選択の時⑦
昨日はプチ冬眠してました(17時間くらい)
シュン視点
……俺は、どうしたらいいんだろう?
いくら考えても答えは出なかった。
魔王アリエル。
教皇ダスティン。
それぞれの主張を聞いた。
世界を賭けた戦いを主導する二勢力、その代表の主張。
そんな重大な場面での主張であるにもかかわらず、両者は示し合わせたかのように、互いに短い言葉しか告げなかった。
しかし、その短い言葉に、どれほどの想いが込められているのか。
転生者という、半ば部外者であるはずの俺にも察することができた。
両者の、あまりにも重い、重すぎる覚悟を。
何の因果か、俺はその戦いに大きく介入できるキーを持ってしまっている。
魔王陣営に組してもさほど意味はないけれど、教皇陣営に組すれば大きな助けになるようなキーを。
……心情的には、教皇陣営に味方したい。
俺は、この世界でこれまでにあった人たちに、死んでほしいなんて、どうしても思えない。
だが、魔王と教皇の覚悟を聞かされた後だと、俺なんかが両者の戦いに介入していいのかと思ってしまう。
俺が転生者だからというのもある。
この世界でずっと戦い続けてきた魔王と教皇。
そして、記憶はなくともずっとこの世界で転生を繰り返してきた人々。
戦いの結末がどうあれ、ぽっと出の俺たち転生者は、この戦いに参加すべきじゃないんじゃないか?
そう思ってしまう。
こうしてうじうじ悩んでしまうくらいなら、いっそ何もしないのが正解なんじゃないかと、そう考え始めていた。
「悩んでますわね」
そこに、カティアがやってきた。
「そうだな。ものすごく悩んでる」
「どんな風に悩んでるのか、話してみなさいな。話すだけでも考えがまとまることもありますわ」
「……そう、だな」
そう言われて、俺はたどたどしく自分の考えを話した。
説明の順序もバラバラだし、思ったことをそのまま口にしていたから、だいぶ聞きにくかったと思う。
それでも、カティアは急かすことなく俺の話を全部聞いてくれた。
「ふむ。要するに、心情的には教皇に味方したいけれど、覚悟が足りないから二の足を踏んでいる、と」
「身も蓋もない言い方だけど、そうだな」
カティアの歯に衣着せぬその物言いに苦笑してしまう。
結局のところ、俺の覚悟が足りないんだ。
「勇者として、ユリウス兄様の跡を継ぐ、ユリウス兄様の遺志を受け継ぐ。それが俺の目標だった。けど、俺は漠然と、魔族と戦ってればその目標は達成できるんだって、甘えてた。ユリウス兄様のすごいところは、いつだって自らの意志で、自分の信じる正義を貫き通すことだったのに」
いつだって、ユリウス兄様は俺にとって憧れのヒーローだった。
それは、ただユリウス兄様が強かったからじゃない。
かっこよかっただけだからじゃない。
何よりもその志が眩しかったからだ。
俺にはない、その強い意志こそが、俺の憧れだった。
「こんな時、ユリウス兄様だったらきっと、悩みながらも己の答えを出したんだろうな。俺には、まねできない」
ユリウス兄様だったら、どんな答えを出していただろうか?
わからない。
わからないけど、きっと答えを出して、そして戦っただろう。
もしかしたら、ユリウス兄様なら、俺が諦めてしまった第三の選択、すべてを救うために奔走したかもしれない。
それが叶うかどうかは別として、ユリウス兄様なら最後の時まで諦めないだろう。
俺とは、大違いだ。
「俺は、薄っぺらいんだ。ユリウス兄様に比べても、魔王や教皇に比べても……」
そう言って、うつむき、大きなため息をついてしまう。
「いいんじゃありませんの? 薄っぺらくても」
「え?」
俺が自己嫌悪に陥ってるというのに、カティアはあっけらかんとそう言ってのけた。
「シュンは覚悟だとか意志だとか、そういったものを重いものと考えてますし、実際にそれは間違っていませんわ」
「だよな」
「ですが! 何か行動するのにそんな御大層なものは必要ないんですのよ?」
「はあ?」
「あれがしたい。これがしたい。そういう気持ちはたいていがちっぽけで薄っぺらいものですわ。いいじゃありませんか、薄っぺらくても。だいたいからして、歴史の生き証人のような方々と、本物の勇者。そんな人たちの覚悟や意志が並外れてるのなんて当たり前ではありませんか。彼らに比べれば他の方々はみーんな薄っぺらくなりますわ」
「それは、そうかもしれない……」
「意志の重さで行動していい、してはいけないなんて決められてしまったら、この世界のほとんどの人々は行動してはいけないことになりますわ」
「それは暴論じゃないか?」
「かもしれませんわね」
思わずカティアの主張に反論すると、カティアはあっさりとそれを認めた。
「ですが、意志の重さうんぬんの話は置いておくとして、転生者だから参加してはいけないということはありませんわ。京也たちは堂々と魔王陣営で参加しているではありませんか」
「……たしかに」
言われてみればその通りだ。
魔王陣営には京也や根岸さん、それに若葉さんがいる。
その三人は俺が見た限り、魔王陣営でも中核を担っていた。
それを考えれば、転生者だからという理由で参戦しちゃならないということにはならない。
だが。
「あの三人は、相当覚悟を決めてるっぽかったからな」
特に京也は。
京也のことを思い出すと、苦い思いが胸の内にわいてくる。
京也にスカスカの剣だと言われたのは、俺の思っていた以上にショックだったのかもしれない。
「私たちは転生者ですが、今はこの世界に生きるこの世界の住民です。でしたら、参戦する権利がありますわ」
「それも、そうだな」
俺たちもまた、今はこの世界で生きているんだから。
「結局のところ、意志の重さ軽さなんて考えたって無駄ですわ。そもそも目に見えないものなのですから、本人にしかその重さをはかることなんてできないんですもの。だったら後は自分がどうしたいのか、だけですわ」
「自分が、どうしたいのか」
「そ。そしてこういう時、前世でよく聞いた言葉がありますの」
顔を上げてカティアの顔を見る。
「やらずに後悔するよりもやって後悔」
その顔は、どこかいたずらが成功した子供みたいな笑みを浮かべていた。
「だから、私はやって後悔する道を選びましたの」
「……? どういうことだ?」
「私を鑑定してみればわかりますわ」
言われて、首をかしげながらカティアを鑑定してみる。
すると。
「え、あれ!?」
目に飛び込んできたステータスに、大きな違和感があった。
スキルの数が、やけに少ない。
「え!?」
そして、その少ないスキルのうちの一つを見て、俺は再度驚きの声を上げた。
『純潔』
それは、支配者スキルである七美徳スキルのうちの一つだった。
「私のユニークスキルは知っていますわね?」
その言葉で、すべて合点がいった。
カティアのユニークスキルの名前は、転換。
使いどころがないと嘆いていた、微妙なスキルだ。
その効果はスキルをスキルポイントに還元できるというもの。
要はスキルの取り直しができるスキルだった。
ただし、還元率は100%ではなく、使えば使うだけ損をするという罠がある。
なので、カティアはこのスキルを封印し、一度も使ってこなかった。
だが、この状況を見れば、何をしたのかは一目瞭然だった。
「転換を使ったのか」
「その通りですわ。おかげでスキルのほとんどを失いましたが」
カティアのスキルはほぼなくなっていた。
純潔と、それを得たことで手にした称号で追加されたスキル、本当にそれしかない。
ステータス増強系のスキルも軒並みなくなっているので、ステータスも若干下がっている。
それでも平均千は余裕で超えているので、そこらへんの兵士なんかに後れは取らないだろうが。
だが、この後の戦いにおいて、その程度のステータスは、あってないようなものだ。
万全の俺ですら、足手まといになるのだろうから。
それでも、カティアは……。
「行くんだな?」
「ええ。家族や使用人、お友達のみんなを死なせたくはありませんもの」
俺がうじうじ悩んでいる間にも、カティアは決断していたようだ。
……そう、そうだな。
頬を思いっきり叩く。
それで気合を入れた。
「俺も、薄っぺらいなりに、行動するか」
どっちを選んだって痛みは残る。
どっちが勝った場合でも、俺はきっとその痛みを見て後悔するだろう。
そして、どっちを選ばなかった場合でも、俺はきっと選択しなかったことをうじうじと悩み続けるだろう。
だったら、やらずに後悔するよりかはやって後悔しよう。
「そもそも、俺がどうしたところで、力になれるかどうかわからないしな」
エルロー大迷宮の最下層最奥、そこにたどり着く前に消し炭にされるかもな……。
というか、その確率の方が高い気がしてきた。
俺のちっぽけな力じゃ、おそらく戦力にはなれない。
でも。
「やるか」
やると決めたのなら、やろう。
ちっぽけな力だからこそ、薄っぺらい意志で挑むにはちょうどいいのかもしれない。
「頼りにしてますわ。私は戦う力のほとんどを失ったか弱い令嬢ですので」
カティアがそう言ってしなだれかかってきた。
「お、おう」
どぎまぎしていると、バーン! と扉が勢いよく開かれた。
「カティア、抜け駆け」
「こういうのはやったもん勝ちですわ」
「殺」
「や、やめ!」
本気の殺気を纏いながら現れたスーを止めるために、俺は行動することになった。




