202 3つの作戦案
大森林に巣食う昆虫軍と戦う作戦を議論した7英雄会議。それは、広大な森を焼き尽くすというレウの作戦案にレイラとキャサリンが猛反対したことによって、まとまることなく終わった。
翌日の夜。再び同じメンバー、7英雄とエドワードとダスティンの9人が集まり会議が開かれることになった。
日中、俺たちティーンエイジャーは日課である訓練の合間などにこの問題について話し合っていた。しかし、いつもならまとめ役というか、皆をひっぱる蛍がほとんど会話に入らなかった。当然のように賛成か、反対かはまとまらず、キャサリン、レイラの勢いに幸介と俺が押される形で終わっていた。
素直に反対の立場を取れば良かったのかもしれないが、どうしても昆虫軍は叩かなければならないやつらな上に、森を焼かずに大森林でどうやって敵を見つけて倒すのかのイメージが湧かなかった。ならば、レウの作戦が良いのではと思ってしまうのだが、キャサリンたちが猛反対してくる。
俺の思考はまさに堂々巡りを繰り返し、完全に落ち着く先を失っていた。
それに、幸介もそうだが、頭のどこかには、レウの策なら蛍に危険も、負担もないというのがあり、それが焼き尽くす策を捨てられない理由でもあった。
ひとりで剣を振るっての訓練の合間。偽物かもしれない空を眺めて考えても見たが、どうすればいいのかの答えなど出なかった。そして、俺はこの夜の会議を迎えたのであった。
◆◇◆◇◆◇
会議の冒頭。レウは決意したような表情でA~Cの3つの案を記した紙を皆に配った。そこには各案を取ることによって想定される被害者数も書かれていた。
まずレウは3つの作戦案をひとつずつ説明していく。これは説得するというより、授業のような説明口調でレウは語った。
A案は大森林を焼き尽くす案で、昨日レウが提案した策だ。想定被害者数は死者負傷者数名であった。
B案は大森林の北西の洞窟、昨日可愛らしい少女が書いたような文字で「標的」と書かれた場所に焦点を絞り、そこを中心に周囲3キロを鉄板などで囲ってから内部を焼き尽くす策だった。想定被害者数は死者負傷者数百名であった。
そして、C案は森を焼かずに山狩りのように捜索範囲を少しずつ狭めていって、敵を探しだして始末する策である。想定被害者数は死者負傷者数千人以上であった。
「数千人……」
隣で用紙をジッと見つめていた蛍が呟いた。向いの席にいるキャサリンやレイラも蛍の呟きが聞こえたのかどうかはわからないが、用紙を見て、目を見開いている。
たしかに森を焼かずに敵の巣に突っ込めば、何人いても勝てないだろうし、数百人単位の兵士でもいきなり大群に襲われれば数分ももたないだろう。それは先の戦いでわかっていることであった。
しかも、あのときは鉄板や網で敵の攻撃を防ぎ、被害が増えそうになったらラウラやレウが術を放ったからこそ最小限の死傷者で済んだが、今度はそうはいかない。
たとえB案の3キロを囲ったとしても、広大な森林では、いつどこで戦いが起こるかわからない状態だ。ラウラやレウ、いや俺たちにしたって、遠くで戦いが起これば火炎や雷撃は間に合うわけがない。しかも味方がいる接近戦では、火力の高い蛍の矢も当然打ち込めない。
C案が示した数千人以上というのが、決しておおげさなことではないことは容易に理解できた。
3つの案の説明を終えたレウが皆を見回してから口を開いた。
「この3つが、今、考えられる作戦やな。うちは昨日も提案した通り被害が少ないA案がええと思っとる。ほんでもキャサリンとレイラが猛反対しとるんで、他の案も出してみたわけや。みんなの意見を聞かせてくれるか?」
順に皆に視線を送りながらそう言ったレウの瞳が一瞬であったが光った気がした。それは何を見つめているのか、どこを見ているのかはわからなかったが。
想定被害者数を記され、教えられた上で3つの作戦案のどれを選ぶか。これは難しい話である。
当たり前だが、ここにいる皆、いや人類すべての人が、被害者など0がいいに決まっている。しかし、大森林に生息する『意志を持った昆虫たち』がいるなかで、その昆虫たちを操る親玉を倒すのは至難の業だ。
俺は頭のなかでさまざまな思考を掘り起こそうとして、元の世界のイメージが滲み出てくる。
もし、もしもだ。今の状態を絶対に取り除かなければ人類が滅亡しかねない敵と考えるなら、元の世界なら遠く離れた場所からボタンひとつで原子爆弾を落とすレベルなのではないか?
もちろん、これが人と人との戦いであったなら、原子爆弾で被害者がでるような愚行は許されることではないはずだ。しかし、相手は虫けらである。
虫けらなのだ。
普段の生活でも虫けらたち、いや害虫に対しては人類は常に攻撃的だ。見つければ、叩き潰したり、殺虫剤で滅したりしている。ピクリとも動かなくなるまで、息の音を止めるまで、執拗に、残忍に、徹底的に攻撃する。
この行為に対して誰からも非難が出ることはまずない。当然のこととして考える。害虫の命を貴ぶのは、よほどの昆虫愛好家か虫一匹殺さない聖職者のなかでも少数であろう。
そして、大森林にいる昆虫たちの親玉は紛ごうことなく害虫だ。すでに数万人という人の命を奪い、あきらかに人類を滅するために動いている人類の敵である。強敵である。
「やっぱり、あいつらをこのまま放っておくことはできない。放置すれば今度は俺たちがやられる」
思考の延長のなかで会議中ということも忘れて、俺は強い口調で吐き捨てていた。隣からちょんちょんとシャツの袖を引っ張られる。
「達也。どうしたの? それはみんな分かっているよ。問題は方法だよ」
「いや。だからこそなんだ」
少し残念なヤツを見るような視線を向けられた俺であったが、心配する蛍の顔を一瞥してから前を向いて立ち上がった。
「放置できない敵、人類を滅亡させようとしている敵が昆虫軍だ。そんなやつらに中途半端な対策で向ってはきっと悲劇というか、良くない結果になる。俺たちは人類の未来を賭けるなら、やはり全力で行くべきだと思う」
「それはビビリーナはA案に賛成するということやな」
俺が強く言うのを目を瞑って聞いていたレウが、ゆっくりと目を開けて俺と視線を合わせた。
「ええ。それに普通に考えて犠牲者は少ないほうがいいに決まっている。それはキャサリンたちだってそうだろう?」
「そんな分かりきったことを聞くなよ」
「当たり前ですわ」
キャサリンとレイラに視線を向けたら、ふたりとも少し不機嫌そうに口を尖らせたまま答える。
「ならばA案でいくしかないんじゃないか?」
「いや。でも、やっぱり森を焼き尽くすのはだめ」
「そうですわ。わたくしも納得できませんわ」
そんなに簡単にはいかないか。彼女たちの根底にあるのは森を、自然を守るという感覚なのだろうが、感情が優先していて考えるのを放棄するかのように反対している。これでは、昨日と同じことになってしまう。
この状態だと理詰めで説得しようとしても、反対の理由を問い詰めても、きっとこじれるだけだ。俺は語るべき言葉を失い、しばし黙考する。
何か方法はないのか? たとえA案がダメでもB案なら彼女たちは納得するのだろうか? それとも森を焼くこと事態に拒否反応していて、C案以外は納得しないのか? いや、それはダメだ。C案は危険すぎる。どれだけの惨劇が生まれるか分かったものではない。
最悪でもB案で納得させなければならない。彼女たちが納得できる理由……。不機嫌そうにしている金髪と銀髪の美少女を見つめながら頭を回していた俺に、状況を変化させるひとつの突破口ともいえる閃きがあった。
『そうか……。もしかしたら、行けるかもしれない』
昨日と同じ流れとなって皆が沈黙するなか、俺はひとり頷いたのであった。