01 大和魂
L'an mil neuf cens nonante neuffept mois
Du ciel viendra un grand Roy d'effraieur,
Resusciter le grand Roy d'Angolmois,
Avant apres Mars regner par bonheur.
『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』百詩篇第10巻72番より。
1999年に空から恐怖の大王が降ってきて、地球は滅亡する。
そんなことは予兆さえも起きずに21世紀を迎えていた人類は、思いもよらない形で世界の変遷を経験することになる……。
物語は都会の河川敷にある、東玉高校3Bから始まる。そこには、いつもと変わらない授業風景があった。
◆◇◆◇◆◇
『身はたとい
武蔵の野辺に朽ちぬとも
とどめおかまし大和魂』
「これは幕末の思想家吉田松陰の辞世の句とされ、『留魂録』の冒頭句として有名なものだ。松陰はこの歌で、のちに明治維新を成し遂げた志士たちに国を憂う熱い気持ちを伝え………」
風采の上がらない茶系のジャケットで身を包み、大きめの黒縁眼鏡をかけた日本史の教師が、一番後ろの席でぼんやりしていた俺に、少し熱を込めた視線を送りながら話し続ける。
「なんか、かっこいいよなぁ、これ!」
ぽつりと誰ともなしにつぶやいた声。それに感づいた右隣に陣取る悪友の幸介が、前にいるクラスメイトの体に隠れながら、蔑んだ小声を送ってくる。
「ばーか。達也みたいなビビリには似合わねぇよ。なぁーー、ほたるぅ」
「うるせぇよ、ほっとけって!」
幸介と同じ体制になり、すぐさまリアクションを取って、チラッと左隣に視線を移すと、うつむいて白い歯を見せている───長い黒髪に照り返す陽光が目映い───美少女が、今にもこぼれそうな笑い声を必死に隠していた。
蛍まで……。なんだよ、ふたりとも……。
ふてくされながら、ふっと窓から見える遠くの景色を視界に収めてみる。
ああ、そういえば、こんな風に青々とした澄んだ空を見たのは、いつ以来だろう。
そうか、あの10年前の春、3人で土手に寝転がって将来について語ったあのとき……。
◆◇◆◇◆◇
「ほたるはね、大きくなったら、ター君とコー君のお嫁さんになるの。ね、ね、いいでしょ」
長い黒髪をふわふわとそよ風に撫でさせて、満面の笑みを浮かべる蛍の問い掛けに、隣で寝転んで、雲を見ていた幸介もドギマギしながら、頬を紅潮させた。
「お、お、おう。達也、いいよな、それで」
「あ、え、え、ダメだよ。お母さんが、結婚は、相手の人と永遠を誓うキスをするんだっていってたよ」
そのころの幼い俺でも、3人で結婚できないことは知っていたが、そこは否定できずに、蛍の将来の幸せを噛みしめるような瞳と、自分の望みが叶うことを確信して、柔らかな微笑みを作る桜色の唇をチラッと見て、すぐさま視線を幸介の坊主頭へと流していた。
「じゃーあ、ねぇ、私はふたりと永遠を誓う! 素敵っ!!! 約束だよ!」
キラキラと瞳を輝かせて話す、幸せそうな蛍の笑顔と心地よい涼風のような声。無敵のコンボで、ねだられた俺と幸介は、まったく抵抗できずに、それぞれの蛍との夢を語ってしまっていた。
「そ、そうだな。俺は、もっともっと強くなって、一生ほたるを守るよ」
「わぁーー、嬉しいっ! コー君の空手は、うちの道場で一番だもんね。きっとなれそう。ほたるを守ってね」
「お、おう、任せとけ!」
「よしっ、じゃあ俺は………」
◆◇◆◇◆◇
「ガタン!!」
「えっ、えっ」
「な、なんだ!?」
◆◇◆◇◆◇
気がついた場所は暗闇だった。
さっきまで、教室で日本史の授業を受けていたはずなのに、そこにはくたびれたジャケットに身をやつした黒縁眼鏡の教師も、右隣で俺に悪態をついていた幸介たちクラスメイトの姿も見えなかった。
「ビー! ビー! ビー! ビー! ビー!」
「侵入者発見! 侵入者発見!! 総員、第一種警戒態勢!」
「漆黒の破滅に続くすべての扉を封鎖しろ!」
「うわっ!! なに!? なに!? なに、なに、なに、なに、なに??」
次々と、けたたましく聞こえてきた音に、ビクッと身を縮める。
体を左右に激しくひねりながら辺りを見回すが、そこにはやはり暗闇しか見えない。
ただ、あまりのことに声も出ない俺の心のなかには、10年前のあの懐かしい風が、確かに流れ込んできていた。
冒頭の原文は改定などにより、部分的な「’」のあるなしなど、複数のパターンが存在しているので、部分的には、作者が手を入れ、フランス語の表現できない文字は省略しています。