最終決戦⑦
お待たせしました!
シュン視点
「ハア! ハア!」
息が荒くなる。
酸欠の時のように頭が痛む。
それでも、手を休めるわけにはいかない。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
京也が吼える。
たったそれだけで、空気がビリビリと悲鳴を上げる。
雰囲気だけじゃなく、実際に京也の咆哮で空気が振動しているのだ。
十中八九、威圧の効果も乗ってるだろう。
それにあてられたら、おそらく恐怖で身動きできなくなる。
そうなっていないのは、カティアの純潔のスキルによって張られた結界のおかげだった。
『純潔:神へと至らんとするn%の力。自身の持つ神性領域を拡張する。なにものも侵すことのできない領域を展開する。また、Wのシステムを凌駕し、MA領域への干渉権を得る』
どうやら純潔のスキルの効果は、強力な結界らしい。
物理、魔法はもとより、威圧などのそれらに分類されない目に見えない効果すらも遮断する、まさに絶対防御とも言うべきすさまじい結界だ。
ただ、その純潔の結界でさえ、この戦いでは余波を防ぐことしかできていない。
「くぅ!」
カティアが両手を前に掲げ、結界を押さえるように歯を食いしばる。
直後、大地を揺らす爆発があたりを包み込んだ。
火龍グエンさんのブレスと、京也の渾身の一撃がぶつかったからだった。
そして、その結果は……。
「ぐふっ!」
グエンさんの巨躯が、上下で両断されていた。
傷口と、さらに口からも大量の血をまき散らしながら、地に倒れるグエンさん。
「勇者」
「わかってます! あともうちょっと! ……よし!」
闇龍レイセさんに急かされ、さっきから取り掛かっていた蘇生を完了させる。
「ぬお!? あの世が見えたぜ!」
「冗談を言ってる暇があったらとっとと死にに行って来い」
「そりゃねえぜ! 行くけどよ!」
そう言って、風龍ヒュバンさんが飛び去って行く。
「よし。ではグエンの蘇生に行くぞ」
「はい!」
レイセさんは言うが早いか、俺とカティアを脇に抱えて走り出す。
レイセさんのステータスも相当高いらしく、俺たちは一瞬にして先ほど両断されてしまったグエンさんのもとにたどり着いた。
俺はすぐさまグエンさんに慈悲のスキルを使い、蘇生を始める。
戦況は膠着していた。
グエンさん、ヒュバンさん、そして雷龍のゴーカさんの三人が京也と対峙し、氷龍のニーアさんが隠れたところから京也に弱体化の呪いをかけ、誰かがやられた時は俺がこうして蘇生させる。
蘇生役の護衛としてレイセさんと、カティアの結界。
出発前にカティアには「守ってくれ」と言われてたけど、逆にカティアに守ってもらっている。
が、そんなことを気にしている余裕はない。
カティアの結界がなければ、俺は戦いの余波だけで死んでいただろう。
「くっ!」
今も、京也の射出した魔剣が爆発を起こし、抉れた地面がまるで散弾のように結界にぶち当たっていた。
蘇生に集中しなければならない俺に、それを避ける余裕はない。
そもそも、万全の状態でもそれを避けられるかどうかはわからない。
余波でこれだ。
その激しい戦いこそが、この世界の命運を賭けた戦い。
幸い、憤怒を発動させた京也は目の前にいる敵を優先するらしく、俺やカティアには見向きもしていない。
蘇生役だからと狙われていたら、真っ先にやられていただろう。
「ビャクが参戦しても互角、いや、少々押され気味か」
レイセさんが戦況を見ながらつぶやく。
俺はグエンさんの蘇生を続けながら、少しだけ顔を上げる。
「はあ!」
そこには、京也に切りかかるスーの姿があった。
その手に持っているのは俺が持っていた王家伝来の剣だ。
そして、そのスーの体には、巻きつくように小さな白い龍がくっついていた。
その小さな白い龍こそ、光龍ビャクさん。
俺が持っていた王家伝来の剣、それに憑りついていた古龍だった。
「いつまで不貞腐れているんだい? そろそろ働き給え」
レイセさんがいきなり俺に向かってそう言い放ち、その言葉に呼応するように剣からビャクさんが出てきた時は驚いた。
「不貞腐れてなどいない」
「やれやれ。お気に入りの勇者が死んだからと言って、自らの使命を放棄するのはよくないと思うよ?」
「放棄などしておらん」
「だったら働き給え」
呆気にとられた俺たちをよそに、レイセさんとビャクさんのやり取りは進んでいった。
「小娘、お前だ。力を貸す。やるがいい」
そして、ビャクさんはスーを指名し、その手に王家伝来の剣を握らせ、前線に赴かせたのだ。
それがグエンさんに最初に蘇生を施した後の出来事。
俺は知らなかったのだが、あの王家伝来の剣とやら、正式名称は勇者剣というもので、勇者の特別な装備なのだとか。
そして、ビャクさんはその管理をしていたそうだ。
勇者剣のもとの持ち主はユリウス兄様で、ユリウス兄様は何かあった時、その剣をレストン兄様の手に渡るよう、ハイリンスさんに頼んでいたそうだ。
そして、レストン兄様はその剣を俺に託していた。
まさかそんなたいそうな剣だったとは、思いもよらなかった。
けど、ユリウス兄様がその剣を残してくれたおかげで、俺たちは今戦えている。
ユリウス兄様……。
勇者剣の真の力とやらは勇者でなければ使えないらしい。
だからスーにはその力は使えないが、勇者剣はとんでもなく頑丈だ。
それこそ、京也とつばぜり合っても、刃こぼれ一つしないほどに。
「ふっ!」
スーが勇者剣で切り込むが、京也はそれを力ずくで跳ねのけてしまう。
普通の剣だったら、剣ごとスーの体は両断されてしまっていただろう。
その想像をするだけでヒヤッとする。
だが、そうはならず、京也の斬撃は勇者剣によって防がれ、スーも数歩下がるだけでダメージを受けた様子はない。
ビャクさんの能力は支援と回復に極振りされているらしい。
ビャクさんの支援、いわゆるバフを受けた今のスーは、京也と打ち合えるだけのステータスに押し上げられている。
さらに、直接触れ合っているスーほどじゃないけれど、他の古龍の皆さんもビャクさんのバフを受け、強化されている。
だけでなく、ビャクさんは誰かが傷つけば即座に回復を飛ばし、傷を癒している。
支援と回復特化の極みのような存在だ。
だが……。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
飛び掛かったゴーカさんが、京也の一刀によって切り裂かれる。
「ぐっ! ちっく、しょうめ……!」
ゴーカさんの体は両断されている。
あれでは、いくら回復のエキスパートであるビャクさんでも治療できない。
古龍。
それは神話級と称される魔物の中でも、特に強力な、伝説的存在。
その古龍がレイセさんを除いた五人がかり。
それでもなお、届かない。
「勇者」
「わかって、ます!」
グエンさんの蘇生を急ぐ。
慈悲の発動には大量のMPを消費する。
さっきからMPを使いすぎてくらくらしている。
それでも、止めるわけにはいかない。
俺が止めたら、いや、俺だけじゃない、なにか一つでも綻びが生じたら、一気に崩れる。
その確信があった。
「できました!」
グエンさんの蘇生が終わる。
「ぐ、ぬ。またやられていたか」
グエンさんが頭を軽く振りながら立ち上がる。
そして、すぐさま戦線に復帰していった。
「では行くぞ」
「はい!」
またレイセさんに抱えられ、ゴーカさんのもとに向かう。
その間にポケットからMP回復薬を取り出し、一気にあおる。
MPが回復する。
でも、その量は全快には程遠い。
高価なMP回復薬だけど、その回復量は定量で少ない。
ないよりかはまし程度だ。
これが定量回復ではなく割合回復であれば、とも思うが、そんな都合のいい薬は残念ながらない。
ゴーカさんの元までたどり着き、蘇生を開始する。
MPが心もとない。
一つ綻びが生じれば、何とか保っているこの均衡は崩れる。
そして、おそらく最初に訪れる綻びは、俺のMP切れだ。
頼む。
その前に、決着を。
戦っているみんなを内心で応援するしかできない自分に腹が立つ。
だが、腹を立てようが俺の力不足はどうにもできない。
そして、戦況が有利になる様子も、ない。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
それほどまでに、京也は、強すぎた。
古龍強さ比較
水龍イエナ > 風龍ヒュバン > 地龍ガキア > 氷龍ニーア > 火龍グエン > 雷龍ゴーカ
支援特化:光龍ビャク 特殊枠:闇龍レイセ
水龍イエナ:呼吸してれば溺死させ、穴が開いてればそこから水を送り込んで内部から破壊する、えげつない手段が豊富。そのくせステータスも軒並み高く、合計数値はゴーカに次いで2位
風龍ヒュバン:天候を操るだけでなく、気圧なども操り敵を翻弄する。速度なら古龍一。三下風味な言動のくせにやたら強い
地龍ガキア:故人ならぬ故龍。防御力が尋常じゃなく、同じ古龍でもまともに傷つけることは困難なほどだった
氷龍ニーア:周囲一帯を極寒にして呪いの地に変え、本人は優れた防御力で耐えながら敵をじわじわと弱体化させていくいやらしい戦い方が得意
火龍グエン:上五体に比べ、わかりやすいオールラウンダータイプ。そのせいでこと戦闘面では若干影が薄い
雷龍ゴーカ:ステータス全振り。ステータスの合計数値なら古龍1位。なおスキルは……。だから最下位のバカなんだよ……
光龍ビャク:WEB版では今回唐突に登場した支援、回復特化の古龍。本人の戦闘能力も低いわけではないが、支援させといた方が強い
闇龍レイセ:???




