84 蜘蛛VS火竜⑤
天井に逃れたのはいいとして、この状況はあまりよろしくない。
天井に張り付いた状態は、地上にいるときよりもどうしても動きが遅くなる。
地上ですらいっぱいいっぱいだったのに、天井で鰻の攻撃を避け続けることなんかできっこない。
早々に地上に戻らないと、狙い撃ちされて終わりだ。
とはいえ、鰻の方も余裕があるとは言い難い。
鰻のMPはかなり減ってる。
残りから換算すれば、火炎ブレスが3回、火球なら16発。
最初に比べれば、かなり減らした。
けど、天井にいる私を撃ち落とすくらいの余力はある。
私が地上に戻るのが先か、鰻が私を撃ち落とすのが先か。
すぐに移動を開始する。
目指すは一番近い壁。
けど、鰻もそれは見越していたっぽい。
正確にその動きを阻害するように、火球を放ってくる。
天井に張り付いた状態だと避けるのが難しい。
ここは黄のゲージがどうのと言っていられない。
出せる限りの速度で迫る火球を回避する。
SP消費緩和とSP回復速度に頼ってゴリ押しするしかない。
黄のゲージが切れる前に、何としてでも壁際まで退避しないと。
迫る火球をなんとか回避していく。
けど、そのせいで壁になかなかたどり着けない。
そうこうしているうちに黄のゲージが減っていく。
まずい。
黄のゲージがなくなったら、天井に張り付いてるのすら難しくなる。
それだけは何としてでも回避しないといけない。
そうは思うものの、絶妙な火球の狙撃のせいで、思うように先に進めない。
そしてついに、黄のゲージが尽きた。
途端に体を襲う疲労感。
そこに容赦なく迫る火球。
くっ!
私は避けきれないと判断して、自ら天井から虚空に身を躍らせる。
すぐ近くで火球が爆ぜ、爆風が私の体を撫でる。
錐揉みしそうになる体をなんとか制御し、糸を飛ばす。
壁に張り付いた糸をすぐさま引き寄せる。
さっきまで私のいた空間を、火球が通り過ぎていく。
私の体は振り子のように振られ、ギリギリマグマに落ちることなく地上に着地することに成功する。
そこに容赦なく飛んでくる火球。
着地の勢いをそのままに、転がるように火球を避ける。
苦しい。
黄ゲージが尽きても動き続けた代償に、私はひどい息苦しさと、体中を襲う倦怠感と痛みとを味わっていた。
苦痛無効と痛覚軽減の力で無理矢理それを無視する。
なぜなら、鰻の口から再びの火炎ブレスが放たれようとしていたのだから。
震える体に鞭打って、全速力で駆ける。
視界の端が炎で真っ赤に染まる。
背後から熱が迫る。
それを振り切るように走る。
そして私は火炎ブレスを避け切った。
《熟練度が一定に達しました。スキル『回避LV6』が『回避LV7』になりました》
火炎ブレスを避け切った私は、溜まっていた息を吐き出す。
黄のゲージが回復し始める。
火球はもう飛んでこない。
ついに、鰻のMPが切れた。
遠距離からの攻撃手段を失った鰻が、滑るような動作で陸地にその姿を現す。
鰻に見えるのは、顔の部分だけだった。
そこにいたのは、東洋の龍を彷彿とさせる、長い体躯を持った竜だった。
MPが切れても、その目には相変わらず私の姿が捉えられている。
どうにも、私は完全に敵として認定されてしまったようだ。
最初はちょっと目障りだから潰しておこうという感じだったのかもしれないけど、途中から火球の攻撃に本気の度合いが混じり始めた。
火炎ブレスを吐いたくらいからは完全に本気だった。
どうやら、私が攻撃を避け続けたのが、お気に召さなかったらしい。
このまま逃げても、見逃してもらえるとは到底思えない。
MPが切れたといっても、SPの方はまだまだ健在だ。
対して、私のSPは結構削られている。
黄のゲージが尽きても行動し続けた代償で、赤の方のスタミナも無視できないくらいの量が減っていた。
まだ過食のプラス分があるから、即行動不能ということには全然ならないけど、体力勝負を鰻とした場合、負けるのは確実にこっちだ。
逃げ切ることはできない。
だったら選択肢は1つ。
戦って勝つしかない。
ステータスの数値だけを見ると、私に勝ち目はない。
けど、数値だけが全てじゃない。
戦っていれば嫌でもわかるけど、この世界ではスキルこそが最も重要な要素だ。
そもそも、これだけの数値の差があって、未だに私が生きていられることが奇跡。
その奇跡を引き起こしているのは、紛れもなくスキルの恩恵のおかげだ。
スキルの力を最大限に発揮して、ステータスの差を埋めたおかげで、こうして鰻を同じ土俵まで這い上がらせることに成功した。
ステータスの差は確かに大きな差だけど、絶対の差ではない。
スキルによって充分覆る差だ。
そして、鰻のスキルはすべて看破した。
MPが切れた今、警戒すべきスキルは命中と回避、確率補正のコンボ。
そして、龍鱗による防御力。
火竜の最後のレベル3の技。
あとはその巨体から繰り広げられる単純な物理能力。
これだけ見てもかなりの強敵だ。
けど、こっちにもまだ切り札はある。
私の最強の攻撃手段、猛毒攻撃が。
この攻撃の前には相手の防御力はあんまり関係ない。
鱗の防御すら侵食して、その身を蝕む猛毒。
最後まで、私の頼れるのはスキルしかない。
スキルでしか上回れる要素がない。
けどそれは、上回る可能性があるということでもある。
お互いに防御力はあってないようなもの。
攻撃が決まれば勝ちが決まる、一撃必殺の勝負。
なら、勝負の決め手になるのは…。
そうして、地上での第二ラウンドが合図もなく開始された。