最終決戦①
ど、土日休みだったということでひとつ……。
バルト視点
「真に魔王様の忠臣を名乗るのであれば、貴公らを止めるべきなのであろうな」
出立前、第五軍軍団長のダラドは沈んだ声でそう言った。
「……我は魔王様の忠臣にはなれなかったということよな」
ダラドは寂しげに笑っていた。
軍団長たちは一枚岩だったわけではない。
サーナトリアを筆頭に、魔王様に反旗を翻そうとしていた軍団長もいれば、ヒュウイのように魔王様に心折られて服従していた軍団長もいた。
しかし、生粋の魔族の軍団長に共通していたのは魔王様に心からの忠誠を誓っている人物はほぼいなかったということだ。
第一軍軍団長のアーグナー様でさえ、そして、この俺もまた、魔王様に対して忠誠を誓っていたわけではなかった。
従わねば、魔族が滅ぼされてしまう。
だから、従わざるをえなかった。
その中にあって、ダラドは唯一、生粋の魔族でありながら、魔王様に心からの忠誠を誓っていた軍団長だった。
ダラドの家系が魔王信奉の深い一族ということもある。
そんな一族の出でありながら、ダラドは魔王空位の時代に生まれた。
魔王へ仕えることを夢見て、そしてようやく念願かない軍団長としてそばに控える権利を得たダラドの気持ちは、俺には想像することもできない。
ただ、その忠誠心は本物だったろう。
そのダラドも、魔王様の戦列に加わることは許されなかった。
魔王様がエルフの里に攻め込む際に連れて行ったのは、結局魔王様が自ら軍団長に取り立てた者たちだけだった。
ダラドの忠誠心が魔王様に届くことはなかったのだ。
ワールドクエストが発令され、魔王様の本心と目的が公開され、魔王様は最後の戦いに赴こうとしている。
「魔族領の治安維持は我が請け負う。行ってくるがよい」
そして、魔王様への忠誠心と、魔族の貴族としての責務、その板挟みにあったダラドの出した結論は、不参戦だった。
本人の言う通り、魔王様の忠臣を貫くのであれば、魔王様と敵対することを選んだ俺たちを止めるのが正解だっただろう。
しかし、それと同時に、ダラドは領民を抱える貴族でもあるのだ。
彼らを見殺しにすることは、できなかったのだろう。
さりとて、魔王様へ刃を向けることもできなかったに違いない。
ダラドの選択を中途半端と責めることはできない。
俺は一足先に人族に接触するために出立していたが、遠征の準備をサーナトリアに任せる際、戦う意思のある兵だけ召集するよう言いつけていた。
相手はあの魔王様だ。
戦えば、死ぬだろう。
死ぬとわかっている戦いに、嫌がる兵を連れて行っても足手まといになるだけだ。
死ぬとわかっていながら、それでもなお戦う覚悟がある兵だけを連れて行く。
そうして集まった魔族軍は、思ったよりも数が多かった。
「多いな」
「ええ、そうね」
俺の率直な感想に、サーナトリアが気だるげに答える。
そう、もう一つ予想外だったのが、サーナトリアがこの場にいることだ。
「お前は、魔族領に残るものだと思っていたよ」
「……あたしも、なんで来ちゃったんだろって後悔してるところよ」
サーナトリアは嘆息しつつも、今から逃げようという気はないようだった。
「あたし、世界的人気女優だったみたいよ」
「転生履歴を見たのか?」
「ええ。そういう反応をするってことは、そっちも?」
「まあな」
禁忌の転生履歴。
そこにあるのは今まで自分がどのような転生をしてきたのかということを知れる履歴だった。
魂に刻まれた記憶を呼び戻すと言うべきか。
その人生を選択すると、その時の記憶を思い出すことができるのだ。
俺は最初の一人目の記憶を選択し、思い出したが、それだけでも膨大な記録となる。
そんな記憶を一瞬で思い出したら脳が破裂するのではないかというほどの衝撃を受けた。
幸い俺は軽い眩暈を覚えただけで、倒れるほどではなかったのだが。
一つの記憶だけでそれなのだから、おそらくすべての記憶を思い出すのは危険だ。
俺が比較的軽傷で済んだのは、記録のスキルを持っていたからだろう。
というよりかは、システムの中にあって、戦闘にほぼ関係しないこのスキルがある理由が、これなのだろうな。
「主演を務めた映画が何本もあるのよ?」
「そいつはすごい」
「けど、もうどこにもその作品は残ってない」
本などの記録媒体は、システムの働きで劣化が著しく早い。
本などは写本することで何とか残すこともできるが、映画などはそうもいかない。
サーナトリアの始まりの人生、その女優が出演した作品は、もうこの世に一本も残っていない。
「死に際もすごく呆気なくてさ。その記録見ちゃうと、あたしの人生なんだったんだろうって、急に悲しくなっちゃってね。だから、ここで逃げたらいけないって気になっちゃったのよ。柄にもなくね」
「……そうか」
「あんたは?」
「俺か?」
「あたしがこうして話してんのに、自分は話さないって不公平じゃない?」
「勝手に話したのはそっちだろうに」
「いいじゃない」
ふう、と嘆息しながら、俺は眼鏡の位置を指で調整する。
「俺はそこそこの国の王族だった」
「え? 王子様だったの?」
「まあな。と言っても、政治は議会があったから、実権なんてなかったがな」
魔族の政治を取り仕切っている今と違って、当時の俺には実権が何一つなかった。
あるのは王族としての義務だけ。
堅苦しい生活だけだった。
「だが、俺は祖国を、そしてその地に暮らす国民のことが好きだった」
今はもう、存在すらしない国だ。
「だから、今度こそ、俺は守りたい」
それがたとえ、恩を仇で返すことになろうとも。
たとえ、この身が死すとも。
見つめる先、そこには地上を埋め尽くす黒い蠢く影。
それらすべてが、蜘蛛の魔物。
そして、その中心に鎮座する巨大な魔物こそが、クイーンタラテクト。
まだ相当距離があるというのに、それでもその圧倒的な威容は恐怖心を駆り立ててくる。
ゴクリと、誰かがつばを飲み込む音が聞こえた。
あるいはそれは俺自身が発した音だったのかもしれない。
タラテクト群の頭上を、分厚い雲が覆い始める。
そして、
轟雷。
クイーンタラテクトへ向け、激しい雷が落ちる。
それが開戦の合図となった。
まるで地面がそのまま動いてくるかのように、タラテクト群が波打ちながら進んでくる。
「大魔法準備! 盾、構え!」
叫ぶ。
「まだだ! まだ! もっと引きつけろ!」
迫りくる、波。
生理的嫌悪感を催す、大群。
「放て!」
俺の合図を皮切りに、連合軍のいたるところから大魔法が放たれる。
それらは迫り来ていたタラテクト群を薙ぎ払う。
だが、薙ぎ払われた先から後続のタラテクトが進み出る。
「次弾! 放て!」
だが、こちらもそれは想定内。
大魔法を時間差で放っていく。
それでも、前に進んでくるタラテクト群。
大魔法をかいくぐって盾を構えた前衛に到達するのは、時間の問題だろう。
「臆するな! 一体一体は大したことはない! 慌てず冷静に対処するのだ!」
奴らに死の恐怖はないように思える。
だが、それはこちらも同じこと。
「我らの命! 魔族の未来のために!」




