選択の時⑥
教皇ダスティン視点
キリの関係でちょいと短め
『神言教教皇ダスティン』
名前を呼ばれる。
アリエル様が指名された時、こうなることは予想できていた。
私以上にこちらの陣営で代表にふさわしい人間はいない。
ならば、こうして指名されるのは必然。
そうなるだろうと予測できた時からすぐに、脳内で演説内容を考えていた。
しかし、その内容は全て、アリエル様の演説で吹き飛んでしまった。
票を集めるつもりもなく、まったく媚びることなく、自らとその仲間の力だけで勝つと断言してみせた。
そして、全人類に対して宣戦布告してみせ、女神のために死んでくれと、そう真正面から言い切ってみせた。
その在り方は、なんと、眩しいことか。
「……」
すでに全人類への私の言葉の放送は始まっているのだろう。
しかし、私は口を開けずにいた。
そのまま数分、沈黙し続ける。
「……長い、辛苦の時を過ごした」
ようやく絞り出した声は、やけにかすれているように思えた。
「これまでに、積み上げてきたものが、多くある」
システム稼働直後の混乱期を、仲間とともに乗り越えようともがいていた時。
初代魔王フォドゥーイがその牙をむき、全人類が絶滅の危機にすらさらされた時。
初代勇者と肩を並べ、その危機を乗り越えた時。
一度目の生を終え、二度目の生の中、時代が移り変わっていくのをこの目で見ていた時。
世代が変わり、システム稼働前の世界を知る者がいなくなっていくのに、置いて行かれるような寂しさを感じた時。
絶望へと沈んでいく人々のよすがを作るため、神言教という組織を作り上げた時。
その時その時で、私は最善の行動をすることを心掛けてきていた。
しかし、あとから思い返せば、もっとうまく事が運べたのではないかと、反省することは膨大で。
しょせんこの身はただの一介の人間に過ぎないことを、何度も思い知らされた。
何度も何度も。
最善を心掛けながらも、失敗ばかり。
それでも一歩一歩。
積み上げてきた。
善行も、罪科も、なにもかもを。
すべては人族を救うためだけに。
「私は、私の積み上げてきたものを信じる。ゆえに、余計な言葉は不要」
もっと、らしい演説があったはずだ。
アリエル様があのような演説をしたのであれば、巧みな話術でもって人心をこちらに向けることは容易かったはずだ。
それでも、私には、それを口にすることができなかった。
「私こそが、ダズドルディア国最後の大統領にして、最初の神言教教皇ダスティン。恥知らずにも、女神サリエル様に対して恩を仇で返し続けている男だ」
こんなことを言えば、人心が離れることになると、頭の冷静な部分が告げている。
だが、最後くらいは、虚飾にまみれた私の本音を語っておきたかった。
いつだって心苦しかった。
この名は永遠に侮辱され続けねばならぬと思っていた。
……そうだ。
私は、私自身が、私の行いが、大っ嫌いなのだ。
「だからこそ、最後までまっとうせねばならぬ義務が、私にはある」
それでも、一度選択した以上は、貫き通さねばならぬ。
「私は人族を救う。どんな手を使ってでも。だから……」
大きく息を吸う。
この言葉は、重い。
「神々よ、人類のために、死んでくれ」
アリエル様の演説とは、真逆の宣誓。
もっといい演説があっただろう。
だが、これでいい。
口にした以上、私はもう、後戻りできない。
しない。
神々を犠牲にしてでも、人族を、人類を救おうぞ。
『それぞれの主張、完了』
私の言葉が終わった直後に響き渡る神言。
いつもの、長い時の中で聞き続けたサリエル様の声。
『それでは』
しかし、続く言葉は、聞き覚えのない声。
『かくて舞台は整えり。さあ、この世界に生きる人々よ。選択せよ。行動せよ。ワールドクエストシークエンス最終章。邪神が目的を果たすか否か』
普段の機会もかくやというサリエル様のアナウンスとは違う、底冷えするかのような声。
聞いているだけで鳥肌が立ちそうになる、何者かの言葉。
思い当たるのはたった一人。
黒龍様が助力を願い、システムを構築してくださった神。
『さあ、私を楽しませてください』
その神の言葉こそが、始まりの合図だった。
世界の行く末を賭けた戦いの。




