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世紀末の七星  作者: 広川節観
第四章 闇と光の世界
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197 サキとシキ

 誰も足を踏み入れることのない場所で、誰にも見つかるはずのない秘境で、偶然があってはならない秘密の洞窟内の封印を解いた、いや解いてしまったエルフの精霊サキとシキ。


 逃げるようにして現場を後にしたふたりは、ようやくあと少しでエルフの本拠地へ着くという所まで戻っていた。


 ここまでの道中ではシキは時折、不安げな顔で北方を振り返り、遠ざかっていく雷雲を見ては小刻みに震えたりしていた。後悔というおよそシキには似合わない感情に襲われて、振り払うようにシキは首を振った。


 反省してシュンとしながら前を飛ぶシキの姿を見て、サキは『さすがのシキもこれに懲りて少しはおとなしくなってくれればいいだすな』と思っていた。


 それに今回の件では自分は悪くないとサキは確信していたというか、そう思う、いや思い込むようにしていた。事実、封印にぶつかってしまったのはサキであったが、引き金を引いたのはシキであったからだ。


 それでも、サキはあれはなんだったのか? もう少し調べる必要があったのでは? という思いは拭えなかった。


 ふたりは各々の頭のなかではそんなことを考えながら、始終無言でここまで戻ってきていた。


 そして、エルフの里というか、領地の山というか、その山麓に妖精の輪(フェアリーリング)を発見したサキは、久しぶりに声を出した。


 「あれっ? 山の麓にリングがあるだすよ。竜王国の兵たちはどうしただすかねー」


 「…………」


 シキも妖精の輪(フェアリーリング)を視認したが、サキの言葉には反応しなかった。真剣な表情でただ前方を見つめている。


 そんな様子のシキの横顔を見て、不覚にもといっていいだろうが、サキはドキッとしてしまった。サキは心のなかで『こうしていればシキも凛々しく可憐なのに、もったいないだす』などと思って軽く首を振る。


 今までシキにされた数々の暴言、暴力、暴行から考えれば、そう思う自分は全力で否定したいところなのだが、それでもシキの横顔はそれらの思いを昇華させて別の物へと変化させるほど十二分に美しかった。


 「も、もしかすると、うちらの領地が広くなったびゃす(・・・)かね」


 「…………」


 美しいシキの横顔に見惚れていたサキは言葉を続けたが、カンでしまっていた。すぐに気が付き頬を赤くするが、それでもシキは何も言わなかった。


 「ま、まあ、行けばわかるだすな。よし、急ぐだす!」


 「……ま、まって」


 蚊の鳴くような細い声、雪のように白い顔、能面のような表情、憔悴しきった態度でシキは声を絞り出した。緋色の瞳は涙で濡れていて、今にも下瞼から零れ落ちそうである。


 急ごうと前に出てから振り返ったサキはシキの美しさ、儚さのなかに守りたいと思える存在を確かに感じていた。それはもう、理屈ではなかった。本当にそう思ったのである。サキはシキに近づき尋ねる。


 「ど、どうしただすか?」


 「あの、あの……」


 涙を潤ませ縋りつくような目でサキを見据えるシキ。サキはすでにドキドキが止まらず震えているシキの両肩を掴もうと手を伸ばす。実際には触れているかどうかの所で止まったが、それでサキは精一杯であった。


 「だ、だ、大丈夫だす。うちがいるだすよ。落ち着いて話すだす」


 「あの、あの、ど、洞窟でのこと、報告するの?」


 上目使いで絞り出すように吐き出したシキの言葉は、澄んだせせらぎのように美しい音色であった。


 そして、サキはすべてを理解した。得心した。シキがなぜこんな風になっているかの理由が分かった。シキは自分がやってしまった事の重大さに怯えているのだということが。


 そして、サキはすぐに決断する。少しも迷うことなく決断した。


 シキの美しく儚そうな横顔を見て、うるうると輝く涙を感じて、せせらぎのような声音を聞いて、切なさで胸が苦しくなっていたサキに答えなどひとつしかなかった。そして、乾いた笑い声とともにサキが言葉を吐き出した。


 「そんなことを気にしていただすか? アハハハハ。シキもおもしろいだすなー。そんなことは報告するわけがないだすよ。何もなかっただす。うちらは何も見てないだすよ」


 サキはとんでもなくおかしなことを自分が言っているのをわかってはいた。早く報告しなければいけないことも、なにかとんでもないことが起こるかもしれないことも、エルフ全体に災厄が降りかかるかもしれないことも、全部わかっていた。


 それでも、それでも。シキの心が少しでも安らぐならば、選ぶ道はひとつしかないと決めて嘘を言った。戯言を言った。本来なら言っては行けない間違ったことを言った。


 サキは今の自分を客観的に見て、なにをしてもシキを守る勇者だと感じて、ある意味では自分の言葉に酔いしれていた。


 「ほんとうに?」


 「もちろんだすよ。さぁ。涙を拭うだす。せっかくの美人さんが台無しだすよ」


 自分には似合わないセリフが口から出てくる。本当にうちは勇者に生まれ変わったのだ。シキを守るために自分はエルフの里を世界を敵に回す。そんな思いがサキを奮い立たせた。


 「う、うん」


 俯き加減のシキは小さく、ゆっくりと頷く。ポロリと頬を伝う涙がまたサキに勇気を与えた。


 「げ、元気を出すだす! うちは口が堅いから大丈夫だすよ。今回の調査では、何もなかっただす。それで報告は終わりだす」


 サキにダメを押されるように励まされても、小さくコクコクと首を振り、俯いたままサキとは目を合わせないシキ。


 しかし……。


 シキの心のなかには、これまでのしおらしい態度とはまったく別の悪魔が住みついていた。


 『プップププ。チョロいわね。あたちったらアカデミー賞ものね。それともサキがモテない精霊ナンバーワンだからかしら。ぷっ、ぷふふふふふふふ。ふぅ。でもマジな話、これは墓場まで持っていかないといけない気がするのよね』


 それでも、萎れたふりをし続けるシキは嘘泣きの涙を拭いながら、必死に笑いが零れることのないように堪えていた。そして、シキが懸命に拭っていた涙のなかには、一部笑いの涙が含まれていたのは言うまでもないことであった。


 その後、シキとサキはエルフの本拠地に戻り、ふたりの主であり、純潔の女王(ヴァージンクィーン)クリスティーナ・オスカルの側近でもあるエレオノーラ・ヴェルダンディに西に行ったけど、すでに竜たちはいないし、何もなかったと報告したのであった。


 シキの演技がアカデミー賞ものであるかどうかはさておき、こうして、シキはもちろん、サキが口を噤んだことによって、誰が竜王アンゴルモアの封印を解いてしまったのかは永遠の謎となってしまったのであった。



  ◆◇◆◇◆◇



 一方、大森林に昆虫軍が潜んでいると知らされたあとの俺たちの生活は、表面上はそれまでと何の変化もなかった。


 訓練に勤しむ日々が続いたと言っていい。特にレウたちはコッテに行ってしまったので、また元のというか、レウたちがいない数か月に戻ったというのが正しいかもしれない。


 表面上というのは、昆虫軍との戦いをかなり気にしている蛍とそれを気遣う俺たちの心の持ち様が今までとは違っていたのである。蛍はもちろん、俺たちもあれ以来、それこそ「昆虫のコの字」も口にはしなかったのだが。


 俺たち自身の生活は普段通りだったが、周囲には変化がひとつあった。壁外の訓練場で、ダスティンと数名の兵士たちを見かけるようになっていた。兵士たちは、もしかすると彼の生徒たちなのかもしれない。


 なぜここにいるかと聞けば、ダスティンはゴドルフの家に詰めているという。昔のダスティンであったなら、俺たちの訓練に混ざりそうなものであるが、彼は関わってはこなかった。


 遠目で教官として兵士の訓練をしていることは目にしたことはあるが、それ以外はどこかへ出かけているようでもあり、家に閉じこもっているようでもあった。というか、何をしているのかは、はっきり分からなかった。ゴドルフと一緒に出掛ける姿を見たこともあった。


 それは恐らくというか、間違いなく昆虫軍への対策を行っているのだろうと分かっていたので、俺たちもなにをしているのかまでは深く聞くことはなかった。


 そうこうしているうちに数日が経ち、エドワードから明日にはレウたちが帰ってくることを俺たちは知らされたのであった。


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