最終戦③
水龍イエナ(初登場)視点
流れる大量の水とともに、人魚形態になったわたくしはエルロー大迷宮の上層を進んでいく。
まったく、どうしてこんなことになってしまったのやら。
こうなってしまった経緯を思い出すと、頭が痛くなります。
「水攻め致しましょう」
事前の打ち合わせにおいて、ダスティンの出した案に場の空気が固まった。
人と長らく接していないわたくしでもその空気を察することができたのだから、その場にいた全員の意思は統一されていたことでしょう。
すなわち、「こいつは何を言っているのか」。
「あー、その、なんだ」
その空気を察してか、口ごもりながら火龍グエンが切り出す。
グエンは見栄っ張りのくせに意気地なしですが、こういう時率先してリーダーシップを取ろうとするのは評価できます。
「ダスティン、エルロー大迷宮を崩壊させる気か?」
そして、グエンは誰もが思ったことを代弁してくれました。
エルロー大迷宮は大陸と大陸をつなぐ、地下に作られた迷宮です。
当然、大陸と大陸との間には海が横たわっており、その海底のさらに下を通ることになります。
エルロー大迷宮の規模を考えれば、ダスティンの言う水攻めとは、その海底に穴を開け、海水をそのまま流し込む、と言うことに他ならないでしょう。
たしかに、たしかに!
相手を攻めるだけならば有効な手でしょう。
攻めるだけならば!
ですが、エルロー大迷宮は絶妙なバランスを保って存在しています。
初代怠惰の支配者が一生をかけて作り上げた大迷宮。
つまり、人工物。
自然物ではないそこに、大穴を開けて大量の水を流し込む。
その結果がどうなるのか、この英明なはずの人族代表がわからないと?
長年酷使しすぎてついに脳に蛆でも湧きました?
「我々の目的を忘れたか? エルロー大迷宮最下層最奥に支配者スキル持ちを届けねばならぬのだぞ? 肝心のエルロー大迷宮が崩壊してしまえばそれもかなわぬだろうに」
グエンが腕を組みながら嘆息。
エルロー大迷宮の天井に穴を開ければ、そこから連鎖的に崩壊が起きても不思議ではありません。
そもそもが海底のさらに下に巨大な空洞ができているのです。
上層が崩れれば、中層、下層、そして目的地である最下層すらも崩れて埋まりかねません。
「崩れたらその時はその時。掘り起こせばよいのですよ」
「掘り起こす……。簡単に言うがな……」
「できますでしょう?」
「む」
ダスティンのやけにきっぱりとした断言。
グエンが口ごもるとおり、わたくしたち古龍の力ならば、できなくはないでしょう。
地龍であるガキアがいないのでその作業は大変でしょうが。
「敵はあのアリエル様です。アリエル様と真正面から戦うのと、埋まってしまったものを掘り起こすのと、どちらが楽か、語るまでもありません」
グエンは呻き声も出さずに黙り込んでしまった。
反論できなくなってしまったからです。
「アリエル様はあれで常識的な方です。我々が水攻めなどという暴挙に出るはずがないと思っていらっしゃるはず。だからこそ、やる」
昔から手段を選ばない男ではありましたけど、思いっきりが良すぎやしません?
なりふり構わないとはまさにこのことです。
「サリエル様がおわすシステムの中枢が埋まった程度で壊れることはないでしょう。やるならば、エルロー大迷宮を破壊するつもりでやるべきです」
この時点でわたくし嫌な予感がヒシヒシとしておりました。
ええ、だってそれ、やるとしたらわたくしの領分ですので。
「そういうわけで、水龍イエナ様。どうかよろしくお願いします」
そうして今に至るわけです。
上層にはびこる野良の魔物や、アリエルの眷属と思われる蜘蛛の魔物をまとめて押し流す。
その水流に乗りながら、わたくしやわたくしの眷属たる水龍、水竜が突き進む。
水を伝って、大きな振動が伝わってくる。
どこかが崩れたみたいです。
今はまだ、流れ込んでいる水の量も少ないですが、このまま放置すればその量は増え続けます。
なんせ、海から直輸入ですので。
流れ込んだ水流はエルロー大迷宮の柱や壁を崩し、支えをなくしてゆきます。
さてさて、上層が水没するのが先か、崩壊するのが先か。
嫌なチキンレースです。
まったく、あのクズにも困ったものです。
人とその眷属に「死ね」と平然と命じるのですから。
わたくしはともかく、わたくしの眷属は生き埋めにされて生き延びれるのは少数です。
さらに、これを止めねばまずいことはあちらにもわかること。
つまり、アリエルは必ずわたくしを止めに何らかの手を打つ。
あのクズ、口ではなんだかんだ言いながら、エルロー大迷宮が崩壊するとは思ってないはずです。
わたくしはおそらく、アリエルに止められると、そう考えてるはずです。
まったく、嫌になります。
わたくしの役目は相手の出鼻をくじくことと、相手の出方をうかがうこと。
そして、できるだけ敵戦力を削ること。
わたくしたちの生存は、勘定に入れられてません。
酷い話です。
まあ、主人であるギュリエ様にダスティンに従うよう言われてますし、しょうがありません。
それに、どうせわたくしたち龍はシステムがなくなった世界で生きられるかどうかわからない存在なのですから。
魔物しかり、スキルがなければそれまで生きていた環境で生きられなくなる生物はたくさんおります。
そして、禁忌が配られなかったことからして、わたくしたちは人類のカテゴリーに入れられていません。
システムが人類とこの世界を生かすための装置ならば、そのカテゴリーに入れられなかったわたくしたちに配慮してくれるとは思えません。
どうせその時に生きていられなくなるのならば、ここで命を賭けてもいいでしょう。
おそらく他の古龍たちも同じ気持ちのはず。
……怠け者の愚妹、氷龍のニーアはそうではないかもしれませんが。
さてさて。
どうやらお出迎えのお出ましのようで。
それまでろくな抵抗もなく押し流せていたタラテクト種とは異なる、白い蜘蛛の魔物たち。
悪夢の残滓とか言いましたか。
どうやら彼らがわたくしの相手をして下さるようですね。
ですが。
「このわたくし相手に、この程度で止められると考えてますの? なめられたもんです」
海を統べる大海の覇者の力、思い知るといいです。
水龍イエナ
何気に口の悪い古龍。普段は海にいて、人類が間違っても海の先の崩壊した大地にたどり着かないよう管理している。本来の姿は全長200メートルにも及ぶ東洋型の龍。エルロー大迷宮だとさすがにその姿ではいられないので、人魚形態で参戦。たぶん本来の姿を披露する場面はない。




