11 シリアスな男湯
「皆さま、ご入浴の準備が整いました」
ノックして入ってきたメイドが、睨み合いながらも、まだ続けていた幸介とキャサリンのじゃれ合いに終止符を打ち、『またあとで、ここに集まりましょう』という蛍の声に促されて、4人はメイドに従って風呂へと向かう。
部屋を出る途中、蛍は眉間に皺を寄せて考え込んでいたが、やがて、ぼそりと呟いた。
だが、それは小声であったため、すべては聞き取れなかった。
「……聖母……知らないけど……、何をやらせようとしてるのかしら?」
◆◇◆◇◆◇
「こちらをお使いください」
メイドから、見たこともない硬い石鹸と幸介と同じものと思われる白の長袖シャツと黒のズボン、一枚の白い布(タオル用?)を渡されて向かった風呂は、広くはないが脱衣場を備えた施設であった。
キャサリンと蛍も、隣の風呂へ向かうのが見え、街中などの文化レベルを考えると、男女別の風呂を備えたキャサリンの家は、そうとうな金持ちなのだなと感心してしまった。
全裸になって腰に布を巻いて浴室に向かうと、そこは十畳くらいの空間で、奥に4人くらいなら一緒に入れそうな大きさの木製の湯船があり、同じ木製の水路のようなものから、ひっきりなしにお湯が流れていた。
もうもうと立ち昇る湯煙は、天井付近にあるいくつかの小さな穴から外へ向かっていて、床には石がきれいに敷き詰められ、壁の下には、排水口と思われる大き目の穴が、湯船から溢れたお湯を吸い込んでいた。
洋風というより、どちらかというと和風の温泉宿の趣が漂う風呂であった。
◆◇◆◇◆◇
「ふぁーーーーー、気持ちいいなー」
「ああ、風呂はいいよな。やっぱり」
俺たちは、湯船から木桶で湯を汲んで軽く体を洗い、肩を並べて湯船に浸かりながら、話しはじめる。
「なあ、幸介。俺たち、なんでこんなとこに来てるんだろうな?」
「ああ、そうだよな。お前たちは今日がはじめてだもんな……。俺も最初はそう思って、気が狂いそうになったさ」
その言葉を聞いたとき、俺は、はじめて幸介が置かれた立場が想像できた。
幸介はひとりだったんだよな。
暗闇で訳のわからないやつらと話をしたり、ゴブリンに襲われそうになったとはいえ、蛍はずっと傍にいたし、キャサリンに助けられて、すぐに幸介と出会えた俺とは、えらい違いである。
もし、俺と幸介の立場が逆だったら……。
ひとりで街を彷徨う姿を想像し、その心細さを考える。
温まっているはずの体が、急速冷凍でもされたかのように、つま先から髪の毛まで、すべてが凍る思いがした。
「そうか、そうだよな。すまん。大変だったよな」
「そうだぞ、この野郎! でも、本当に、本当に、お前らと会えてよかったよ。本当にな……」
幸介は、右手で俺の頭にヘッドロックをかけながら、何かを思い出したのか、ほんの少し涙声になって、左手で目の端を拭っている。
「俺がここへ来たときは、お前らもいないし、もちろん誰も見知った顔はいない。最初の2日は街中に、お前らか、あるいはクラスのやつとか、誰かが必ずいるはずだと信じて、探し回ったよ。でも、それが叶うことはなく、深い絶望だけが残った。もうどうにでもなれと、半ばヤケになって、街で傭兵たちと一悶着起こしそうになったところで、おっさんに出会ったんだ」
「そうか…………」
「ああ、それでな。その日にキャサリンを紹介され、同じ境遇、英雄だと教えられた。そのときのことは、今でもはっきりと覚えてる。キャサリンは、最初は能面のような表情だったが、俺のことを見て、同じ英雄と聞いて、ほんの少しだが表情が緩んだ。それで、そのとき、おっさんは、何て、言ったと思う?」
「キャサリン…………」
「俺のほうへ近づいてきて手を取り、流れる涙を拭くことも忘れて『今日、初めて、娘の笑顔を見ました。久坂くん、娘を、娘を頼みます』ってな。あのときのキャサリンの顔と、おっさんが流した涙は、忘れられないな」
「うっ…………」
「そのあとキャサリンが置かれた状況を考えたよ。俺より1か月も先に来て、英雄だとか言われて……。たったひとりきりで、まるまる1か月だ。能力が上がろうが、何をどうしろっていうんだよな、そんなの。それで『久坂幸介! お前は男だろ!』って、自分に言い聞かせて、決めたんだ。キャサリンを元気にしてやろうってな!」
もう言葉は出なかった。
ずるずると頭まで湯船に沈めていき、このまま湯船の底に呑み込まれても構わないと思った。
自分の呑気さ、愚かさに呆れ返っていた。
キャサリンや幸介に比べれば、恵まれすぎている境遇で、「なんで来たんだろうな」だなんて、誰も答えが出せないことを聞くバカさ加減が、ほとほと嫌になっていた。
湯船から顔だけ出した俺は、俯きながら言葉を絞り出した。
「悪かった、幸介、本当にすまなかった」
「おい、おい。どうしたんだよ。お前がそこまで落ち込むことでもないだろ」
「いや、俺はバカだ……」
『ギャハハハハハハハハハハハハハ、ヒィ、ヒィ、ヒィーーー、お腹痛い。ありえませんわ。アハハハハハハハハハ』
ショックを受けていた俺が、幸介に詫びている最中に、隣の浴室からキャサリンの盛大な笑声が聞こえてきた。
「あっちは、楽しそうだな」
「ああ、なによりだ! なっ、幸介」
「おう、そうだな」
隣の浴室から響くキャサリンの高笑いを聞いているうちに、少し立ち直った俺は、幸介と顔を見合わせ、グータッチで友情を確かめ合ったのだった。