12 笑いが絶えない女湯
蛍は理解していた。
2か月前にこの世界に来たキャサリン、1か月前にここに来た幸介。
ふたりが、ここでどんな思いで今まで過ごしたか、どんな思いで今を生きているのか、私たちとどれだけ違うのかを。
この世界でのそれぞれの状況とそれぞれの戸惑い、苦しみ、願いは、私と達也にとっては現在だけど、ふたりにとっては過去と言っていい。
そして、今、皆に必要なのは未来。
とにかく今を生き抜き、未来に繋がることをするべきだと考えていた……。ただ、まだ何をするべきかを決められないでいたが。
湯船につかりながら、そんなことを考えていた蛍の横にキャサリンが近寄ってきて、話し掛けてきた。
「幸介さんから聞いたんですけど、3人は仲の良い幼馴染なんですね?」
「そう? そう見える? 幸介とキャサリンのほうが、仲良さそうだけど?」
「な、な、なにを言うんですか! そ、そ、そんなことはないですわ。それに質問に質問で返さないでください」
「アハハ、ごめんね。そうね、私たち3人は幼馴染で、幼稚園のときから一緒だったの。うちの家が道場でね。みんなで厳しい稽古にも耐えてきたんだぁ。辛いこともいっぱいあったしね」
「道場ですか……」
「うん」
蛍は幼いころからの出来事を思い出しながら、キャサリンに3人の関係を話し続ける。
「うちはね、入来院道場っていうんだけど。空手道と合気道を中心に幅広く武道を教えてるの。それでね、近くに剣道場や弓道場もあって。みんなお父さんの知り合いだったから、よくそこへも3人でお邪魔して稽古したんだよね。競争したりしてね」
「いいですわね。仲間であってライバル。残念ながら、わたくしは皆が敵でしたから」
「そっかー。キャサリンは国の代表だもんね。背負うものが違うし、きついよね。そういえば、幸介は空手の大会で優勝したこともあるよ」
「幸介さんの強さなら納得できますわね。ほたるは、どうでしたの?」
「あたし? あたしは空手はなぁ、弱くはないと思うけど大会となるとね。それよりも得意なのは弓なの。弓では全国大会までは行ったよ」
「ほたるは弓ですか。では、達也は何が得意なんですの?」
自分の自慢話は、できるなら避けたい蛍であったが、キャサリンに聞かれて、素直に自分と達也の話を伝えていく。
何かを隠すのではなく、良いも悪いも、さらけ出したほうが上手くいくことを、幼馴染のふたりや、クラスメイトとの日常のなかで経験し、蛍は自然とそうすることを身に着けていた。
「あ、達也はね。みんなそこそこできるんだけど……。あたしや幸介と互角だったのは、剣道くらいかな」
「アハハハ。そうなんですのね。達也だけ、少しショボンなんですね。幸介さんには、ちびりとか言われてましたし」
「アハハハ。まあね。でも男の子だよ。やっぱり」
「あれ、でもそうでしたら、ゴブリンに襲われたとき……」
キャサリンから出た言葉にドキッとして、一瞬、複雑な顔をしてしまい、少し慌てながらも笑顔で、そのときのお礼を言う蛍。
「あ、あ、ありがとね。キャサリン、ほんとうに助かったわ」
「あんなの、お茶の子さいさいですわ。あんなヤツラに襲われて、ほたるも怖かったんでしょうね」
「あ、いや、それはそうじゃなくて……。普通なら、あたしも戦えると思うんだけどね……。でもね、ゴ、ごにょごにょ」
「えっ、なんですの?」
『あのね』と言って、キャサリンを手招きしてすぐ近くに呼び、口元を耳に近づけ、内緒話しをするようにして、真相を伝える。
「ゴブリンをゴ○ブリと間違えた!?」
「うん、そう……」
「プッ、プププププ……」
キャサリンは、必死になって口元を抑え、笑いを堪えていたが、蛍の次の言葉が止めを刺し、ついに堪え切れずに爆笑してしまう。
隣の浴室にいた達也たちに、その声が筒抜けになることも気にせずに。
「だってー、最初、お化けかと思って怖くなって……。達也がゴブリンとか紛らわしいこと言うんだもん。だから新聞紙でポイしてってね」
「ギャハハハハハハハハハハハハハ、ヒィ、ヒィ、ヒィーーー、お腹痛い。ありえませんわ。アハハハハハハハハハ」
「もう、キャサリンったら、笑いすぎ! 向うに聞こえちゃうよ」
「ハァー、ハァー、それで達也がひとりで、頑張ってたんですわね、ほたるより弱いヘタレなのに。わたくしは、ほたるが気が弱くてゴブリンに囲まれて、怖がって、って思ってましたのに……。それじゃあ、達也も大変……。アハハハハハハハハハハ。そ、そりゃ、「キ」を入れれば……。新聞紙……。ヒィ、ヒィ、ハハハハハハ、ゴブリンをポイッって。ほたる、おもしろすぎ。わたくし笑い死んでしまいますわ。アハハハハハハハハ」
「知らない、プィッ、ベーッだ」
キャサリンは涙を流して笑い転げ、湯船の縁をバンバン叩いている。
蛍が少し怒った顔をして、アッカンベーをすると、それを見て、さらに大爆笑して、お腹を押さえて、痛い、痛いと言う。
「べーだ、とか、子どもみたいなことやってるし。アハハハハハハ。止め刺すつもりですの。アハハハハハハハハハハハ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
ようやく落ち着いたキャサリンに、蛍は話を変えるべく、さっきの幸介のお仕置きについて、尋ねる。
「ねぇ、さっき幸介とじゃれ合ってた、あれはなんなの?」
「じゃ、じゃ、じゃれ合ってなんていませんわ! あれはお仕置きという名の拷問ですわ。女らしくしなさいとわれ、『ござる』が封印されてたんです」
キャサリンは、以外な方向から以外な言葉で射られたことに少し戸惑いながら、否定する。
「あーー、キャサリンは武家言葉が好きなのね。まあ、オタク方面とか、江戸時代とかが好きな人たちしか、好んでは使わないわね。うーん、正直にいって、女らしくとは少し離れているかな。でも、ギャグっぽくならちょっと使うときもあるよね。……あれ、でもそれって、いつ使ったの? ひょっとして、私たちを助けたとき?」
微妙にフォローも入れつつ、話を進めていく蛍。
こういうときのコミュ力の高さ、頭の回転の速さは、皆が舌を捲くレベルで、多くの友達たちから慕われていた結果が、それを証左していた。
「ええ。そうですわ。『ござる』を使って、達也と話してしまっていたので口止めしたんですわ。それを達也がバラすから。あのアホが! 『秘伝でござる』と最後に念を押したのに。あーーー思い出したら腹が立ってきましたわ!」
「秘伝? プププププッ」
「なんですか? ほたる、笑うなんて……。わたくし怒ってますのよ」
「キャサリーン、秘伝ってさ、秘密を伝えるな、ってことじゃないよ、秘密が漏れないように密かに伝えることだよ、プププッ」
「えっ! えーーーーー。そうなんですの? なんですか、それじゃわたくし『秘伝でござる』なんて…………。最後の決め台詞でしたのに」
「決め台詞……。プハハハハ、アハハハハハハハ、決め台詞ってあなた、それで秘伝って……。アハハハハ、達也も変な顔してたんじゃないの? アハハハハハハ、人のこと言えないじゃない。おかしぃ、アハハハハハハハハ、ハァ、ハァ」
蛍はお湯を叩いて水をピチャピチャ跳ねさせながら、目の端に涙を浮かべて大笑いする。
「ほたる、笑いすぎですわ」
「アハハハハハ、ごめん、ごめん。さっきのお返しだよ」
「もぉーー、ゴキブリン!」
「決め台詞、秘伝!」
「「プププププッ、アハハハハハハハハハハ」」
「なんか久しぶりに大笑いしましたわ」
「あたしもー、お腹痛いもん。これから、よろしくね。キャサリン」
「ええ。嬉しいですわ。ほたると会えて」
湯船につかり、お互いの少しの自慢と大きな失敗をもとに、笑い転げた蛍とキャサリンは、それまでよりも互いのことを深く知り、一緒に戦う定めとなった英雄仲間から、ひとつ進んだ一緒に笑える友達となったのだった。