いないはずだ。
なぜかといえば、俺でさえも彼女たちとは別の高揚する気持ちを抑えるのに精神力を使う必要があることなのだから。
「そうすると、もしB案の作戦を取るなら、俺たちはすぐにベック・ハウンド城へ移動するというか、拠点を移すとかになるんですか?」
「うーん。戦いの前にはそうなるやろうけど。すぐにとはいかんかもな。そやけど、それ、重要なことなんか?」
「あー。そうですね。そうですよね。分かりました」
質問に質問で返してきたレウの問いは流しておいて、俺はふたりで顔を見合わせていたキャサリンとレイラに視線を送った。俺と視線が合ったふたりは、すぐに視線を逸らし、俯き加減に下を向いて頬を少し赤らめている。
さっき、俺がすぐにベック・ハウンド城へ拠点を移すと言ったときに、彼女たちが身を乗り出すようにピクッと反応し、レウの言葉を待ってがっかりしたように椅子の背に体を預けたのを俺は見逃していない。
そのあとレウは「ほんなら最後のC案はな~」と説明しはじめたが、すでに彼女たちは内容を聞いていないようだった。
今、彼女たちの頭のなかでは、あのどうでもいい黒服たちと自分たちの森を愛する気持ちが戦争をしているはずだ。ここまでくればあとはたとえ小さな理由でもそれが見つかれば彼女たちは折れる。いや、流れに身を任せるはずだ。それでもいいかなと。あと一押しだ。
レウが語ったC案は、B案と同じように白狼軍の手を借りて、とにかく大軍で大森林を包囲したまま、敵を捜索する。そして見つけたところで、7英雄が急行して倒すというものであった。これは内容を聞いただけだが、どれだけ被害が出るかは想像に難しくなかった。
こんなもの、敵がいた場所が遠ければ遠いほど、見つけた部隊が全滅する確率は高いし、急行している間に敵が動けばまた振り出しに戻る。それでは被害者を増やすだけで捜索部隊がいくらいても足りないだろう。
「C案はないですね」
レウが語り終わったところで、一拍の間があったので、俺は声を出した。
「うん。ちょっと無理があるよね」
「ああ。それではいくら兵がいても足りないぞ。昆虫たちのように億単位でいれば別だけどな。ガハハハハハ」
俺が強い口調で発言したら、隣と前にいた幼馴染たちが、俺の意見を後押しする。俯いて頬を赤らめていたレイラとキャサリンは小さく頷いたようにも見えたが、まだ抵抗しているようでもあった。
「そうやな。森林破壊を最小限に考えるとC案になるんやけど、人的被害が大きくなる確率が高すぎやな」
レウが森を焼かないという案は人的被害を考えれば無理だという結論のようなことを語ったが、レイラとキャサリンは反応しなかった。昨日までのふたりなら、ここで「それでも」という言葉が出たはずである。
間違いない。彼女たちの頭のなかは、今、戦いの最中だ。どうでもいいやつらが勝つか、森林愛が勝つか。いや、そうではないか。すでに流れに身を任せようとしているから反応しなかったのか。
よし。止めを刺そう。俺はそう思って再び立ち上がった。
「A案か、B案か。どちらかということになりますね」
「うちは、森林破壊は悪いことかもしれんけど、前に話した通りにこの世界は箱庭で、実際にやっても世界は変わらないと思っている。そやからA案で行きたい。いや、A案で行くべきだという考えは今も変わってない。それに……なにより最も危険がない策やからな……」
レウにしては最後のほうの歯切れが悪かったが、おそらく素直な気持ちを吐露したからだろう。しかし、これに対しては、彼女たちには抵抗するべき理由が増えていた。レイラが口を開く。
「人類に取っては危険が少ない道ですけど、あれほど広大な森を焼き尽くすのはやはり賛成できません。木々に守られた世界で生きていた者としてはどうしても納得できないんです」
「ええ。わたくしもですわ。小さい範囲ならまだしも、あれだけの大きさをすべて焼き尽くしてしまうことは、どの世界でも人が、人類がやることではないと思いますわ」
キャサリンの言葉を聞いて、俺は話がようやくまとまるなと思った。知覧姉妹もキャサリンの譲歩に気が付いたようであったが、そのあとラウラは小さなため息とともにゆっくりと目を閉じたのであった。