表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
587/600

最終決戦⑪

遅刻ぅ!


ラース(京也)視点

 自分の体が勝手に暴れまわっている。

 それを僕はどこか人ごとのように見ていた。

 幽体離脱して、自分の体を俯瞰視点で見つめているかのようだ。

 もっとも、残念ながら視界は元の体が見ているもので、俯瞰視点で全体を把握することはできていないけれど。

 気分的には幽体離脱しているようだ、というだけのこと。


 そんなくだらないことを考えていられる余裕があるのは、ひとえに今の僕にできることがないからだ。

 憤怒を発動した僕の体は、まったく言うことを聞いてくれない。

 もう少し、ブレーキの壊れた暴走車を操縦するくらいのイメージだったのだけれど、残念ながら僕が座らされたのは後部座席で運転席ですらなかったらしい。

 外道無効も憤怒のデメリットをなくすことはできていなかった。

 おそらく、もう僕の体が僕の意思の元に戻ってくることはないだろう。

 だから僕は死ぬまでこうして見ていることしかできない。


 ただ、そこに後悔はない。

 エルフの里で、古龍二体を相手に憤怒なしでは勝てなかった。

 だから、もし古龍との戦いになるのならば、憤怒を使うことはためらわないつもりでいた。

 懸念があるとすれば憤怒を発動してしまえば敵味方の区別がつかなくなってしまうことだったけれど、幸いにして味方が近くにいない状況で戦いを始めることができた。

 ならば、あとは思いっきり暴れるだけだ。


 もう何度目になるかわからないが、飛び掛かってきた豹龍を切り裂く。

 豹龍はもうMP切れらしく、雷を纏うことすらせず愚直に飛び掛かってくることしかしない。

 繰り出される爪や牙は鋭く、しなやかな豹のような体躯の身のこなしは素早い。

 並の人間であれば雷の力を使わずとも、ステータスの高さだけで圧倒できただろう。

 だが、憤怒を発動した僕のステータスは、全盛期のアリエルさんすら超える。

 ステータスで劣る豹龍では、ただの的でしかない。


「ぬおおおおお!」


 しかし、そんな豹龍を囮にして、火龍が背後から僕の体を叩きのめす。

 前足による叩き落とし、じゃない!?

 火龍は僕の体を掴んでいた。

 そして、叩いたその衝撃のままに、僕ごとマグマの中に突っ込む。

 体が焼ける。

 いくら僕のステータスが高かろうと、さすがにマグマの中に生身で飛び込んでノーダメージとはいかない。

 HPの自動回復を超えて、じりじりとダメージが入っていく。

 しかし、僕の体はそれに慌てることなく、掴まれていた火龍の前足を切り裂き、マグマの中から脱出した。


 マグマの中から飛び出す。

 そこに、待ってましたとばかりに風の弾丸が襲い掛かってくる。

 頭に直撃し、脳が揺らされる。

 ステータスが高くても、こういった攻撃ではどうしたってダメージが出る。

 そして、脳を揺らされたことによる弊害もまた。

 風の弾丸をくらった衝撃と脳震盪とで、再び僕の体がマグマの中に沈んでいく。


 気絶無効のスキルのおかげか、脳震盪はすぐに治まり、僕の体はまたすぐにマグマを飛び出した。

 再び風の弾丸が頭目がけて飛んでくるが、来るとわかっていれば対処は容易い。

 右手を振り、風の弾丸を弾き飛ばす。

 そして、さらに左手を振り、迫ってきていたプテラ龍を切り裂こうとした。

 が、その手に握っていた刀は、刀身がなくなっていた。

 プテラ龍に対するカウンターは空振りに終わり、僕の体は足蹴にされて三度マグマの中へ。

 さすがに同じ場所から上がるのは危険だと学習したのか、僕の体はマグマの中を泳ぎ、少し離れた場所から陸に上がった。


 両手には刀身のなくなった刀。

 僕の体はマグマの熱に耐えられても、武器までは耐えられなかったようだ。

 それを投げ捨て、予備の刀を空納から取り出す。

 すでに戦いの前に作っていた魔剣はほとんど使い果たしている。

 予備の刀もこれで最後だった。

 そして、今の攻防で僕のHPもだいぶ減らされていた。


 憤怒によってすべてのステータスが十倍になろうとも、HPMPSPだけはその限りではない。

 最大値は増えても、現在値は憤怒発動時の数値のまま増えない。

 HPとMPは自動回復分は徐々に増えていくが、SPはそれすらない。

 そして、MPを温存するという考えは、憤怒に支配された僕にはない。

 MPは空に近づいている。

 そして、HPも度重なる古龍たちの攻撃により、徐々にではあるが減らされてきていた。

 HPだけじゃない。

 どこかに隠れているらしい術者によって、少しずつではあるけれどステータスが減らされていた。

 呪いによるデバフのようだ。

 徐々に徐々にではあるが、僕は追い詰められてきていた。


 再び古龍たちが襲い掛かってくる。

 その中には、先ほど切り捨てたはずの豹龍も交じっている。

 視界の端に俊の姿が映る。

 この戦い、キーを握っているのは俊だった。

 俊が際限なく古龍を蘇生しているため、僕も攻め切れていなかったのだ。


 レベルアップは一度もしていない。

 古龍たちを何度も倒しているにもかかわらず。

 あれだけの力を持つ古龍を倒して、レベルが上がらないということはないはずだ。

 おそらく、蘇生手段がある時の特殊裁定があるんだろう。

 レベルアップはシステムに回収されるエネルギーの一部をおこぼれとしてもらうのだから、魂がシステムに回収されていなければそれももらえないということなのだろう。

 普通経験値は相手を倒した瞬間に手に入るものだけれど、蘇生手段が近くにある場合だけ、その判定が遅らされるんだろう。

 つまり、蘇生手段を持つ俊を倒さなければ、いくら古龍を倒そうと経験値は入らないということだ。


 その俊を真っ先に始末できれば、この戦いは有利になるのだが、あいにく憤怒に支配された僕の優先順位は目の前の相手らしい。

 俊が厄介だとわかっていながら、放置してしまっている。

 ……いや、もしかしたら、そう心のどこかで僕自身が願っているからかもしれない。


 覚悟は、できているはずだ。

 かつての友を、切り殺す覚悟は。

 けど、心のどこかで、それを拒否しているから、こうしてそれをするのを避けているのかもしれない。

 ならば……。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 その甘さは、捨てなければならない。


「まずい!?」


 古龍たちの包囲網を突破し、俊のもとに駆ける。

 今にも倒れそうな青い顔をした俊の顔がこわばる。

 その前に、叶多が立ちふさがった。

 叶多が両手を掲げ、バリアのようなもので自身と俊を覆う。

 僕の刀がそのバリアのようなものに叩きつけられ、驚いたことに弾かれる。

 しかし、バリアにもひびが入った。

 そして僕は二刀流。

 もう片方の刀がバリアに叩きつけられ、そして砕け散った。


「兄様!」


 だが、そのバリアに阻まれた一瞬で、さらに僕と俊の間に立ちふさがる人物が駆け付けてしまった。

 俊の今世の妹らしい少女は、白い小さな龍の加護をえて古龍たちとともに僕と渡り合っていた。

 しかし、それは他の古龍のサポートがあってこそ。

 一対一の状況では、僕の敵じゃない。

 二刀を同時に俊の妹に叩き付ける。

 俊の妹はそれを剣で受け止めるが、踏ん張りがきかずにそのまま後方に勢いよく弾き飛ばされてしまった。

 これで、俊を守る者はいない!


 二刀を振り上げる。

 そして、勢いよく、ためらうことなく、振り下ろした。

 俊はとっさに叶多を突き飛ばし、身を挺してかばおうとした。

 だが、できたのはそれだけ。

 僕の攻撃を避ける暇はない。

 だから、それで僕はかつての友を切り捨てた、はずだった。


「?」


 そこには、無事な姿の俊がいた。

 不思議に思って自らの手を見てみると、そこには刀身の折れた二刀があった。

 MP切れ。

 それによって、魔力付与が切れていたんだ。

 そして、魔力付与のない武器では、さすがの魔剣でも僕の全力に耐えられなかったらしい。


 僕の体の反応は早かった。

 刀身の折れた刀をそのまま俊に向けて突き出したのだ。

 刀身がなくとも、僕の全力の突きだ。

 顔面に当たればそれだけで俊を殺しうる。


 しかし、するりと僕の腕に、別の人の腕が巻き付く。

 そして、視界が回った。


 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 回転する視界の中に、俊の近くにずっといた男? が、妙な姿勢でいるのが見えた。

 あれは、背負い投げのポーズだ。

 つまり、僕は背負い投げをされたらしい。


 そして、空中できりもみしているところに、豹龍が喉笛に噛みついてきた。

 デバフでついに僕の防御力も突き破られてしまう値にまで下げられてしまったようで、首に牙が食い込む。

 噛みつかれたまま着地し、さらに豹龍を思いっきり殴りつける。

 豹龍の体が地面に叩きつけられ、牙が刺さったままだった僕の首も盛大に血を吹き出した。


 ……まいった。

 HPがみるみる減っていく。

 武器ももうない。

 MPもない。


 ……ここまで、か。


 体が倒れる。


「京也……」


 俊、そんな顔するなよ。


「そ……か……」


 ハハ。気道がやられたのか、声にならないな。

 ……ん?

 声が自分の意思で出せた?

 死に際だからか、憤怒が解けている?

 ハ、ハハ!

 それは僥倖!

 なら、僕のやることは決まっている。


「さ……さ……げ……る……!」


 ここでミスるわけにはいかないから、一音一音しっかりと口にする。

 そのたびに口から血があふれ出たけど、ちゃんと言葉になったはずだ。


「!? お前!?」


 僕を背負い投げした男? が驚愕している。

 俊と叶多は僕のしたことの意味を理解できていないようだ。


 初めから、こうするつもりではいた。

 もしこの戦いで僕が死ぬようなことがあり、なおかつ憤怒が解けていた場合。

 僕は、この世界で多くの人を殺した。

 それは、罪だ。

 罪には罰を。

 だから、この魂、すべてこの世界のために使い切ろう。

 それが、僕の贖罪。


 白さん、アリエルさん、ソフィアさん。

 ごめん。

 あとは、任せた。

 僕は、ここまでだ。


 そして僕は、塵になって消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 良かったね、ラース。 最後は、自分の思い通りにできて。 憤怒の最中、シュンに向かって行けた事も含めて……
[良い点] ラース、、、好きだった、、、、
[一言] 捧げちゃったかぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ