集う②
シュン視点
「魔族代表の方がお見えになりました」
緊張を伴った侍従の呼びかけ。
それもそのはず。
人族領で最も魔族領から遠い聖アレイウス教国に、おそらく史上初めて魔族が足を踏み入れたのだから。
そして姿を見せたのは、想像していたのと違って若い男性だった。
魔族と人族に見た目の差異はないと知っていたけれど、こうして改めて実物を見ても、普通の人族にしか見えない。
「バルト・フィサロです。よろしくお願いします」
しかし、人族より長命な魔族のこと、おそらく見た目通りの年齢ではないのだろう。
名乗りを上げる姿は堂々としており、敵地と言っても過言ではないこの場において、怯えや緊張などはおくびにも感じさせなかった。
「遠路はるばるようこそおいでくださいました。私が神言教教皇ダスティンです」
教皇が挨拶を返す。
そして、バルトさんが席に着くと、会議が始まった。
「さて。あまり時間の猶予もありませんし、前置きなどは省きましょう。ここに集まっていただいた皆さんには我々に協力していただく意思があるという前提のもと話を進めさせていただきます」
教皇が代表して話し始める。
この場には魔族の代表であるバルトさんをはじめ、各国の代表などが集まっている。
聖アレイウス教国は神言教の総本山であり、各国に繋がる転移陣が設置されている。
さらに、ロナント様が方々に駆けずり回ってくれたおかげもある。
だからこそ、こうして迅速に各国の代表を集めることができたのだ。
とは言え、自国内での協議が終わらず、参加を見送った国も多い。
俺の祖国であるアナレイト王国も不参加だ。
うちの場合、ユーゴーの起こした内乱騒ぎのせいで、まだ王妃派とレストン兄様派で分裂しており、それどころじゃなかったという事情がある。
世界の命運を賭けた戦いをそれどころと言うのはあれだし、レストン兄様たちだってそれはわかっているだろう。
が、だからといってついこの前まで争っていた二派がすぐ手を取り合うことができるかと言えば、難しかったんだろうな。
もう少し時間があれば駆けつけることもできたのかもしれないが、残念ながらそこまで悠長に構えている暇はない。
そう考えれば、魔族の動きはすさまじいほど迅速と言える。
あの魔王と教皇の宣言、それを受けてすぐに行動に出たのだから。
バルトさんはまず早馬で帝国に接触を図ったらしい。
というか、その早馬にバルトさん自身が同行したそうだ。
そして、帝国に取り次いでもらい、こうしてこの場に直接出向いている。
魔族の首都から帝国にあるここに繋がる転移陣まで、どれだけの距離があるのか知らないが、まさか魔族領のすぐ近くにそんな重要設備があるはずもない。
おそらく睡眠をとる時間もなく、この場に駆けつけたんだろう。
それだけ事態を重く見ているということでもある。
長年戦争を続けていた人族と一時休戦してでも、という強い覚悟のもと。
「我々の目的は魔王アリエルによるシステム崩壊の阻止。そのためにはエルロー大迷宮最下層最奥に支配者スキルと呼ばれる特別なスキルを持った人物が到達せねばなりません」
俺がこの会議に参加しているのは、俺が勇者だから、と言うわけではなく、その支配者スキルを持っているからだ。
俺のすぐ両隣にはカティアとスーもいる。
「ですが、すでに魔王アリエルはエルロー大迷宮に到達しており、防御の布陣を敷いております」
神言教の偵察部隊によると、エルロー大迷宮の入り口となる二か所、カサナガラ大陸側とダズドルディア大陸側、両方にとある魔物が鎮座しているという。
その魔物こそ……。
「クイーンタラテクト」
その魔物名を聞き、出席者たちがにわかに息をのむ。
それは神話級の魔物。
その強大な魔物が、それぞれの入り口に一体ずつ。
さらに、そのクイーンタラテクトの眷属と思われる蜘蛛型の魔物が次々と召喚されているらしい。
その数、目視では到底計測できず。
つまり、あまりにも膨大な数の魔物がいた、ということらしい。
「それだけでなく、おそらくエルロー大迷宮内にもすでに魔王アリエルの配下が配置されているとみて間違いないでしょう。これを突破せねば、我々人類の勝利はありません」
クイーンタラテクトは人の手には負えないとさえ言われる神話級の魔物。
かつて、クイーンタラテクトを討伐せんと、昔の勇者が大軍を率いて戦ったことがある。
結果は、相打ち。
かき集められるだけの戦力をかき集め、さらに勇者を筆頭に人族の英雄と呼ばれる人たちが多数参加し、それでもなお、相打つのが限界だったという。
そんな魔物が、二体。
「クイーンタラテクト二体を同時に相手取るのは無謀。ゆえに、どちらか片方に集中し、少数精鋭にてエルロー大迷宮内を強行突破いたします。皆様には、クイーンタラテクト率いる群団の相手をお願いしたい」
小さなうなり声がそこここであがる。
クイーンタラテクトの相手。
それは容易なことではない。
全滅することさえ視野に入れなければならない。
……それどころか、それを前提に考えねばならないかもしれない。
一国の代表として、それを許容できるか否か。
「出立は二日後。ここより出陣いたします」
しかし、そんな各国代表たちの黙考を遮るように、教皇が告げる。
二日後という、あまりにも期間のない出立。
しかし、そうしなければならない理由もまたあるのだ。
「こうしている間にも、刻一刻とシステム崩壊へのカウントダウンは進んでおります。二日後、ここにはせ参じることができなかった場合は、集まっている方々だけでも出立いたします」
黒龍様と言う神様が若葉さんと戦っているこの時も、若葉さんはシステムを崩壊させるべく動いているらしい。
そのタイムリミットがどれくらいなのか、それを知るすべはない。
しかし、悠長にしていればその時が来てしまう。
もしかしたら、今この瞬間にもその時が来ないとは限らないのだ。
「参陣できないのであればそれでもかまいません。どちらが勝とうとも、それが世界の選択となるのですから」
人が死ぬか、神が死ぬか。
これはそういう戦いなのだから。
そして、この会議から二日後。
ついに、世界の命運を分ける戦いの火蓋が、切って落とされた。




