最終決戦⑫
カティア視点
倒れた京也の体が塵になって消えてしまった。
それを見届けた直後、シュンが受け身もとらずに倒れる。
「シュン!?」
「こちらも限界だったか」
闇龍レイセさんが冷静に告げる。
そして、倒れたままの雷龍ゴーカさんのほうに近づいていった。
「残す言葉はあるかい?」
「腹、減った」
「残念ながらその体じゃもう何も食べれないさ」
ゴーカさんの体は、京也に叩きつけられ、見るも無残なことになっていた。
シュンが気絶してしまった今、蘇生することはできない。
そして、シュンの蘇生には時間制限がある。
死んだ直後でなければ、間に合わない。
「ビャクさんは!?」
「あっちはあっちで忙しい。間に合わない」
レイセさんが顔を上げて見つめる先、遠くで治療の光が輝いていた。
さっき、光龍ビャクさんとその力を借りていたスーは京也に吹き飛ばされていた。
ビャクさんの力を借りているとはいえ、京也の一撃を受け止めたスーが無事であるはずがない。
それは、ガードしたにもかかわらず、驚くほど遠くまで吹き飛ばされていることからも容易に想像できる。
回復のスペシャリストであるビャクさんは、スーの治療をそこでしている。
つまり、こちらに駆けつける余裕はないということ。
「あー、俺様が死んだら、俺様のこと、食っていいぞ。腹の足しにはなるだろ」
「バッカお前、そんなちっせえの食っても足しになるわけねーだろ」
ゴーカさんが本気か冗談かわかりかねる言葉を吐く。
それに対して風龍のヒュバンさんが、これまた冗談めかして返す。
しかし、ヒュバンさんの声は震えていた。
「あぁ。けど、死ぬ前に、俺様も捧げねーとな」
その言葉を最期に、ゴーカさんの体が京也と同じく塵になる。
「……バッカ。これじゃ食えねーだろ。最後の最後まで、大馬鹿なんだからよ……」
「……」
ヒュバンさんが涙声で塵になってしまったゴーカさんを見送り、火龍グエンさんも片手で顔を覆っている。
「誰か、ロナント氏に連絡を。一度撤退して態勢を立て直そう」
そんな中、レイセさんだけは冷静だった。
冷淡だとさえ言える。
「少しくらい待ってさし上げたらどうなんです?」
だから、思わず苦言を呈してしまった。
「今この時もイエナは時間を稼いでいる。そのイエナの献身を無に帰せと?」
返された言葉に反論できなくなる。
「レイセの言う通りだ。己が連絡しておく」
グエンさんが京也に切り落とされた片手を押さえながらそう言う。
シュンが倒れ、グエンさんを初めみんな満身創痍の状態。
私も純潔のバリアを張りっぱなしでMPはもうほぼ空。
私でさえこのような状態なのだから、実際に戦っていたグエンさんたちはもっとだろう。
「やれやれ。ようやくこの暑いところから出られる」
ひょっこりと、それまで姿の見えなかった氷龍ニーアさんが出てくる。
今までどこに隠れていたんだろうか?
「ニーア。ビャクとスーレシア嬢を回収してきてくれ」
「なんで我が?」
文句を言いつつ素直にビャクさんの治療の光が見えるところに向かうニーアさん。
ほどなくして、転移でやってきたロナント様により、私たちはエルロー大迷宮から一時撤退と相成った。
「どうじゃ? 小僧の容態は」
「まだ目を覚ましません」
拠点に戻った私たちは各自休息をとっていた。
私はシュンが眠るベッドの脇に座り、シュンの容態を見ていた。
「嬢ちゃんも少し寝ておけ」
「……寝られないんです」
ロナント様に気遣われるが、目を閉じても眠れる気配がなかった。
疲労はピークに達しているというのに。
「気が高ぶっとるんじゃな。戦場じゃよくあることじゃ。じゃが、そういう場合限界が訪れるとぷっつりと意識を失ってしまう。小僧のようにな」
ロナント様はそう言って肩をすくめた。
シュンの慈悲による蘇生は見ているだけでも相当きつそうだった。
倒れる限界までグエンさんたちを蘇生させ続けていたということなんだろう。
「じゃが、小僧が倒れたのはそれだけではあるまい。そうじゃろ?」
ロナント様が部屋の入り口を睨む。
そこには、闇龍レイセさんが佇んでいた。
「勘がいいね」
「年を食っとるからの。古龍には及ばんじゃろうが」
レイセさんの言葉は、なにかを隠していると肯定するようなものだった。
シュンについて、なにかを。
「どういうことですか?」
「そう怖い顔をしないでくれ。僕も知らなかったことなのだから」
レイセさんはそう言ってベッドのそばまで近づいてきて、シュンの顔を覗き込む。
「代償だよ」
「え?」
「おかしいと思わなかったかい? 死者の蘇生、それは本来ならばありえざる奇跡だ。それはシステムがあるこの世界でも変わりない。むしろ、システムがあるからこそ、死者蘇生などあってはならない。それなのに、その奇跡を起こす対価がMPだけなんて、少なすぎると思わないかい?」
「それ、は……」
言われてみれば、それはその通りだった。
前世のゲームでは蘇生の魔法なんてありふれていたので、ついそういうものだと思い込んでいたけれど、現実で死者蘇生などというものは奇跡に他ならない。
そして、そこまで聞いてしまえば悪い予感がしてくる。
確信ともいえる、悪い予感が。
「彼、魂を削ってる」
ヒュッ、と息をのむ。
京也が塵になる姿が脳裏をよぎる。
「このまま蘇生を使い続ければ、遠からず彼の魂は砕け散る。そうなれば、システムがあろうがなかろうが転生することもできなくなる。死とも違う、無だ」
「そんな……!?」
死は恐ろしい。
けど、無はそれよりもさらに恐ろしい。
それにシュンが?
「転生者の魂には防壁がかけられていたみたいだ。けど、それも慈悲を使い続けたことでなくなってしまっている。彼が慈悲を連発できたのはその防壁があったおかげだな。敵に塩を送られていたわけだ。彼女にそんなつもりはなかっただろうが」
レイセさんの言葉が右から左に流れていく。
京也は、自らの意思でその身を、魂を捧げた。
死よりも恐ろしい、無になることを、自ら望んだ。
それほどまでの覚悟を決めて、この戦いに臨んでいた。
対して、私はどうだ?
そこまでの覚悟があったわけじゃない。
そして、私が軽率に背を押してしまったことで、シュンも無の危機にさらしている。
頭の中が真っ白になっていく。
「俺は、あと何回慈悲を使えますか?」
「シュン!? 目が!?」
いつの間にか、シュンが目を覚ましていた。
「……さて。僕も魂の専門家じゃない。もう次はないかもしれないし、まだまだ使えるかもしれない」
「そうですか」
「シュン、もう慈悲は使ってはなりません」
「……そういうわけにはいかないだろ」
シュンがベッドの上で半身を起こす。
「戦うって決めたのは、俺自身だ。京也が、この戦いがどういうものなのか示したのに、今さら俺だけ逃げるわけにはいかないだろ」
シュンは拳を握り締め、それをじっと見つめた。
「覚悟が足りなかった。だから、覚悟を決める」
その瞳に、もう迷いはなかった。
覚悟が足りなかったのは、私の方だ。
「……ごめん。少しだけ一人にしてください」
シュンに言われ、私は立ち上がった。
かける言葉が、思い浮かばなかった。
「あとで軽く食べられるものを持ってこよう」
「はい。ありがとうございます」
そして、私たちは連れ立って部屋を出る。
「知らなかったと言ったな? じゃが、予想はしておったのではないか?」
ロナント様がレイセさんに問いただす。
「でなければ魂などと目に見えぬものの症状を言い当てることなどできんじゃろ?」
「ご明察」
「! あなたは!?」
それはつまり、こいつはシュンが慈悲を使えば使うほど魂が摩耗していくことを予想していて、使わせていたということになる。
「僕を責めるのはお門違いだ。慈悲を使うのを強要した覚えはない。全部彼が自発的に行ったことさ」
「強要はしていなくとも、促してはいました」
「そりゃそうさ。そうしなければ僕らはあの鬼人に勝てなかった」
悔しいが、その通りだった。
「ゴーカの最期は見ただろう? 僕らはこの戦い、勝とうが負けようが捧げるつもりでいる」
「それ、は」
「その覚悟で臨んでるってことさ。まさか敵も同じだとは思わなかったけれど。君らには、その覚悟があるかい?」
「……」
「だからね、僕らは負けるわけにはいかないのさ。そのためなら使えるものは使う」
何も、言い返せない。
覚悟が、足りていないのだから。
「はん! 強い言葉で誤魔化そうとするでないわ」
それを、ロナント様が不機嫌そうに遮った。
「お主らの覚悟など知らんわ。それがあることがそんなに偉いことか? 前途ある少年の未来を閉ざしていい理由になるか? 隠して利用して、それで自らが正しいと胸を張れるのか?」
「……」
今度はレイセさんが黙る番だった。
「……汚れ役は慣れている」
「ふん! まあええ。どうせ儂が言ったところで今さら方針は変えんじゃろう。じゃが、儂はこの件で憤っておるということは覚えておけ」
「肝に銘じておくよ」
レイセさんはそう言って私たちに背を向け、歩き去っていった。
「嬢ちゃん、下りるなら今のうちじゃぞ?」
ロナント様のその言葉に惹かれなかったかといえば、否定できない。
けれど。
「私はシュンについていきますわ」
それが、シュンをこの戦いに引き入れてしまった私の責任だろうから。
スキルの代償
スキルは基本システムのエネルギーを使うことはありません。スキルでシステムのエネルギーを使ってしまうと本末転倒だからです。そのスキルの代償は全てスキル保持者が支払うことになります。勇者などの称号のほうが例外です。




