02 光の子とトリプルスリー
「オマエタチハ、ナニモノダ! ドウヤッテ、ココニハイッタ! リュウジンデハ、ナイヨウダガ、ニンゲンナノカ!」
強烈な光とともに、流れてきた怒声にも近い機械音に、矢継ぎ早に問い詰められたが、もちろん答えるすべはなく、『こっちが聞きたいよ』と、俺はさらに身を縮めて、眩む目を右腕で押さえる。
……………………………………。
しばらくの沈黙を破ったのは、驚きの声だった。
「あ、あれは、まさか、そんな、光の子……、なぜここに??」
「あーもう。ここは中央世界ではないんですのよ。あれっ、それより、あれを御覧なさい」
「なんと、あれは、トリプルスリー! あやつ、ついに成功させたのか」
「やったで! うちとこのリュウ兄のお手柄や」
「「「それにしても、なぜここに?」」」
さきほどの機械音とは、まったく異なる意味不明な会話が響き、恐る恐る目を開けていく。
「ほたる!!」
俺から少し離れた床に、頭を垂らし、ぺたんとしゃがみ込んだ姿勢で寝息を立てている、蛍がいた。
全身に強烈な光を浴びる蛍は、光と影、陽と陰で、幻想的な世界を創りながらも、とても幸せそうに寝ていた。
そんな蛍をいつまでも見ていたい、綺麗な黒髪に触れたい、華奢な体を抱きしめたいといった衝動が、襲ってきては、すぐに霧散する。
心のなかの葛藤がある分だけ、どこか近寄りがたい空間を、蛍は周辺に漂わせていた。
しかし、ふたりを照らす強烈な光以外は、依然として漆黒に包まれた闇で、漏れてくる声が、どの方向からのものかもわからなかった。
蛍が傍にいる。それだけで随分と心が強くなれた気はしていたが……。
◆◇◆◇◆◇
「総員、第四種警戒態勢へ以降、ただし、引き続き漆黒の破滅周辺の警戒は怠るな!」
最初にサイレンとともに届いた、音声が再び響き渡り、俺はこれまでよりもさらにビクッと身を縮めた。
「君は相当、怖がりのようだが、大丈夫だ。私たちがなんとかする。心配はいらない」
「えっ!」
「ルールはん、あんた今の状況で大丈夫、心配するな、って無理あるやろ。見てみい、ぜんぜん大丈夫とちゃうで。アルマジロみたいになっとるわ」
「そうよ。ほんと、いっつも! いっつも!! いっつも!!! あんたはそうやって偉そうに決めつけて。いたわりの心ってものがないのよね。ねーー、お兄さん」
「ほんま、ほんま。うちがやるさかい、あんたはおとなしくしとき」
「…………ああ」
「なあ、兄やんたち、高校生なんやろ?」
「は、はい」
「おぉ、ほうか、ほうか。ほんなら名前は?」
「く、く、紅達也」
「紅君な。ほな、そちらの姫様はなんてゆうん?」
ずいぶんと馴れ馴れしい関西弁の女の声が、ルールと呼ばれた男の声を引き継いで名前を聞いてくる。
うん? でも姫様って? 蛍のことだよなと、当然の疑問が浮かび、疑問の声は口にしたが、それに対する明確な答えは、俺には届かなかった。
「姫? …………あっ、入来院蛍です」
「ふん、ふん。セーラー服にブレザー、その恰好は……第六世界やろ。よっしゃ、わかったで。それだけわかれば十分や。ほんじゃ、あとは二つ名やな。どないしよう。入来院蛍様は『マリア姫』、あんたは、うーん、『ビビリーナ』でええか。ほな、ルールはん、メモっといてや」
「…………なんで、俺が! 俺は……」
小声でぶつぶつと呟く声と、サラサラと鉛筆(?)と紙が触れ合う音が、かすかに聞こえてくる。
その音を聞きながら、二つ名? マリア姫と…………? って。
「なんだ、それー!」
「うん? なんか気に障ることあったん?」
「なんなんだよ、そのビ、ビ、リ、ー、ナってのは!?」
「あー、二つ名は気にしないでくれたまえ。彼女のなかでの決まり事であって、それ以上でもそれ以下でもないものだ」
「ふふふ。いいじゃない、ビビリーナって可愛いし。お姉さんは好きよ、可愛い子って」
とんでもない二つ名をつけられた俺は、どの暗闇に向かっていえば分からない状況のなか、なかば天に向かって不満を訴えたが、帰ってきたふたつの答えは、これまた、とても納得のできるものではなかった。
まったくよー。蛍は姫様で、なんで俺はいじられ役?
まぁ、頭脳明晰、スポーツ万能、黒髪ロングの美少女JKとオタクな男子高校生。友達になりたいのはどっち? 100人に聞きました、とかされたらさ、「ごめんなさい。ごめんなさい」しかないけどさ。
◆◇◆◇◆◇
釈然としない俺が、独りごちていると、ルールといわれている男の声が、再び闇に響き始めた。
「では、さっそくだが、これから我らは秘術を使うが、君には姫様を守るという重要な任務がある。これは君にしかできないことだ。しばらくの間、姫様を抱きかかえ、右手を握りしめて決して離さないように。そうすれば君たちを本来の場所へ送ってやれる」
「ええな。しっかり手ぇ握っとき。離したらあかんで!」
数々の疑問や不満や不快感が渦巻いていたが、あまりの出来事に、すでにいっぱいいっぱいで、それらのことを何も解消できなかった。
ルールと、もうひとりの関西弁の女から念を押され、俺は隣で寝息を立てていた蛍を抱きかかえて、右手を握りしめ、しっかりとした口調で返答する。
「おう、わかった。離すもんかっ!!」
「ハッハッハッ。ビビ……、おっと失礼。紅君にしては、いい返事だ」
「ホントねぇ。お姉さん、ちょっと興味もっちゃったかも? なんならこのまま手元に置いて……。お背中流して、そうね、あれや、これや、それやと教えてあげようかしら。うふふふ」
「おーい、ラウラ姉さーん。帰ってこいやー。ほんまあきれるわ。そんな場合ちゃうやろっ!」
「もぉー、レウたんのいけず~~」
お背中流して、あれこれって……それは、それで、ちょっと気になる……って、違う、違う。そうじゃない! 本当に、なんなんだよ、こいつらは……。
いい加減、大声で叫びたくなる衝動が、ふつふつと湧き起こったが、腕のなかで、優しい寝息を立てている蛍の寝顔が、それを癒してくれる。
まあ、戻してくれるなら、なんでもいい。早くしてくれ。
「おいおい、遊びはそこまでだ。いくぞ!」
「「はい!」」
ルールの掛け声とふたりの返事が響いた次の瞬間。
ゴーだか、ガーだか、判別しにくい轟音を伴い、3方向から強烈な赤い光が伸びてくる。
お姫様抱っこをしながら、蛍の右手をしっかりと握りしめている俺は、そのすべての光を浴びて意識を失った。
赤い光が、俺たちに届くまでのほんの一瞬。
茶のジャケットの変わりに、白衣を着た社会科の教師のような男が見えた。
しかし、確認できたのは、それだけであった。